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父親

「わ、私です! 剣聖のホワイトパール、貴方の娘です! わかりませんか!?」


  詩音が必死な様子で男性=南部聖司なんぶせいじに語りかける。


「懐かしい呼び名だね……。いや、今でも時々使っていたっけね。そんな僕の娘か……あの世界での娘……君がそうなのかい?」


  優しい声で言う彼に、シノンが言う。


「そうです! 父上貴方の娘です!」


  その目は涙を堪えながら、でもどこか期待に満ちた表情だった。

 南部聖司は、静かに目を細めると、


「すまないね。僕には、あの世界での記憶が曖昧なんだ……」


  彼の言葉に、詩音が固まる。


「君もこの世界に来たのなら、わかるんじゃないかな? 日に日にあちらでの世界での日々が、記憶から抜けていくのを」


「!!」


「詩音! そうなんスか!?」


  セルイの言葉で、ようやく詩音が口を開く。


「言われて見れば、確かにここ最近の記憶が強くなり、元の世界での記憶が薄れている……気がする」


「ちょ! それ大事じゃないスか!?」


  二人の様子に、聖司が言う。


「君は詩音と言うのかい? この世界での名前?」


「はい、そうです! が、それが何か問題でも?」


  静かに息を吐くと、聖司が言う。


「もう定着してしまったのなら仕方ないね。どうやらこの世界で名前を付けてしまうと、名前に縛られて、元の世界の事を忘れていってしまうみたいなんだ。その証拠に、僕は、もうこの世界にやって来たという事しか覚えていないんだ」


  聖司の言葉でセルイが詩音をみる。


「名前……付けちゃったのまずかったみたいっスね……」


  詩音はショックで言葉にならないらしく、一言も発せずにいた。


「コホン。ところで、君達が僕を治してくれたみたいだね。ありがとう。それで、要件は父親以外なら何かな?」


  話を変えてきた聖司にセルイが言う。


「市長選に出るのを辞めてほしいんスよ」

 

  聖司は目を丸くした後、静かに微笑みながら、


「どうして辞めてほしいのかな?」


「エンドの連中は手を引いたっス。この無意味な争いを止める為にも、オタクには出てもらいたくないんスよ」


  セルイの話を聞いた聖司は、静かに頷くと、


「君達がエンドを止めてくれたのかい? たった二人で、凄いね。そして、僕の命も救ってくれたようだし……わかったよ。今回は君達に従おう」


  その時、外から声がした。どうやら無理矢理扉を足で開けたらしい。


「神さま! 貴方が出ないで誰が出るというのです!? この腐敗した街を再生出来るのは我々ハンナ教団だけなんですぞ!!」


「この声は、足立かい? すまないね。でも、決めた事なんだ」


  聖司のあっさりとした発言に、足立という男は、


「そんな事許されるとでも!?」


  引き下がらない足立に、セルイが呆れたように言う。


「どうやらオタクを何とかした方が良さそうっスね?」


  セルイが近寄って行き、紐ごと足立とリセを連れて来る。その衝撃でリセが目覚める。


「……ん! ここは……! お父さん!?」


  そう呼ばれた聖司は愛おしそうな顔で、


「リセ。いい子にしてたかい?」


  そう言うと、ゆっくりとベッドから降り、リセの元へ向かい紐を解いた。

  そして二人は抱き合った。


「お父さん! お父さん!!」


「リセ。すまなかったね」


  そんな二人の様子をみた詩音は静かに目を伏せる。


「……親子水入らずなとこ悪いスけど、この足立とかいうおっさん、どうにかしていいっスか?」


  セルイの言葉に、足立が怯えながら声高に反応する。


「どうにかとはどう言うことだ!! この! 化け物めが!!」


  それを聞いた聖司は、


「そうだね。足立には今まで支えてもらっていたし……。こちらで説得しても構わないかな?」


「わかったっス。じゃあ今回は南部聖司、オタクに任せるっスよ? でも、何か起こった時には……」


「わかっているさ。その時は、君の好きにしてもらって構わないよ」


  セルイと聖司のやり取りに、足立は完全に諦めたらしい。無言で項垂れ、その場に座り込んでしまった。


「ああ、そうだ。君の名前を聞いてなかったね?」


  セルイの方を向き、聞いてくる聖司に、セルイは


「不知火セルイっス。覚えるかどうかはお好きにどうぞ」


  それだけ言うと、詩音の方へ向き


「さてと、それじゃあ、し……閃光のブラックパール! どうするっスか?」


  話を振られた彼女は、


「……詩音でいい。帰ろう」


「……わかったっス」


  そうして、抱き合う親子と戦意喪失した男を置いて、廃病院を後にした。


****


 車に戻ると、ご褒美タイムが終わったらしいマリとレオンが待っていた。


「おかえりなさいませ、セルイ様、お嬢様」


「遅かったじゃない! 何してたのよ?」


  二人に軽く説明をし終わると、静かになったままの詩音を連れて、セルイの家まで車で帰って行った。


****


「それでは私は引き続きマリの傍にいますので。何かありましたら、ご連絡ください」


「あんまりハメを外さないように頼むっスよ? レオン!」


  主の忠告に頷くと、二人はマリの家に向かって車を走らせて行った。


「さてと。……その、いつまで黙ってるつもりっスか?」


  詩音に声をかけると、


「……お腹が空いた。何か食べたい」


「了解っス。さ、中に入るっスよ!」


  そうして中に入ると、セルイが適当に料理を始める。

 その様子をボーッと眺めると、詩音が口を開く。


「名前……思い出せないのだ」


  唐突な発言に、セルイが聞く。


「名前って……元の世界の?」


「ああ」


  それだけ言うと、詩音は黙ってしまった。

 しばらくして、セルイが料理を作り終えた。


「はい! 今晩はお腹に優しいスープとパンっスよ!」


「……いただきます」


  運ばれて来るや否や、そう言うとパンにかじりつく。


「……? 詩音?」


  そう呼ぶと、詩音の目からは涙が溢れてくる。

 泣きながら食事を摂る彼女の傍によると、セルイが優しく背中をさすった。


「うぅ! う、うわぁぁぁん!!」


「よしよし、我慢してたんスね? よく耐えたっス!」


「うう、子供……扱い……するな…ひっく!」


  そう言いながらスープを口に運ぶ。

 詩音が食べ終わるまでセルイは背中をさすっていた。


****


  食べ終わると詩音は、


「ごちそうさまでした。……もう寝てもいいか?」


  眠気が来たのかあくびをする。


「はいはい、後片付けはやっとくんで、寝てていいっスよ!」


 そう言われ、素直にベッドに向かっていく。

 そのうち寝息が聞こえてきた。


「……お疲れ様、詩音。いや、閃光のブラックパール。いい夢を」

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― 新着の感想 ―
[一言] なんと……! こちらの世界で名前をつけると、元の世界の記憶をどんどん失うとは……! いや、でもセルイも知らなかったようだし、仕方ないっちゃ仕方ないんですが……、いや、でも、泣きたくなるのもわ…
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