第六話 あいあむ すとりーむ がーる
「あー、ええっと。なかなかに大きな何かですねえ」
「なにをムツゴロウしようとしてるの」
ブラコン女に冷静に突っ込まれる。ただ、声は枯れているというか、のどが痙攣して動かないといった感じだった。
「知ってるか。ムツゴロウさん、プロ雀士なんだぜ」
「どうして冷静でいられるの。あんなのが目の前にいるっていうのに」
オレたちの目の前には首を最大限にまで伸ばさないと全体が見えてこないような巨大な蟲みたいなものが立っていた。そいつはオレたちを食わんと言わんばかりに大きな口をこちらに向けてきている。
「まあ、こんなにおぞましくはないけど恐ろしいものからはついさっき逃げてきたばかりだからな」
「女ね。甲斐性のない男だこと」
いや、図星なんだけど、なんか違ってるのかいやでも違ってはないよな。
「逃げるぞ、と言いたいけど」
「うん」
女の子は静かに首を縦に振った。お互いに状況を理解しているようだ。
一歩でも動けば食われる。そして、食われるのはどちらか一方だ。
「なあ、あんたの名前、聞いといていいか?」
「どうして聞くのよ。他人でしょ」
「墓くらいは立てといてやるよ」
最低だな、オレは。初めから女の子を犠牲にするつもりでいる。
「三輪秋陽子」
「親の顔が見てみたい名前だな」
「アンタは?」
「聞いてどうする」
「警察に行ってこの男に犯されましたって訴えに行って親から賠償金をぶんだくるわ」
「オレ以上に最低な奴がここにいたっ!」
「アンタ、おとりになって食われなさい」
「嫌だよ。まだまだ生き足りない」
「そうね。この期に及んでもまだ未練があるって顔よね。でも、わたしもおにいちゃんとこれからデートなの。こんなことしている暇はない!」
秋陽子は地面の砂をつかんでオレの目に投げつける。不意打ちにオレは対応できない。目に砂が入ったせいで目がほとんど見えなくなった。秋陽子が逃げていく姿が見える。
「あのアマぁ!」
ブオン、と蟲が動く音のようなものが聞こえる。
オレだってまだ死ぬわけにはいかない。
「今日は卵の特売日なんだよぉ! オレの今日を返しやがれっ!」
目が見えにくくてバランスを崩さないように注意しながら、駆け抜けた。
そう。バランスを崩してこけないように注意していたからこそ気づくのが遅れた。
もう、いや、ずっと前から目の前を秋陽子が走っていないことに。
蟲の動く鈍い音がしなくなってからようやくオレは気づいたんだ。
「おい、秋陽子! お前――!」
秋陽子は蟲の前に立っていた。走って逃げると見せかけて少しも逃げていなかったんだ。
「バカだろ! お前、バカだろ!」
「わかってた」
「は?」
「アンタが駆けつけてきた瞬間、どちらかしか生き残れなかったらアンタが残るんだろうなって」
「そんなわけねえじゃねえか! オレは実際逃げようとしてる! お前を置いて!」
「体をこっちに向けるな! 早く逃げなさい! 負け犬のように情けなく、恥をかきながら生きなさい!」
「できるかよ!」
オレは急いで秋陽子の元に戻ろうとする。
「ホントはね。アンタが来たとき、ほんの一瞬だけおにいちゃんに見えたの。だから、今度は秋陽子の番だって。ずっと守られてきたから。だから――」
「黙って逃げろよ!」
声が上ずって、反転して、こりゃ、今にも声変りが起こってしまいそうだ。でも、待ってくれ。せめて秋陽子を助けるまでは――
「あなたにも守りたいものがあるんでしょ。なら、それを守りなさい。おにいちゃんが言ってたの。男が男らしいのは何かを守る時だけで十分だって」
いやだ。そんなの。
誰かが死ぬのなんて見たくない。
誰かが殺すのだって見たくもない。
甘ったれてる。
そのくせ、自分を犠牲にできない臆病者だ。
なんでオレが生かされるんだよ。
「やめろぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉ!!」
蟲の巨大な口が秋陽子を飲み込もうとしていた。
女の子の悲鳴が聞こえる。
そして、オレは目を閉じた。彼女の最期すら目の当たりにできない愚か者。自分が嫌になるなんてもんじゃない。呪う。呪い殺したくなる。
「おにいちゃん!? おにいちゃん! おにいちゃんっ!」
秋陽子が泣き叫ぶ声が聞こえた。まだ痛む目を開けて状況を確認する。
巨大な蟲が人の胸に貪りついている。くちゃくちゃと下品な咀嚼音を立てて。
地面に尻もちをついているのは秋陽子。
蟲の奥にはキャリーバックの女の子。
蟲に食われているのは優し気な雰囲気のお兄さん。キャリーバックの日本人形にとうせんぼされてたあのお兄さんだ。
「なんなんだよ、これ。なんなんだよ」
「八光くん?」
フキも異変に気が付いて駆けつけてきたようだった。
「なんですか。あの大きな蟲は」
「アンタたちにも見えてるというの……こんなに一度に何人も……? アンタたち! アレが見えてるんならそこの子を連れて逃げなさい! アンタたちまでワームに食われるわよ!」
「ワーム?」
あの大きな蟲のことだろうか。
「あいつは何なんだよ! どうしてオレたちを狙う!」
「そんなことを言うやつは高確率で死ぬわ。ホラー映画の鉄則よ」
確かに、生き残ってる場合もあるが、状況を受け入れきれない奴は勝手な行動をとって死ぬ。秋陽子も放ってはおけない。
「フキ。お前はここにいろ」
そう言い残してワームの方へと駆けていく。まだ秋陽子のお兄さんにワームが夢中の間に。
怖くないわけはない。怖さが麻痺しているのかもしれない。でも、秋陽子だって怖かったはずだ。それなのに、オレをかばった。次はオレの番だ。
「おい。秋陽子。逃げるぞ」
「いやっ! おいにいちゃんを置いていけない! 助けてよ! わたしのことなんてどうでもいいから、おにいちゃんを助けて! おにいちゃんのかわりにわたしを――」
「今のお前の気持ちは、お前にかばわれた時のオレと同じ気持ちだ。お前はオレをかばったとき、どんな気分だった? かばって逃がしたオレがぽっくり逝っちまったらお前はどんな気分だよ」
なんか大人なこと言ってるな、オレ。
「逃げる……ぞ……」
もわり、と生暖かい風が吹く。
その風は異様に臭い。肉のにおいを何倍にも濃くして、さびた自転車に張り付けたような、そんな臭い。
「八光くん! 危ない!」
フキの叫び声とともにオレの視界を何かが遮る。それはワームの醜い口ではなく、フリフリとした可愛らしいスカートだった。
「誰もすぐに助けに行けなんて言ってないでしょ。これ以上犠牲者が出たら後味悪すぎるし」
巨大なワームと対峙していたのはキャリーバックの少女だった。先ほどまでとは格好が変わっていて、以前のはちょっと良家の令嬢を匂わせる上等なものであったのに対し、今はアニメの魔法少女のような衣装になっていた。フキの衣装とそっくりではあるがブランド的な違いがありそうだった。
「魔法少女のコスプレにブランドなんてあってたまるか……魔法少女ってことはやっぱり――あんた、名前は」
「そんなことどうでもいいでしょ。そうね。ミワと名乗ることにするわ」
ふと、A・魔法少女の腕に映し出されていたMIWAという文字がよぎる。
おそらく、この魔法少女は幼いころ? の美羽子さんだろう。
「この子は任された。頑張れよ、魔法少女ミワ」
「……別にこんなワーム一匹、造作もないことなのだけれど、なんだか気持ち悪いわね」
なんだよ。柄にもなく爽やかに決めてやったのに。
「おい、秋陽子。逃げるぞ」
オレの言葉に秋陽子は何も反応をしなかった。少し不安になったが、今は早くこの場を立ち去るのが賢明だ。秋陽子の腕をひっぱり、無理やりワームから遠ざかっていった。
オレと秋陽子とに入れ替わるように誰かがワームへと向かっていく。
「フキ?」
ワームに向かっていったのはフキだった。フキはコンパクトを掲げながらワームへと向かっていく。
「フキー、セット。タイムゴーズオン!」
掛け声とともにフキの体を光が包み込む。その光が晴れた先には魔法少女の衣装に着替えたフキが存在していた。
変身したフキはそのまま|魔法少女ミワに襲いかかった《・・・・・・・・・・・・・》
「は?」
唐突のことに頭がついていけていない。どうして、今、目の前でフキとミワがステッキを交わらせているんだ。
「アンタ何者? 邪魔なんだけど! 退きなさい!」
「私は――あなたから魔法少女の力を奪う者です」
ミワに押されてフキは後ろに一回転し間合いを取る。動きを止めると見せかけて、着地の直後、素早くミワの懐に飛びこむ。その時、フキの手からはステッキが放たれていた。その行き先はミワの顔。
「ボディに気をつけろ!」
オレの声に反応したミワはステッキを躱し、腹部を防御に入る。組まれた腕に阻まれたフキの拳ははじかれ、ミワはフキを狙ってステッキを振るう。ミワから放たれた光をフキはマトリックスな感じで間一髪避けた。
「お前ら、なんなんだよ。どうして戦うんだ」
「私の目的は、魔法少女の力を奪うこと。そのためなら手段を選びません」
「わたしは邪魔するやつを倒す。特に、このワームだけは許しておけない。絶対に、許さないんだから」
ワームを倒さないといけないのはわかる。でも、ミワは目の前のワームではないなにかを見ているような、ソイツではない何かが目の敵であるような雰囲気だった。フキはフキで、意見を聞きそうもない。今はワームを倒さなくちゃいけないってのに、それが二人ともわかっていないみたいだ。
「うん?」
目を離せば、二人はすでに戦い始めている。オレは二人から目を離した。目を離してしまうほどの異変が起こり始めていることに気が付いてしまった。
巨大な蟲、ワームの動きがおかしかった。先ほどまで二人を品定めするように静かに見降ろしていたというのに、今は苦しそうにもぞもぞと動いている。
まるで服が張り付いて脱げないときの人間のような動き。
「脱皮? いや、蟲じゃん」
ワームはピタリと止まる。十秒ほど停止したと思うと体をぞうきんのようにねじりだした。地面に接していたワームの腹から、人の腕のようなものが伸び出してくる。何本も、何本も。その腕のようなものは地面へと刺さり、ワームの体を固定した。腕がワームから飛び出してきた時になって、ようやくフキとミワは異変に気が付いたらしい。
「なによ、コレ。知らない。こんなの、聞いたこともない」
ワームの姿はかつての面影を失っていた。今の姿は蟲というより巨大な植物のようになっていた。その巨大な植物の先、ワームの頭のあたりは異様に膨れ、花のつぼみのようにも見えた。
その蕾が今、花開く。
花が開いて現れ出でたのは可憐な紫。心を奪われそうなほど繊細で透き通った花弁。
その花びらの中央には花には似つかないものが埋まっていた。
花弁と同じ色をした少女の上半身。下半身は花へと埋没してしまっている。
その少女の姿は――
「秋陽子?」
声がうまく出なかった。
その花の美しさ、彫刻のように生気のない、そのくせ生きているように精巧な秋陽子そっくりの少女に心奪われ声を失ったのではなかった。
美しさより先に、根源的な恐怖がオレを襲っていた。
「なんなんだ、あれは」
花の周辺、茎のように見える部分には葉っぱが付いている。でも、目を凝らすとどこかおかしくて、いや、凝らさないでもおかしさに気が付くべきだった。
茎からは人の体の一部が伸びている。まるで茎に絡み取られ、養分を吸い取られてしまったかのように見える。
「あんなの、倒せるのか」
倒されるところが想像できなかった。ただの動かない花であるはずなのに、抗うことすら考えることを許されない、神のような存在が目の前にいた。
「くっ。アンタ、それを見てでさえまだ戦うつもりなのね」
張り付いた視線を筋肉で引きはがし、フキとミワの方へと向ける。フキとミワはこの状況でさえ戦うつもりでいた。
「なんなんだよ、おい……」
さっきからずっとなんなんだよ、ばかりだ。
急に冷静になってしまって、何もできない自分だけがそこにいることが嫌でも思い知らされて、体がしびれてくる。
オレはどうすればいい。
近くでうなだれている少女、秋陽子に聞いても無駄だろう。
今戦っているフキとミワもろくに答えてはくれない。
だって、誰もオレの気持ちなんて分かってはくれない。
光八光という人間はこの世界にオレだけ。
分かってやれるのはオレだけであるというのに、オレはオレをわかってやれはしないんだ――
『そうやって逃げるのね。でもいいわ。逃げられるのは子どもの特権だもの。でも、逃げちゃいけないって。これはそんな気がする』
オレは逃げようとしている、のか。
そうだ。何もできない自分を受け入れようと必死になっている。
『そうね。わたしも子どもだけど、だからって自分を甘やかすつもりもないから』
美羽子さんは強いよ。昔のアンタに今、会ってるけど、オレにはない意志の強さみたいなのがある。迷いも何もないような――でも、未来のアンタはなにか迷っているようにも見えた。そうか。迷いのない人間なんてどこにもいないんだ。いつも迷って、ビビッて、それでも選択して。それが間違った選択肢でも生きていかなくちゃいけなくて。
「お前ら! いい加減にしろよ!」
地面に転がった石を二つ拾う。なるべく大きな石を拾おうとしたけど、後が怖いので当たったらちょっとだけ痛くなるかもしれない石を拾うことにした。
石を拾ったらきみはどうする?
当然、投げる。
だって、あいつら、話聞かないんだもん。話聞かない奴が悪いんだぜ。
投げた石二つ。放物線を描く軌跡。
あたるのは年ごろ? の少女の顔。
「……」
「……」
フキとミワは二人、しばらくにらみ合った後。
タイミングを計ったようにこちらに視線を向けてきた。
いや多分、向けてきたのは殺気だね、こりゃ。
「えっと、あの、話し合いませんか? いい紅茶――どやっ」
ミワの放ってきた魔砲を避ける。すかさずフキの放ったステッキがオレの股間を直撃する。
男にしかわかりませんよね、この痛み。痛みで頭がいっぱい。三途の川。見えてますよ。
「コイツ、なんなのかしら。乙女の顔に傷をつけるだなんて」
「いや、傷一つ――」
「処刑です。今すぐ、可及的速やかに」
なんかデジャブですねえ。背筋凍ってるよ。
「お前ら、倒せよ、アレ。素人のオレですらあんなの倒せねえことがわかるんだ。お前らならもっとわかるんだろ。わかってるんだろ」
ミワはさっと、オレから殺気もとい視線を逸らす。
「そのくらいわかってるわよ。ただ、わたしの邪魔をするものは許さない。わたしはお兄様を取り戻す。そのためにずっと生きてきた。お兄様に救われたこの命を懸けてでも、恩返しをしなくちゃいけないから」
「あー、もうそれに関しちゃコメントしたから以下略な。とどのつまりラブリーだ。以上」
「はあ?」
「それと、未来のアンタからの言伝だ。考えるな、感じろ」
「絶対にミワ、そんなこと言わないもん」
まあ、大体そんな感じのことだったしいいか。
「でー、フキ。協力してあのでっかいの倒せ。倒してからでも魔法少女の力は奪えるだろ。それと、恵子ちゃん、喧嘩大嫌いだから、オレがチクれば宿無しだな」
「なるほど。女の子を脅すんですね。この鬼畜。恵子ちゃんに訴えますから!」
まあ、オレの話よりフキの話を聞くだろうなあ。母さん、可愛いもの好きだからなあ。
「とりあえず、アレを倒しましょうか。そろそろ限界っぽいし」
「周りを確認する余裕があるとか、殊勝ですね。どうやらアレは周りの存在感みたいなものを吸い取ってるようですけど」
お前ら、気になってたんかい。なんか軍人みたいな話しててついていけないけどな。
「二人でも勝てるかどうか怪しいので」
「ここは一つ、言い出しっぺに手伝ってもらいましょうか」
お前ら仲いいんじゃん。言い出しっぺの三人目か。ダレノコトデショウネエ。
「八光くん?」
「アンタ、囮ね」
さらっととんでもないこと言いましたね、この子ら。ホント、親に説教してやる。絶対にしてやる!
さてと。後半に続くっ。
とあるまほうしょうじょのものがたり
そのおんなのこはゆず。
ごくふつうの、いや、ふつうすぎるほどのおんなのこだった、いや、でした。
「ころね、あんた、しょうたいばればれよ」
「うむう!? このかんぜんむけつころねさまのしょうたいがばればれであると? そんなはずがなあいっ」
ゆずはせいゆうでした。
せいゆうとはでぱーとではありません。
でも、せつめいがめんどういなのでしません。
「ころね。このわざわざちいさいこにわかりやすいようにぜんぶひらがなでかいているというのに。おばかなの?」
「うっ、うるさいっ! ちょっぴりころねちゃん、なみだだぞっ。というかそもそもこのこーなーのせっていがよくわからんっ」
でもきっと、いちばんどくしゃがよくわかってないのだとおもいます。
ゆずはころねがまほうしょうじょであるのをしってなにかをおもいましたけど、きっとどうでもいいことです。
「あんた、ほんとうにじぶんのことしかきょうみないわね」
「そんなことないぞころねちゃんはみんなだいすきだ」
「はなこをおいてきぼりにしないでほしいのことっ!!」
絵本に書かれた物語は次のページに進むと消えてしまった。
新たなページには、まだ、物語は浮かび上がってこない。