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「くきゅるかかっ
人を呪わば穴二つ、とは確か人族の言の葉遊びだったかの?」
酒とゴミと排気の匂い立ちこめる路地裏。
痣だらけで倒れ込んだままの彼を背に立つその少女は、独特の笑い声を上げ彼方を見すえる。
その向こう、のそりと立ち上がるその異形は、その眼に憤怒と困惑を浮かばせて少女を睨む。
無理もないだろう、非力な人族の男を殺すはずがまさか、華奢と言える少女に文字通り殴り飛ばされたのだから。
「にしても、御前さん
霊鬼の類に襲われるとは、ちとオイタが過ぎるじゃろて」
「……ハッ、返す言葉も無いが、生憎とそれでも調べなきゃならんもんでね
とはいえ、正直嘗めてたのは反省の余地ありだな」
彼岸花の意匠を施した黒い着物に身を包んだ少女の、笑みを含ませた苦言に、彼は憎まれ口を返す。不思議と聞いていて落ち着くその鈴のような声とは裏腹に、彼女は眼光を鋭くしながら、彼方を見据えた。
「ギ_______シャハァッ!!」
青白いその躯に力をみなぎらせ、霊鬼と呼ばれた異形が突進してくる。 細くも絞り込まれた肉体は、進路上の障害をものともせず一直線に進む。その眼に必殺の意志を滾らせ、この非力な男と生意気な小娘を殺す、そのことだけを目的として駆けてくる。
だから、気づけなかった。その進む先が、既に少女の領域であることに、自ら棺桶に飛び込んでいることに
「知能の低い霊鬼なんぞ、一息に仕舞いじゃて___『 宵闇絡繰・微塵網』」
ふと、やる気をなくしたかのように呟く少女。そこに切迫する異形の躯が、次の瞬間細切れの肉片と化した。あたかもそれは子供が崩した積み木のように、バラバラと。
その通ってきた道のその宙には、赤い雫が滴る、幾何学模様状の網が浮かび上がる。不満そうに、そしてつまらなさそうに、少女は肩で切りそろえられた黒髪を弄りながら男に語りかける。
「のう、御前さん
とりあえずはなにかしらで腹を満たすのはどうじゃろか? 」
呑気に空腹を訴える少女の姿をした異形に苦笑しながら、彼は立ち上がり服に着いた砂埃をはらい落とすと、通りにある行きつけの飲み屋へと足を向けた。
さて、そもそもどうしてこんな物騒な少女とあんな化け物の相手をすることになったのか、そんなことを思い返しながら。