第九話 ゆーあー ふぉーちゅん がーる?
初夏の風が、オレの心を奮い立たせる。もうすぐ、男の季節がやってくる。
「というか、季節の設定ってどんな感じでしたっけ。それと、私は漢の季節の方が好きです」
「なんだよ、フキ。男が黄昏ているのを邪魔すんじゃねえ。それと、だ。漢については絶対にツッコまないからな!」
赤いランドセルを背負った子どもの傍で同じように歩いているのがフキ。自称魔法少女で、かつ、空から全裸で落ちてくる、世にも奇妙な女子なのであった。
「ハチミツくん。今日はどこを解体されたいですか?」
「お前が言うと冗談じゃなくなるし、そもそも心の声を読まないでくれるか?」
オレのモノローグ(語り)を女性陣は簡単に読み取ってしまうらしい。口は災いの元と言いますが、まだ言ってもいないことまで聞かれるのはなんだかなあ。というか、なんだよ、この設定は!
「そうやってメタ発言を繰り返していくようになるのよ」
「美羽子さんか。心臓に悪いな」
鳥の羽のように音もなく誰かが傍に立っていた。まあ、誰でもいいんだけど。
「そういうところよね。ねえ、フキちゃん」
「ええ。そうですよね。美羽子さん」
「だから、勝手に心を読んで二人で意気投合するの、やめてくれ!」
ああ、もうわかったよ。思ったことを全部口に出せばいいんだろ?
「とかく、作者が4か月も放置してたんだから、大変よね。アンタたちも。季節の設定なんてあってないようなものだし」
「もう大体秋でいいんじゃないか?」
「うわっ!!」
オレは思わず声を上げる。音もなく気配もなく、とんでもない大男が背後に忍び寄り、さらっと会話に入ってきたからである。
「そうよねっ! おにいちゃんっ! さすが、ミワのおにいちゃんだわっ!!!」
美羽子さんはスーツ姿の大男に抱き着く。スーツ姿が似合い過ぎて、どこかの殺し屋かと錯覚するくらいだ。
「この男、やる… いいえ。殺る……!!」
変なスイッチの入ったフキの頭を軽くチョップする。フキは痛そうに頭を押さえた。
「研磨さんか。たしか、高校の教師になったんだっけ?」
美羽子さんの兄たる鷺宮研磨さんに問いかける。
「ああ。光弟よ。美味しくなったな」
「ふわぁっ」
とろけるような声を出したのはフキである。あれ? どうして美羽子さんも顔を赤くしてんのさ。
「美羽子さん」
「ええ。フキちゃん。わたしたちは二人の幸せを応援しましょう。ショタオジは国宝ものだから。ハチミツ。アンタにわたしのことを大好きなわたしのおにいちゃんをあげるから、絶対に幸せにしなさい」
「勝手に押し付けないでください。強引な訪問販売のセールスでももっとマシな方法をとるわ!」
研磨さんはオレに興味を無くしたのか、フキに視線を向ける。
「こちらの幼女は?」
「おい、おっさん。白昼堂々女の子に幼女とか言ってると補導されるぞ」
「逮捕くらいまでなら経験済みだ」
さらっと言ったな、おい。
流石のフキも無表情のロリコン男に恐怖心を抱いているようで、体を小さく震わせていた。
「研磨さん、とおっしゃるのですか?」
「いかにも」
フキはいかにも人見知りっぽい話し方だった。こんなんで今日から大丈夫なんだろうか。
「その……お尻には気をつけてくださいね。ハチミツくん、こう見えて激しいから……」
「……」
三連続チョップをお見舞いする。ちゅーか、バカモン。オレまでお縄にかける気か。いや、意外とそのつもりで言ったのかもしれんぞ。フキは意外と腹黒いし。
「それより。初めて出会ったんだ。するべき挨拶があるだろ」
初対面の人にすごい話をしたよな。ファーストコンタクト、最悪か。
「えっと……初めまして。研磨さん」
「初めまして」
そう言うと研磨さんはフキの顔ほどの大きさはある手をフキの目の前に差し出す。
「握手だよ。フキ」
研磨さんは口数が少ないのでオレが言ってやらなければフキは研磨さんから攻撃を受けるんじゃないかと思って先に攻撃を仕掛けていたかもしれない。まあ、研磨さんもなにか武道をしてたって話だからフキでも勝てないかもしれないけれど。
フキはまたも恐る恐る研磨さんに自分の手を差し出し、研磨さんの手を握る。手を握る時、いつも無表情の研磨さんの顔の眉がピクリと動いたのは気のせいだろうか。特に注意していなければ気づきはしないか、風に吹かれたのか程度の微々たる変化だった。やっぱロリコンなのか。自称するロリコンってのもなかなか信用ならないが。
「そういや、教師なんだから、早く行かなくていいのか」
「いや。早く行かなければ殺される」
オレが言葉を言い切る前に研磨さんは言った。眉をひそめて苦そうな顔をしていた。研磨さんのそんな人間のような顔をオレは初めて見た。
「ということで、美羽子。オレは急がねばならない。離れてくれ」
研磨さんの腰辺りを見ると、未だ美羽子が研磨さんの腰に引っ付いていた。もしかして、さっきからずっと引っ付いていたのか。コバンザメか。
「いやっ! もうおにいちゃんを絶対に離さないって決めたのっ! もう悲しいのは嫌なのっ! あの女の元になんて行かせないっ! だって、そんなの、おにいちゃんが一番傷付くだけじゃないっ!」
美羽子さんが悲痛の叫びをあげる。そうか。美羽子さんもA・ミワだった秋陽子と同じような経験を――
「いや。大丈夫だ。お前たちが思っているほど深刻な事情はない。むしろ急がなければ俺が今までよりも深刻な目に遭う」
研磨さんはバッと腕を伸ばし、電柱の方を指さす。
「美羽子! あそこに電柱を使って懸垂運動をしているおにいちゃんがっ!!」
「うそっ!? どこ!?」
興奮しきった美羽子さんは急いで電柱に視線を向ける。その際、注意が散漫になったのであろう。研磨さんはするりと美羽子さんの呪縛をほどき、目にもとまらぬ光の矢の如き風となり通学路を駆けていく。
「あっという間に見えなくなったぞ」
身体能力は魔法少女になったフキ並みか。
「おにいちゃんはどこだって言うのよ――ハッ! 今まで美羽子の柔らかい胸の中に包まれていた幸せ者のおにいちゃんがいないっ! あの魔女に渡してなるものか! キィ!」
美羽子さんは研磨さんを追ってマンガの如き砂煙を上げて、駆けていった。研磨さんが屋のごとしなら、美羽子さんはじゃじゃ馬の如し。風圧は暴風並みか。
「本当に朝から騒がしいね」
「そうだな」
「あら。もっと驚くかと思ったのに」
白猫アンネは残念がる様子もなく、猫らしく顔を洗っている。今日は雨模様か?
「ルーシー。何の用だ。A・魔法少女は倒したぞ」
「ルーシーは黒猫だし、筋肉少女帯ネタだって分かる人は少ないよ。これで終わったなんて少しも思ってないくせに」
アンネは急に声のトーンを変えてきた。脅しているといった口調ではないにも関わらず、背筋を凍らせてしまう。
「本当に、嫌なことしか告げに来ない猫ですね」
フキの言葉にアンネは首をかしげるようなそぶりを見せた。オレも少し頭にハテナが浮かんだがアンネは気に留めない様子で話を続ける。
「この本によると。魔法少女フキには魔王となる未来が待っている――」
「どこの某日曜朝のキャラクターだよ」
「ウォズですね」
「ウォズ!」
仲いいじゃねえか。お前ら。
オレは塀の上で本を広げている白猫をチラと見る。
魔王。
オレの頭に、A・ミワを惨殺した時のフキの姿が通って過ぎる。
「まあ、今回は一筋縄ではいかないよって、教えに来たんだ。いくつもの糸が絡まりあってほつれそうになっている。どうしても力が必要な時はワタシに相談してね。今回ばかりは力になれると思うから」
アンネはそう言うと、本を綺麗にたたんで縄で結び、その縄で自分の体も結びつけると、リュックのように器用に背負って、塀の上を走っていく。
「おい、待てよ! A・魔法少女ってのはあと何人いるんだよ!」
あと何回オレたちは危険な目に遭えばいいんだ。
アンネはオレの問いには答えず、真っすぐ塀の上を走ってオレたちから遠ざかっていく。
「なんなんだ。アイツは」
「さあ。なんなんでしょうか」
フキは冷めた口調で言い放った。お前の使い魔かなんかのはずなのに、興味がない様子だった。
アンネの持っていた絵本には『とあるまほうしょうじょのものがたり』という題名が付いていた。
教室は心なしか騒がしい気がした。そんな周りのことを気にせず、オレはぼんやりと空を見ている。空が灰色だった。雨が降るのか降らないのかはっきりしない。でも、湿度が妙に高くて、少し気だるい。
「どうしたの? マイハニー?」
「やめてくれろよ。さやか」
教室の中では陸の孤島、もしくは氷山の一角たる元祖窓際族のオレに話しかけてくるのはただ一人くらいのものだった。
虻川さやか。虻川三兄弟の末っ子である。ついでに幼馴染み。
「ついでとはずいぶんないいようじゃない?」
「お前まで、モノローグを読み取るのかっ! それとマイハニーって呼ぶのはやめろ。お前以外の男子に呼ばれるとゾッとする」
「わたし的には大歓迎だけど?」
「最近の小学生はどうなってやがる」
まったく、頭の痛い限りだ。
「で、どうしたんだ。さやか。今日はオレが日直だったか?」
「ううん。ただ、ハチミツがどこかそわそわしてるみたいだったから。なにかあるのかなーって」
「オレがソワソワ?」
逆だろう? ソワソワしてるのはオレ以外の奴らだろうに。
「気のせいだろ?」
「そうかなあ。ハチミツのことをずっと見ているわたしが言うんだから、間違いないって」
そう言ってさやかはオレの背中をバシッと叩く。
まあ、そりゃあさやかはオレの後ろの席だもんな。ずっと見られてると思うとゾッとするので早く席替えになってください。
なにをするでもなくぼーっとしていると、そのうち担任が教室に入ってくる。
ああ、やべっ。宿題やるの忘れてたな。まあいいや。
「みなさんこんちわです~。きょうわあたらしいおともだちをしょうかいするれす~」
やっぱ耳障りな声だなあ。担任の綿貫よ。イライラする。
ちょっとイライラしているオレの背中をグリグリとさやかがついてくる。指銃か。
「ちょっとー! 転校生ってこと? びっくりじゃない? 美少女かなあ! おっぱいおっきいのかなあ! 美少女は!」
「おっきいこえでおっぱいとか言うな!」
「だれが一番大きな声で恥ずかしい言葉を叫んでると思ってるんですか」
少し膨れたような口調で、その転校生が教室に入ってくる。
転校生の顔は真っ赤だった。オレが大きな声でおっぱいと叫んだせいではないだろう。緊張で顔が真っ赤なのだ。
転校生はぎこちない足取りで、俯きながら教団へ上る。
「ええっと……緊張してると思うけど、自己紹介お願いできるかな」
「……はい。……私は……」
「無い胸を張れ! 転校生!」
「これから成長するんですっ! ハッ!?」
オレの言葉に反応して顔を上げた転校生は、クラスメイトとなる学友たちの視線にさらされて呼吸を忘れているようだった。しかし、そのうち転校生は怒りで顔を赤くする。そりゃあ、周りの男子がひそひそとおっぱいおっぱいと話しているのが聞こえてくるからな。
「やっぱあれはおっきいのかな。ねえ!」
「お前まで便乗するなよ」
「乗るしかない――このビッグウェーブに」
「カッコつけて――を使いまくるんじゃない。那須きのこか」
「ナスだけれどもキノコじゃない!」
「忍びなれども忍ばないみたいに言うなよ」
「私の名前は!」
突然転校生が叫びだす。
「光フキと言います! よろしくお願いします!」
「ったく。いい声で鳴くじゃねえか」
思いっきり後頭部に衝撃が走る。
「お前って奴は! わたしというものがありながら女になんかうつつを抜かして! 孕ませたのか? ヤッちまったのか!?」
「止めんか! クソガキ!」
背後のさやかの顔をさやかの机に押し付ける。なんちゅーことをいっとんねん。
辺りは当然ざわざわしている。
「フキちゃんはハチミツくんと同棲してるんれす~。ということで、フキちゃんの席はハチミツくんのうえれす~」
「なんちゅーこといっとんねんっ! バーナー広告かっ! それと、今日宿題忘れました!」
「ごめんなさいれす~。せんせいもじょうだんがすぎたれす~。フキちゃんわさやかちゃんのとなりれす~。ハチミツくんわ放課後草引きれす~」
ちっ。誤魔化しきれなかったか。そういうところが嫌いなんだ。
いきなり飛んで放課後。
別に学校生活なんて特筆すべきことすらない。青春の牢獄と揶揄されるように、すべてはオートマチックに動いている。わざわざ人間を機械にするように教科書なんて読ませてさ。
「やっぱり、あなた、生意気って言われない?」
「なんだよ。わざわざ口調を変えて、別人のように振舞って」
「どうしてこちらに背を向けながら『私』だとわかるんですか?」
「そりゃ、簡単だ。お前はお前だからだよ」
「……」
フキは不真面目が売りであるオレが真面目に草引きしているのを見て、言葉を失っているようだ。
「しかし、これは本当にいっぱい食わされたな」
オレは自分勝手にぶつぶつ言いながら草引きをしている。
「あなたは、そこまで知っていて、どうして私に付き合うんですか」
「……別に大したことじゃねえよ。お前の話を聞くくらいのこと」
「……?」
微妙な間が空く。もしかして、話がかみ合ってない?
「あれだろ? あのふわふわ教師の綿貫だったか? あれにいっぱい食わされたっていう」
オレはフキが気になって後ろを振り向く。
ありゃ……フキは少女漫画の恐怖枠のような表情をしている。目をかっぴらいて、手には包丁を持ってそうな感じのあれ。コープスパーティー?
「……それはそれでどういうことなのか、ですね」
無表情になってフキは言った。まあ、さっきの表情を続けられたらこっちがしょんべんちびるわ。
「多分、いっしょに草引きしながらお前の話を聞いてやれってことだろ? どうみたって一人でできる量じゃない」
フキは溜息をつく。心なしか安堵の溜息のようにも聞こえなくはなかった。
「で、どうよ。転校初日は」
「いきなり核心をつくんですか」
「天気の話をしようにも今すぐにでも落ちてきそうだからな。うかうか話してりゃ、二人ともずぶぬれになっちまう」
明日は雨なんじゃないかなーと漠然と思う。降り続かなければいいいけど。この季節の雨はちと体に響く。
「別に。これといってなにもなかったですよ」
そうか、と興味なさげにオレは言った。引いた草を小さなバケツに放り込む。
「慣れなかっただろ?」
「……」
フキは少し乱暴に草をバケツに放り込む。バケツはもういっぱいで、盛ってあった草が乱暴なフキのスローによって少し地面に舞い落ちる。
「そんなことはないです。私は大丈夫です」
「そうか」
オレはなにも見なかったかのようにフキがこぼした草をすべて拾い上げて盛る。
「オレは平気なんかじゃなかった。強がってはいたけど、やっぱ心細かった。クラスのみんなが優しくしてくれればくれるほど、なんだか独りぼっちな気分になっちまった」
また草を乱暴に入れようとしていたフキは、ぴたっと振り下ろそうとした腕を止める。そして、優しく草を置いた。
「ハチミツくんのお話を聞いてあげます」
「大した話じゃねえよ。オレはまだ恵まれてる」
ある一時期。オレは光家ではない家で過ごすことになった。母親である恵子ちゃんの容体が悪くなったのだ。今でこそ元気そうではあるが、それでも、今は一時的に元気なだけだった。恵子ちゃんは、今でもいつ破裂するか分からない爆弾を抱えて生きている。眩しすぎるほどの、こっちが思わず目を細めて口を緩ませてしまうほどの笑顔で。
預けられて二年間、その家族といっしょに暮した。いい人ばかりだった。でも、向けられる笑顔が本物ではないような気がして、ほんの少し孤独だった。そのまま小学校に入学してもなんとなく、向けられる愛情や好意が本物ではない、同情されているんだなんて思ってしまっていた。それは、きっと今でもそうなんだと思う。
「その時の癖で今でもぶっきらぼうなんですね」
「ほめてんじゃねえよ」
「残念ながら、ほめてません。むしろ、イラッとしてます」
でも、フキは草を乱暴に入れようとはしなかった。オレの方がだんだん乱暴になってきているくらい。
「ハチミツくんは私にだけ優しくしてくれます。でも、それは同情です。はっきり言って気持ち悪い。ストーカーよりも質が悪いですよ。そんなもの」
同情の何が悪い。お前にはオレがいなくちゃ――いや、それは違うんだな。
「なにより嫌いなのはその顔です。オレはこの世界に要らないんだ、みんな勝手に幸せになってオレのことなんて忘れちまうんだ、みたいなすました顔。いっそこのまま殺してあげた方があなたのためです」
「そうか。なら――」
「いいえ。楽になんてさせません。あなたが私にその道を渡らせなかったように。ハチミツくんにはとことん苦しんでもらいます。まず手始めに、みんなに心を開いてみてはいかがですか? 私だけに優しくするのではなく、みんなのためにヒーローになることを」
「できるわけねえだろ。想像しただけで吐き気がする」
それはきっと、辛くて大変なことだろうから。
「ハチミツくんがしないというのなら、私もしません。だって、先輩ができないことを後輩ができるはずありませんから。それに――」
「それに?」
フキは長く沈黙していたので、溜息をついて、フキに先を促す。
「い、いえ。流石に私はハチミツくんを買いかぶりすぎでした。それだけです」
ぽんっ、とフキは抜いた草をバケツに入れる。気が付けば草はソフトクリームのように盛られていた。
「というか、なんで捨ててこなかったんですか。私が来た時にはてんこ盛りでしたよ」
「今日、この時、お前に出会えなかったら、もう二度と会えないような気がしてさ」
「死亡フラグ立てないでくれません? どうせ私に運ばせるつもりだったんでしょう?」
ちっ。バレたか。
「今、ちっ。バレたか。って顔しましたね」
「こんだけ山盛りになった罪はお前にもある。だから――」
「ええ」
フキはソフトクリームのてっぺんを押えて、バケツの持ち手を持つ。だが、バケツを浮かせはしない。浮かせてしまえばバランスが崩れて草を全部ぶちまけてしまうからだった。
オレは何も言わず、バケツの持ち手の反対側を持つ。そして、少しためらった後、フキの手の上に心ばかり自分の方へと寄せながら、自分の手を重ねる。相変わらず、小さくて。でも、以前よりかは温かな手だった。
ある日。立体駐車場の中――
「少女にっ♪ 出会った♪」
「ご機嫌でなによりだよ」
片方の少女は雨で濡れていた。髪も、制服も。心さえも。
「これを受け取ればキミは過去を変える力を手にできる。さあ、どうする?」
もう片方の少女は全身を黒い布にで包んでいる。その表情はおろか、本当の体型もはかりしれない。ただ、声のみで少女と判別できるのだった。
「ええ。いただくわ。これで現在を変えてやるんだから」
黒衣の少女は黒いゼンマイのようなものを濡れた少女に差し出す。そのゼンマイの装飾の部分には文字がするすると刻まれていった。
濡れた少女はゼンマイに手を伸ばす。黒衣の少女は濡れた少女がゼンマイを受け取る姿を固唾をのんで見守っていた。
ゼンマイを受け取った少女は立体駐車場の出口で足を止め、朝から降り続いている雨をしばし眺めた。
どうして先ほどの黒衣の少女は濡れていなかったのだろう。
濡れた少女は振り返ったが、黒衣の少女の姿はどこにも見当たらなかった。
少女は雨で濡れていた。髪も、制服も。心さえも。
「これを受け取ればキミは過去を変える力を手にできる。さあ、どうする?」
男は全身を黒い布にで包んでいる。その表情はおろか、本当の体型もはかりしれない。ただ、声のみで男と判別できるのだった。
「ええ。いただくわ。これで現在を変えてみせますわ」
フードの男は黒いゼンマイのようなものを少女に差し出す。そのゼンマイの装飾の部分には文字がするすると刻まれていった。
少女はゼンマイに手を伸ばす。フードの男は少女がゼンマイを受け取る姿を静かに見守っていた。
ゼンマイを受け取った少女は立体駐車場の出口で足を止め、朝から降り続いている雨をしばし眺めた。
どうして先ほどのフードの男は濡れていなかったのだろう。
少女は振り返ったが、フードの男の姿はどこにも見当たらなかった。
とあるまほうしょうじょのものがたり
まほうしょうじょのあおはそらをずっとみていました。
ずっと。
ずっと。
ずっと。
ずっと――
そのなかであおにくっついていたようせいのいすかはとあるしょうじょのともだちであることちゃんにみつかってしまいました。
あおはまだなかまになりません。
絵本に書かれた物語は次のページに進むと消えてしまった。
新たなページには、まだ、物語は浮かび上がってこない。