第三話 ゆーあーすとれいきゃっと?
「れでぃーすえーんじぇんとるめーん」
俺たちの目の前で変身したフキはそんなことを言って、コスプレイヤーを煽った。
「なんだよ一体。どうしたんだよ」
目の前の目まぐるしく変わる光景に翻弄されて頭が正常に動いてはくれない。だから、そんなそぶりを見せないように何気ない様子を演じている。
「戦いってどういうことだよ。日曜朝の幼児向けアニメみたいに戦うってか。冗談キツイぜ」
でも、この場の誰も俺の話には耳を傾けようとはしない。みんな分かっているんだ。これが冗談なんかでは済ませない、リアルなんだってことを。そしてオレだけがこの現実を受け入れられずに目を背けようとしている。
フキはそっと身を屈め、次の瞬間には弾丸のようにコスプレイヤーもとい、A・魔法少女に突っ込んでいた。フキは背中で右手を隠しながらA・魔法少女に向かっていく。背後に隠した手にはどこから現れたのかわからない、幼児向けアニメの魔法のステッキのような棒状のものが握られていた。一方のA・魔法少女はイノシシのように突進してくるフキを静かに見ているだけだった。フキがA・魔法少女に襲い掛かる気満々であるにもかかわらず、襲われそうなA・魔法少女はピクリとも反応しない。なにも見えていないかのような態度だった。
フキの持っていたステッキはA・魔法少女の顔面へと飛ばされていた。フキが投げたのだろう。投げた時のそぶりがあるはずなのに、それが一切分からなかった。フキとA・魔法少女の動きを一秒たりとも見逃していないはずなのに。
A・魔法少女に迫っていたステッキはA・魔法少女の目の前で白い灰と化す。
それと同時に、A・魔法少女の腹部にフキの拳が突き刺さった。目が飛び出しそうな表情を見せながら、A・魔法少女の足は宙に浮いた。フキの拳で浮き上がったのだろう。小学生の女の子の拳で高校生くらいの女性が宙に浮かぶ光景はかなりシュールだった。前衛美術を目の前まで無理矢理持ってきて頭を押し付けられて顔面へ擦り付けられてしまったみたいな、そんな暴力的な光景だった。
フキは宙に浮いたA・魔法少女に隙を与えることなく回し蹴りを食らわせる。勢いよく飛ばされたA・魔法少女は人形のように力なく地面を転がっていった。微塵も動かないA・魔法少女にフキは再び襲い掛かる。
その時になってようやくオレの意識は現実に戻ってきた。
「やめろ! フキ! これ以上したら、本気で死んじまう!!」
でも、フキにはオレの声なんてほんの少しも聞こえていなかったんだ。
打ち付けられる黒髪。
朱く染まった。
引きちぎられるお腹。
紅い水たまりができた。
すっぽりと抜けた腕。
噴水は赤い色をしていた。
オレは呼吸すらままならなかった。人が殺される瞬間を、人が人を殺す瞬間を見た。それだけだ。この世界のどこかでは日常茶飯事の事柄。でも、だけど。
「うっ。うげぇ」
「吐いてる暇なんてないわよ」
気持ち悪くなっていたオレの顔を美羽子さんは思いっきりぶつ。何一つ容赦ないな。でもなんとか醜態をさらさずには済んだらしい。荒治療過ぎるがな。
「これ以上グロくなると前作ファンから批判が飛ぶわ」
「なんのことだよ」
「なるほど。今作はメタ発言が控えめなのね。でも、わたしは自重しないから」
なんのこっちゃようわからん。
残ったのはたった一つの人影。生き残った、と言った方がいいのかもしれない。
「フキ」
赤く湿った少女のそのかんばせはあまりにも無表情だった。顔があるのかさえわからないほどに。注意してみなければのっぺらぼうと間違えてしまいそうだった。
背筋が凍り付くなんてもんじゃない。自分がいまここに生きていることすら恐怖で忘れてしまっていた。
「何者なんだ……お前は……」
オレの言葉をかき消すように爆風が吹き荒れる。
どうしてだ。元凶だったA・魔法少女は倒したはずなのに。
「ところがどっこい。死なないんだなー。これが」
フキのその、まだ小さな手でバラバラにされたはずのA・魔法少女が傷一つなく倒れていた場所に立っていた。バラバラ死体なんてどこにも転がっていない。
「A・魔法少女はオリジナルとなった魔法少女の力でしか倒せない。つまり、あなたたちがわたしを倒すためにはオリジナルの力を奪わなくてはいけないワケ。わかったかしら」
たった一つ理解できたのは、今のままじゃどうやってもあのA・魔法少女には勝てないということだけだった。
「逃げるわよ! 早く!」
美羽子さんがオレの手を引き、逃げることを促す。でも、オレは美羽子さんの手を振りほどいた。そして、血みどろの魔法少女、フキの元へと駆け寄る。
「逃げるぞ」
A・魔法少女をにらんだまま動かないフキにオレは怒鳴った。
「逃げるぞ! 死にたいのか!」
「嫌。死ぬのは、嫌!」
フキは恐怖に憑りつかれたように頭を抱えだす。オレはフキの肩を抱えて逃げ出した。A・魔法少女に背中を向けて。A・魔法少女はいつでもオレたちを襲えたのに、何もしてはこなかった。
「スクフェスオールスターズのOPムービーを見たかしら。わたしとしたことが、つい泣きそうになったわ」
「今するべき話かよ」
誰もいなくなった商店街の路地でオレたちは身を潜めていた。すでに町の人は避難を開始していることだろう。だから、人っ子ひとり、猫一匹の気配すらない。
「にゃー」
って、猫いるじゃん。
オレも美羽子さんと変わりがない。どうでもいい話をして現実から逃げているだけだ。
「なあ、フキ。お前の知っていることを教えてくれ。あのA・魔法少女とはなんなんだ。そして、お前は一体何者なんだ」
変身解除したフキは今度こそは私服へと戻った。その私服はオレの姉のおさがりだが。母親がオレに着せようとしたのを全力で拒んだものの一つだ。
「おい。フキ。なんとか言えよ!」
フキは足を抱えて黙ったままでいる。逃げてからずっとこのままだ。
「知らない。知ってるのは名前だけ。他は何も私は知らない」
「そんなはずないだろ! だってお前は、あんなにも――」
フキとA・魔法少女との戦闘を思い出し、吐き気を催す。いっそ吐いちまった方が楽だったかもしれない。
「無駄よ。やめておきなさい」
「どうして」
オレは美羽子さんに反論してしまう。
「こんな状況でも何も言わないってことはどんなことがあっても何も言わないわ」
「でも、それじゃあ、どうすれば」
「別に何も知らなくったって逃げることくらいはできるわ。それとも、なにかしら。正義のナイト気取りであのコスプレ女に挑もうとでも? あんなの、兵器をぶっこんだって死にはしないわ。よく耳を澄ましなさい。ほら」
耳を澄ます必要すらないほどに、呼吸を整えれば静かになってかすかな音が聞こえる。
遠くから聞こえるのは耳なじみのない音ばかりだ。
「なんの音なんだ」
「銃声」
フキが即座に答える。
「そして、戦闘機が近づいてくる」
そんな馬鹿な。そう思っていると凄まじい轟音が上空を一瞬で駆け抜けていった。
「なあ、美羽子さん。オレたちはどうすればいい」
「気に食わないわね」
「え?」
「あんたのその態度が気に食わないって言ってるのよ。ハチミツ」
どうしてオレが怒られなくちゃいけない。
「どうすればいいって? そんなこと自分で考えなさい。なんでも誰かが答えてくれて、それに従っていればそれでいいの? バカじゃない? わたしはそういうのが世界で一番気に食わないの」
美羽子さんは怒って立ち上がり、路地から去ろうとする。
「オレたちを置いてどこに行くんだよ。なあ。オレたちはまだ小学生じゃないか」
「もう小学生でしょ。これ以上何か言ったらわたしはあなたをぶち殺すわよ。いいわね」
美羽子さんはオレたちを置いて一人逃げるつもりのようだった。
「最後に一言」
「なんだよ」
「どうしてあんたはここから逃げないの? その子を置いて逃げたら、あなただけは助かるかもしれないのに」
オレの答えを待たずに美羽子さんは一人で逃げてしまった。
しばらくの沈黙。二人だけの孤独をフキが断つ。
「なんで私を助けたんですか。美羽子さんの言う通り、私を置いて逃げれば今はもう安全な所に――」
「逃げるときはお前もいっしょだ」
「だからどうして――」
「さあな――」
本当にそうだ。大切なのは自分自身の命。こんな状況で他人のことなんてかまっている余裕はない。
「そんなこと、考えもしなかった。意地とかそういうのでもなく、なんかお前と逃げるのが当たり前みたいに考えてた」
「一人で逃げてください。私はあのA・魔法少女を倒します。あのA・魔法少女だけが私の願いを叶えるための手掛かり――」
「でも、今のままじゃ倒せない。なんかあいつが言ってただろ。オリジナルしか倒せないとかなんとか」
白い猫がにゃーと可愛らしい声を出しながら足にすり寄ってくる。
「おそらくはそのA・魔法少女のオリジナルになった魔法少女のキーを使って倒せと言うことなんだと思いますけど……」
「どうすればいいんだ」
「八光くんを巻き込むわけにはいきません。これは私だけの問題です。というか、邪魔です」
大分毒舌だなあ、おい。まあ確かにオレにできることなんてなにもないけれど。
「それは違うよ」
「は?」
「へ?」
オレはフキを見る。フキは頭を横に振って否定する。美羽子さんが戻ってきたのかと路地の出口を見るが、誰もいない。
「見下げてごらん♪」
「わあっ!?」
「おい、そのネタ。関西人にしか分らんだろ」
「せやで。わからへんねんで」
「随分とまあ、かたことの関西弁だなあ」
なんというか、もう非現実的なことしか起こらなくてなんとも言えないんだけども、それに慣れ始めている自分に半分呆れていた。
「もう半分はなんですか?」
「バファリンと同じくやさしさだよ。そして当たり前のように思考を読むのをやめろ」
「これはゆゆ式問題だね。マスコットの口癖はどうすればいいんだろ。ここはケロちゃんと同じように関西弁に――いやしかし、キャラかぶりこそゆゆ式問題なはず――あ、そういえばCLAMP先生ってあれ、四人グループなんだってね。初めて知った」
「そりゃあ大変な問題だな」
オレは足元でしゃべっている白い猫に話かけた。
「そうでしょ。魔法少女のマスコットって言ったら、語尾だもんね。カッパードさんみたいに」
「カッパードさんはマスコットじゃねえよ。むしろイケメン枠だろうが。そして時代設定的にまだスタートゥウィンクルプリキュアはやってねえんだよ。これ以上タイムパラドクスを起こすな」
「ハチミツくん、すごい。まさか、猫と普通に話してます」
いやさ。オレだって驚いてるよ。本当は。きっと疲れてるんだろうな。もうそれでいいわ。
「それはきっと、カミサマに選ばれるほど純粋な心を持ってるんだよ。そんなプリティでキュアキュアなキミには魔法少女としての資格があるよ!」
「よーし。フキ。よかったな。今晩はタヌキ汁だ」
「ふう。そんなことをしてもいいのかい。魔法少女のマスコットにひどい仕打ちをするとまどマギって言われるようになるよ」
「きゅうべえになる覚悟はあるようだな」
「いや、ちょっと待ってよ。ワタシと契約して魔法少女に――」
「待ってください」
体をつまみ上げながら漫才を繰り広げているオレと謎の自称マスコットはフキの言葉に漫才を一旦保留にする。というか、何故オレはしゃべるネコと漫才を繰り広げているのか。
「なんですか。こんな非常時に楽しそうに。というか、目の前に魔法少女がいるというのになんですか。私は蚊帳の外ですか。私はこういう人生なんですか」
あら。何故だか急にフキさん、ネガティブオーラ出し始めましたよ。
「ああ、そうだ。忘れてた。ワタシはキミに用があったんだ。お嬢さん」
なんだか真面目な話を始めそうなので、どさりと猫を地面に下す。猫はすごいね。音一つ立てず地面に着地した。
「ワタシを置いて先に旅立つなんてひどいじゃない」
「いえ、私はあなたのことを知らないのですが」
「あちゃー。あれだね。伝達ミスなのかな。魔法少女は旅立つときにマスコットを連れて出ないといけないでしょ? そのマスコットがワタシ。アンネだよー」
「そ、そ、そうでした。あらー。忘れてましたね。私としたことが」
「いや、お前そのものだろ」
「私はハチミツくんの脳内ではそんなに忘れっぽいキャラなんですか!?」
なにかを誤魔化したことには気が付いていた。でも、本人が隠したいのだ。わざわざ問い詰めるつもりもない。
「おい、猫。お前はあのコスプレ野郎を倒す方法を知ってるってのでいいんだな」
「そうだよ。ワタシはA・魔法少女の倒し方を知ってる。そして、キーを手に入れる方法も」
「それは一体――!」
フキは目の色を変えてアンネを問い詰める。
「A・魔法少女のオリジナルのいる過去に飛んでキーを手に入れるしかない」
「いや、ちょっと待てよ。そんなのタイムマシーンでも使わねえと」
まさか。マスコットが猫なのはフラグだったのか。こいつは実は未来から来た猫型ロボットで――
「ということはないよね」
「ないのか」
「ないんですか」
オレたち小学生の期待をばっさり切り捨てる。恐ろしい、悪魔のような猫だ。
「では、どうやって過去に?」
「それは簡単だよ。現在にいるオリジナルを探せばいい。そうすればキミの持つブランクキーに行き先が示される。その後は、光八光。キミの出番だ」
「何故オレの名前を――なんて茶番をするつもりはない。というか、今回の件のどこにオレが――あっ」
あっ、と言ったのはアンネがアンネが逃げ去った時に出た声だ。あの野郎、どこかに消えやがった。猫らしくするりするりと排気口やらの間に逃げやがって。
「探しましょう。ハチミツくん。そのオリジナルを」
「なあ、フキ。今回の件とオレはなんの関係があるんだ?」
「それは知りません。あの猫の口八丁だと思います」
フキは嘘をついている。
そんな風には全く見えなかった。
「じゃあ、とりあえずオリジナルを探すとするか」
手掛かりが全くと言っていいほどなく、砂粒の中から一粒の砂粒を探し出すようなことだけど、なにもできないわけじゃなく、なにかできるかもしれない、どうにかなるはずだと思えるだけマシなのだと思った。
とあるまほうしょうじょものがたり
おんなのこはようせいとであい、おはなしをききました。
そして、せいねんがせんせいをするがっこうへととうこうしました。
おんなのこはせいねんがせんせいをしていることがきにくわないようでした。
せいねんはおんなのこにまほうのれんしゅうをさせますが、おんなのこはうまくまほうがつかえませんでした。
おんなのこはかえりみちにくらすめいととであいました。くらすめいとはすていぬのせわをしていましたが、そのいぬのげんきがないようです。
おんなのこはまほうをつかってすていぬがはなせるようにしました。
すていぬはこういいました。
「くるしい。くるしいんだ。もういきていたくない。はやく、はやくころしてくれ」
「おれにくいものをあたえないでくれ。くるしみもかなしいみもないばしょへとおれはいきたいんだ。だから――」
おんなのこはまほうでくらすめいととすていぬがいっしょにくらせるようにしてあげました。
絵本に書かれた物語は次のページに進むと消えてしまった。
新たなページには、まだ、物語は浮かび上がってこない。