見える探偵と知りたがる幽霊 4
「あり得ません、私がお屋敷に働く前から入れ替わっていたなんてあり得ません」
「ええ、突飛な発想だとは思うけど、庭師さんはどう思うかしら?」
探偵が話を振ると顎に手を当て困惑していた庭師が「えっ、私ですか?」と不意をつかれた声をあげた。
「ええ」
「何とも……言えません……確かにお嬢様が悪戯好きだったとはいえ入れ替わってたとは……」
「……私は知っていましたよ、言語する事はありませんでしたが」
「鈍感なのね、貴方」
二人の女性陣に釘を刺され、庭師はとほほと肩を落とした。
次に家政婦がこほんと喉を鳴らし話を戻した。
「ですが貴方の言う通りなら私が仕えて来た姉様は妹様、妹様は姉様……私は入れ替わりに気づいていたのではなく騙されてきた事になります。利点がありません」
「悪戯好き……じゃ納得しなさそうね。じゃあ私も聞くけど貴方が働く時から彼女らの両親は存命してたかしら?」
家政婦は少し考え込むように黙り、それを見た庭師が代わりに答えた。
「してませんでしたよ」
「ならいつから亡くなっていたか教えてほしいわ」
「私もあまり知らないんですが……私はお嬢様達が8歳の頃からご主人達はお亡くなりになってだと思われます」
「それで家政婦さんは?」
家政婦は黙りこくったままだったが、何か思いつめた表情をしながら口を開く。
「私が来た時には既に……」
「そう、なら本当の二人を知っていた人達はある意味消えた事になる。写真だって瓜二つの二人には意味をなさない」
「ですが、もしその言葉が本当なのならどうして二人はそんな事をしたのでしょう」
庭師は首を傾げる。それについては探偵も首を傾げる疑問だった。何せ証拠がない。だがこの点はそこまで重要ではないのだ。
「理由なら幾らでも考えられるわ。単なる悪戯好き、女性とはいえ家の跡取りの長女の影武者として、両親が亡くなった故に最後の血の繋がりを理解しようとしての行動、単に好きな相手と乳繰り合うためとか、ここは私にもわからないわ、でも大事なのはそこじゃない。どうして愛情が殺意に変わったのか」
「ふむむ、そうですよね」
「ええ、それにここからは家政婦さんがウソをつかず言ってくれなきゃ答えは見えない」
そう言って探偵は無言のまま黙っている家政婦を見た。
「……どういう事でしょうか、私に嘘をつく利点はありませんかと」
「家政婦さんがウソ……ですか? それってどういう……」
「庭師さん、貴方は家政婦さんをどう連れて来たの?」
突然、話のズレた質問により庭師は返しに詰まったが、渋々と答えた。
「えーと、確か姉様が亡くなった事件について……解決してくれる探偵さんがいるのでついて来て欲しいと……」
「貴方の知ってる事は全て話した?」
「いいえ、知り合いでしたが幽霊になって出会ったのは今日が初めてです」
「貴方の言ってる意味がわかりませんが……」
家政婦はこちらを睨み、一種の容疑者扱いにされた事に不満のある表情をしていた。温和な顔はもうない。
「貴方は頭が回る、だからこそ神経を張り詰めらせた結果がボロを出した。そもそもここに来なかった方が良かったかも知れないわ」
そう言った探偵は一旦口を閉じ、息を吸った。これからはカマかけと真実と嘘が混じるのでヘマをする訳にはいかない。
「ならどうして最初に出会った時に「何故料理人と妹様があの様な犯行をしたのか気になる」って言ってたわよね、料理人は火を付けた事は確定としても何故妹、もしくは入れ替わった姉が犯行を犯したと言い切れる?」
家政婦の顔に焦りが見えた。相手も何か誤魔化す言葉を作ろうとしているが、それよりも先に追い詰める。
「妹が姉に向けて殺意を込めた言葉を庭師さんは聞いたわ、彼が嘘を付いてるかは兎も角少なくとも貴方は妹が姉に殺意を向けていた事は知っていたはずよ……こほん、今日は喋り過ぎて喉が痛いわ。貴方から話してくれると助かるのだけど」
家政婦は何かを諦めたように目を閉じ、口と同時に開いた。
「わかりました……はい、貴方のおっしゃる通り私は妹様の殺意を知っておりました」
「そうなんですか!? なら何故止めなかったんですか!?」
庭師の顔に驚きと怒りが混じっており声を荒げた。
「ですが少し語弊もあります……私は殺意が本物の殺意に変わるとは思ってなかったのです……」
「それはどういう……」
「庭師さん、黙って聞いてくれないかしら」
「はい……」
しゅんと黙った庭師を見て、家政婦は口を開いた。
「料理人と姉様が恋仲になっている話は知ってますよね」
探偵と庭師はうなづいた。
「ですが少し関係は複雑でした。姉様、妹様、二人共料理人を愛してたのです。どちらも姉様に変わり料理人と関係を進めました。私はそれに気づきながら壊れるのを避けるため口を閉ざしていました。ですがそんな関係がいつまでも続く訳がありません」
「バレたのかしら」
「いえ、違う形で壊れるようになりました。姉様が……いえ、妹様が姉様に殺害される羽目になったのです。私はすぐさまそれに気づきました」
「つまりあの時私が見たのは妹様のフリをした姉様……?」
庭師は「殺してやる」と言った時の事を指してるのだろう。それにさっき言った昔から入れ替わっていた話が本当なのなら一周回って殺されたのは姉で殺したのが妹になる事になるが、これは殆どカマかけだ、それに彼らにとってはこれが真実なのだから野暮な事はやめておこう。
「私は……理解が及ばず、何も言う事が出来ませんでした……ですが仲のいい姉妹が殺人を犯した事にしたくありません、この事も真実を有耶無耶にする為に私は来ました。貴方が真実を話す危険性だってありましたので……」
家政婦は悲しい顔をしながら話を止める。つまり彼女はこの事実を認めたくない、だから死しても隠し続けた。まさに墓まで持って行ったというやつだ。彼女に埋める骨はないだろうが。
「私はそんな事に興味はないわ、誰かに言うつもりもない。それに証拠が何もかも燃え尽きた今に真実を明かしても怪しまれるのは寧ろ私よ。面倒の極みだわ」
「探偵さん……これが真実なのでしょうか、姉様が亡くなったショックで料理人は火を付けたと……」
庭師は暗い顔をしたまま呟いた。
これが真実、それでいい、そう飲み込もうとしたのだが、ふと探偵の昔の出来事が断片的に蘇った。
それは母親の料理に毒が入れられたのを知りながら何もせず死を受け入れようとした自分、妹も見捨ててしまった自分が頭に思い出してしまう。
やめてほしい、私が悪い、だからこの思い出は思い出したくない。
「でも、おかしい点はあるわ」
探偵は自分の予想だにしなかった言葉を放ち、ため息を吐いた。
「姉妹は殺してない、だって毒を入れる時間がないわ。料理や食器に仕込んだわけじゃない、庭師さんがそれを証明している。やっぱり料理人が妹を殺した犯人よ」
家政婦が目を大きく開き、探偵を見た。
「それはどういう……? 姉様が殺してないと……?」
「ええ、私が思うに毒はちょっと変わったものだと思うの、ただ特定の人物だけを殺す毒、家政婦さんならそれがわかるはずよ」
家政婦は顎に手を当て、庭師はずっと首をかしげる。
先に私が望む答えを引き当てたのは家政婦。
「毒……まさかアレルギーですか?」
「ええ、妹がどのアレルギーかは知らないけど__」
「妹様はオレンジ、レモン、グレープ、キウイ、バナナ、その他その他、主にフルーツがダメです。少量なら身体に拒否反応を起こすだけですが多量なら死の危険があります」
家政婦が淡々と言い出し、そのまま話を続けようとした探偵は言葉を急ブレーキさせた。
「ありがとう、姉がアレルギーで殺そうとしても料理人がそれを許すわけがない。それが出来るのは最大限に理解している料理人しかいない」
「でも……それだといつ料理人が姉様の殺意に気づいていたのですか?」
「殺してやる……と呟いた時に側に居たのかもしれないわ。それくらいのインパクトが無ければ想い人を守る為に殺人を犯す理由はないんじゃないかしら」
私はそう言って庭師を見た。
「たしかにあの時、誰か人影のようなものを感じた気がします……」
「だったらそれを料理人と仮定する。それで彼の殺人は間違った形で成功する事になったわ、妹 姉の姿をした妹が死ぬ形で。彼は最初は何が起きたか理解できなかったはずね、でもそれをわかってしまった。今まで自分が好きだった相手はどっちだったのか、そのどちらかを殺してしまったのか、姉と妹の二人でできあがらせてしまった実在しない姉の半身を殺してしまった事か、絶望して彼は火を付けた。これが私の考える憶測ね」
φ
姉妹は何かしらの理由で入れ替わる事をしていた。
姉(妹、姉)は料理人と恋仲だったが、そのどちらかが恐らく恋の嫉妬で殺意を持ってしまう。
だがその殺意を料理人が気づいてしまい姉(妹、姉)を守る為に殺す事を決意した。それはアレルギーで殺す最大限に理解した料理人だからこそ出来る殺人。
しかしそれで死んでしまったのは姉(アレルギーを持った方)だった。料理人は姉妹が入れ替わる事をしていた事を知り何かの理由で絶望してしまい、火を付けた。
φ
「でもこれが真実なのかわからないわ、だって真相を知っている人はもういない」




