死なずのセルイ
せっかくだからと、街を散策しながら市場を目指す。
どれも興味深いのか、詩音は視線をあちこちに向けている。
まるで赤子が初めて外を観たような彼女の様子に、
セルイは久しぶりに世話を焼いているなぁーと実感していた。
誰かと共に過ごすなんて、それこそ何百年ぶりだろうか。
そう思いをはせていると、街一番の市場に着いた。
「さぁてと、仕入れするッスよ〜。詩音、オタクは大人しくしてるッスよ?」
セルイの言葉に頷く詩音。
本当に大丈夫だろうか? と思いながらも、彼女を連れて市場を歩きながら、淡々と手に入れたい品を買っていく。
しばらくして、大人しくしていた詩音が声をかける。
「セルイ、何だか視線を感じるのだが……」
困惑したような彼女に、
「そりゃあ、セーラー服着て長い布に巻かれたもん持ってたらここじゃ目立つッスよ」
ここに来る前、剣をそのまま持ち歩くと目立つからと布を巻いて来たのだ。
その結果、どこかの学生が市場にいるかのような状態となり、逆に目立ってしまったのだ。
まぁ、セルイの特異な服装も要因の一部ではあるのだが。
「なるほど。この世界では学生という職業があるのか。だが、私は騎士だぞ? 全く、異世界とは厄介なものだな!」
厄介なのはお前だと言いたくなる気持ちを抑え、セルイは商売道具のトランクを見ながら、
「仕入れ終了〜! そんじゃ家で仕込みッスよ!」
「なんだ? もう帰るのか?」
「そりゃそうッスよ。ウチの営業は夕方からっスからね! 急ぐッスよ!」
そう言うや否や、さっさと歩いていくセルイに、詩音も慌てて着いていく。
すると、詩音の顔が険しくなる。
「セルイ。何者か分からんが……」
「着けられてるっスね。わかってるっス」
そう言うと、足早に歩き、遠回りをしながら、路地裏に入る。
追いかけて来た人物が入った瞬間、黒い爪のようなダートを向ける。
「何者っスか⁉」
セルイに続き詩音も布を巻いた状態の剣をいつでも抜けるように体勢を整える。
「もしや、まお……何の手下だ!」
おかしな言葉になっているのをスルーし、セルイは言う。
「場合によっちゃ、容赦はしないっスよ?」
セルイの鋭い視線に、その人物は手を上げ降参のポーズを取る。
相手は男だった。身長が高く180以上はあるだろうか、セルイの身長を超す巨漢に、警戒心が上がる。
「こっちも依頼でな、死なずのセルイさん、よ!」
そう言うと男は、身体を反らし、セルイに蹴りを入れる。
「く〜! いった〜い!!」
思い切り倒れるセルイをみて、詩音は、
「賊が! 私が相手になろう!!」
剣を抜き、切っ先を男に向ける。
男は余裕そうな表情で、
「俺の目的は死なずのセルイだけなんだが、まぁいい。中々のべっぴんさんだからな。売ればいくらかになるだろうよ!」
その言葉に詩音は激昴する。
「貴様!! 聖騎士団三番隊所属を舐めるなよ!」
そう言うと、詩音は男に切りかかる。
その斬撃を悠々とかわすと、男は詩音の腹に一発入れる。
「ぐはっ! 」
よろめく詩音に、トドメをさそうとする男。
だが、その動きは止まった。
「動くな」
「……セルイ! ……それは一体!?」
セルイが手にしていたのは、銀色のボウガンに刃が付いた不思議な武器だった。
切っ先を喉元に突きつける。
「これじゃさすがに避けられないっしょ?」
「わかったわかった! 降参だ! 降参するから降ろしてくれ!」
今度こそ観念したらしい男に、セルイは、
「それじゃおやすみっス」
そう言い男の首筋に噛み付いた。
「!? セルイ!? 何を!?」
焦る詩音に、しばらく待てと手で合図しながら血をある程度吸うと、男は気を失ったのかゆったりと倒れていく。それを支え、地面に横たえる。
「見ての通り血を吸ったんスよ。この量なら、前後の記憶が無くなる程度っスね」
セルイの言葉に、詩音は疑問が山ほどあると言わんばかりに矢継ぎ早に聞く。
「あの武器はなんだ!? この男は何故お前を狙っている!? あと死なずのセルイとはどういう事だ!!」
彼女の疑問に、セルイは一つづつ丁寧に答えていく。
「まず武器っスけど、黒い小さい矢みたいなのがクロウダート。オレの爪で出来てるっス。そいで、こっちの訳分からん武器がチィトゥィリ・アルージェ。ボウガン、ワイヤーガン、ガンブレードに待機モードの四つがあるっス。組み合わせが可能な複合武器っス。
そいで命を狙われているのは、オレが持っているって噂になっちまった剣を探してる連中のようっスね。全く、誰が流したんだか。んで、最後にオレのあだ名は、幾ら命を狙ってもピンピンしてるから付いたようっスね」
長々と説明を終えると、端に置いていたトランクを持ち、
「さ、わかったらとっとと行くッスよ! 仲間が増えて来たら面倒っスからね!」
そんなセルイに、詩音はおもむろに聞く。
「お前は吸血鬼の真祖だ。私の知る吸血鬼は日光に弱く、だが、闇属性で身体能力も高くあらゆる魔術を扱い、眷属を増やす生命体だ。この世界では違うのか?」
詩音の質問に、セルイは少し悩んだ様子で、
「その話は家に着いてからにするっスよ! さ、行くっス」
そう言葉を濁し、歩いていく。慌てて詩音もつづき、二人は無言で帰宅した。