性悪狐と壊れた農夫 1
のんびりと高速で描きたいです。
箸休めとして描くつもりです。
昔、ある所に毛皮が銀色の化け狐がいました。
その狐は美しい夜を照らし、月夜に輝く。それも美しいとされていました。
けど、その狐に居場所なんてありませんでした。銀の姿をしていたせいか、同種からは恐れられ嫌われ、銀よりも灰色の不吉な色だと罵りました。
そんな狐は山から追い出され、人に危害を加えるようになりました。
人間に化け驚かし、人のものを盗み、やっていないのは殺人や人肉食くらいでそれはもう悪い狐でした。
しかし、そんな日は長く続く訳はありません。
勿論人間もただ、やられてるだけではなく、不思議な力『霊力』を持った妖怪退治の専門家に依頼したのです。
「この村には人を襲う化け狐がいる」と…
φ
雨が降る夜の中、一匹の化け狐は必死に逃げる。
背後からは黒い布を着た網代笠の坊主が一人追いかけてくる。
ここで捕まるわけにはいかない、そう判断した狐は収穫寸前にまで成長した稲の中へと逃げ込んだ、泥やぬかるみが足を捉えるが、それでも必死に走った。
稲の道が抜け、視界が晴れた先には黒い影。
「!!!!!!」
狐は自分の身を守るため、背後から青い蛍火を出し坊主にぶつけた。だが、坊主の拳が私の炎など蝋の火を消すかのように軽々しく打ち消した。
「終わりだ」
そう坊主が告げた瞬間に狐の視界に火花が散った。
殴られた、それに気づいたのは泥の地面に何度か弾かれた時だった。
「………!」
狐はすぐさま立ち上がり、坊主に敵意を示すが今の攻撃が足が痛み体勢を崩す。
「貴様の容貌を見るに大まかな事情は読める。だが貴様は罪を犯しすぎた」
重々しい声を坊主が一歩一歩狐に近づき、人の頭など軽く握り潰せるほどの巨大な腕を振りかぶった。
「せめて来世では……」
坊主が片手を添えた瞬間だった。
狐はその一瞬を逃さず、全ての力を振り絞って蛍火を坊主に向かって放った。
「苦し紛れの攻撃か……フンッ!!」
坊主が蛍火に対し拳を振るった瞬間だった。
蛍火は手にぶつかる事はなく、坊主の視界を覆い隠すほどの爆発を起こしたのだ。
だが坊主に痛みや熱は感じない、これは単なる目くらまし。
青い炎が雨に消される頃には狐の姿は消えていた。
「あの怪我で逃げたのか……生への執着はどの生物も同じだな……」
あの怪我で逃げても助かる事はなかろう、万が一生きてたとしてもまた悪さをする意思など持ってはいない。
もし同じ事を繰り返すのならまた自分が対処すればいい。
これは余裕ではない、最後の機会というものだ。
坊主は来た道を引き返し、ただ一人お経を唱えて歩き出す。
φ
茅葺きの屋根や木材で出来た一軒の家、この村に住む者なら誰もが持つ平均的な家に一人の百姓が住んでいた。
性別は男、年も青年というほどでもないがおじさんと呼ばれる程でもない年齢。そんな彼は雨を疎ましく思い軽く溜息をついた。
雨が降れば仕事はできない、それにあまりいい思い出はない。
男は獣の皮で出来た毛布に包まり、目を閉じようとした。しかし閉じかけたその時、バシャンと雨の中でも何かが倒れる音をハッキリと聴き取った。
「なんだ?」
男は戸を開き、雨に当たらぬよう外を見た。
すると一匹の銀色の狐が雨の中で倒れていたのだ。
男はあの狐を見た覚えはないが聞き覚えはある。何しろ銀色の狐など滅多におらぬのだから。
φ
暖かい、さっきまで冷たい雨の中にいたのが嘘のような温度に私は目を覚ました。
むくりと痛む身体を我慢しながらも目を覚ました狐は暖炉裏の火に温まっているのだと気づいた。
「うん、起きたかよかったよかった。もしあのまま死んでいたら村の衆に狐汁をご馳走していた所だった」
人間の声がして、それに恐ろしい事も聴き取った狐は周囲を見渡した。
するとある男の膝の上に自分がいるのだと気づいた。
「!!!!」
狐は声をあげ、男から距離を取ろうとするが身体が痛み動けない。
「これこれ、無理をするんじゃない。何もとって食う気など私にはない」
温和そうな男はにこりと笑って、狐の身体を軽く撫でた。
すると自分の傷口に薬草や湿布が貼られている事に狐は気づいた。
本当にこの男は自分を食う気はないのか? 完全に信用し切ったわけではないが、少しだけ狐には緊張感が解れた。
「何故君があそこで倒れていたのかはおおよそ察しはつく。昨日、坊主という男が村に来ると小耳に挟んだものでね」
なら何故、私を助けた?
言葉は通じるわけではないが、狐は男に目を向けた。
その男はヤギのようにのんびりとしてそうな印象を抱いたが、同時に考えが読めない異質さも感じた。
「君を助けた理由などないよ、もし君が噂通りの化け狐で私を殺したとしても私は後悔はせん、寧ろそれを望んでいるのかもしれない」
男は乾いた笑みを浮かべ、暖炉の上の鍋を煮込んだ。
「さて、鍋ができた。後は君が入れば……冗談だよ。精がつく、食べるんだ」
男はお椀に救った鍋の汁を膝の上で横たわる狐の近くに置いた。
「食べ辛いのなら手伝おう」
狐は男の親切な言葉を無視してがっつくように食べ始めた。
「おやおや、喉を詰まらせちゃいかんよ」
詰まらせる訳ない、そんなドジな事……
「!?!?」
「これこれ、だから言ったのに」
男は私の背中を何度か摩り、喉に詰まった芋を吐き出させた。
φ
それは朝が明ける二歩ほど手前の時間帯だった。
狐はむくりと、少し痛むが動けるほどまで回復した身体を起こし、男に気付かれず家の外に出ようとした。
不思議な男だった。文字通り私の悪事など耳がたこになる程聞いている筈なのに私を救った。
だが私は悪霊でもある、この男を利用して力を取り戻す事だってできる。
男は言った、殺されるなら本望だと。
なら殺してやろう、だが少しの恩は返すつもりだ。短い期間だが幸せを見せてやってもいい。
最後は私の餌として殺すがな。
狐は邪悪な笑みを浮かべ、家から出た。
φ
「ふむ、今日も働いた働いた」
外は夜、百姓である男は凝った肩を回しながら穀物を入れた鍋をつっついていた。
「だがそろそろ雨も降りそうだ」
長年この仕事を続けてきた男には雨が降る兆候を予知する事が出来るようになっていた。
雨の匂い、というものか、雨の前は不思議な匂いがするのだ。鼻だけでなく体でもいつもとは風の当たりでさえ感じる事ができる。
この予感が当たった事は八割程だがアテにはなる。
そう考えながら鍋の汁を喉に押し込むと、足音が近づいて来るのが聞こえた。
一人、誰だ?
こんな時間に仕事以外で来るものなど特にいない、酒の誘いなど男に来るはずはないと確信していた。
「あの……夜分遅くに申し訳ありません」
女の声だった。それも美しい天女が囁くような。
「うむ……? 誰だ?」
男は不思議に思いながらも戸を開けた。するとそこには美しい銀色の長い髪をした女がいた。
それも10人見れば10人振り向く不思議な魅力を感じ、こんな場所より王宮で美男をはべらす方が似合う、いやこの表現は少し失礼かもしれない。
男は首を傾げながらも聞いた。
「こんな時間に何か用でも?」
すると女はコクリとうなづいた。
「はい、私は旅をしてるものですが、野宿は少々心細く……泊めさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
だが男は一瞬、嫌な顔をした。
「私よりも信頼できる女性の家を知っている、彼女は優しいしそこに泊まりなさい」
そう言ってその女の家を教えて戸を閉めた。
「え……?」
銀髪の女は予想もつかなかった展開に驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってください! その教えられた家まで距離もありますし、何より私一人では恐ろしくて……」
するとまた戸が開いた。
「年若い女性があまり旅をするものではない、せめて付き添い人が必要だ……」
男は呆れたように苦笑して、
「わかった」
女はその言葉に期待して表情が明るくなった。
「私が彼女の家まで付いて行こう」
「いやそうじゃなくて……もう足が動かなくて……」
「ならおぶっていこう」
「もう……身体がへとへとでして……」
女が必死に家に泊まらせてくれと、間接的に頼み込んだ。
すると男はやっと折れてくれたようだ。
「理由はわからないがそこまで泊まりたいのなら泊まっていきなさい。だが料理は簡単なものしか用意できない」
「はい、ありがとうございます」
女は笑みを浮かべた。男が背を向けるとそれは邪悪な笑みに変わった。
明日か今日には次の話投稿する予定です。