103・ルーレットとルートリネ
ヨルダ様は単身、闘技場っぽい石舞台へと上がった。
右手に長剣、左手には円形の小さな盾。
やや前傾気味で、獣が獲物の隙をうかがうような構え――
対するバイオラは、バイオリンを弾きながら四本の剣をかざし、チエラはチェロを弾きながら二本の大槌を振り回す。
どちらも六腕の化け物だが、楽器なんか弾いてないで、全部の腕に武器を持てば良かろうに――とも思うのだが、楽器を持つことであえて弱体化してくれている可能性もある。
となれば、これは製作者の良心、あるいは親切心と見るべきかもしれない。「だったらもっと弱くしておけ」というのはまぁ、その通りである……
「ヨルダ様! お気をつけて!」
俺が声援を送る間にも、チエラが突進してきた。さすがは牛さんである。迷いのない直進! しかしその腕には大鎚が二本も――
ヨルダ様がサイドステップでその直進をかわした直後。
チエラの四本腕は、二本になっていた。
左側の腕が二本とも、肘の先から断ち切られ、大鎚を握ったまま明後日の方向へ飛んでいく。
「なん……だと……?」
ルークさんは思わず真顔。
太刀筋? 見えてないです……いや、ヨルダ様の体に隠れて見えなかったのも確かだが、たとえベストポジションにいたとしても見えたかどうか……?
片側の腕を二本とも一瞬で失ったチエラは、そのままバランスも失って、直進の勢いも殺せず、ぐるんと無様にもんどりうって倒れ込んだ。
ヨルダ様はその動きを完全に予見し、倒れたチエラに飛びかかると、一瞬でその首を切り落とした。
牛を象った石の頭がごろんと転がる。
いわゆるゴーレム系の敵なので、血が飛び散ったりはしないのだが、代わりに何か黒い瘴気のよーなものがぶわっと溢れ、そしてチエラさんは動かなくなった。合掌。
もう一方のバイオラは、牛さんほど猪突猛進ではなかった。
四本の剣を舞うように振り回しながら、少しずつ距離を詰め――ようとしたところへ、今度は逆にヨルダ様が突っ込む。
そこそこの距離を一瞬で詰めたが、歩法がなんかおかしい。歩くとか走るとか跳ぶとかではなく、なんかもう「滑る」ようなイメージで、スルスルと流水のように接近してしまう。
その見事な動きに瞠目していると、目の前で斬撃の応酬が始まった。
バイオラの剣は四本。
対するヨルダ様は長剣一本と小さな盾――
ヨルダ様は、間合いのとり方が抜群に上手い。
相手の剣が四本とも届く位置には踏み込まず、体勢を崩してようやく剣先が届くかどうか、という微妙な距離を保ちつつ、届いた斬撃を盾で弾く。
そう、斬撃をただ「防ぐ」のではなく、相手の斬撃に対し、そのまま盾で「殴りつける」ような、実にアグレッシブな防御である。
当然のようにバイオラの剣筋は狂い、次の斬撃は無理な動きのせいで鋭さに欠ける。
そこを狙いすまして一閃――!
バイオラの腕が一本、宙に舞った。
痛みを感じないゴーレム的な魔物は、動揺することもなくさらに剣を振り回すが、さらに一本、続けてもう一本と、立て続けにヨルダ様の斬撃が決まった。
まるで詰め将棋の流れを見るかのよーな、鮮やかな手並みである。
――ヨルダ様は、敵の急所をまったく狙っていない。最初から「腕」だけに狙いをつけ、バイオラの攻撃手段を的確に奪っていく。
あっという間に四腕を失ったバイオラは、それでもバイオリンだけは手放すことなく――ヨルダ様の斬撃によって、あっさり首をはねられた。
俺の頭上では、アイシャさんが頬を引きつらせていた。
「相手の手数が多くて危険なら、手を減らしてやれば楽に勝てる……理屈はわかりますけど、手際が良すぎません……?」
「お褒めにあずかり光栄だ。が、相手の武器や腕を狙うのは剣術の基本だぞ。互いの距離がもっとも近くなるのは、概ね互いの剣先だ。盾でその剣先を弾き、相手が体勢を崩したところに踏み込んで、武器を持つ腕を狙う――俺は臆病だから、こういう慎重な戦い方が性に合っている」
それを実行するには、とんでもない反射神経と気の遠くなる修練が必要なはずだが、ヨルダ様は淡々と長剣を鞘に納めた。
そしてバイオラとチエラの死体(?)が、黒い砂のように崩れ――
後に残ったのは、拳より一回り大きいくらいの黒い鉱物が一つ。
見た目は黒曜石を連想させるが、同時にかなり硬そうで金属感もある。
アイシャさんが眼を見張った。
「あっ! ドロップアイテム! 高純度の魔光石ですよ。ラッキーですね」
魔光石!
確か、『魔力鑑定』とかに使える便利なタブレット端末(?)、『魔光鏡』の原材料である。
ダンジョンで少量採れるとゆー話だったが、こういう感じで入手できるのか……
「それって、魔光鏡の材料になるやつですよね?」
問うと、アイシャさんは慌てて首を横に振った。
「いえいえ、そんなもったいない! 魔光鏡の材料になるのは、もっと純度が低くてたくさん採れるやつです。こういう高純度の塊は、ちゃんとした強い魔道具の製作に使います。魔法の威力を高める杖とか、魔剣とか、鎧とか……そういう物の核として使うんです。この大きさだと結構な値がつきますよ。もしヨルダ様やルーク様のほうで必要ないなら、お師匠様に言えば高値で買い取ってもらえますが、個人的には今後のために保管しておくのをおすすめします」
「そうだな。こいつはルーク殿に進呈しよう。何かの時に使ってくれ」
「ありがとうございます! では、遠慮なくいただきます!」
ヨルダ様から、すんなりと戦利品を預けられてしまった。
いつもなら「いやいやそんなー、悪いですよー」とか遠慮するところであるが、腹案があるのでここは普通に乗っかる。
この高純度の魔光石が、魔剣などの材料になるのなら――ここは『魔剣の鍛冶師』なる称号をお持ちのルーシャン様にお願いして、ぜひ「ヨルダ様の剣」を作っていただこう。
以前、パドゥール鉱という金属でできたヨルダ様の剣を、ストーンキャットさんがうっかりじゃれついて壊してしまったことがある。そのお詫びがまだなのだ。
ドロップアイテムの魔光石をストレージキャットさんに預け、さて、まずは一勝!
「ルーク様、二回目のルーレット、回してみます?」
「はい!」
アイシャさんに抱っこされ、ルーレット台に設置されたトリガーへ肉球を添える。
既に二個目の球が自動でセットされているのだが、このからくりはなかなか精巧……誰かが日々の整備をしているのだろうか? それとも魔力的な産物なのであろうか?
恐竜の骨格標本といい、この試練のシステムといい、いかにもゲーム的なのだが、「維持管理の手間」とかを考えると疑問がどんどん湧いてくる。
ダンジョンクリエイターの亜神ビーラダーさんは、一体、何を目的にこんな施設を――
考えているうちに、盤がぎゅいぃーーーーーーんと回り始めた。
けっこうな勢いである。
気のせいか、さっきアイシャさんが回した時よりも……
回転が……
だいぶ……
速っっっっ……!?
「……えっ!? こ、これ、大丈夫なんですか!? 壊れてません!?」
煙! うっすら煙が出てる!
球もガツンガツンと外周に弾かれて、周囲をぐるぐると回り続けているが、盤の回転数がちょっと尋常ではない。明らかにブッ壊れた速度! これはもうルーレットというより扇風機の回り方である。
「で、でも、手で止めたら不正扱いでしょうし……」
「そもそも普通に危ないぞ、これ。離れたほうが良くないか?」
アイシャさんやヨルダ様も戸惑っていたが、やがて内部で「ビキッ、ビキッ」と嫌な音がして――ルーレットは停止した。
落ちてきた球が「0」のマスに入ったが、機械は完全にブッ壊れている。
ルーレットから、やたらと冷静な女性の声が流れた。
『機器の故障を検知しました。係員が来るまで、しばらくそのままでお待ちください』
…………係員?
明らかに録音されたシステムボイスだぞ、これ?
ヨルダ様が唸る。
「……アイシャ殿。その……ダンジョンでは、こういうことはよくあるのか?」
「……いえ。少なくとも私は初めてですし、噂で聞いたこともないですね……ルーク様、なにやったんです?」
「普通にレバーを引いただけですよ! アイシャさんだって見ていたでしょう」
アイシャさんに頬肉をむにむにされていると、石舞台の上、明るい天井付近から、何かが降臨してきた。
しゅいーん、と、SFチックな効果音とともに、我々の目の前に降り立ったのは――
『お客さーん? いたずらしちゃ困りますよぉ。そこの魔力測定器は、けっこう精密で繊細なんですから!』
よちよちと歩く、一匹のカワウソであった。
釣り人風のポッケがいっぱいついたベストを羽織り、片手にはジャストサイズのラチェットレンチ。
ガチのカワウソではなく、動くぬいぐるみのような感じであるが……
…………………………あざといな?
製作者のあざとさが透けて見えるな?
こんなん猫のルークさんでも思わずじゃれついてしまいそう。ご挨拶したほうがいい?
カワウソさんは我々をちらりと見つつ、ルーレット台の整備へと向かう。
『で、どちらの方が壊したんです? なんか異常な数字が出てましたけど、故障なら修理しないといけないんで、ちょっと詳しい話を聞かせてもらえますかね?』
ガチャガチャと背面のパネルを取り外す音が聞こえた。
アイシャさんとヨルダ様は困惑顔――
ルーレット台を整備するカワウソ(学名・ルートリネ)……よもや……よもや、まさか……そんなダジャレのために、そんな姿を……?
「……喋るぬいぐるみっぽいですけど……あれ、ルーク様のお仲間では……?」
「心当たりないですねぇ……えーと、すみません! あの、貴方がもしや、亜神ビーラダー様ですか?」
ルーレット台の裏に隠れたカワウソが、顔も出さずにレンチだけをぶんぶんと振った。
『まさかまさか。私ゃここの管理を当番で任されてるだけの、しがない精霊っすよ。実体がないもんで、整備の時はこういう作り物の依代に宿らないといけなくて……まぁ、不便なもんですわ』
……おっさんだな?
声は高めだけど、これ割と気のいい整備員のおっさんだな?
俺はアイシャさんの腕から飛び降り、とてとてとカワウソさんの傍に歩み寄った。
作業中のカワウソさんは、ちょっとびくりとしつつ、アイシャさんへ声をかける。
『あ、お客さん。ペットはちゃんと抱えておいてくださいよ。作業の邪魔されても困るんで……』
「いえいえ、邪魔なんてしないです! ちょっと詳しいお話をうかがえればと思いまして!」
肉球を掲げて俺が応じると――
カワウソさんが硬直し、背伸びしてヨルダ様へ視線を移した。
『えっ……あれ? そちらのでかい旦那、腹話術とかやって……』
「……いや、あんたが現れてから、俺はほとんど喋っていない。呆気にとられていた」
呆然とするカワウソさんを見つめ、俺はにっこりと微笑む。
「はじめまして! 私はリーデルハイン子爵家のペット、ルークと申します! カワウソさんのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
『ぴっ……』
「ぴ?」
『ぴぎゃあああああっ!? 猫が喋ったアァァァァァァァッ!?』
……………………………………解せぬ。その反応は解せぬ。外見的にはそれこそお仲間みたいなモノであろう。
かわいらしいお目々を見開いてあとずさり、カワウソさんは尻もちをついてしまった。
俺は困って、その場に香箱座り。
「あの、害意はないので……大丈夫ですよ? 飛びかかったり噛み付いたりもしませんよ?」
話しながら、とりあえず『どうぶつずかん』をチェック……しようとしたら、出てきたのは『じんぶつずかん』だった。ぬいぐるみは動物ではないということか……? こんな見た目なのに……?
確かに『獣の王』も効果が出てなさそうだし、きぐるみアクター(※精霊)みたいな扱いなのだろう。
そして調査の結果。
----------------------------------
■ アラヤ(93)下位精霊・メス
体力― 武力―
知力B 魔力C
統率D 精神D
猫力33
■適性■
地属性C 水属性C 精霊C
----------------------------------
訂正。おっさんではなくて女性でした……失礼しました……むしろ現場で姐御とか嬢ちゃんとか呼ばれるタイプ?
九十三歳というのは高齢に見えるが、精霊さんとしては全然若手である。
あと猫力が割と低めなので、俺の隠された特殊能力「わざとらしい愛嬌」が通じない可能性が高い。むしろ向こうのほうがかわいい可能性まである。カワウソめ……(嫉妬)
四者四様にそれぞれ困惑しつつ――
我々はひとまず、このカワウソさんからの情報入手を試みたのであった。