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98・楽器と迷宮


 お昼ごはんとしてピザやナゲットやその他サイドメニューをみんなで摘みながら、我々は音楽会を鑑賞した。

 出てきたアイドル……神官達は、若い女の子達ばかりではなく、少年達とかイケメンユニットとか演歌歌手みたいな渋いおじさんとかソロの歌姫とか、割とバラエティ豊かであり、ちょっとした歌合戦感があった。

 また、初々しい新人さんのデビューとか、アクロバティックなダンスがメインの時間帯とか、けっこうエンタメとして盛りだくさんな内容であった。


 ……まぁ、「音楽会」という看板には、一言二言、ツッコミを入れたいところではあったが……しかし、クオリティが想像以上に高かったのも事実である。

 衣装は神官服をアレンジした白系のものが主体であり、その意味では統一感もあった。


 田舎育ちのクラリス様達はもちろん、王都から出たことがなかったロレンス様も、こうした音楽会を見たのは初めてだったらしい。

 最初こそ眼を丸くしていたものの、軽快な音楽とダンス、美しい歌声には感じ入るものがあったらしく、終始楽しげであった。俺も前世の記憶がなかったら、素直に「すげー!」と感動していたはずである。


「クラリス様は、特に気に入った曲などはありましたか」

「そうですね。二人組の女性が歌っていた、猫の歌などはかわいらしかったと思います。ルークもよくお腹を出して寝ているので、つい笑ってしまいました」

「ああ、あれはおもしろい歌でしたね。ルーク様の尻尾が、歌のリズムに合わせて揺れていたのも趣き深かったです」


 ……むいしき! いかん、ルークさんは意外に隙が多いぞ……

 そしてクラリス様が問い返す。


「ロレンス様はどのような歌がお気に召しましたか?」

「終盤の、高齢の神官が歌っていた狂剣フランドの叙事詩はたいへん興味深かったです。その終焉の地たるコーレル山は、この領都への移動中にも見かけましたが……物語で読むのとはまた違った迫力を感じました」


 オペラ風のアレか。アレは確かに聴きごたえがあった。ロレンス様はなかなか良い趣味をされている。


「ルーク様はどのようなものがお気に召しましたか?」

「んー。みんな良かったと思いますけど、特に気になったのは後ろで演奏していた楽器のほうですね! 見たことのない楽器もありましたし、あと……何かこう、音に魔力を乗せているとゆーか……周囲に響きやすくなるんだと思いますが、特殊な効果が付与されているよーに感じました!」


 さすがに洗脳とかではない。精神高揚、くらいの効果はあるかもしれぬが、いわゆる普通のヒットナンバーでも「聞くと元気になる!」みたいな曲はそこそこあるわけで、「魔道具の力」と「音楽の力」の境界を切り分けるのはちょっとむずかしそう。


 見えた楽器は、いわゆるギターやバイオリンのような弦楽器、フルートやトランペットのような管楽器、木琴、鉄琴、太鼓などの打楽器、ピアノやアコーディオンっぽい鍵盤楽器に加え、たくさんのボタンがついた四角い箱とか、振り回すと遠心力で鳴る紐付きの笛とか――


 あとちょっと凄かったのは、「水琴」とゆー、水を操って、その水音で演奏するという不思議な楽器。

 どういう原理なのか、音もきちんと周囲に広がる仕様で、無数の水滴がそれぞれの音を流麗に奏でる様子は圧巻であった。

 見た目は、ドラムセットのように並べられた丸い水槽の群れ。

 演奏者は水滴の落ちる棒を操って、ここに水滴を落とし、曲を奏でていく。

 パタタタタッ、と連続で水滴が落ちると、まるで木琴のような音階が生まれ、見た目も音も実に優雅。

 これは水滴を操る水魔法を用いた演奏術であり、リルフィ様いわく、「水属性の魔導師でないと演奏できない」「もちろん相当な練習が必要」とのことであった。実に珍しいモノを見られた。


 ロレンス様が俺を膝に乗せる。ごろごろごろ。


「今日出てきた楽器のほとんどは、『古楽の迷宮』から得られた魔道具ですね。音の広がりが良く、国内の技術では再現できない楽器ばかりでした」

「それ、ちょっと不思議だったんですが……ダンジョンで宝物として獲得できる楽器って、一回とったら終わりですよね? ダンジョンができた時点で用意されていた分を取り尽くしたら、もう新しい楽器は獲得できないってことですか?」


 資源やモンスターのドロップならともかく、「楽器」である。それらは明らかに職人の制作物であり、そんなものが頻繁ひんぱんに回収できるダンジョンというのも違和感がある。

 ロレンス様が、ほんのちょっと考え込む顔に転じた。


「いえ、ダンジョンの財宝は、楽器も含めて、たまに起きる『構造変化』の後に一新されます。そうした財宝は、亜神ビーラダーの創造物とも言われていますが――いくつか、不審な点もあります。というのも、まったく違う製作者の署名が刻印されている品が多くありまして、『どこか別の場所で作られた楽器が、ダンジョンに報酬として置かれているのでは』という説が有力です。ただ、何分にも検証のしようがなく……『財宝は誰が置いているのか』『どうやって調達しているのか』というのは、ダンジョンにまつわる大きな謎の一つですね」


 ルークさん、モフモフの腕を組んで考え込む。

 ……つまり誰かが、何らかの目的をもって、「ダンジョン用の景品」をわざわざ用意し続けている……?

 亜神ビーラダーという人は、全世界にいろんなダンジョンを作ったらしい。今も存命なのか、既に亡くなっているのか、あるいは別の世界へ移動してしまったのか、そのあたりは諸説あってわからぬという。

 いずれにしても、数多く存在するそれらの「ダンジョン」を、何者かが――あるいは何らかのシステムが、維持管理していることになる。


 何やら裏がありそうな……などとつい疑ってしまうが、当該ダンジョンが人々の役に立っているのは間違いない。

 そして話題の中心は、いつの間にやら音楽会と楽器から「ダンジョン」へ移ってしまった。

 俺はロレンス様に問う。


「内部にはモンスターがいたり罠があったりして、探索には命の危険もあるようですが……具体的に、どのくらい危険なんですかね?」

「浅い階と深い階とで危険度が大きく変わりますが、よほど無謀な突進をしない限り、死者が出ることは滅多にありません。ダンジョン内部は一部のダークゾーンを除き、照明も設置されていて明るいため、道に迷う危険も少ないはずです。ただ、財宝が一新される構造変化の直後だけは、熟練の冒険者達が先行して慎重にマッピングをしますが――ギルドを通じてこの地図を購入すれば、ある程度は安全に資源を採掘できると聞いています」


 ……至れりつくせり?

 実際のところ、ガチの「地下迷宮」でもっとも恐ろしいのは、「闇」と「地形」である。

 そもそも洞窟というのは「人間が通る」ことを前提としていないため、通れる隙間がなかったり、地盤が急に崩れたり、水が溜まっていたり、酸素が足りなくなったり……真っ暗闇の中でこれらの危険が襲ってくるというのはものすごいストレスだ。

 前世と違って懐中電灯もなく、一般人でも使える魔導ランタンは高価。魔光鏡で『照明』を使えるのは魔導師だけ――

 必然的に冒険者が使えるのは普通のランタンや松明たいまつということになるが、ダンジョン内の大部分が明るいのなら、その手間は大きく軽減される。


「罠についても、教えていただけますか?」

「私が知っているのは、あくまで読みかじり程度の知識ですが……『古楽の迷宮』の場合は、移動床や一方通行、隠し扉、幻惑の呼び声、モンスター出現などがメインです。その一方で、毒矢が飛んできたり深い穴に落とされたりといった、即死に至る類の危険な罠はおそらくありません。ダンジョンごとの特色があるため、他の地域ではまた事情が違うかと思いますが、この『古楽の迷宮』は、冒険者の界隈かいわいでは『初心者向け』とも言われているようです」

「ほう……では、けっこう攻略できた方も多いんですか?」


 ロレンス様が首を横に振った。


「いえ、少し語弊ごへいがありました。初心者向けというのは、浅い階なら凶悪な罠がなく、資源採掘に慣れやすいという意味で……下層の敵は極めて強いため、完全攻略するとなると決して簡単ではありません。また、他の迷宮にはない特殊な試練もあります。ちょっと前にもご説明しましたが――」

「あ! 精霊さんが歌の判定をして、合格しないと通れない門があるとゆー……?」

「それです。試練の内容は数年に一度起きる構造変化のたびに切り替わるので、最新の状況は冒険者ギルドにでも問い合わせないとわかりませんが――過去には、迷宮の守護者を名乗る存在とチェスの勝負をさせられたり、それから紙飛行機を折って、どちらが遠くまで飛ばせるかの勝負をした例などもあったそうです」


 ……ほんとにやりたい放題だな? 門番の中ボスというより、ミニゲーム感覚なのだろうか。


「もしや、ルーク様は……ダンジョンの攻略を検討されているのですか?」

「いえいえ、まさか。興味はあるのですが、中に入る気はないです。やるべき仕事が多いですし、トマト様の栽培とか量産とか加工とか輸出とか販路の確保とかレシピの開発とか、時間がいくらあっても足りません!」


 クラリス様とサーシャさんが、やけに生温かい眼で俺を見ていたが、コメントは特にない。リルフィ様はくすくすと微笑んでおられる。かわいい。ピタちゃんはデザートのソフトクリームに集中。平常運転で素晴らしい。よく飽きないな?


 ロレンス様が、ちょっとだけ残念そうに微笑まれた。


「そうですか。私は……機会さえあれば、いずれダンジョンをこの眼で見てみたいと願っています。私にとっては、物語でしか知らない憧れの場所ですから。もちろん今すぐというわけにはいきませんが、マリーシアに稽古をつけてもらって、まずは身を守れる程度の剣術を学んで……さすがに最下層までの攻略を目指すつもりはありませんが、できれば『精霊の祭壇』まで出向いて、叶うことなら本物の精霊に会ってみたいと――そんな夢も持っています」


「…………せいれいのさいだん?」


 聞き流せないパワーワードが出てきた。

 なんですか、その胸躍る響き……!


「精霊さんに会える祭壇……そんなものがダンジョン内にあるのですか!?」

「はい。私もルーシャン卿の著書を通じて読んだだけなのですが――亜神ビーラダーが製作したダンジョンには『精霊の祭壇』があり、そこで精霊から認められた者は、四属性の上位精霊との交信ができるそうです。試練や会話を経て気に入られれば、精霊からの『祝福』が称号として付与されることもあります。ルーシャン卿も、その弟子のアイシャ殿も、古楽の迷宮にて精霊からの祝福を得たそうです」


 なるほど……

 ルーシャン様やアイシャさんからは、「修行中に地精霊・水精霊からの祝福を得た」というよーな話を聞いたことがあるのだが、つまりその修業の場が件のダンジョンだったのか。


 俺は人里離れた山中で「風の精霊」さんに助けていただいたが、あれはかなり幸運な偶然だった。

 風の精霊さんは、俺にとってこの世界に来て最初の恩人である。機会があればぜひ改めてお礼を言いたいのだが、まだ再会できていない。

 山に行けば会えるのかと思ったが、そーいうものでもないらしく――

 同じ『風精霊の祝福』持ちの仲間であるウィル君にも、「どうやったら会えますかね?」とは聞いてみたのだが……「なにせ気まぐれな方達なので――」と、首を傾げられてしまった。


 ウィル君によると、「こっちが困っているのに気づくと助けてくれる(こともある)」という感じらしく、会おうと思って会えるものではなさそう。あの時はよく三日間も付き合ってもらえたな……?


 ルーシャン様からもぜひ詳しく聞いてみたいが、『精霊の祭壇』というのは、上位精霊と会いやすい特殊な場所なのだと思われる。


 眼をキラキラさせていると、ロレンス様が俺を抱え直した。


「ルーク様も、上位精霊にご興味があるのですか?」

「興味というか、風の精霊さんは、私をリーデルハイン領まで導いてくれた恩人なのです! あの方のお導きがなかったら、私は今頃、まったく別の猫生を送っていたことでしょう。別れ際に『風精霊の祝福』という称号もいただいています」


 ロレンス様も俺に負けじと眼を輝かせた。


「上位精霊とお会いになったことがあるのですか!? どのようなお姿でしたか?」

「えーとですね。背中に半透明の羽が生えていて、背丈は……私の頭よりちょっと大きいくらいですかね? 美人さんで、とても親切な方でした! 再会できたら、ぜひお礼を言いたいのですが――」


 さて、わざわざそのためだけにダンジョンへ踏み入っても良いものかどーか……?

 猫魔法を駆使すれば割とあっさりイケそうな気はするのだが、クラリス様やリルフィ様を心配させてしまうのは本意ではない。もし行くにしても、まずはルーシャン様に相談して、経験者の助言をもらってからの話か。


 ソフトクリームを食べていたピタちゃんがぽつり。


「ルークさま。ぴたごらすもいっしょにいきたいです」


 えっ。ピタちゃんが(食べ物以外に)興味を持つなんて珍しい……!


「それはむしろありがたいけど、どうして?」

「ぴたごらすはしめいをおもいだしました」


 ピタちゃんは真っ赤なお目々で宙を見据えた。

 皆がゴクリと唾を飲む。


「だんじょんでとれるキノコはおいしい……えるふのみんながいっていたことを、おもいだしたのです」


 うん。

 まぁ、うん……

 ――しばし沈黙の後、クラリス様がピタちゃんをわしゃわしゃと撫で回した。なごむ。


 その後、ルークさんは「古楽の迷宮では良質なトリュフっぽいモノがごくごく稀に採れる」というやべぇ情報を入手し、改めてダンジョン探索を心に決めたのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >だんじょんでとれるキノコはおいしい……えるふのみんながいっていたことを、おもいだしたのです ステラちゃんの前で黒帽子キノコの土瓶蒸しをおいしく食べたい
[一言] 食べ物以外(食べ物)
[一言] 祭壇があっても、風の精霊さんに会えるとは限らない件
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