99・おねがいルーシャンさま(※書類の偽造)
「……古楽の迷宮へ? ルーク様が?」
ロレンス様との音楽会、及びお茶会から数日後。
俺は農作業の合間を縫って、王都のルーシャン様の元へお邪魔した。
アイシャさんにスイーツを出前するお約束もある。こうしてみると、暇なようで意外に忙しい……
王立魔導研究所の一室にて、甘酸っぱいラズベリータルトを皆様にご提供しながら、俺はにゃーんとルーシャン様に媚びを売る。
「ルーシャン様やアイシャさんは、迷宮の経験者だとうかがいまして! 実は『精霊の祭壇』というところに行きたいのです」
あとキノコも採りたいが、これはついでである。メインではない。トマト様とトリュフ(的なモノ)の相性は抜群であろうし、ミートソースに一味加える上でもたいへん魅力的なのだが、あくまで――すみませんうそつきましたトリュフたべたいです。
前世でも、何らかの料理やスイーツに入っていたトリュフの欠片くらいは食べたことがあるはずなのだが……所詮は庶民だったルークさん。それらは残念ながら、「高級品」とは言い難い。
また、こちらの世界のトリュフ(的なモノ)が、前世と同じ品種であるとは限らず、個人的な興味もある。こっちにはこっちで、けっこう美味しいお野菜や食材が多いのだ。
で、ピタちゃんが教えてくれたのは、いわゆる「幻のキノコ」であり、市場には流通していない。
たまにダンジョンで採れると、商人を通じてお貴族様に高値で売られてしまうという。
ルーシャン様やリオレット陛下に「お願い♪」と甘えれば調達は可能であろうが、ルークさん的にそーいうのは……ちょっと……最後の手段かな、って。
そもそもダンジョンで採ればタダである。一口食べれば以降はコピーキャットで増やせるし、探索の過程で他の収穫物も得られるかもしれない。なんかやたらでかいマッシュルームとかもあるらしい。気になる。
いろいろと夢はふくらむが、そうは言っても優先順位は精霊さんとの再会のほうが上である。
ルーシャン様は膝上の俺を撫でながら、懐かしげに頷いた。
「古楽の迷宮は、宮廷に属する魔導師の査定にも関係がありましてな。身も蓋もない話をすれば、あそこで上位精霊からの祝福を得られると昇進に有利なのです。私やアイシャなどはまさにその例で――とはいえほとんどの者は、祭壇に辿り着いても精霊の姿が見えません。もちろん、既に風精霊の祝福を得ておられるルーク様ならば、何も問題はないでしょう」
「ルーク様、私でよければ現地までご案内しますよ! ルーク様の正体を隠す以上、一般の冒険者は雇いにくいでしょうし」
と、アイシャさんがやや食い気味に乗ってきた。
たいへんありがたい申し出なのだが、「デスクワークよりこっちのほうが楽しそう!」ぐらいのノリである……
「参考までに――祭壇までの所要時間って、どのくらいでしょうか?」
「えーと……最新の地図をチェックしていないので、正確な時間はわかりませんけど、徒歩で十時間から三十時間ぐらい見ておけばいいと思います。さすがに最下層ではないんですけど、そこそこ深いとこまでは行くんですよ。あと、途中に何回かある試練が……短時間で終わるヤツだといいんですけど、『模型の製作』とかに当たると半日仕事になったりします。試練はちょくちょく切り替わるので、最新情報は現地の冒険者ギルドから教えてもらいましょう」
そんな試練まであるの? もはや趣味の世界では?
どうも俺が持っている「ダンジョン」という言葉のイメージからは、少々どころでなくズレた場所のよーな気がしてきた……
「情報収集の上でも、アイシャが同行したほうが良いでしょうな。アイシャならば、魔導師ギルドにも冒険者ギルドにも顔が利きます。それと――ちょうどいい時においでいただけました。ご依頼の品が届いておりますぞ」
ルーシャン様が、執務机から書類一式を取り出した。
これは、もしや……!?
「ルーク様の――それからピタゴラス様の、魔導師ギルド、及び冒険者ギルドの登録証です。リーデルハイン家の家名は伏せたいとのご意向でしたので、お名前は『ルーク・トマティ』『ピスタ・ラビ』で登録させていただきました」
恐れ多くもトマト様からその御尊名をお借りした! ピタちゃんのほうは普通に「ラビット」が由来である。
「こちらはそのまま身分証になりますので、今後、トマト様の交易に関わる、各種の商取引でも役立つことでしょう。また、私が保証人となっておりますので、少々の無理も通るかと――登録証の階位は金・銀・銅と分かれており、本来ならば金をご用意すべきなのですが……金は人数が少ないため、名が知れた者ばかりですし、また活動を公表させられますので、時に悪目立ちをいたします。それではルーク様の目的に合いませんので、さしあたって『銀』の階位でご用意させていただきました」
「ありがとうございます! 大切に使わせていただきます!」
これからペーパーパウチの工房設立、さらには交易にも手を出す以上、身分証は必須である。
もちろん猫の俺がそのまんま「こんにちわー」とか出向くつもりはないが、「書類上の立場」というのは重要なのだ。これは「そういう人物が実在する」という裏付けであり、また「ライゼー様達にご迷惑をかけない」ための措置でもある。
クロード様ともいつぞや相談したことだが、「身元不明の謎の人物(※猫)」であっても、とりあえずギルドの身分証さえあれば、書類上の体裁が整う。
階位は「銅」で充分――とは申し上げておいたのだが、「保証人がルーシャン様」で、しかも今後、「ペーパーパウチ工房の社長になる人物」が、書類上とはいえ銅ランクでは逆に不自然だとも指摘された。
どっかの貴族が名前と身分を偽装して商売をしているのかも……と、周囲に誤解させるためにも、銀ランクのほうが都合が良いらしい。
「ちなみに、ルーシャン様やアイシャさんの階位は……?」
「我々の登録先は魔導師ギルドのみですが、私が金、アイシャが銀ですな。アイシャが私の跡を継いだら、金に昇格するはずです」
「国内の魔導師ギルドで金の階位を持っているのは、お師匠様を筆頭に十人だけですね。トリウ伯爵もそのお一人です。冒険者ギルドのほうだともう少し多くて、二十人くらいだったと思います」
そんな少数の中に無名の新人がいきなり紛れ込んだら、さすがに違和感がデカすぎる……
あとライゼー様の寄親であるトリウ伯爵は、魔力はさほど強くないのだが、ギルド内では金の階位だという。つまり純粋な魔力の強さ云々よりも、政治力とか血筋、人脈、事業の功績、ギルドへの貢献等が昇格の基準になっているものと思われる。
我が師、リルフィ様が銅なのはちょっと納得いかぬが、登録者の九割以上は銅クラスらしいし、ギルドに対する貢献度という評価軸で考えると、まぁ仕方あるまい。
魔導師ギルド、冒険者ギルドの登録証をいただき、ダンジョン出発の日程を相談した後。
アイシャさんが、同席していたリルフィ様達に視線を向けた。
「ピタゴラス様は当然として……クラリス様とリルフィ様もご一緒においでになるんですよね?」
さも当然のよーに言われたが、俺は首を横に振る。
「いえ。万が一のことが起きるといけないので、領地に残っていただくつもりですが……」
クラリス様が若干、不満そーな顔をされた。リルフィ様もちょっと残念そう……だが、このお二人を危険に巻き込むわけにはいかぬ。
アイシャさんが首を傾げた。
「ええー……いえ、そこまで警戒しなくても……もちろん、ダンジョン内を歩き回らせるわけにはいきませんが、ルーク様には『キャットシェルター』がありますよね? あそこに待機していただく分には危険もなさそうですし、一緒に来てもらったほうがいいと思いますよ」
たちまちぴくりと反応するクラリス様とリルフィ様! ついでにサーシャさん。護衛メイドの彼女は俺と同様、『クラリス様はさすがに無理では……』という立場であったため、アイシャさんのこの言葉に驚いた様子である。
そして良識派のルーシャン様が止めてくださるかと思えば、なんとこちらも納得顔。
「そうですな。実際に何ができるかはさておいて、お二人にとっても良い経験になるはずです」
……意外なご提案である。てっきり、アイシャさんやルーシャン様からは「置いていくべき」と言われるモノだと思っていた。
「で、でも、迷宮内で私が倒れてしまったりしたら……?」
「たぶんその心配はないです。そもそもルーク様がどうにかされるレベルのダンジョンだったら、一般の冒険者なんか手も足も出ません。むしろ……試練の場で、出直しになって二度手間、三度手間になるほうが、時間の浪費的な意味で嫌なんですよ……ルーク様に申し上げておきますが、まず、私は『音痴』です」
曇りなき眼差しで、胸を張って堂々と。
アイシャさんは実に残念な事実を告げた。
「たとえば歌唱系の試練に当たった場合、私は論外として、ルーク様がダメだったら、もうその時点で引き返す羽目になります。でも、同行者の中に歌の上手い方がいれば切り抜けられます。クラリス様やリルフィ様でも、そうした安全な試練なら受けられますよね? 歌に限らず――裁縫とか料理とかも有り得ますし、同行者は多いほうがいいんですよ。得意分野がうまくハマればすぐに突破できますから」
理由には納得しつつも、俺の頭には別の疑問がわいた。
「とゆーことは、つまり……百人とか二百人くらいで攻略するパーティーとかもあるんですかね?」
「他国のダンジョンなら有り得るかもしれませんが、『古楽の迷宮』の場合、その人数で報酬を山分けしていたら、さすがに生活が成り立たないと思います。それに烏合の衆が何人揃ったところで、強い敵が出てきたら被害が増えるだけなんで……だいたいのパーティーは三人から五人程度、多くても十人までですね。ただ、試練突破のために複数のパーティーが一時的に共闘することはよくあります。あとは……採掘の荷運びなんかで大量の人員が動くこともありますけれど、あれはもうパーティーや攻略がどうこうじゃなくて、単なる肉体労働ですね。報酬も安いです」
ふーむ……つまり、安全さえ確保できるなら、有能な人材を見繕って、戦闘要員以外でも積極的に連れていくべき――というご助言か。そうなると俺の『キャットシェルター』はまさに理想的な安全地帯である。
「では、メンバーは私とアイシャさんとピタちゃん……それから、シェルターにクラリス様とリルフィ様、サーシャさんに待機していただいて、あとは……」
「先日も王都に来ていた、そちらの騎士団長のヨルダ様とかどうですか? あの人はかなり頼れるんじゃないかと思います。あと……できれば、魔族のウィルヘルム様にもご助力いただきたいですね。ダンジョン内でも魔族は転移魔法を使えるはずなので、帰り道や緊急脱出時に便利そうです」
ヨルダ様とウィル君か! これは俺も異存のない選抜だ。
これで暫定メンバーは六人と二匹(猫とウサギ)。
前衛はヨルダ様とアイシャさん、補佐役にウィル君、控えにリルフィ様、クラリス様、サーシャさん。そしてペットが二匹。うむ。なかなかバランスのとれた構成ではなかろうか? いけそうな気がしてきた!
自分も行けると理解したクラリス様が、上機嫌で俺の背を撫でる。
「ルーク、兄様は誘わなくていいの?」
「クロード様は、もう士官学校の授業が再開されちゃってますからね。弓の腕が必要な試練にぶち当たったら、出直しの際に手伝ってもらいましょう。でも……ヨルダ様も弓術は使えますし、いざとなれば猫魔法でどうにかします!」
ルーシャン様が、ちょっとだけ苦笑い……
「ルーク様、たいへん申し上げにくいのですが、ダンジョンにおける試練は、魔法の使用を前提としたものと、そうでないものとがあります。魔法を使ってはいけない系統の試練では、ルールを破ると迷宮の管理者に『失格』と見なされ、出直しを指示されます。ルーク様は亜神という最上位のお立場ではありますが、件のダンジョンもまた、亜神ビーラダー様の産物ですので――たとえばですが、『ダンジョンの壁を壊す』などの力押しは、避けたほうがよいかもしれません」
さらにアイシャさんからも補足が入る。
「あとですね。もしも試練が五つあったとしたら、ルーク様が参加できるのはそのうちの一つだけ――試練を一回クリアした人は、出直しにならない限り、次以降の試練には基本的に参加できないんです。つまり、『一人で全部クリアする』みたいなことはできません。これも、パーティーの人数を多めに確保したほうがいい理由の一つですね」
いかにもゲーム的と言ってしまえば、それまでなのだが……亜神の趣味というだけでは、こんな細かなルールまでは設定しない気がする。何か理由がありそうな仕様だ。
その後、俺はウィル君をお誘いするべく、アイシャさん達と別れて、リオレット陛下の執務室へとこっそり出向いた。
陛下とアーデリア様は普通にお仕事中であったが、ウィル君が不在……
「もしかしてウィルヘルム様は、今後はもう、魔族の領地側に戻られるご予定なんですか?」
「いや、そういうわけでもないが、やけに忙しそうにしておる。半分は、わらわとリオレットの結婚に関して、魔族側での根回しのためだろうが……あとの半分は、どうやら王都に友人ができたようじゃ。今はそちらに行っておるのではないかな」
差し入れのケーキを頬張りながら、アーデリア様がくすくすと楽しげに笑った。
ふむ……『じんぶつずかん』を見れば事情を把握できそうだが、これは安全管理の懸念事項ではなく、あくまでウィル君のプライバシーである。本人から直接、聞くべきであろう。
「では、ウィルヘルム様が戻ってきたら、一度、リーデルハイン領においでいただけるようにお伝えください。実はダンジョンの攻略を手伝っていただきたいのです」
アーデリア様が妖艶に眼を細めつつ、俺の喉を撫でた。
「承知した。ダンジョンとは懐かしいのう……わらわも昔、精霊の祝福を得るために行ったぞ? もちろん西方での話だから、この地方の迷宮については何も知らぬが」
「ほほう? そちらもやっぱり、亜神ビーラダー様が作った迷宮だったんですか?」
「うむ、そのはずだ。『珪石の迷宮』といってな。水晶でできた美しいダンジョンだが、鉱物以外の資源がなく、わらわはすぐに飽きてしまった。こちらの迷宮では、何が採れるのだ?」
この問いにはリオレット陛下が答えてくださる。
「魔道具の楽器が手に入りやすいみたいだよ。あとは魔光石やパドゥール鉱とかの鉱物が少しと……それから魔物も出てくるから、肉は食料に、牙や骨、革は素材になる。よそと比べてあまり実入りのいい迷宮ではないとも言われるけれど、ネルク王国にとっては貴重な資源だ」
「ふむ。楽器とは縁がないが……ルーク殿、わらわも行ってやろうか?」
「いえ、アーデリア様には陛下の身辺警護という大事なお役目がありますし……私も最下層まで行く気はないのです。目当てはあくまで『精霊の祭壇』でして、ウィル君には非常時や帰り道での転移魔法をお願いしたいな、と。アーデリア様にわざわざ来ていただくほどのことではありません」
難所にぶち当たったらご足労願いたいが、アイシャさんやルーシャン様の話を聞く限り、火力はそんなに必要ではなさそう。
なによりアーデリア様は火属性なので、迷宮内で大火力→酸欠のコンボが怖い。普通に怖い。ガチで怖い。落盤事故の再現映像とかもはや悪夢である……
アーデリア様の申し出は迷宮への興味からではなく、単純に俺への厚意であったらしい。素直に「わかった、それではウィルに伝えておこう」と、笑顔で仰っていただけた。
リオレット陛下もあんまり興味なさそうだし……やはり、「ダンジョン」というのは一般に憧れるよーな場所ではないのだろう。「いつか行ってみたい」などと言うロレンス様はむしろ珍しい例か。
「あ、そーだ。ロレンス様も、ダンジョンに興味をお持ちのようなんですが……さすがに、一緒に連れて行くとかはマズいですよね? たぶん、数日がかりになりますし……」
「ロレンスが?」
リオレット陛下は驚いた様子。
「はい。物語などに登場するダンジョンがどういった場所なのかとか……あと、精霊の祭壇にも興味があるようでした。まずは剣術を学んでから、機会があれば行ってみたいと」
陛下の眉間に皺が寄った。
「あー……いえ、ルーク様。それはむしろ……もしお手数でなければ、今のうちに一緒にお連れ願えませんか? 近い将来、中途半端な手勢で迷宮に踏み込まれるよりも、今、ルーク様と一緒に行ったほうが、まず間違いなく安全ですので」
陛下……眼がマジ……
「クラリス様達と一緒に、シェルター内にいていただく感じでよろしければ可能ですが――でもその前に、外泊許可というか、離宮を長時間にわたって留守にする口実が必要ですよ? 家庭教師のペズン伯爵だけでなく、周囲には使用人達もいますし、ラライナ様だって一つ屋根の下におられます。私の裁量だけでは、ちょっとお誘いしにくいです」
行方不明となれば大事であるし、素直に「ダンジョンへ行ってきます!」などと言うわけにもいかぬ。
陛下は少し思案して、紙とペンをとった。
「口実はこちらで用意します。迷宮にはアイシャも同行するのですよね? でしたら、アイシャに手紙をもたせて侯爵領へ派遣し、『短期の魔導実習見学』という建前で、ロレンスを連れ出してもらいましょう。二、三日の予定で離宮を離れ、ダンジョンでアイシャの魔法を見せるという流れであれば――ラライナ様には暗殺を疑われるかもしれませんが、ロレンス本人からの要望という形に持っていけば問題ないでしょう」
それが陛下のご意向とあらば、こちらに拒否する理由はない。
改めて日程の調整をし、パーティーメンバーにはロレンス様も加わっていただくことになった。そうなるともちろん、護衛のマリーシアさんも一緒である。
……なんだかピクニックにでも行くよーなメンバー構成になってしまったが、戦力的にはもう充分。ヨルダ様とアイシャさん、ウィル君だけでお釣りがきそうなレベルであろう。
そして我々は、決行の日を一週間後と定め、その間に俺は、迷宮のことを座学でいろいろ勉強することとなった。
いつも応援ありがとうございます!
うっかりしてましたが、前回で通算100話だったようで…
番外編をナンバリングから外していたため、まだ98話と勘違いしていました(汗)
おかげさまで連載期間も一年半ほどとなり、もうじき小説三巻もお届けできそうな雰囲気です。
ゆっくりペースではありますが、今後とも頑張っていきますので、引き続き楽しんでいただけましたら幸いです(^^)