第四話 あいあむ ときをかける がーる
オレとフキはA・魔法少女のもとへと戻っていた。どうにかあんな危険なコスプレイヤーに近づかずにオリジナルを探せないかと考えたものの、自称マスコットの猫、アンネはどこかに消えてしまったし、手掛かりはもう、A・魔法少女にしかないようだった。
「って、今更だけど、アンネってことはあれか。アイツはメスなのか」
A・魔法少女と遭遇したからといって手掛かりを得られるとは限らない。得られるメリットよりもリスクの方が高すぎる。死ぬかもしれないのになにもわからないかもしれない。
「どうしてそこが気になるんですか? 獣姦でもするんですか。エロ同人みたいに」
「小学生の女の子がそんなことを言うのはやめなさい。そしてオレにはそんな趣味はない」
魔法少女の世界から見たオレたちの世界はどんな風に映ってしまっているんだ。
「お前はこことは違う世界から来たって認識でいいんだよな」
「禁則事項です」
「お前から見たこの世界ってどうなんだ」
「ハチミツくんは質問ばかりです」
「怖くないのか」
フキは黙ったまま歩き続ける。オレもまた、フキの速さに必死で合わせている。そのくせ、頑張ってることがバレないように頑張っている。なんだかおかしいい気分だった。
「それは、こっちのセリフですよ。これはハチミツくんとは関係ないことじゃないですか。なのにどうして」
「知るかよ、そんなもん、って言いきりたいけど、まあ、どうなんだろうな。実際のところ何が何やらで頭ごっちゃっで、闇鍋状態だよ。でも、ひとつだけわかってることがある。オレは死にたくねえ」
「それならなおさら――」
「何もしないで死ぬのと何かして死ぬかもしれない、じゃ全然違うだろ。自分の命を守れるのは自分だけで、今回何とかできそうなのはフキ。お前だけだ。オレは自分が生き延びるためにお前を利用しているんだ。それでいいじゃんかよ」
「それならハチミツくんはいらないですよ。むしろ邪魔です」
「また前みたいに戦えなくなったら大変だろ。オレはお前の能力なんてこれっぽっちも信用してねえ。まあ、監視役みたいなもんだ。敵前逃亡しないようにな」
「それでこそハチミツくんですね」
フキはやけに納得していて、ほんの少し心が悲しくなる。まあ、オレは自己中というやつだけどさ。なんかなあ。
本当のところは饒舌に語るほど理由ははっきりとしていなかった。オレは多分、A・魔法少女のもとに向かいたくて、その後に理由付けをした、みたいなそんな感じだった。フキ一人で行かせることだけはしたくなかった。信用してないとかそういうんじゃなく、ただ理由もなく、絶対にフキ独りで戦わせたくはなかった。それだけがはっきりしているっぽい。
「なんだろうな。声が聞こえる」
A・魔法少女により更地にされているはずの土地から声が聞こえてきていた。話し声とか遊んでる声ではなく、言い争っているような声だった。
その声になんとなく聞き覚えがあるような気がして――
「まさかな」
ありえないと思いつつ、オレは更地の方へと駆け出す。
「美羽子さん!?」
「どうしてアンタたちが――!」
宙に浮くA・魔法少女の前に美羽子さんがいた。オレたちを置いて真っ先に逃げ出したはずなのに。
「あらあら。また会えたわね。魔法少女さんとそのボーイフレンドさん」
「オレの名前はボーイフレンドなんて横文字じゃねえ。光八光ってんだ」
「ハチミツくん。気にするところが少し違う気がしますけど!?」
「なにを焦ってるんだよ。フキ」
A・魔法少女は目を細め、うっとりとしたような笑顔でオレたちを見ている。オレにはその顔が、何かを静かに待っているようにしか見えない。待っていたものが目の前に現れて、立てていた計画が順調に進んでいるというような――
「アンタたちは下がってなさい。足手まといよ」
そのセリフ、何回言われたよ、オレ。
「美羽子さんこそ何をしてるのさ。逃げたんじゃなかったのかよ」
「その女は愚かにも、逃げ遅れた人を避難させていたのよ。本当に危ないことをよくするわね」
「愚かなこと? オレにはビックリするほど立派に思えるけどな」
実際、普段の美羽子さんからは考え付かないほど立派なことだった。なんかいつも怒ってるような印象があるからな。
「自分の利益にならないことを立派と呼ぶならそうかもしれないわね」
「そこのコスプレ女。わたしの話はまだ終わってないんだけど」
美羽子さんから異様な圧が飛んできて、口をつぐむ。今度邪魔したら殺すという殺気だった。
「アンタ。今すぐこんなことを止めなさい! こんなことしたって、何にもならないじゃない! それはアンタが一番わかってるはずでしょ?」
「こんなことってどんなことかしら。もしかしてこんなことだったりしちゃうのかしら」
A・魔法少女はさらりと腕を下から上へ泳がせる。腕の動きに少し遅れてA・魔法少女の浮かぶ地面から美羽子さんへ向けて一直線に砂煙の嵐が襲い掛かっていく。
「逃げろ! 美羽子さん!」
声を絞り出すのでやっとだった。A・魔法少女の力が恐ろしくって、助けに行くなんてできっこなかった。
美羽子さんは逃げなかった。避けようと思えば避けられるほどの速さだったにも関わらず。
砂埃は風に吹き流され、見失った美羽子さんの姿が再び現れる。美羽子さんは身動き一つしていなかった。恐怖というものがこの人にはないのだろうか。
つらり、と美羽子さんの顔に赤い線が引かれる。石か何かが頭に当たって出血したのだろう。
「ケガしてるじゃないか! 美羽子さん! あんな奴を説得したところで何にもならないだろ! あんなのがあっさりやめるわけがない!」
「そんなの、百も承知よ。でも、わたしにできることはこんなことしかないもの」
「ヒーロー気取りで死んじまったらどうしようもないだろ! バカだろ! アンタ!」
「ええ。そうね。わたしはバカなガキよ。だって、利口な大人になんてなりたくないもの」
どうしてなんだろうか。美羽子さんのいうことはいつも偏屈な屁理屈で。そのくせ誰の言葉よりも正しくて。そして。いつも負けたような気分になってしまうのは。
「アンタたち。よく聞きなさい! そこのコスプレ女も。魔法少女もどきも。アンタたちは後悔したことがあるかしら。だれにだって後悔くらいあるわ。後悔することは悪いことじゃない。でも、ずっと過去を悔やんでちゃ、何にもならないの! 後悔は、|現在<いま>をよくするためのものでなくちゃいけない! アンタたちが戦ってるのも、どうせつまらない後悔のためなんでしょ。ずっと過去ばかり見てちゃ|現在<いま>を生きられないわ」
「どうせつまらない後悔?」
息ができない。身体が言うことを聞かない。
A・魔法少女の放った、空間を凍り付かせる怒気に、オレは呼吸困難に陥った。
人のものではない、恐ろしい何かが空間を冷たく染め上げていた。
「わたしは後悔なんてしてない。だって、過去を変えて|現在<いま>を変えるもの。要らない……要らないわ。あなたみたいな分からず屋。わたしとおにいちゃんのいる新しい|現在<いま>に要らないぃ!」
ほら。よくあるだろ。マンガとかでさ。敵の強さが上がった時に「なんだと……」ってなるやつ。とにかくヤバい、なにかがA・魔法少女に集まってきている。目に見えないエネルギーの流れが――ってやつだ。
「谷川俊太郎に想いを馳せている時じゃないでしょ! アンタは逃げなさい!」
「誰一人逃がしはしない」
だからなんでオレの思考を読んでるんだよ、と漠然と考えていた。
禍々しい、特大のかめはめ波みたいなのがオレと美羽子さんに向かってきている。
逃げられない。
今度は本気で殺される。
死ぬ間際に考えること。なんだろうな。何か考える方がいいのかな。
「うーん。美羽子さんといっしょに心中ってのはいやだな」
光に飲み込まれる間際、美羽子さんに後頭部を思いっきりどつかれた。幼女虐待だぞ。幼女じゃないけどさ。生まれ変わったら幼女になるのかな、オレ――
目を焼かんほどの光は、スラリと布切れのように切り裂かれた。A・魔法少女のビームを切り裂いたのは紛れもない、本物の魔法少女――
「フキ」
どうしてお前がオレたちを守るんだ。お前の目的はA・魔法少女を倒すこと。オレたちのことなんてどうでもいいはずだろ。
「バカなんだな」
「ええ。そうですね」
フキはオレたちにずっと背中を向けていた。フキ。お前は今、どんな顔をしているんだろうか。
「私には美羽子さんの言ってることが何一つ理解できません。どうやら私もまだまだバカなガキのようです」
「何故かしらね。わたしはアンタのことなんて微塵も知らないはずなのに、誰よりもなによりも無性に腹が立ってくるのは」
「クールなセリフを言ってのけるのはいいけどさ。そろそろオレにかけられたホールドを解いてくれないかな」
美羽子さんはいつも怖いものなしって感じだったけど、どうやら怖いものがあったらしい。死ぬのは誰だって怖いもんな。
「離れなさい! 変態!」
「いやっ。美羽子さんから抱き着いてきたんだろっ」
「変態はいつもそうやって言い訳しますよね。やっぱり男なんて身体目当てなんですよ」
「それは幼女の言うセリフじゃないぞ、フキ。そして、オレはやってない! 何一つやましい気持ちなんてない! 冤罪だ!」
「ほんと、最低ね。今すぐここで死になさい。看取ってあげるわ」
「全くです。死ぬことすら気持ちいいだなんて、真性の変態ですね」
突如としてフキの体から光が発せられる。
「なんだ!?」
フキは驚いた顔をしながら衣装のポケットを探る。そして、光り輝く何かを取り出した。
「キーが反応してます」
キーの光は徐々に収まっていく。オレが見たのは灰色の金属だった。キーと言ってもそれは扉の鍵ではなく、時計のねじ回しのような形状だった。
「わたしとあなたとの気持ちがつながったから反応したんでしょうね」
「どうやらそのようです」
どうやらそのようです、じゃねえよ。美羽子さんとフキが意気投合したのはオレが変態ってことだけじゃねえか。
「無理やり引きはがしますよ。もう」
未だ抱き着いたままの美羽子さんの腕をほどき、立ち上がる。
「これでアイツを倒せるのか」
「いえ。これはまだちゃんとしたキーではないです」
フキはオレにキーを手渡す。そこには数字が書かれてあった。
2015.12.26
どうやら日付のようだが。
「そういや過去に行って、とかなんとか言ってたな。アンネのやつ」
「過去には行かせないわ! わたしが現在を変えるんだからぁ!」
A・魔法少女は急降下してこちらに向かって来る。
「早く過去に行きなさい! なにがなんだかわからないけれど、早く!」
「行け! フキ! 過去へ!」
「? どうやって行くんですか? 机の引き出しにタイムマシンでもあるんですか?」
嘘だろ。おい。
「このポンコツ~!」
というか、今キーを手に持ってるのはオレじゃん。狙われるのオレじゃんかいよいよいよい。
「いけえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇえぇ!」
頭の中に青空をかける少女が思い浮んだ。
時をかける少女だ。
「って、オレ、少年じゃん」
ハッと気が付けば、世界はいつの間にかゆがみ始めていた.
あらゆる場所がぐるぐると円を描くように歪んでいた。周りにいるのはオレだけ。
いや、違う。フキもいる。でも、フキは意識がないのか目をつぶって宙に浮いていた。
フキの元へと向かおうとすると、無重力空間というやつなのか、オレまで宙に浮き始めた。そしてそのままなすすべなく掃除機に吸い込まれるようにオレもフキもどこかへ引っ張られていった。
荒れ狂う、風なのかなんなのかよくわからないものの中で、流れに逆らいながらフキの元へと泳いでいく。そう。まさに泳いでいくって感じだった。全然前に進まないどころか、徐々にフキと引き離されていく。
「うおぉおぉおぉおぉおぉっ!!」
実際には声なんて聞こえていなかったから、とにかくなんか叫んだ。
フキを独りにはしたくなかった。
だって、初めてA・魔法少女と戦うフキを見たときに感じたんだ。それは恐怖というより痛み。なぜか心のどこかが痛くて苦しくて。
オレは自分が苦しいのが嫌なんだ。戦うフキを見ていると無性に苦しくなってくる。だから、少しでもその苦しみを和らげたいだけ。
無理やり手足をばたつかせて、節々がちぎれることを覚悟して、それでもいいさと割り切って。少し前に進んだ。なら、もっともっと。もっと、すべてを賭けて。キミの元へと――
なんとかフキの腕を取った時、空間が急に光始めた。
朝、カーテンを開くときのように。
過去をめぐる物語が幕を開けた。
目の前でフキと八光が消えたことに美羽子は驚いていた。
「過去に飛んだっていうの?」
「さあ。どうかしらねえ」
A・魔法少女は落下速度を弱め、ゆっくりと地面に降り立つ。美羽子を襲う意思はないようだった。
「もっと悔しがったらどうなの? なんだか――」
「なんだか、喜んでいるように見えるかしら」
A・魔法少女は嬉しそうにほほ笑む。
「まさか」
「わたしも早く行かなくちゃ。過去へと。あの子たちのおかげで過去への扉が開かれたもの」
A・魔法少女の足元の地面がゆがみ、その歪みの中へとA・魔法少女の体は沈んでいく。
美羽子は地面に沈んでい行くA・魔法少女の姿をじっと見つめていた。
「アンタは一体何を考えているのよ」
開けた青空を仰ぎながら、美羽子は名前すら思い出せない存在に向けてそう言った。
とあるまほうしょうじょのものがたり
あかいみそらというおんなのこがいました。
そのこはわるいおとこのひとについていってしまいました。
わるいおとこのひとがおんなのこにあわせたのはおじさんでした。
おじさんはおんなのことふたりになるとおそいかかりました。
しかし、おんなのこはまほうしょうじょそらにへんしんしておじさんをこらしめました。
おじさんはわるいことをしていたのでけいさつにつれていかれました。
そのあと、おんなのこはようせいさんとおはなししました。
ようせいさんはろりこんのようでした。
絵本に書かれた物語は次のページに進むと消えてしまった。
新たなページには、まだ、物語は浮かび上がってこない。