105・猫とかわうそ(大)
でかいカワウソのカブソンさん。
アラヤさんの上司とのことだったが、『どうぶつずかん』によるとだいたいこんな感じ。
----------------------------------
■ カブソン(514)下位精霊・オス
体力― 武力―
知力A 魔力A
統率C 精神B
猫力67
■適性■
水属性A 地属性B 精霊A
暗黒B 空間C 泳法A
■特殊能力■
・水生の縁
■称号■
・亜神の友 ・迷宮の管理者
----------------------------------
五百歳超え……! 魔族のオズワルド氏やうちのピタちゃんよりもさらに年上である。俺が今までに見た方達の中では、文句なしの最高齢か……?(※年齢不詳の風の精霊さん除く)
種族としてはそれでも「下位精霊」扱いなのだが、おそらく大物である。体格的にもかなりの大物。しかしもっふもふなので、水に濡れたらちょっと細くなるかも……いや、普通に太いな。やはりぬいぐるみ的存在感だ。
ところで、アラヤさんは『じんぶつずかん』に載っていたのだが……こちらのカブソンさんは『どうぶつずかん』のほうに載っている。
あちらは偽カワウソであったが、こちらはもしや本カワウソ……?
俺は畳の上に肉球をつき、正座して丁寧にお辞儀。
「お初にお目にかかります。私、リーデルハイン家のペットをしております、亜神のルークと申します。お目にかかれて光栄です」
『ああ、いえいえ、こちらこそ。亜神にしてその礼節……ルーク様はやはり、ヒラタ……いえ、ビーラダー様とご同郷のようですね』
平田さんかー。そっかー。平田さんだったかー。
……別に知り合いでもなんでもないが、この世界に放り込まれた亜神同士、変な親近感は湧いてしまう。
とはいえまぁ、向こうはきっと人間の姿で、俺とは別ルートからの転生だったのだろうが……もう会えないのが残念である。
カブソンさんは懐かしげに目を細めた。
『そちらのアラヤはまだ新米ですが、私はビーラダー様の友人として、あの方から直々に、この施設の管理を任されました。ついでに、「もしも自分と同郷の者が現れて、その者が心正しき存在であったなら、助力をして欲しい」とも頼まれておりまして……見ればルーク様は、すでに風精霊様からの祝福を得ておられるご様子。お供の女性も、水精霊様から祝福を得ておられますな。上位精霊様からの祝福は、心正しき者の証――何かお困りのことがありましたら、このカブソン、謹んでお力になりましょう。もっとも……私は職務がありますので、この地を長く離れるわけにはまいりませんが』
カブソンさん、カワウソの顔で苦笑い。クッソかわいい……
「特に困っていることはないのですが、今日の目的地は精霊の祭壇なのです。なので、『試練の間』の通過を許可していただければと!」
『はぁ……お連れ様の実力からしても、普通に通れたかと思いますし、それは構いません。しかし、三勝が前提となるルーレットに、よくたった三人で挑みましたな』
俺は微妙に首を傾げる。
「えーと……同行者は他にもいるのです。ちょーどいい機会なのでご紹介します!」
そして畳の上に現れたのは、猫カフェへと通じるいつもの扉。
猫魔法・キャットシェルター! その向こうでは、我が飼い主クラリス様やリルフィ様が、竹猫さんのカメラを通じて迷宮内の様子を見ていたはずである。
『ぴぎゃっ!』
驚くアラヤさんをよそに、カブソンさんは『ほう』と感心したのみ。
そして扉を開け、俺は室内に声をかける。
「クラリス様ー、リルフィ様ー。ちょっとよろしいですか?」
「うん。いつ呼んでくれるか、待ってた」
我が飼い主たるクラリス様、「待ちかねた」というお声である。
リルフィ様(師匠)も恐る恐る、でも興味深そうに周囲を見回しながら、その後に続く。
そしてぞろぞろと。
サーシャさん(武闘派メイド)、ロレンス様(次の王様)、マリーシアさん(護衛)、ピタちゃん(ウサギ)、ウィル君(推し)と、室内で待機中だった皆様が外へ出てきた。
迷宮の探索中は安全のため、皆様には猫カフェで休憩してもらっていたが、せっかくここまで付き合っていただいたわけだし、カブソンさんにはご紹介しておこう。あと、でかいカワウソとかみんな生で見たいと思う。隙あらば存分にモフりたい。
一方、アラヤさんはあわあわ。
『お、大所帯……!? 違うんです、カブソン様! 私、他の人達がいるとか全然知らなくてですね……!』
『ああ、大丈夫、大丈夫、アラヤ君。通行許可を出したのは私だから。君は、ええと、ほら……測定器の修理に戻りなさい。作業は慌てず、落ち着いて、ゆっくりね……?』
『ひゃ、ひゃいっ!』
アラヤさんはパパッと頭をさげ、てけてけと廊下へ走っていった。
あの子、あわてんぼうさんだな……? あまり精霊感はなかったが、泉の精霊ステラちゃんを改めて思い出す。あの子も割とテンパり気味な感じであった。
その足音が遠ざかってから、カブソンさんはのんびり一礼。
『うちの新人が失礼をいたしまして……少々、そそっかしいところはありますが、決して悪い子ではないのです。ご容赦いただければと』
「いえいえ、失礼なこととかは何もなかったので大丈夫です! まじめで良い子だと思います」
新人……新人か。本人は「百年近くこの仕事をやっている」とも言っていたが、精霊さんの感覚ではやはり、百歳程度はヒヨッコ扱いなのであろうか。
皆様の紹介を手早く済ませ、我々はお座敷で向き合う。
ルークさんはリルフィ様のお膝の上へ。はい。問答無用で抱え込まれましたが何か?
そしてカブソンさんは、我々一行を見回す。
『皆様方は、風精霊様へのご挨拶のため、わざわざおいでいただいたとか……迷宮の攻略にご興味は?』
「ないです。微塵もないです」
物見遊山的な興味はあったのだが、さっき見かけたバイオラさんとかチエラさんが普通にホラーちっくな存在感であったため、ルークさんは露骨にヘタレた。だんじょんこわい。おそと出たい。そろそろトマト様の摘果したい。
カブソンさんはちょっと残念そうである。
『左様ですか。ついでにぱぱっと、深層の魔物を退治していただければとも思ったのですが……』
「いいじゃないですか、ルーク様。適当な猫さんをけしかければ、きっと一瞬ですよ」
アイシャさん……目が「$」になってる……なお、こちらの通貨単位はドルではない。これはあくまで比喩的表現なのだが、しかし欲望がダダ漏れである。俺もたまに(食べ物関係で)こういうお目々になるからわかる。
「えーと……いくつも疑問はあるのですが、まず、カブソンさんはダンジョンの管理者なんですよね? つまり、あの魔物達を用意しているのもカブソンさんなわけですよね? 退治して欲しいなら、そもそもあんなの作らなければ良いのでは……?」
さきほど会った冒険者さんのパーティー、「ケーナインズ」は、危うく壊滅寸前であった。アレをけしかけたのがカブソンさん達だとしたら、いくら可愛くてもちょっと幻滅である。
カブソンさんは、ぐにっと首を傾げた。
『ふむ……やはり、色々と誤解がありそうですな。ルーク様は、ダンジョンについてはあまりご存知でないということで?』
「はい。肝心な部分は謎が多いと聞いています」
カブソンさんは頷き、ぽんと肉球を叩き合わせた。
我々の前に、地球儀が――いや、この星の惑星儀が現れる。それは立体映像であり、ほんのちょっと向こう側が透けている。
『こちらは、我々がいるこの星の想像図です。人の世では決まった名がないようですが、我々は「クラムクラム」と呼んでおります。古の言葉で、「寝過ごした神」という意味があるそうです。で、これが星の内側――』
惑星儀の映像が切り替わった。
……なんか赤黒くてドロドロした、渦のような模様がいくつも流れている。
マグマ……かもしれぬが、俺の第六感が「なんか違う」と言っている。ルークさんの第六感は基本的にあまり役に立たぬのだが、なんかこう、尻尾の毛がぞわぞわする。
『……この星の中心核をなす存在――の、想像図です。つまり皆様が住む地表は、このよくわからぬ球体の上に張り付いた表皮のようなものだとお考えください。どんなに深い海溝も、この巨大な球体にとっては表面のかすり傷というわけです。この存在は「神」ということになっておりますが、正体は我々にもわかりません。ビーラダー様は、『高密度のエネルギーの塊』、『惑星サイズのなんらかの巨大生命体』、あるいは『生命という概念から外れた未知の物体』など、いくつかの仮説を立てていたようなのですが……意思疎通もままならず、すべては謎のままです。「クラムクラム」という名も、果たしてどこから出てきたものなのか……しかし、いくつかの厄介な性質だけは実証できました。ビーラダー様はその対策のため、世界各地に様々な「ダンジョン」を製作してくださったのです』
ほあー、とルークさんは呆けて口を開けた。ラノベの設定みたい。
アイシャさんが好奇心丸出しで身を乗り出す。
「その厄介な性質、というのは?」
『アイシャさんと申されましたか。貴方がたの歴史において……「遠い過去」と「現在」とを比較して、何か大きな変化は思い当たりませんか? もちろん年若い貴方にその記憶はないはずですが、書物などから得た「知識」はあるはずです。正解できたら、ご褒美を差し上げましょう。他の方もぜひお考えください』
カブソンさん、どことなく小学生の団体を案内する学芸員のよーな語り口である……
クラリス様やロレンス様も考え込む。
「遠い過去と今との違い……?」
「……各国の人口が大幅に増えた――というのは、関係がありますか?」
ロレンス様の解答に、カブソンさんが目を細めた。
『非常に良い着眼点です。では、どうして人口が増えたのでしょう?』
続くはヨルダ様とマリーシアさん。
「農業が発展して、作物が増えたから……ってのはどうだ?」
「医療やその他の産業の発展もですね。冬に耐えられる衣服や建材も発達して、昔よりは人々の生活圏が広がり、また長生きできるようになったものと思います」
ヨルダ様の眼は俺を見ていた。『この猫も農業を発展させる亜神だし』とか思われてそう。
マリーシアさんは、ロレンス様を育てた賢人・カルディス氏の孫であり、ある程度は歴史にもお詳しそうである。
カブソンさんはにこにこしながら、わずかに首を傾げた。
『惜しい。少し遠ざかったかもしれません。なぜ、農業やその他の産業が発展できたのか? 裏を返せば、遠い過去において、貴方がたは「それどころではなかった」のです。貴方がたに、農業や産業を発展させる余裕が生まれたのは、ほんのここ数百年の話なのですよ』
……ウィル君が、はっとしたように眼を見開いた。
「……父や親族から、聞いた話ではありますが……『魔獣が弱くなった』ことですか――?」
カブソンさんが肉球で拍手! ぺちぺちぺちと、かわいい音がする……こやつめ……自分のあざとさを理解しているのか……?
ルークさんがペットとしての嫉妬に燃えていることなど知らぬ様子で、カブソンさんはのんびりと続きを語りだした。
『素晴らしい。おや、貴方も風精霊様からの祝福を得ておいでですな。そう、魔獣の発生数、その凶暴性、強さ……それらが大きく減じたことが、貴方がたの人口の増加と産業の発展につながりました。それまで人々は、魔獣の餌として蹂躙される立場でした。戦える者もいましたが数は少なく、せっかく作った畑や村はあっさりと破壊され、天然の要害ともいうべきごく限られた区画で、ひっそりと魔獣をやり過ごす――それが人々の歴史だったのです』
む。リルフィ様のお指が我が喉元に――これはたまらぬ。ごろごろごろ……
思わずぐでんと横になり、モフられるがままに身を預けてしまったが、カブソンさんのお話は続く。
『当時、ビーラダー様はその惨状にひどく心を痛め――数十年にわたる調査の結果、いくつかの仮説にたどり着きました。星の中心核たる「邪神クラムクラム」から漏れ出た瘴気が、魔物を活性化・凶暴化させている原因であること。それから、その瘴気には量が増減する不確定の周期があり、量が増える時期は魔物も増えて強くなること。増減の周期は数百年単位で、増えている時期には人類が劣勢となり、人口が大きく損なわれること――』
「にゃーん」
真面目なお話の最中に申し訳ないが、つい鳴き声が……いかん。リルフィ様、ここはモフりの手加減を……!
――しかし、猫の鳴き声はほぼ合いの手のよーに流され、カブソンさんの講義はそのまま続行。
『そこで、ビーラダー様は一計を案じました。瘴気が濃く噴出しやすい場所にダンジョンを作り、瘴気の「ガス抜き」を試みたのです。これにより、地上に漏れ出る瘴気の量は激減し、魔物の活動も抑制できました。しかし、そのままではダンジョン内に瘴気が溜まる一方ですから、階層を深くし、濃い瘴気を深くにとどめ、上に行くほど瘴気が薄くなるように――まあ、地下水を濾過するような仕組みですな。そして土塊や骨、一部の植物などに瘴気を宿らせて魔物とし、これを人間が討伐することで瘴気を発散、浄化させるという、瘴気の浄化システムを作り上げたわけです』
図解が出てきた。
円筒形のダンジョン、下の方は濃い色で「つよい!」、上の方には薄い色で「よわい!」と吹き出しがついている。
わかりやすいが、やっぱり小学生扱いだな?
しかし、これで色々と腑に落ちた。
ダンジョンの設置によって地上の瘴気が減り、地上に棲息する魔物は弱くなり――一方で、ダンジョン内に現れる強い魔物は、戦闘に特化した冒険者によって効率的に退治される。
これにより、戦闘技能を持たない農民や職人が間接的に保護され、生産量の増加が飢餓を減らし、人類の発展につながったという流れか。
「つまり、ダンジョンでとれる資源や財宝は……戦闘要員である冒険者を招き寄せるための報酬、ということですね?」
『ルーク様のおっしゃる通りです。他の土地で精霊に捧げられた供物――武器、防具、楽器や宝飾品の類を、精霊が「魔道具」へと改造し、各地のダンジョンに配置しております。危険なだけで実入りのない場所では、誰も寄り付かないでしょうから。そしてもし、人が魔物を退治しないままだと、いずれはダンジョンの瘴気も飽和状態となり……魔物と瘴気が外へ溢れ出し、世界は以前の姿に逆戻りすることになるでしょう』
アイシャさんが必死で魔光鏡にメモをとっている。
こういう情報なら、人間の社会にも出回っていそうなものだが……? いや、隠す意図の有無は別として、いろんな研究者が好き勝手な自説を無責任に開陳した結果、真実がゴミの山に埋もれて見えなくなる、なんてことは往々にして起き得る。
ダンジョンという明確な『利権』が絡む話ならば、なおさらその傾向は強くなるだろう。
あとコレ、開示するとデメリットも発生するというか……たとえば、「他国がダンジョン一帯を制圧して封鎖できれば、その後、相手国を魔物の暴走で壊滅させられる」という可能性が出てくるため、普通に戦争に使えてしまう危険な情報である。
精霊さん達は人間同士の争いにはあまり関与しないだろうが、人類の平穏を望んだビーラダーさん的には「それでは本末転倒」といったところであろう。
この危険性は、あとでアイシャさんやルーシャン様にもお伝えしておく必要がある。
『とはいえ実際のところ、僻地のダンジョン周辺は今も荒れ果てた状態ですな。人が寄り付かない地域の魔物は強いものだと、人の世でも認知されているはずですが――そうした地域でも、いずれダンジョンが発見され、その攻略が進めば、周辺一帯の魔物は大人しくなるでしょう。今はまだ、その過渡期といったところです』
リルフィ様にモフられてにゃあにゃあと身をよじりながら、俺は思う。
――見知らぬ平田さんは、この世界において、確かな偉業を成し遂げたのだ。
ダンジョンという宝探しの場を提供しただけではなく、人間が継続的に、また効率的に瘴気を浄化できるシステムを構築することで、この世界を人類にとって住みやすい形に変えてくれた。
そしてルークさんは今、その恩恵にあずかっている――
ひらたん(※愛称)、ありがとう。
いずれトマト様の覇道が成った暁には、貴方を名誉トマト神として崇め奉ることを約束いたします。
……いえ、遠慮しなくていいですから。
私からの感謝の気持ちですから。
トマト様にお仕えできる喜びを分かち合いたいだけですから。
俺の想像の中のひらたんは、何故かしきりに首を横に振っていたが、そんな謙虚な姿勢もまた好感がもてる。
亜神ビーラダー様の足跡、その価値は、こうしてルークさんの胸に深い感銘をもって刻まれたのであった。




