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その昔、世界各所である奇怪な噂が流れだした。
曰く「山中で毛むくじゃらのクマのような大男に出会った」
曰く「海で泳いでいたら、大きな目玉がこちらを見ていた」
曰く「飛行機の窓から、ゲームに出てくるようなドラゴンを見た」、と
連日増えていくその噂は、1年も経たないうちにワイドショーに取り上げられ、遂には各国の政府も動き出した。ある国は学者や有識者を集め、生物学的観点からの考察を始め、またある国は軍を動員して調査に乗り出した。その行動は実を結び、遂にはその幻想的とも空想的とも言える生物達を、人類史の表舞台へと浮かび上がらせた。
時同じくして、民衆にも動きはあった。人々の中から、正体を、その本性を表すものが現れ始めたのだ。古くから人間に紛れていた彼らは、遂に日の光を浴びた。人類、否、人族は彼らを総称してこう呼び始めた……〘幻想種〙と。
そんな動乱の事態から流れて30年。その男は1人、所有している事務所で呑気な欠伸を漏らした。窓の外に〔葛峰探偵事務所〕と書かれた古びた看板の見えるそこは、応対する為の古びたデスクと、同じく古びたソファー、そして部屋の主と共に静まっていた。
葛峰 京平36歳
幻想と人理の混ざった、この混沌とした都市で私立探偵を営む彼は、先立って入ってきた依頼の内容をまとめた書類を眺め、また欠伸をつき彼方を見やる。
「……友人の死の真相、ねぇ……」
そんなもの警察に丸投げすりゃ良いだろうに、と気だるげにタバコをふかす。その上依頼主がまだうら若き女子学生であることも、京平の嘆息する原因であった。
まだ、タダの学生なら煙に巻いて追い返していたろう。問題なのは、その学生というのがスポンサーの娘な上、幼い頃から知っている点である。更には、幾つか頭の上がらぬ恩も抱えている分、無下にも出来ない。
「しょうがない、やる気もねぇが少しは探ってみるか
ってもお嬢の話だと塾帰りって言ってたし、時間から考えても夜中手前の犯行だろ……ヒントも手がかりも少ないとか、マジやる気湧かねぇワ」
ため息は深く、しかし短く。色あせた上着を片手に、そのボサボサの頭を掻きながら部屋を後にする。その背中を、向かいの建物からじっと見つめる、紅い眼から逃れるように。