名前と正体
呆気に取られている少年に、
「? 言葉が通じないのか?」
困惑気味の甲冑の人物に、少年も困惑しながら返す。
「言葉は通じてるっスよ? ただ、その格好……明らかにおかしいッスよね!? いつの時代の人っスか!?」
少年の突っ込みに、
「なんだ。通じているではないか! して、ここはどこだ? 私には時間がない! 急がねば世界が魔王に滅ぼされる!!」
甲冑の人物の言葉に、
「いや……あの……。どこから突っ込んだらいいか悩むっスけど。ここはサクヤシティ。多分だけど、オタクの世界とは別世界っスね!」
少年の話に耳を傾けていた甲冑の人物は、
「な……なんだと!?」
衝撃のあまり、絶句し、その場に立ち尽くした。
しばらくして、動かない甲冑の人物に、少年が声をかける。
「とりあえず、ずぶ濡れっスから、オレん家来ます?」
少し迷った風な甲冑の人物は、
「わかった! 行こう! だが下手なマネはするなよ!? 私はまだここが異世界だと信じていない!」
剣を抜く動作をする甲冑の人物に、適当に頷くと、
「さっさと行くッスよ!」
そう言って少年の住む寂れた一軒家に向かって行った。
入り組んだ狭い路地を二人で足早に歩く。
****
「あの……名前はなんて言うんスか? オレは、不知火セルイって言うッス!」
セルイの言葉に、
「……閃光のブラックパール。通り名だ」
返ってきた返事が予想外で、思わず吹き出しそうになる。
が、それを堪えてセルイは言う。
「閃光? ブラック? さん。どうしてここに来ちゃったか、心当たりあったりしません?」
セルイの問いに、
「ない」
「即答!?」
あまりにも早い返答に、セルイはコレは厄介な事になったと頭を抱える。
そんなセルイの気持ちを知らずに、閃光のブラックパールは、
「おい。アレがお前の家でいいのか?」
指さされた洋装の一軒家を見て、そうだと頷くセルイ。
町外れにあるその家に二人は入っていった。
「閃光さん? 甲冑は脱いでもらえます? さすがに、その、部屋のスペース的に? 後その他もろもろ面倒なんで……」
閃光のブラックパールは、頷くと特に抵抗も無く甲冑を脱いでいく。
(警戒してるかと思いきや案外素直っスね)
そんな事を考えていると、脱ぎ終わったらしく目をつぶっていたセルイに声をかけた。
その姿は、黒いロングな髪に黒い瞳の美しい少女だった。
歳は10代後半だろうか。成長途中の胸が強調されたノースリーブのミッチリした服にスパッツのようなモノを着用していた。
(予想外に美人さんっス!)
閃光のブラックパールは、何も言わないセルイに首を傾げながら、
「どうした? 何か変か?」
「色々変なんスけど……とりあえず状況整理しません? あ、タオルは新しいの今出すんで使ってください」
洗いたてのタオルを渡すと、少女は濡れた身体を拭き始める。その様子を確認した後、セルイは自分もタオルで身体を拭き、状況整理に没頭した。
****
数時間後
「なるほど。つまり、ブラック? さんは、魔王の配下の敵と戦っていたら、突然雷に打たれ、気づくとここにいたと。そいで、オレは取引終わりにパール? さんと出会ったと」
セルイの言葉に頷く彼女だったが、
「それで? 私はいつ帰れる? というかさっきから気になっていたんだが、何故私の通称を略す?」
彼女からのクレームに、セルイは、
「すみません。この世界だと……ぶっちゃけ言います。ダサいっス」
「な!?」
ショックを受ける彼女に、どうフォローしようか悩むセルイだったが、
「そうだ! 本名はなんていうんスか?」
本名を聞けばいい事に今更気づく。色々起こり過ぎて失念していたのだ。
これで多少は楽になると踏んだセルイだったが、
「すまないが、元いた世界での契約により本名は名乗れないのだ」
ガーンと頭の中で音がした。
本名は名乗れない。だがあの通称は、さすがに無い。
どうすればいいか悩んだ末、セルイは閃いた。
「そうだ! 名乗れないなら新しい名前を付ければいいんスよ!」
「新しい名前?」
訝しげな閃光のブラックパールに、
「この世界でその名前は通用しないっス。いずれ帰るにしろ、しばらくはここでやって行くしかない。なら、新しい名前は必要っしょ?」
セルイの提案に、
「確かにそうだな。お前の話に賛同しよう。……それでだな……」
おずおずとタオルを巻いた身体に触れ、
「何か着替えを貰えないか?」
そういや人間だったなこの子! と思い改め、慌てて服を用意するため倉庫に向かう。
(女物で何かあったっけ? ええと! 急げ! オレと違って人間なんだから!)
慌てて出した服は、黒のセーラー服だった。
「いやさすがにコレはないっスね。ってお姐さん!?」
セルイの制止を振り切り、セーラー服に手を伸ばす。
「いやコレでいい。気に入った!」
そうして着替え終わった彼女とセルイは、名前決めをする事にした。
どうやら文字は共通では無いらしく、こちらの世界の文字を読めない彼女の変わりに、いくつか候補を出し、音で決めていく。悩んだ末、ついに決まった名前は、
「篠楽木詩音! 決定ッスね!!」
「ああ、異論はない。改めてよろしく。セルイ」
そう言われ、握手を求められる。握手を握り返すと、詩音が笑顔で、
セルイの首を絞めた。
「⁉」
突然の事に驚くセルイに、詩音は、
「お前からは人間の気配がしない! 何者だ!」
首を締めている詩音の手を叩きながら、
「わかった! わかったっスから! 苦しい!!」
何とか首絞めから解放されると、咳き込みながら言う。
「オレは、吸血鬼。その真祖ッス!」