表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

何したんだろ、わたし

作者: 文芸マン

お久しぶりです!選んでくれてありがとうございます!今回は答えのない小説を書いてみました。女子高生が抱いている感情を表現できたら良いなって思ってます!

校門へ続くアスファルトからは陽炎がのぼっている。その周りを囲むように植えられている落葉樹からはセミの大合唱が聞こえ、体感温度が上がったように感じた。

 歩くたびに流れる汗を気にして、ハンカチで額を拭う。スカートの中が熱くてパタパタと熱を逃がしたいと思ったけれど、私よりも前にいる男子大学生や、対向車線を走る自転車に乗っている人の目が気になって結局何もしなかった。

 校門をくぐる前に、制汗剤を掌につけ、それを薄く延ばしてから半そでをさらに折って短くしたワイシャツの下のほうまで塗った。もう一度制汗剤を掌につけ、わきの下、首周りになじませた。

 校門から本校舎までは歩いて2分くらいかかる場所にあり、コンクリートのセンターラインをただぼんやり見つめて歩いた。途中で自転車がセンターラインをたどるように校舎へ向かい、自然とその自転車に目を奪われたけど、私の一〇Mぐらい先のところで止まり、来た道に引き返すように走っていった。校舎に向かって急いでいた何人かの人は、邪魔そうな顔をしてその自転車をよけた。

 センターラインが途切れて、その延長線を探すように校舎を見上げる。するとカラスが外階段の三階の手すりに止まっているのが分かった。校舎は四階建てで、下から順に最高学年が使うため、ちょうど鉢合わうことになる。まだら模様の青と焦げ茶色の手すりをつかみ、階段を上る。三階まで来るとすでにカラスはいなくなっていて、うれしさともの悲しさを含んだため息を吐いた。

 階段と校舎には敷居があって、少し重いドアを開けると、冷気や、話声、足音、水の音がいっぺんに聞こえた。歩くだけで体にまとわりついていた熱が放出されていくのがわかる。少し歩いたあと、後ろで重低音が響いた。

 靴を履き替え、教室の前で深呼吸する。息を吸うときに、背中に汗が流れていることがわかった。木でできている引き戸を開けると、さっきよりも冷たい風が体をなぞり、肩を震わせた。教卓に一番近い机に通学用のショルダーバックを置くと、一呼吸する間もなく後ろから声がかかる。

「綾、おはよー」

 いつメンのさわがスマホから目を離して私を一瞥し、けれどもすぐにスマホの画面を見た。さわはこれというとみんなも同調する。そのくらい強い発言力をもつ一方で、感情の起伏が激しく、傲慢ちきな部分もある。今だって、私よりスマホのほうが大事なようだし。

「おはよ」

 私も軽く挨拶を返して、さわの前の椅子に座る。周りの談笑や冷房の音と窓の外から聞こえる自転車のキキーッという甲高い音がやけに耳に入った。さわのスマホのディスプレイには、おいしそうなパンケーキが映っていた。

「おいしそうだね、そのイチゴがのったやつ」

「だっしょー。これ、駅から二〇分ぐらいの場所にあるグ・ランマって店で」

 言いながら、さわは画面を横にスワイプさせていく。生クリームをパンケーキと同じかそれ以上に積み上げた写真が永続的に流れていく。白の周りに赤や黒、深緑のソースがかけられていて、どれも食べるのに苦戦しそうだった。それ以上に胃もたれを起こさないかどうか心配になった。見ていただけなのに軽く食傷気味になる。もう甘いものはしばらくたべなくてもいいかな。

 スクロールの最中に同じクラスの江畑くんとのツーショット写真が出てきた。さわは何も言わずにパンケーキの説明を続けたけど、少し居心地が悪くなった。

「おっはよーふたりともー。今日もはやいねー」

「おはよ。なにしてたの」

 朝のホームルーム開始五分前ぐらいに、いつメンの楓とさっちゃんがそれぞれさわの隣に座った。先ほどまでのやり取りを説明しているうちに担任が教室に入ってきたため、そこで話は打ち切りになった。さわが話しているときにさっちゃんがスマホをいじっていたのが妙に気になった。隣の席のねねちゃんはいつも私に笑いかけてくれる。


 四時間目の授業が終わり、弛緩した空気が流れる。ある人は購買に、ある人は他クラスに行った。私もお弁当とスマホだけを持って、さわの元に向かう。

「今日さ手作りなんだよね」

 さわは少しだけ恥ずかしそうにしてピンク色の蓋を開ける。開ける前から私たちは「やば」と「すご」とを交互に言っていた。開けた後はもっと言った。

「やばやばやばすぎなんですけどー」

「うっわ、もしかしてさわってプロの方ですか?」

楓とさっちゃんはそれぞれの誉め言葉でまくしたてる。私も何か言わなきゃいけないんだけどなんて言ったらいいかわからなかったから、おいしそうとだけ言った。

 気分がよくなったのか、さわは右手の人差し指と中指で髪をいじり始める。

「そえばさ、今日熱くない?保冷剤めっちゃいれてきたわ」

「「それな」」

楓とさっちゃんの息が重なる。私もそうだねと同意する。ドアの付近では男の子二人がじゃんけんをしている。グー、グー、チョキ、不規則に繰り返す手の動きをぼんやりと見ていたらさっちゃんが課題のことを聞いてきた。

「秋田学やった?」

「うん、今日までのやつだよね」

「うん。自殺のやつまだ終わってないんだよね」

「やばいじゃん」

「やば」

さわと楓が椅子を後ろに引きずりながら驚きを表す。いつの間にか二人ともスマホを手にしていた。

「だからさ、見せてよ。おねがーい」

 さっちゃんは猫なで声で私を見上げる。上目遣いで瞳をうるうるさせ、いつもものを頼むときはこんな感じなのかなと思った。

「もち。私たち友達だからね」

 私が何か言うより先にさわが答えた。見せないのなら友達とは言えないと言われている気がして怖くなった。まるで友達という名の踏み絵に思えた。

「ありがと。私、みんなのそういうとこ好き」

さっちゃんはパンの包装紙を丸めると急いで自分の席に戻った。

「私もノート見返したいからそろそろ戻るね」

「オッケー」

 それじゃあ、と言いかけてさわは飲食店でバイトをしているような笑顔を向ける。

「今日の放課後マック来るよね?」

「ちょっとでいいなら付き合うよ」

「りょーかーい」

さわの興味はすでにスマホに向けられていた。


「今日はありがと。ほんと感謝感激雨あられだよ」

 学校を出てすぐにさっちゃんが言った。マックへ向かう道は学校帰りの高校生が多くいて、自転車に乗っていた人が鬱陶しそうに自転車を押し始めた。

「つーか、あの斎藤ってやつ、あたしのことちょー睨んできたんだけどなんなん」

「あいつ陰キャだからうらやましかったんじゃないの?」

「それな」

 さわは愚痴をこぼすと、ため息を吐いた。清涼感のあるミントの匂いがした。

 十分ほど歩き通学路を抜けたら、急に飲食店が国道に平行になるように建ち並んで車通りも一段と増した。高級車が信号待ちをしていて、青になると唸り声をあげて加速していった。ラーメン屋、カラオケ屋を挟んであるマックに着くと、二人組の高校生が同じく中に入っていった。

「いらっしゃいませ」

真っ黒の制服を着た女の人に小さく一礼し、四人で座れる席を探した。席は入ってきたのときとは違う出入り口のほうに座って、さわはバックからクーポン券を取り出した。

「今日さー、無料券ついてたんだよねー」

 段ボールからガムテープをはがすような音とともに、チラシからストロべリーシェイク無料券を剥がした。

「チラシ見ていい?」

「いーよー」

 私はチラシの折り目を指でなぞって、アイスコーヒーの欄で指を止めた。

「アイスコーヒー飲みたい」

「アイスコーヒー嫌なんだけど」

「これ明日までじゃん」

「いつも何飲んでるの?」

「ん。コーヒー?」

 楓とさっちゃんはまだ決め切れていないらしく、先に私とさわとで会計を済ませることになった。

 レジには中高生がいっぱいいて、注文を終えた人がいても絶えず注文が行われていた。右上のモニターには九十番台と、百番台の数字がまばらに埋め尽くされていて、私とさわはその末尾の番号が書かれたレシートを握っていた。何か話さなきゃと思ったけど、さわがスマホを操作していたのでやめた。前にいた同じ制服を着た男の子三人組にセットメニューが届いた。

「綾はさ、この後用事とかあんの?」

「うん、週末作文をやろうと思ったんだけど……」

 さわは相変わらず下を向いているけれど、表情が曇ったように見えた。「百八番の方」と呼ばれなければきっと平静さを保てなかった。

「でもがんばればあと少しだから結構入れると思う」

 さわは一瞬顔を上げて私とモニターを見比べた。

「もうきてるよ」

「え、ああ、うん」

 左隣りのレジでスーツを着た一人の男性が、ホットコーヒーとチーズロコモコを注文した。

 席に戻ると楓がチラシを一つ一つ分けている最中だった。さわがまじまじとその作業を見つめる。

「暇かよ」

「本当だよー」

 楓はそう言いながら、几帳面に整えられたクーポンの山をさわに渡した。

 それから楓はファンタグレープ、さっちゃんはクーをそれぞれ頼んだ。どっちもクーポン券にあったドリンクMサイズ三十円引きのでドリンククーポンがなくなった。

 適当な相槌を打ちながら、作文に何を書こうか考えていた。向かいの席に座っている女の子二人の笑い声が耳に入った。

「カーソル合わせてびょーんって」


 青と橙が混ざったような空が山のほうまでずっと繋がっている。結局最後まで抜け出せなかった私は、その空を見上げながら帰路についた。遠くでカラスが鳴いていて、音がするほうへ視線を移すと、数羽のカラスがちょうど飛び立つところだった。

 家に帰り、ご飯を済ませ、作文を書こうとする。ただなかなか書き始めがうまくいかずに、気分転換がてらねねちゃんに電話をしてみる。

「もしもし、いま大丈夫?」

 電話口でねねちゃんがうなづくのがわかる。

「今日さ、宿題やんなきゃいけなかったのにできなくって。あーって気持ちになってね」

ただいまとうっすら聞こえた。窓の外には青はなく、茜空が広がっている。黒い影が赤を横切っている。

「私、どうすればいいのかな」

真っ黒な画面に音が吸い込まれた。電話口からスマホを離しても、依然と黒いままだ。私はスマホを強く握って、ベットに放り投げた。ガールズちゃんねるで聞こうか迷ったけど、スマホに頼りたくないと思い、やめた。庭にカラスが下りて、叫喚した。

お読みいただきありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 女子高生ならではの『世界』との距離の取り方が心地よかったです。そうだよな、この女の子なら、発言小町でもTwitterでもなく、ガールズちゃんねる使うかもな、って自然に受け取れました。また読…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ