第五話 ゆーあー でぃす がーる?
ハッと目を覚ます。立ちながら寝ていたみたいだった。そんなこともあるのか、と事実を受け入れ始めていた時、記憶が復元されて、激しく首を左右に振った。
「本当に変わらないな」
目の前の景色を見据えてオレは呟いた。
オレは光八光とかいう小学生だったのだ。
「というか、この名前、どうにかなんねーかな。今更だけどさ」
「いい名前じゃないですか。恵子ちゃんからもらった」
オレに話しかけてきたのは――そう。フキだ。昨日突如としてオレの部屋に突っ込んできた魔法少女。フキについて整理しているとなかなかシュールな感じになったな。
「ここはもしかして、なのか?」
「おそらくは。でも、現在とあまり変わっていないみたいですね」
「そりゃあ、10年くらい昔じゃないと変わってたりしないんじゃないか?」
本当にフキの言う通り、変わり映えしなくて、一瞬過去に戻ってきたのかわからなくなっていた。でも、今オレたちの立っている歩道はA・魔法少女によって壊されてしまった景色だった。
「過去まで来ましたが、私たちはどうすればいいんでしょうか」
「オレだってわかんねーよ……」
当事者であるフキからどうすればいいと問われるとオレは困ってしまうわけだが、フキもまた、なんとなくこの件に巻き込まれてしまっただけなのではないかと気づき始めていたので、余計なことは言わないでおくことにした。
「オリジナルの力を奪うって言ってたよな。オリジナルって美羽子さんのことか」
「おそらくは」
しかし、美羽子さんが魔法少女かー。違和感しかないな。でも、よくよく考えれば4年前。美羽子さんも小学生ねえ。想像できないな。あんな小学生がいたら可愛くないだろうな。
「アンタたち。邪魔よ。どきなさい」
背後でこどものような高い声がした。オレとフキはボケっと路上に広がっていたらしい。まあ、あまりにも唐突な出来事に頭が追い付かな
「邪魔だって言ってるのがわからないのかしら。保育園からやり直したらどう?」
なんだろうな。確かに非があるうのはオレたちだ。さぞ歩行の邪魔になっていただろう。でもな。やっぱなんだか気に食わないというか一言多――
「どうしたのかしら。日本語がわからない小学生がこの国にいるだなんて。この国の教育も終わりね。世紀末でヒャッハーだわ」
「今退こうとしてるんじゃねえか! それと一言多いんだよ。なんなんだよ、あんた――」
ほら。過去だから変に干渉しちゃいけないとかあるじゃん。そういうのを考えてはなかったけど、なんかさ。腹立っちゃってさ。わかるだろ? え? 分かんない?
半ギレになりながら後ろを振り返る。そこにはオレより少し背の低そうな黒髪の少女が立っていた。下手に扱ったら呪われてしまいそうな、そう。日本人形そのものの女の子。
「まさか……な」
日本人形の少女は大きなキャリーバックを持っていた。明らかに大人用のキャリーバックで、路上に転がすことすら大変そうだった。
「ほら。わたしはこんなに大きくて重いものを持っているのよ? 分かったのならさっさと退いてくれないかしら。後ろの冴えないお兄さんも困ってるわ」
日本人形の後ろには優し気な表情のお兄さんが苦笑いしていた。
「いいや。ぼくは一向にかまわないのだけれど」
「なんなの? そのなよなよした受け答えは。男ならもっとシャキッとしなさい。まったくなさけない男ね。お兄様――いいえ。おにいちゃん以外の男はこれだから」
まったく、と日本人形は溜息をつく。
態度から察するに、日本人形と後ろのお兄さんは初対面だろう。オレとフキは確実に初対面だ。なのにものすごくずけずけとものをいう。この日本人形は将来なかなかの日本人形になるだろう。
「で? いい加減退いたらどう?」
「アンタ、すっごく嫌われないか?」
「余計なお世話よ」
道を空けたオレとフキに礼も言わずに日本人形は重そうなキャリーバックを押して歩いて行った。
「いやなんかごめんね」
「え? どうしてあなたが謝るんですか?」
フキが久々にしゃべる。あれなのか。あれでいて意外と人見知りというクチか。驚いてつい口に出してしまった、という感じだったしな。
話しかけてきたお兄さんは柔和な笑みを浮かべて話し始める。
「ぼくの妹もあんな感じでね。なんとなくわかってしまうんだ」
「なにを?」
「うーん、なんというか、普通では説明しづらいというか。そうだね。あの子のキャリーケースの中。あの中にはなにが入っていると思う?」
「荷物じゃないんですか? 宿泊用とかの」
フキは知りたい、という気持ちでいっぱいのようだった。なにかがフキの心に火をつけたのだろうか。オレはあんな日本人形のことなんて知りたくもないからフキがなにを考えているのか皆目なんちゃらだが。
「あの子のバッグいっぱいに入っているのはお兄ちゃんへの愛だよ」
「あい?」
フキは驚いたのか困惑したのか、目を白黒させていた。オレに至ってはもう銀河の果てまで飛ばされた気分だった。
「変な話をしてごめんね。ぼくは急がなくちゃいけないから」
そう言ってお兄さんは日本人形と同じ方向に進んで行った。
なんというか、駅のホームで特急が勢いよく通り過ぎたような、そんなあけらかんと表現すべきなのか……
「なんというか、ディープな世界ですね」
「あれだよな。よくよく考えると、日本人形もそうだけど、お兄さんもなかなか苦労してそうだな」
「おっと。私としたことが、目的を忘れるところでした。魔法少女キーを手に入れないといけません。この時代の美羽子さんを探せばいいんですか?」
「ああ……それなんだけどな……」
なんとなくだが、もしかしたら、いや、もしかせずともなのかもしれない。
「あの日本人形が美羽子さんかもしれない」
「何を言ってるんですか。ハチミツくん。美羽子さんはもっと大きかったですよ。背だけが」
「すっごい毒吐いたな、お前。それと、4年前だから背が低くて当たり前だろ。というか、あのキツさ、絶対に美羽子さんだわ。というか、子どもの時の方がキツかったんだな」
なんかホント、人って変わるもんだよな。
「じゃあ、今すぐ追いついて力を奪わないと!」
「おい、ちょっと! フキ!」
走って追いかけようとするフキを止めようとオレは声をかけるが、フキは止まろうとはしなかった。オレもまた、無理に止めようとしなかった。
「アイツはどうして魔法少女の力を奪おうとしているんだろう」
なにか理由があるのか。
A・魔法少女を倒すため? じゃあ、なんでフキはA・魔法少女を倒そうとしているんだ?
世界を守るとかそんな理由? そんなの信じられない。フキが悪いヤツとかそういうんじゃなくて、正義のヒーローみたいなヤツが本当にいるなんてのが信じられないだけだ。いいや。信じたくないのか。
「今はフキよりA・魔法少女が気になるな……」
ずっと引っかかっていた。A・魔法少女はオレたちにオリジナルの力を手に入れさせようとしてたんじゃないだろうか。どうしてだ。A・魔法少女を倒せるのはオリジナルの力だけ。というか、それなら美羽子さんが魔法少女になって倒せばいいだけの話じゃないか。でも、美羽子さんは魔法少女なにそれおいしいの状態だったし。
「うーん! 考えれば考えるほど分かんなくなってきた!」
オレたちは大きな間違いを犯したのではないか。そんな不安に胸が締め付けられる。
誰を信じればいい。何が正しいんだ。
「フキは何を信じているのだろうか。なにかを信じているのかそもそもに」
考えるのが面倒になってきたので、オレもフキみたいに真っすぐ物事に突っ込んでいこうと決めた。正直、すっごく怖い。どうしてアイツは迷いなく突っ込んでいけるのだろうか。自分が傷つくかもしれないことが怖くないのだろうか。
「ふんふんふーん♪ お兄ちゃんとでえと♪ らんらんらーん」
歩き始めたオレをスキップで女の子が追い越して行った。
どいつもこいつもお兄ちゃんかよ。ったく。年上は好みじゃねえなあ。やっぱ、年下だよな。
「!?」
スキップで追い越して行った少女の横顔を見て、オレの心臓はドキンと跳ね上がった。
新たな恋の予感――とかではない。恐怖でのどから心臓が飛び出そうになった。
忘れるはずもない。その少女の横顔はA・魔法少女そっくり――
「オレが年下好きだったらもう犯罪じゃねえか!」
あまりにも大声で叫んだので、先を行っていた少女は驚いてこちらを振り返ってきた。動きを止めることには成功したけど、正直、止まってほしくなかった。あれだな。止まってほしかったけど止まってほしくなかったみたいな。
「じゃなかった! お前! 一体何をしようとしている!」
「は?」
「とぼけるな! お前はA・魔法少女なんだろ! 過去までついてきたのか?」
「新手のナンパ? 残念だけれど、わたしはお兄ちゃん以外には興味がないの。わたしのお兄ちゃんみたいになってから話しかけなさい。まあ、あなたでは無理でしょうけど」
「病気だな、おい」
「なに? 初対面の女の子に対してなれなれしく。それにさっき、自分がろりこんみたいなことを言ってたし。幼稚園児を犯すの? エロ同人でも自粛するシチュよ」
冷静に考えれば、A・魔法少女も子どもの姿だった。オレが現在の恰好であることを考えるとまだA・魔法少女になる前のただの少女なのかもしれない。
というか、オレのライフはとっくにゼロよ。
「大変申し訳ございませんでした。さっさとお通りください」
少女は「変な奴」と言い残して去っていった。
あー、もうこの仕事辞めようかな。そして、仕事ですらないことに絶望するんですね。よくわかります。
そして、悲鳴が響いた。
「へ?」
たった一言で済ませていいものじゃない。現実ってのはもっとリアルで恐ろしい。
悲鳴ってのはさ。キャー、なんてもんじゃない。キャアァアァアァアァアァなんかよりももっともっと大きくて凄惨で恐ろしくて。耳を塞いで立ち止まりたい。そのまま何も聞かなかったことにして逃げてしまいたい。悲鳴のする方へ進むなんてオレには無理だった。
「でも、美羽子さんは――」
A・魔法少女が壊す町の中には悲鳴がこだましていたはずだ。自身を見失ってしまった人々の鳴き声が鳴りやまなかったはずだ。
みんなみんな、オレなんかより強い。オレは怖いことや嫌なことから逃げたくなるのに、でも、美羽子さんはそうしなかった。フキだって、もう一度A・魔法少女に立ち向かった。
彼女たちの強さは一体なんなのだろうか。
「それを知りたい。そんな理由だけでいいか」
理由付けしないと前に進めない自分にはうんざりしたけれど、再び前に進めるようになったことだけはどことなく嬉しくあった。だんだん早く、足の回転数が上がっていく。
回転数が上がっていく。上がっていく。上がって上がって上がって。
「……止まりませんねえっ」
ある人が言いました。止まんじゃねえぞ、と。でも、その先に誰かがいた場合、止まれないと困りますわよねっ。
「どけどけどけぇ! 死神様のお通りだぁ!」
「え?」
地面にしりもちをついていた女の子は向かって来るオレに気が付いて驚いた表情をする。でも、気が付くのが遅すぎなんだよ……
オレは歯止めの利かないまま、女の子に襲い掛かった。
こうなりゃあれでしょ。ラノベ的なお色気になると思ったでしょ。残念でしたー。現実は非情なのです。
走ったままのオレ。尻もちをついていた女の子。高低差は十分。
問。走っている時に急に足元に何かが現れたらどうなるでしょうか。
答。転びます。下手をすれば大きく縦に一回転します。バク転より難易度高いんじゃないか?
オレはあり得ない軌道を描いてアスファルトの上に転がった。仰向けで止まった。知り合いに武道経験者がいたので、受け身っぽいのをとれた。けがは尻と手に擦り傷くらいだろう。女の子はとっさに丸まったので、大きなけがはしてないと思う。
「って、さっきのブラコン妹じゃねえか」
仰向けのまま、首をずらして女の子を見たので、女の子と地面があさっての方向を向いていた。オレの脳天のあたりに女の子がいる位置関係。
A・魔法少女そっくりの女の子は大したけがをしていなさそうだった。だが、なんだか態度がおかしい。さっきの感じだと、文句を数十回言われてもおかしくないのだが――何かにおびえているようだった。怯えて声も出せない。それどころか、オレのことすら眼中になさそうで。
女の子が指をさしている。腕はガクガクと壊れてしまったロボットのように不安定に震えていた。女の子が示したのはオレの足の先の方。首を動かして足の先を見る。
あれ? 変な方向から見ているからかな。変なものが写ってるよ。
ふと、オレは気づいた。さっきの悲鳴は脳天にいる女の子のものなのではないか、と。
では、オレが一瞬見たものは現実――?
上体を起こしてそれを見た。
それは幅があった。そして、高かった。それがどこまで続いているのだろう、と視線を上へ上へとスライドさせていく。もう顎が上がらないってところまできて、それの終わりが見えた。丸くぶよぶよした何かのようだった。とにかく大きくて、それの頂上はもぞもぞと動いていた。生理的に受け入れられない動きだった。むにゃむにゃくちゃくちゃ動いていた。むにゃむにゃくちゃくちゃ動くのをやめると、オレたちを見下ろすように先っぽを傾けた。その時になってやっと、オレはそれが生き物らしいと考え付いた。だが、目はない。手もない。足もない。鼻もなければ口さえも――
むわり、とそれは先っぽを開いた。円形の穴。そこにはトウモロコシの粒のような白いものが円を描いて陳列されていた。形も大小様々で、その白いものの先は真っ暗な奈落だった。どこまでも吸い寄せられそうで、実際吸い寄せてしまう代物なのだろう。それの先端の白っぽいものは、オレたちを食らう口なのだから。
それ》は巨大な蟲だった。
オレたちを食らう、巨大な怪物だった――
とあるまほうしょうじょのものがたり
あるひ、おんなのことせいねんがすんでいるおうちにみわというおんなのこがたずねてきました。
おんなのこはせいねんのいもうとのようでした。
みわといっしょにおおきなむしとたたかいました。
おんなのこはじぶんのねがいをみつけることができたようでした。
ほんのすこしだけ、おんなのこはみわとなかよくなれたきがしました。
絵本に書かれた物語は次のページに進むと消えてしまった。
新たなページには、まだ、物語は浮かび上がってこない。
やはり、外伝にて作者の事情を羅列するのは場違いであるとやっと思い至り(本当にやっとだよ)あとがきで述べることにした。この過去編前半ですが、本当は前後に分けるつもりはありませんでした。しかし、意外と長くなりそうだなということで切らせていただいたのです。というか、私の体力がもたん。
ああ、そうそう。書こうと思ってずっと書けずじまいだったのですが、小説投稿サイトのカクヨムで私、竹内緋色の「志望業種は――魔法少女で!」の初期プロットを基に水流エレンさんがロリ化魔法なんちゃら(名前を忘れてしまった)というのを書いてくださっています。時間がないのであまり読めてはいませんが、一応原作者故か(原作者ってカッコイイなおいっ!)すっごく大好きな作品です。特に第二部からはようやく自身の戦闘潮流を手に入れたという感じで文が踊ってるって感じで。
このまま羅列すればあと三倍くらいの文量になりそうなので止めておきましょう。あ、質問とかあればお受けしますね。作者ですら不明なことばかりなのでなんともなのですが。
次回はA・ミワ編ラストになればいいなあ。その先はまったく考えれてないのですが。