不死身の兄と死期近い妹 2
幼い頃から俺はあるスーパーパワーを持っていた。スーパーマンのように空を飛べたり、超人的な力からはかけ離れたものだし、俺はそれをよく思わなかった。
そこまで言わせる能力は再生能力、小さな傷からグロい肉塊まで何もなかったかのように元通り。
一見大きな怪我も治るからいいんじゃないかと言われそうだが、これを隠しながら生きるのは非常に疲れるのだ。バレたら人体実験コース一直線だろう。
何故それを持っているのかは正直わからない、血の繋がりのない両親に出生を聞いても知らないと。
俺はいつからかこの力をそういうものだと認識し始めた。少なくとも自分は人間じゃないんだなと割り切る事にしたのだ。
この考えに辿り着いたのは優花が生まれる直前くらいだった。
φ
妹が生まれる。
俺がランドセル背負ってた頃、それを聞いた時に迷わず病院に向かった。
俺の両親は幼い頃から養子として育ててくれたのだが当時は嬉しさよりも、血の繋がりのない自分を無下にするんじゃないかという恐怖もあった。
それでも妹が生まれたという話は神秘で満ちていた。
母のいる病室まで駆け走り、何度か人にぶつかりかけ注意されながらもたどり着いた。
生まれてから数時間、無事健康に生まれたので母の元で共にいると仲代は聞いた。
バクバクする心臓を止めるように心を落ち着かせ、横開きの戸に手をかけた。
「あら裕太」
部屋に入ってから声をかけてくれたのは暖かい笑みをした母親だった。
「お母さん! 妹は!? 妹はどこ!?」
「フフフ、ちゃんとここにいるわよ」
まるで開店時のゲームセンターに入るような俺を見て母は笑った。
何か抱えているようだった。
もしかしてアレが妹なのかな?
「お母さん、もしかしてそこに妹がいるの?」
「ええ、顔を見る? 可愛いわよ」
母がいるベッドの隣に立ち、柔らかそうな病院服で包まれた妹の顔を覗き込もうとした。
顔が見えた。正直よくわからない顔をしていた。
前に友達とやったエイリアンのゲームに似ている気がする、これを言うと怒られそうなので黙っているが、言葉に困った俺はこう答えた。
「…………なんか思ってたのと違う」
φ
妹が生まれてからは俺はお兄ちゃんだからと言われる事が増えた。
「お兄ちゃんだから我慢しなさい」
「お兄ちゃんなんだから」
「お兄ちゃんだからキチンとしなさい」
何を言ってもお兄ちゃんお兄ちゃんで嫌になった。一時期は血が繋がってないからこんな事言うんだと捻くれた程だ。
捻くれ過ぎた結果、妹をオモチャを奪ったり怒ったりして俺も痛い目を見るんだが。いやまああの時の行為は今でも後悔してる。
流石の優しい両親も俺のいじめに限度が来たのか叱られ、晩御飯抜きにされ押入れに閉じ込められてしまった。
何もない暗闇の中、俺は腹を空かせながらぐすりと涙ぐんでいた。
本当に両親は俺の事が嫌いになったんだと、自分の非を認めず責任転嫁をする程にだった。
そして妹への恨みはまた募っていくかと思われたのだが、押入れの戸がコッソリと開いた。
妹の小さな腕があった。そして手にはチョコレートが握られていた。
「あげる」
「なんで俺にくれるんだ?」
「お兄ちゃん、好きだから」
そう笑みを浮かべながら包み紙の妹が握れるサイズのチョコを渡され、俺は食べた。
美味しい、でも、これくらいじゃ腹は満たされなかった。
そして同時に恥ずかしい気持ちに陥った。あれだけ妹を嫌ってた俺に好きだと言ってくれ、チョコをくれる。
俺はこの時に俗に言う「お兄ちゃんなんだから」の意味が理解できた気がした。せめて妹の前くらいは兄らしく振る舞いたいと願ったのだ。
そこから俺は兄として頑張ったつもりではいる。本当に妹を守れる兄になれたのかは知らないが、血の繋がりを気にしない両親に楽しい人生を過ごしてきたつもりだった。
俺に変な力さえなければ。
φ
両親は幼い頃から俺の異質さを知っていた。瞬時に治るこの再生能力を見て何度か病院に連れて行こうとしたのだが、俺と同じ「人体実験」にされるのではないかという恐怖に駆られ、隠す事を命じられていた。
怪我を出来るだけしない、しても周りに見られない。
それを擦り切れるほど聞かされて、少なくともその言葉通り隠してきたつもりだった。
だが両親はこの治癒を些細な物だと認識していたのが失敗だった。
全てが狂い始めたのは家族四人で水族館に行った日だった。その頃俺は中学生の頃だった。
妹は買ってもらったイルカのビーチボールを大事そうに抱えながら母に手を引かれながら歩いていく。俺と父さんはそこから続くよう歩いていた。
軽い不注意をしてしまった。
俺は父親と軽い雑談を繰り返しながら歩き、強い風が吹いた時にふと目を顰めてしまった。
その一瞬が隙になってしまった。
母の手から離れた妹が飛んで行ったボールを追いかけ道路に出た事に気づくのが遅れてしまったのだった。
そして娘のいる位置には車が走り、急停止など不可能な状況だった。
俺は考えるよりも先に瞬時に道路に飛び出していた。
妹を守らなければならない、だから俺は妹を道路の外に突き飛ばした。
そして体が吹っ飛んだ気がした。
だがこの時に両親は俺が一度死ぬところを見てしまっていた。
身体中が彼方此方に折れても戻り、向きでた骨さえ戻っていく。
そんな化け物じみた姿を両親は見てしまったのだ。




