性悪狐と壊れた農夫4
狐と男の生活で一週間ほど過ぎた頃だった。
あれから狐は男に自ら死を望む事はせず、狐も自ら迫ろうとする事は無かった。
ただ複雑な心境のまま時間を浪費していた。
朝日が昇る頃、外で鳥の鳴き声が狐の耳に入り目を覚ます。
一緒に寝ているわけではないが隣にはこちらに背を向ける男が眠っていた。
今日も農業、いっそ雨でも降ってくれればいいのにと思った狐は気分転換としてサボる事を考えた。
最近、人の体でいることが多かったので狐に戻り、山の中を野生に戻ってかけ走った。
うん、やはりこっちの方が楽で良い、狐は口元を緩ませ人が歩ける道ではない危険で急な坂を下り、登り、走りまくった。
ふと、自分以外の獣の声がした。
φ
百姓の男が目を覚ました時に狐の姿は消え失せていた。
一瞬、どこに行ったのか不安な気持ちが芽生えたが、書き置きとして「夜には帰ります」と服を置いたまま残していた。
ふむ、最近は思い詰めるように疲れていたように見えた。だから触れる事はやめておこう。
だが私を殺せばこんな苦痛にも解放されるはずだ、その点が少し理解できなかった。
芙蓉は朝飯を食べ始め、今日は雨が降る。そんな予感がして少し心配な気持ちも芽生えた。
φ
「ああ、私と同じ妖のモノでしたか」
姿を現した一匹の狼、その尾は白い炎で燃えていて一目で通常の獣ではない事が理解できた。
狼はただじっと狐を睨み、話そうとはしない。
もしかすればテリトリーを侵されたのではないかと思っているのかもしれない。
「大丈夫ですよ、貴方と揉める気はありません、ここが縄張りなら私は去りますよ」
低い腰で相手にそう話すと狼はやっと口を開いた。
「貴様は狐の妖か、それも銀の狐ときた」
「それがどうかしましたか?」
狐は表情を見せた。それは笑み、狩る側の目だ。
狐は悟られないように苦い顔をした。今の自分では万全の力を発揮できる気はしない。ここは安全に済ませたいが。
「貴様に世話になった同族がいてな……」
「命は奪ってませんよ、それに狼なら寧ろ私は被害者では? 食事をしていた頃に突然襲われたんですよ?」
最近、狐は狼と争った事がある。
狐の言葉通り自分は被害者だ、襲われた時に逆にコテンパンにやっつけただけの話だ。
「いや、これは建前だ。今の貴様は力を失っている、この意味がわかるか?」
狐は意味を察した。単に私が邪魔になっただけか。
「情けないですね? そんな理由を付けて、単純に私が怖いから弱ってる所を狙ったって言えばいいじゃないですか。もしかして手下にカッコ悪いところを……!!」
狐が最後まで煽ろうとしたら、狼が体を回転させ一つの円形を作り出す。
その回転の勢いで白い刃を狐に飛ばして来たのだ。
だが狐は余裕の笑みを浮かべて、斬撃を踊るように避けた。
「幾ら私が弱体化したからって……貴方に負けるほど弱くないんですよ」
飛び舞う斬撃を避ける中、狐の背中から青い蛍火が狐を守るように囲まった。
「舐めるなよ、小娘がァ!」
斬撃と炎がお互いぶつかり合い弾けた。
φ
「雨か」
稲を雨から守る作業を行なっていた芙蓉はふと狐の事を思い出していた。
彼女と私は約束をしたのだ。いなくなってもらっては困る。そう約束は守らなければな。
家に戻り、戻っているのか戸を開けても中は静まり返っている。
陽が落ち、夜が近づいていた。
φ
狼は白い斬撃をずっと放つが、それしか脳がない。狐はそう判断した。
そして攻撃の速度や隙に癖があり、それは同じ速度の斬撃、初手なら兎も角、慣れるとただの遅いかまいたち、もう一つは十秒間斬撃を放つと二、三秒の溜めがあった。白い炎をまた補充しているのだろう。
こののま体力切れを狙うのもアリだが、面倒だ。
狐はまた斬撃の雨が降り始めた頃、狼に向かって走り出した。
一つ一つ避けて行き、溜めが入った頃に一気に飛びかかった。
「なにっ!?」
狼の驚く声と同時に、狐の顔には笑みが浮かんでいた。
空中で青い爆発が狼を吹き飛ばした。
吹き飛んだ狼は木にぶつかり、ぐったりと倒れた。
「だから言ったんですよ、貴方じゃ勝てないって」
そんなセリフだったか記憶曖昧だが、このままトドメを刺すか。また襲われても厄介だ。
狐はそう思い、狼に近づいて行った。
だが別種の狼が長を守るように狐に襲いかかった。
これ以上犠牲は増やしたくないんだが、と笑みを浮かべながら蛍火を出そうとする。
が、蛍火は出なかった。力が既に尽き果てていたのだ。
ここまで弱体化していたのか?
狐はそんな考えをする時間さえ許されず、強烈な痛みが体を襲った。
φ
「もう夜か」
男は体を立ち上がらせ、雨を凌げるか不安なほどボロボロになった和傘と服を手に取った。
少し、心配性なのかも知れないない。
そう苦笑いしながら男は外に出た。
φ
狐は雨の中、足から血を流したまま歩いていた。
あの後、なんとか逃げる事は出来たものの身体中は傷だらけ、血は雨と共に流れ出す。身体の温度も下がって来たのか震えが起こり出した。
坊主にやられた時の事を思い出していた。あの時もこんな身体でどこか、誰もいない場所に逃げようとして一人朽ち果てて行く。
ただ男が私を救ってくれた。銀色の恐れられ人に害をもたらす存在の私をだ。本音を言うと少しだけは嬉しかった。親切な人間もいるのだと。
だが実際は違った、恐らく彼は私に殺して欲しいから助けたのだろう。
ただ死ぬ間際だからこそ気づいたモノがある。
私はただ、誰かに愛して貰いたかっただけなんだろう、それが幸せか理解はできないが、ただ愛が欲しかった。
友人、恋人、家族、愛の形は何でも良い。ただ醜い色と罵られた自分を愛して欲しかった。
ただ我儘を言うのなら、人間の姿よりも狐の姿を理解してくれる誰かに限るが。
そう笑みを浮かべて狐は水溜りの上に倒れた。
もう死ぬ、ただ少しは自分の気持ちに気づけたのがせめてもの救いか。
「……たよ」
どうやら幻覚まで見えて来たらしい。目の前に何故かあの男がいた。
そして私の体を持ち、走り出した。
ああ、これは夢だ。夢を見ているんだ。