不死身の兄と死期近い妹 3
俺がぐちゃぐちゃになってからは少しだけ両親の見る目が変わった気がした。
いや実際少しだけ変わっていた。前も俺が包丁で手を切った時母親が少し怯えた。そりゃあ手を切ったら普通は反応するだろうけど尋常じゃない怯え方だったのだ。
ただそんな反応をされてショックを受けた俺を見て母親は「ごめんなさい」と泣きながら抱きしめてくれた。それが俺にとっては寧ろ辛かった。
早いうちに化物として病院やらなんやら、俺を捨てときゃよかったんだ。そうすればこんな事はなかった。
愛してくれてるからこそ余計に辛かった。
これなら化物と罵ってくれた方がマシだったかもしれない。
そんな中でも俺の見る目を変えなかったのが優花だった。
純粋無垢で異常性に気づいてないからだろうか、子供だからだろうか、それでも俺の見る目を変えはしなかった。
いや……こうは言いたきゃないが、多分違うと思う。
俺が助けた後、優花はどう言ったと思う?
戻っていく肉体を瞼一つもせず見て、完全に治った時にこれだ。
「お兄ちゃん……凄い!」
それを聞いた時は実の妹ながら心底肝が冷えた。
「ねえねえ! またやって!」
しかももう一回と言う始末。
これは絶対俺という存在は悪影響しかないと思う。
その後も妹は変わらず接してくれたが、たまに人間の限度を超えた芸を俺に求める事になった。
子供ってのは死を理解していない、それに多感性に優れている。優れているのはいいがこれは絶対ダメだ。
ここから妹の価値観を親と共に矯正するまで大分苦労した。
まあ最終的には死なない程度の人外芸を俺が覚える事で妥協してもらったが。
俺を怖がらなかったのはまだ常識の薄い子供だからかもしれない、それでも怖がらなく接してくれた妹には大分嬉しかった。
それでも一難去ってまた一難、神は俺に不必要な不死身の力を与えた代わりに苦難ばかり押し付ける。
妹が病に倒れた。
それも死ぬ可能性の高いヤバイ奴だった。
φ
・REC
「さてと、今度こそ日が暮れる前に撮るぞ」
カメラの向こうには硬くなった体に強張った表情を見せる妹がいる。
「リラックスリラックス……まあこのまま行くか」
まず俺は来月に行われる手術について聞いてみた。出来るだけ不安がらせないよう怖いか怖くないか、単純な質問だった。
「んー、お胸切られるんでしょ? 私はお兄ちゃんと違うから……どうなるんだろっ」
「まあ……わかんないよな……じゃあ優花のお父さんとお母さんになんかメッセージ残すか。助かった後のサプライズメッセージだ、一応明後日くらいに親父とお袋呼んで一緒に撮るけど」
「えーと……じゃあ手術終わったら遊園地連れて行ってほしい!」
「おっ、いいな、他は? なんでも言えよ」
「じゃあゲーム機も!」
「おっ、もっともっと」
優花の顔は明るくなっていく。
「他は……本とか、自分の部屋用のテレビとか!」
「そうだなそうだな!」
少しづつ、カメラの視界が滲んできた。
ああ、クソ、妹の前だけは普通に接しようとしたのに涙が出る。助かる可能性だってあるはずなのに何故か嫌な考えしか浮かばない。
「お兄ちゃん?」
それに兄である俺が妹を不安にさせてどうするんだ。
頬を軽く殴る、痛みはない。
そして制服の裾で拭い無理矢理涙を止める。
「ああ、目にホコリ入ったんだよ……不死身でもホコリは治らないからな……」
俺は深呼吸して落ち着かせた。
「今日はここまでにするか……また明日……だな」
ビデオカメラを閉じ、妹に悟られないために視線を逸らす。
「ねえお兄ちゃん」
このまま帰ってしまおうかと考えたその時、優花の声に足が止まった。
「どうした?」
「今日テレビで言ってたんだけどね、私は絶対、ぜっーたいに死なないよ?」
「当然だろ、何言ってんだよ」
「ちがーうよ、そうじゃなくてえーと……なんて言ってたんだっけ……」
妹は目を瞑り、記憶の底を探り出した。そしてすぐ目を開き笑みを見せた。
「そうそう、お兄ちゃんがいる限り私は死なないんだ!」
「?」
「テレビがね、誰かが覚えてくれてる限りその人は生きてるんだってさ。お兄ちゃん死なないから私も死なないね」
妹が変わらない笑みを浮かべてニヤニヤと笑う。
俺はその言葉に「俺が死ななければか……」と困った反応をした。




