第一話 ゆーあーすとらいきんぐがーる?
人が人生を語る時。それは確実に過去を語っているのだろう。
「あなたに変えたい過去はありますかと問われたら」
オレは鼻を鳴らす。滑稽な話だからだ。
「変えたいほどの過去を生きてはいないと答えるさ」
決まった。一週間考えただけはある。
「赤いランドセル背負って何言ってんの」
どうやら通行人に聞かれていたみたいだ。少し。ほんの少しだけ恥ずかしい。
「……って、美羽子さんじゃんか」
聞いていたのは知り合いであったので胸をなでおろした。
「八光。あんた、いつもそんなこと考えながら一人で帰ってるの? 男のくせに赤いランドセル背負って」
「いつも口悪いよね。美羽子さんは」
この美羽子さんという女性は高校生。オレの姉のともだち。オレと美羽子さんとにはそれというほど絡みはなかったわけだが、お節介であるのか気まぐれであるのか、こうやって時々話すのだった。
「さっさと帰りなさいよ。小学生」
「美羽子さんこそ、高校生のくせしてどうしてこんな時間に帰ってるのさ」
小学生であるオレと高校生である美羽子さんとの下校時間は一時間ほどずれているはずだった。オレは遅くまで残っていたなんてことはないから、美羽子さんの方が早いということだろう。
「つまりはサボりか」
「一々鼻につくガキね」
それなら話しかけてくるなと思うのだけれど、なんというかどうしてか、オレに絡んでくる年上のお姉さん方はなにか悩みを抱えていたりするのだ。
「なにかあったんだね」
「別に。何もない」
ツンデレとかそんな風じゃなくて本当に何もなさそうだったのでオレは恥をかいた気分だった。ただまあ、ここではないどこかを見ている目はすごく気になったけど。
「なんだか、物足りないって気がしないかしら」
「そうやって暴走行為に手を染めるんだね」
オレの冗談も美羽子さんには聞こえていないようだった。図星とかだったらどうしよう。
「み、美羽子さんならうまくやっていけるさ。レディースでもさ」
「なにか忘れてしまっているような。どこかに何かを置き忘れてしまって、それを取り戻したいのだけれど何を置き去りのままなのか思い出せなくて、ただ焦るばかりで」
本当に聞いてなかったらしい。なんだかなあ。オレなりに励まそうとしたんだけどな。
「わかんないよ。オレ、子どもだから」
「そうやって逃げるのね。でもいいわ。逃げられるのは子どもの特権だもの。でも、逃げちゃいけないって。これはそんな気がする」
「美羽子さんだって子どもじゃんか」
「そうね。わたしも子どもだけど、だからって自分を甘やかすつもりもないから」
まるでオレが何かから逃げていて、自分を甘やかしていると言わんばかりだった。あながち間違ってないのかもしれないけどさ。
時間の無駄っだったわ、と美羽子さんは帰っていく。オレも時間の無駄だったわ、と言って再び帰路についたけど、本当に時間の無駄だったのでひどく後悔するばかりだった。
家に帰ってくる。古い家だけど平屋建て――つまり二階はなくて、でも手入れが行き届いているおかげでそれほど古いとは感じない家だった。
「ただいま」
「おかえり~」
奥から間延びした呑気そうな声が聞こえてくる。
「今日は学校、どうだった~?」
「別に」
声の主――母親に姿すら見せず、オレは自分の部屋に入っていった。
オレの家族は母親と姉とそしてオレだけだった。三人。でも今家で暮らしているのは二人。姉は高校生ながらどこかに放浪の旅へと出ている。何故だかはわからないしどうでもいい。体が少し弱い母親を小学生のオレに押し付けてどこかに行くようなヤツなのだ。まあ、病院に週一日ほど通ってるレベルなので何も不自由はない。ただ、母親は働けるほどでもないのも事実だった。
「可もなく不可もなくという感じかな」
飯を腹いっぱい食って、風呂に入って。そして布団にもぐりながらそんなことをぼんやりと考えていた。不満はあるけど問題とするほどでもなく。なんというか中途半端な毎日だった。
「ぽっかりと穴が開いたような気分、か。これがそうなのかもしれない」
そうなれば人間の人生なんてずっと穴の開いたようなものに違いない。満足することがあったってそれは一時的。人の欲望は限りを知らない。何事も中庸なのだとそんな風にオレは思っていた。
「考えるな、感じろってことで。寝よう寝よう」
小学生がませたことを考えたところで何もできないし、何かをするつもりもない。こうやって無産的なことを逡巡しながらオレというやつは満足しているらしい。
「暇だから、空から女の子でも落ちてこねーかな」
バグバリリ。
耳をつんざく音が響いて跳ね起きる。まるで部屋のガラスが割れたような――
「っておい! ガラス割れてんじゃん。部屋に散乱してんじゃん! で、何故か女の子倒れてんじゃん!」
頭の中パニック。
まるで魔法少女のようなメルヘンチックな衣装を身に纏った少女はオレくらいの年齢。箒っぽいものを持ちながら畳に転がっている。ばら撒かれたガラスを踏まないように気をつけながら少女の近くに寄る。少女はピクリとも動かない。死んだのかもしれない。
「庭に穴を掘るのは億劫だな」
そうじゃない。それじゃまるでオレが連続殺人犯だ。
「お、おい。生きてますか。人生楽しんでますか?」
意味もないCMでありがちな言葉を投げかけてみる。反応はない。
こんなガラスの上じゃ体中ひどいことになっているだろう、とうつぶせだった少女を抱え、顔を表に向けてみる。
「あちゃー」
少女の顔は美しかった。多分、そうなんだと思う。人形みたいに精巧で、均衡のとれた顔立ち。ただ、それが逆に印象に残りづらくもあった。ちょっとブスの方が可愛いっていうのはそういうことなのだろう。
「なんだか……失礼なことを……」
少女が譫言を放つ。しかしまあ、なんつー譫言だ。少女の体には奇跡的に――いや、不自然過ぎるほどに傷がなかった。まずは一安心、ということなのかな。これは。
「ふう」
だが、溜息を吐くには早過ぎた。
オレには更なる試練が待ち受けていましたとさ。
少女の服が光の粒となって消えていく。その下はすっ裸。全裸だ。
「胸は――ないな。問題ない」
さて。素っ裸の少女をガラスの海に突き落とすわけにもいかず、母に白い目で、いや警察に通報されるのを覚悟で謎の少女を居間へと抱きかかえていったのだった。
重たかったです。はい。
とあるまほうしょうじょのものがたり
むかしむかし、というほどではありませんが、ここではないどこか。もしかしたらわすれられたせかいにひとりのせいねんがいました。
あるひ、せいねんはまほうしょうじょになりたいとおもいましたが、まほうしょうじょにさせてくれるようせいさんはせいねんをまほうしょうじょにはしませんでした。
でも、せいねんはあきらめません。
ようせいさんがおとずれそうなおんなのこのいえにしのびこみ、ようせいさんをつかまえたのでした。あきらめたようせいさんはせいねんにやくそくしました。
このいえのおんなのこのおせわをすればまほうしょうじょにしてあげる、と。
そして、せいねんとおんなのこのふしぎなものがたりがまくをあけたのでした。
絵本に書かれた物語は次のページに進むと消えてしまった。
新たなページには、まだ、物語は浮かび上がってこない。