102・攻略! 試練の間
「……やー。やっぱり迷宮とゆーのは、おっかないところですねぇ」
再び、古楽の迷宮・地下四階。
ケーナインズとゆー冒険者チームを迷宮の入り口付近で解放し、「我々のことはくれぐれも内密に」とアイシャさんがしっかり念を押した後で、ルークさん達はふたたび同じ場所へと戻った。ウィル君の転移魔法が大活躍である。
怪我をしていた狩人さんも、とりあえず起きて話せる程度には回復していた。
とはいえ回復魔法の特性として、「本人の治癒能力を一時的に無理やり引き上げる影響で、その後の疲労感がヤバい」「ぶっちゃけ数日間はほぼ寝たきり」とゆー状態になるため、リーダーのブルトさんにおんぶされて移動という有様。
何も詮索するな、という条件であったため、アイシャさんとヨルダ様以外は顔をあわせずそのまま別れたのだが、冒険者さん一行は釈然としないとゆーか、「これはもしや走馬灯では?」「死ぬ前に見る夢なのでは?」とか考えていた様子である。
せっかく助かった命、今後は大事にしていただきたい。
さて、ちょっとした人助けを経て元の順路に戻ったところで、冒頭のルークさんの台詞である。
迷宮はおっかない――
特に何の含みもない素直な感想だったのだが、同行中のアイシャさんとヨルダ様からは、なんだかとてもなまぬるい感じの視線が返ってきた。
「……ルーク殿、『ワインの恐怖』という戯曲を知っているか? ある酒飲みの男が、ワインが怖い、ワインが怖いと嘘をついて、それを面白がった貴族から大量のワインをおごられるという話なんだが……」
古典落語『まんじゅうこわい』の異世界版であろうか。しかしルークさんは別にダンジョンが好きなわけではない。断じて違う。
「ルーク様の言う『ダンジョン怖い』って、たぶん王宮育ちのお姫様が『ゴキブリ怖い』って言うのと同じレベルですよね……? 漠然と怖がってはいるけど、別に命の危険とかはぜんぜん感じていないっていう――」
「そんなことはないですよ? 初めて来る場所ですし、普通に怖いです。実際、ヨルダ様やアイシャさんが一緒にいてくれなかったら、怖くて一歩も先に進めなかったと思います!」
これは本音である。
ダンジョンから受ける圧迫感というのは、やはりなかなかのもの。
皆様も想像してみて欲しい。
いかに照明が整備されていて、石畳で舗装されていて、起伏が少ないとはいえ――
分岐が山ほどあって、人がほとんどいなくて、奥がものすごく深い迷路である。
前世の感覚で言うと、山奥にある心霊スポットと化したトンネル、しかも奥が山向こうではなく地下深くに通じていて、中は分岐と怪物だらけ……みたいなシロモノである。野生の猫さんでさえ尻込みするであろう。
「あとまぁ、いざとなったらキャットシェルターに逃げ込めますし、ウィルヘルム様の転移魔法もありますし。そういう心強さはありますね。私一匹だったら、そもそもこんなところに来ようとすら思いません」
ヨルダ様が曖昧に頷いた。
「まぁ、そうだな。俺もルーク殿が一緒だから油断しているが、普通のパーティーを組んでいたら、こんな奥深くまでは踏み込まん」
アイシャさんが続けて首を傾げた。
「……私はむしろ、このあたりまでは余裕だと思ってたんですが……さっきの魔獣、バイオラとチエラって、『試練の間』を越えた先にしかいないはずなんですよ。なんでこんなところにいたんですかね? それが気になります」
先程、冒険者一行を追い詰めていた六腕の怪物――
バイオリンを演奏しながら四本の剣を振り回す黒い貴婦人、バイオラ。
チェロを演奏しながら二本の大槌を振り回す礼装の大男、チエラ。
どちらも頭の部分は石像で、かたや女悪魔、かたや牛頭であったが、その存在感はほとんどホラー映画のクリーチャーであった。
もっとも、中身は「生物」ではなく、魔法で動くゴーレム的な存在。
「……あのバイオラとかチエラという魔物も、このダンジョンを作った亜神ビーラダー様が用意した敵なんでしょうか……?」
「え? たぶんそうだと思いますが……何か疑問でも?」
「はぁ。なんとゆーか……ビーラダー様がどういう亜神だったのかは知りませんが、ダンジョンの作りには殺意がなくてむしろ親切設計なのに、さっき出てきた敵は殺意全開で可愛げがなかったなぁ、と……」
なんかちぐはぐな印象なのだ。
こういう親切設計のダンジョンなら、敵もお遊びというか、茶目っ気のあるものを揃えそうなものだが、浅い階層ではともかく、さっきのバイオラ・チエラはガチである。我々が来なかったら、あのパーティーは全滅していたであろう。
アイシャさんが真顔に転じた。
「……うちのお師匠様も、以前、ルーク様と同じことを言ってました。繰り返し資源や財宝を確保できる迷宮は、亜神ビーラダー様からの、この世界への贈り物だと言われていますが……一方で、油断すると普通に死人が出ます。これはむしろ、犠牲者を呼び込む『罠』なのではないかと――安全な浅い階で人を集め、欲を煽った上で、深い階へ誘い殺す……そんな見方も可能です。ですからお師匠様は、『精霊の祭壇』までは出向いても、さらにその先の『深層』の攻略にまでは踏み込みませんでした。『自分には猫様のお世話をする義務があるから』と」
うーむ……安定のオチはともかく、ルーシャン様の性格なら、むしろダンジョンを『重要な研究対象』とでも見なしそうなものである。お話をうかがった時に一歩引いた感があったのは、そんな事情によるものか。
罠、というのは確かに有り得る話なのだ。最初から殺意全開だった場合、おそらくまともな人々は警戒して近づかない。命知らずの挑戦者はたまに来るかもしれないが、数はぐんと減るだろう。
つまりダンジョンとは、もしかしたら……蜜で虫を誘う食虫花のような施設なのではなかろうか?
しかしそうなると、「何のために?」という疑問がわく。
ゲーム感覚とか面白半分とか嫌がらせとか、そんなサイコな理由であったらもう考えるだけ無駄なのだが、さすがに結論を出すにはまだ情報が足りない。
あるいは『精霊の祭壇』にいる精霊さんから、詳しいお話を聞けるかもしれないが……なんだろう。あんまり首を突っ込まず、俺はトマト様の耕地侵略だけに邁進したほうがいいよーな気もする……
さて、ケーナインズの皆様が襲われていた地点から、我々は再び探索を開始した。
このあたりはまだ地図が穴だらけなのだが、『試練の間』までのルートは確定している。冒険者達が襲われていたのも地図の穴部分――というか、壁に擬態した扉の向こうに隠し通路があったのだ。偶然すれ違うような場所ではないため、今回はサーチキャットさん達のお手柄である。
「では、予定外の遭難救助はありましたが、改めて試練の間に急ぎましょうか」
「そうですね。もう近くですよ」
ウィンドキャットさんの背に乗って、隠し通路から正規のルートへと戻り――
数分後、我々はダンジョン内に、巨大な『恐竜の骨格標本』を発見した。
「………………なんですか、コレ」
そこはまるで、博物館のエントランスのような空間であった。
広くて天井も高い。ドーム状である。
どこからともなく流れてくるBGMは、俺でも知ってるあの名曲――『威風堂々』。
運動会でよく聞くアレである。ちょっとアレンジが加えてありそうだが、転生者が聞けば「あー……」とすぐ気づくだろう。
だが、何より――眼の前の立派なティラノサウルスの骨格標本が、わけがわからぬ存在感を放っている。一瞬、前世の博物館あたりに紛れ込んだかと錯覚したほどだ。やや薄暗い空間に暖色系のスポットライトが設置されており、ライトアップも完璧である。
アイシャさんが神妙な顔でコレを見上げた。
「亜神ビーラダーのダンジョンでは、『試練の間』の直前に、目印として大きな獣の骨が展示されています。『この先へ進むとこうなるぞ』っていう、一種の警告なのかもしれませんね。そして、これは……南方に生息する、魔獣の骨です」
「いるの!? 現存してるんですか、コイツ!?」
思わず声を高くしてしまったが、アイシャさんは事も無げに頷いた。
「そりゃ骨があるんだから、実際にいますよ。ネルク王国には生息していないですけど、人や家畜が襲われたり、厄介な害獣らしいですね。空は飛べないし火も吐かないので、ドラゴンよりはだいぶマシですけど……あ、でも卵は大きくて、けっこう食べごたえがあるらしいです」
「……えぇ……?」
「あと毛皮の質がいいので、そこそこ流通してます。ネルク王国でも輸入してますし、冬になると着て歩いてる人をけっこう見かけますよ」
「にゃーーーーん…………」
思わず猫の鳴き声が漏れてしまったが、そうか……前世では太古のロマンだった恐竜さんも、こっちでは普通に一般モンスター扱いか……食肉にもなるのだろうか?
ていうか毛皮……昔は恐竜さんのイメージ図も爬虫類系だったのだが、いつの頃からか、羽毛の生えた鳥っぽくなった。
前世の恐竜さんとこちらの世界の恐竜さんとが同じ種類とは限らぬのだが、とりあえずどっちも鳥類と近縁っぽい扱いなのだろう。
「つかぬことをうかがいますが、味とかは……?」
ヨルダ様が肩をすくめた。
「まずい。固くて臭くて、個体と部位によっては寄生虫も多い。ただ、一回の討伐でも結構な量がとれるから、南方では塩漬けになったものが流通している。ただし、本当にまずいから人気はない」
ううむ……ティラノサウルスの塩漬け肉か。
機会があったら一口……いやしかし、ヨルダ様の口ぶりだと、一回食べたらもうコピーキャットでも出さない感じになりそう。そもそも肉食獣の肉はだいたい臭みが強くなりがちである。
そんな骨格標本の傍を回り込んで、我々は『試練の間』へと続く大きな扉の正面に立った。
ここで受ける試練は、ダンジョンに構造変化が起きるたびに切り替わるらしい。
一芸みたいな内容だったり、ほとんど運頼みの試練が出されることもあるようだが、現在の試練は『ルーレット5』と呼ばれるシロモノ。
これは数十種類の試練の中から、ルーレットで5種を選択させられ、そのうちの3つ以上をクリアすれば先へ進める、という内容である。
ルーレットの運も必要になるが、一度の挑戦で一人が受けられる試練は一種だけ――つまり、「最低でも三人以上のパーティ」でないとクリアはできない。この場合、二戦分は不戦敗となるが、ともあれ「五戦三勝」ならば先に進める。とはいえもちろん「一回負けた人が別の試練に再挑戦!」というのは認められないため、やはり頭数は五人以上欲しい。
「割とクリアしやすい試練なんで、運が良かったですよ。失敗した場合は翌日にならないと再挑戦できないので、ロレンス様のスケジュールを考えるとほぼ一発勝負になりますが――」
戦闘系の試練ならヨルダ様がなんとかしてくださる。魔法系なら俺とアイシャさんで問題なかろう。これで三勝! ……と簡単にいけばいいのだが、試練の内容が『カラオケ』とか『模型製作』とか『カバディ』とか言われたら、少し手間取るやもしれぬ――
……あ。「人間限定、ペット禁止」という可能性もあるのか? 猫が試練を受けに来た前例はないだろうし、このあたりは実際に受けてみなければわからぬ。
「よし、開けるぞ」
ヨルダ様が鉄の扉をぐっと押した。
ギギィ……と、やや耳障りに軋みながら、ゆっくりと開いていく。
中は明るい。
ダンジョン側も決して暗くはなかったが、ちょっと異質な――それこそ天井いっぱいに蛍光灯でも仕込まれているかのような、やや不自然な明るさである。
壁には白い円柱が隙間なく並んでおり、神殿のように荘厳な雰囲気が漂っていた。
天井も高い。目算で三階建ての家くらいか……?
そして広さは、一見して「無駄に広い」「だだっ広い」とゆー感想が出るくらい。
さすがに校庭とまでは言わぬが、たとえばボクシングのリングなら縦に4個×横に4個で、合計十六個分の広さに相当しそうな石舞台がある。
その周囲にも、一段低くなった立ち見の観客席のよーなスペースがあり、ここがいわゆる「闘技場」的な場所なのだと一目で理解できた。
そして我々が踏み込んだ入り口のすぐ脇には、まるでカジノに置かれていそうなルーレット台が!
手前には「使い方」が記された石碑もある。
『球は1つずつ使用。1つの試練が終わるごとに、新しい球が出てくる』
『挑戦権は五回。そのうち三回勝てば、試練の通過を認める』
『リタイアする場合は、リタイアを宣言後、扉の外へ。リタイアしたパーティーに属する者達は、翌日まで次の試練を受けられない』
『命の危険を感じた場合は、速やかなリタイアを推奨する』
他、細々とした注意が書いてあったが、とりあえず『ペット禁止』ではないらしい。よし!
「えーと、自分達でルーレットを回せばいいんですか? なんか不正できちゃいそうですけど」
「いえ、球はもうセットされてるので、こっちのレバーを引くだけです。他の動作はこの機械が勝手にやってくれます。ネルク王国にはカジノがないので、こういうのダンジョンでしか見ないんですよね」
よく見れば石碑にもそんな説明が書いてあった。つくづく親切設計である。
アイシャさんが木製のレバーを引くと、球の支えが外れ、細い斜面に沿って滑るように転がりだした。
同時に回転盤が、バネ仕掛けで弾かれたように回りだす。
盤の端の方で、球は幾度かカンカンと弾かれ――やがて入った場所には、数字の「16」があった。
ルーレット台の正面に備え付けられていた黒い画面――たぶん魔光鏡的なモノに、白い文字が浮かび上がる。
『16・バイオリンとチェロの戦闘曲』
………………楽器の演奏!?
思わず「無理っ!」と諦めかけたが、不意にアイシャさんが「あっ」と嫌そうな声をあげた。
「……ルーク様、さっきのアレ、わかっちゃいました……バイオラとチエラ。なんで試練の間を越えていないのに、あんな場所にいたのか……」
「ほう?」
俺が首を傾げていると、広間の側面の円柱が、数本だけ石舞台側に倒れて通路となり――その奥から、何者かの重そうな足音が聞こえてきた。
アイシャさんが額を押さえる。
「……たぶんですね。あのケーナインズとは別の冒険者一行が、この『試練の間』に挑戦して――想定より強い魔物が出てきたから、魔物を放置して、リタイア宣言すら忘れて、扉も閉めず我先にと慌てて逃げ出したんです。で、魔物のほうはそのままダンジョン側に移動して……」
あっ……
ルークさんにもわかっちゃった……
「……それ、かなりヤバめのマナー違反なのでは?」
「……人間誰しも、自分の命が一番大事なんですよ……」
俺とアイシャさんがそんな世知辛い会話をしている間に、円柱の奥の通路から、二体の魔物がのしのしと現れる。
バイオリンを演奏しながら戦う、六本腕の女悪魔・バイオラ。
チェロを演奏しながら戦う、六本腕の牛男・チエラ。
かたや漆黒のドレス、かたや黒い礼服を身にまとってはいるのだが、ちょっと音程が狂い気味の演奏とあいまって、存在感がとても禍々しい。
確かに、こんなのが中ボス風の演出で出てきたら、逃げ出しても仕方ないが……
「では、またストーンキャットさんで――」
「いや、ルーク殿は切り札として温存したい。あの程度の相手なら、ここは俺に任せてくれ」
ヨルダ様が、確固たる足取りで前へ歩み出た。
なんか笑顔が楽しそうなのだが……!?
「に、2対1ですよ? 大丈夫ですか?」
「一応、魔物側が複数の時は、こちらも同人数までエントリーしていいはずですが……もちろん、一勝分にしかなりませんけど」
「アイシャ殿も温存でいい。この後も魔物との戦闘を引くかもしれんし、さっき戦いそびれたから、ここらで体を動かしておきたい」
ヨルダ様の実力を疑うつもりはないが、相手は六腕×二体――腕の数だけで十二本である。もっとも、そのうち四本は楽器の演奏に使われているため、実質的には八本だろうか。
……なんだか小学生の算数問題みたいなコメントになってしまったが、いかにヨルダ様が称号持ちの剣豪とはいえ、長剣一つでコレと戦うのは厳しいのでは……
「……わ、わかりました。でも、危ないと思ったらすぐ介入しますよ?」
ヨルダ様はライゼー様の親友である。こちらの私用でお借りしておいて、怪我でもさせたらライゼー様に申し訳が立たぬ。
しかし、ヨルダ様は飄々と苦笑い。
「意外に信用がないな。こういう状況を想定して、呼ばれたものと思っていたんだが」
ヨルダ様は右手で長剣を抜き放ち――左腕に、円形の小さな盾を構えた。盾を使うヨルダ様は俺も初めて見る……!
いやまぁ、戦っているお姿自体、そうそう見る機会がないのだが――部下の騎士達との訓練時にも、盾は使っていなかった。
こちらの盾、本当に小さい。円盤投げの円盤よりほんの少し大きいかな? くらいのサイズであり、むしろ投擲武器としても使えそう。
俺は、すぐ傍にこっそり控えていた『竹猫』さんのネコミミに、そっと耳打ち――
「……録画って、できます?」
竹猫さんはしっかりとビデオカメラを構えつつ、肉球でビシっと、頼もしい敬礼をキメてくださったのだった。
今日から7月ですね!!!!!!!!!!
(※酷暑でネジが壊れています。皆様も熱中症にはお気をつけて……)