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ベジタブル・ジェニック  作者: 牧田沙有狸


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22/22

22.キャベツの甘み

 ボルシチで変な盛り上がりを見せてから、隆平はウチに住むようになった。

 つまり同棲を始めた。

 ウチからの方が隆平の職場も近いので年末年始の忙しい時期は便利だという、色気のない理由も合わさって自然な流れだった。

 高谷物産の広報誌もある意味役に立ったので、副島さんには一応報告した。

 家事は得意な方がやればいい。

 隆平理論の「得意」は、それをやるのが好きでその能力に秀でているから「デキる」という意味ではないことが分かった。可能を示す「~することができる」の「できる」レベル。

 隆平は料理ができない。ちょっと頑張ればどうにかなるものじゃない。頑張るというのは、ある程度の才能というか能力がある人の考え方で、できない人は本当にできないので努力が追い付くのを待っていたら、どんだけの食材を無駄にするんだろうと怖くなる。

 だからご飯を作ってくれる執事みたいな男子を隆平に求めてはいけない。基本、食事はわたしが作ることにもう異論はない。

 その代わり隆平は電化製品にめちゃくちゃ強い。家電の扱い方は神業。普通のトーストは隆平が焼いた方が絶対美味しい。何故だか分からないけど全然違う。トースターが毎日世話をして信頼関係が築かれてる動物みたいに見えてくる。隆平は家電の声を聞いていい仕事をさせる。

 洗濯も洗濯機の操作は大好き。干すのは苦手。

 掃除も掃除機なら喜んでやる。拭き掃除は雑すぎる。

 いつか食洗機を買って食後の片付けは隆平の仕事にしたい。

 さすがホームセンター勤務、それら家電に付随する洗剤系にも異様に詳しい。

 それぞれの適正を生かそうって意味の役割分担を、大雑把な視線で不平等って感じてた自分がバカだったなって思えてきた。

 別に、女だから料理やれって言われてたわけじゃなかった。

 隆平自体は、ずっと何も変わってない。

 人を変えようとしても無理、自分が変わるだけで全然違う。自己啓発本によくあるけど、本当にそうだなって思えてくる。

 



 12月、来年度の契約更新について意思確認をする時期が来た。手続きは年明けだけど、人事の関係で前もって聞かれる。

一度辞めてまた契約するという書類上の契約を交わすだけで何も変わらない。いさせてくれるなら、4月以降も変わらない日々を望みますと言う準備をしていた。

「高梨さん、ちょっと」

 人事部長に呼ばれた。

 毎年課長に書類を出して終わりなのに。なんで人事部長が。

 やっぱり、もう任期終了なのか。

「4月以降、正社員として採用という方向でいいね」

「はい?」

 正社員?

「えええええ、どういうことです?」

「来年度から勤続6年以上の契約社員は自動的に正社員に採用することになったんだ。6年以上勤務となるのは高梨さんだけなんだが、退職の予定はないということでいいんだよね」

「そんな制度いつ決まってんですか」

「この間の会議、それを知ってる前提で参加してたんじゃないのか」

「知りません」

「なんだ。里田課長は言ってなかったのか」

「はい。あ、結婚しないかの確認は何度かされました」

「まったく」

 里田課長は使えないなあ。

 部長の声が聞こえた気がした。同感ですと言いたい。

 結婚以外の退職理由がないと思い込んでいるところも酷い。

 菜奈みたいに結婚してもしばらく勤務する場合だってあるのに。

 そのテキトウさが、副島さんの妄想を助長させたんだろうけど。

 課長のダメさにあきれつつ、焦点を自分に戻すと自分に関係ないと思って聞き流していたことが重要なことだということに気付いた。

「え、じゃあ、この間の会議でいろいろ言っていたこと、全部わたしに適応されるんですか」

「そうだね」

 妊娠中の短縮勤務、出産育児休暇、子供が小さいうちの短縮勤務

 契約社員には一切適応しないので、結婚して子供を産むなら辞めるしかなかった。辞めても復活はできなかった。

 いきなり充実させられると、契約社員から八つ当たりされそうだが、最初から正社員と契約職員を分けて採用してるわけじゃなく、女性はみんな契約だったのが正社員になれるのだから、長く勤めればいいって話だ。ある意味職を保証されてる。

 古い体質が残ってるけど、ブラック企業ってほど酷い労働はなく、むしろぬるま湯に浸かり続けて他では働けない。他から来た人は有能な人居着かないような会社だ。

「で、続けるってことでいいね」

「はい」

「君に今、辞められても困るからね。女性の働き方改革、本社でえらくチカラを入れててね。高梨さんはウチのモデルみたいになってる」

「え、わたし一人ですか」

「坂井さんもな、もうちょっと待っててくれれば」

 菜奈は職場でずっと旧姓のままだったので、書類上の変更はあるけど、呼び方は結婚しても離婚しても、坂井。

 わたしと同期だから、在籍してれば条件は同じだった。

「一度やめても、勤続6年以上は変わらないですよね。4月から正社員として採用されるってことはあるんですか」

「なんだ、彼女働けるのか」

「はい。家庭の事情が変わったので、戻れるなら戻りたいと言ってました」

「そうか、まあ来てくれれば助かるけどな。派遣の子は4月以降、継続はないそうだし。そうか、坂井さんのこと考えておくよ」

「本当ですか」

 わたしに権力あるかも。

 高科さんは、やはりうちに留まる人材ではない。

 菜奈が戻れれば会社も、わたしも理想だ。


 席に戻ると副島さんが卓上カレンダーを見ながら言ってきた。

「来週、隠れ家で忘年会しようと思うんだけど、いつ都合がいい?」

 今週はウチの部署の忘年会だ。おじさんたちが飲んだくれてタバコ吸い放題で、料理の味も分からない接待。副島さんは当然行かない。

「忘年会ですか。いつでもいいです。でも、毎回わたしを誘ってくれていいんですか。公的に夜出かけられる日なのに。友達との忘年会はしないんですか」

「わたしの友達、みんな酒豪だから夜は会いたくないの。最近じゃ、ストレスでタバコ吸い始めちゃった人も多いしさ。高梨さんって丁度いいんだよね。酒に弱くてタバコが嫌いで、味覚がちゃんとしてるから」

「そういうことなら喜んで参加します。あ、じゃあ菜奈、坂井さんも連れてきていいですか。あのお店教えたかったんですよ。来週あたり会う約束してて。彼女も、その条件揃ってます」

「おお、いいね。あ、じゃあさ、彼氏も連れてきなよ。ってか、見せて」

「いいんですか」

「高梨さんの彼なら、条件揃ってるでしょ」

「それは大丈夫です」

「いいな、その忘年会」

 高科麻衣子がボソっとつぶやいた。

「すみません、勝手に聞いてて。でも純粋に楽しめそうでいいですね」

 この間、わたし一人が接待係になるのが怖くて道連れにしてしまったことを思い出した。

「高科さんも、条件揃ってる?」

「はい。こう見えてお酒弱いです。タバコ大嫌いです」

 麻衣子は、喫煙室から出てきたタバコ臭いおじさんにわざと聞こえる様に言った。

 副島さんが笑った。

「おいでおいで」

 職場の女子会に隆平を連れてくる、そんな感じか。まあ、最悪、隆平が居づらかったら空手のコーチと話しててもらえばなんとかなるかな。と思った。



 しかし、隆平は、そのメンバーを聞かされガチガチに緊張して

「俺一人じゃ、心細いんで連れてきた」

「どうも、友達の近松です。お酒はほどほど、タバコは吸わない、家庭料理に飢えてます」

 チカを連れて遅れてきた。

 副島さんは条件を満たしているので大歓迎な様子だ。

 菜奈は近松という名前にピンときて、小声で聞いてきた。

「え、もしかして、藍先生?」

「そうそう」

「へえ。どうも。藍子の元同僚の坂井菜奈です」

 菜奈が自己紹介をすると、チカは硬直して顔を真っ赤にした。

「初めまして、近松です」

 あれ?

 チカに会ったときの足立君みたいだ。


 カウンターに横並び、空手のコーチと奥さんも一緒に忘年会となった。

「今度はゆず味噌作ってみたの」

 ゆず味噌が乗った生のキャベツがお通しとして出された。

 ゆずとかミカンの柑橘系の香りって冬を感じる。だけど、こたつミカンとかゆず湯とか温かいものとセットになってるからかポカポカした気持ちになる。

「これは、また無限野菜」

 副島さんは、嬉しそうに困っている。

「キャベツも甘い」

「ほんとだ」

「美味しい」

 みんなウサギになったみたいに、ゆず味噌キャベツを堪能した。

「ウチでも食べたいね」

 隆平が「藍子作って」という意味で言ってきた。

 わたしは思わず奥さんを見た。奥さんは子供のリクエストを聞いているお母さんにアドバイスする料理研究家のように優しく教えてくれた。

「ゆずの皮をすりつぶして、果汁と砂糖を入れて煮詰めただけ。ニンニク味噌と作り方は同じね」

「ありがとうございます」

「よーし今度ゆず買ってこよう」

「じゃ、わたしが煮詰めるから、すりつぶすのは隆平の仕事ね。そういうのは好きでしょ」

「理科の実験みたい」

「そうそう」

 役割分担の仕方がだんだん分かってきた。

「いいですね、ラブラブで羨ましい」

 麻衣子がつぶやいた。

「高科さん、彼氏は?」

 不躾だなとおもいつつ、聞いてみた。

「募集中です」

「そうなの。どういう人が好み?」

「うーん。イケメンがいいですね。けど、スマートな男性とか求めてないです。ちょっと天然で別次元生きてるような純粋そうな人に癒やされたい。インテリよりも筋肉バカみたいなのもいいかも」

「うわああ、どんピシャな人知ってる!」

 足立君。

「写真あるかも、芋掘りの時撮った。野菜の宅配の人なんだけどね。まさに筋肉バカの残念なイケメン。これこれ」

 わたしはなんだか嬉しくなってスマホを麻衣子に渡し、足立君の画像を見せた。

「うわ。タイプです。紹介してください!!!!」

 麻衣子と足立君。いいかも。年も同じくらい?

 サバサバ系女子が好きだって言った足立君、麻衣子は結構いい線だと思う。

 その前に、チカが男だってことをバラさないとな。

 面白くなってきた。


 隆平がトイレに立ったので、わたしと麻衣子はチカの隣に行った。

「高科さんがね、足立君、紹介して欲しいんだって」

「よろしくお願いします」

「別に、俺は別に知り合いじゃ」

「でも、チカちゃんがカミングアウトしてきっちり振ってあげないと」

「そういうのカミングアウトって言うの?」

 わたしがチカの女装の深い訳を知ってることは、隆平から伝えたらしい。

 麻衣子にはバツイチってことだけ言ってテキトウな笑い話として説明した。

 みんな、それぞれいろんなものを抱えて生きてる。

 これから、わたしはきっと隆平と新しい家族を作る。幸せになる。

 わたしの周りの人が、みんな一緒に幸せになってくれればいいのに、そんな風に思えてくる。

「あ、そういえばさ、チカちゃん。わたし、さっき、好みの子に出会ったしまった瞬間の男性見たんだけど」

「え」

 チカの目が泳いだ。

「わたしも見ました」

 麻衣子もニヤニヤしながら言った。

「一目惚れ、してたよね」

 遠目で菜奈を見ながら、小声で尋問した。

「足立君と全く同じ反応で分かりやすかったわ」

「え、そうだった」

「白状しなさい」

「いや、ただ、顔、どストライクで」

 へえ。確かに菜奈は美人だけど。ああいうクール系が好きだとはちょっと以外だ。

「もしかして元奥さんに似てるの?」

「全然。元嫁はずっと一緒にいて好きだったけど、顔が好みかって聞かれたら微妙だった」

「へえ。いいじゃんバツイチ同士」

「バツイチ?」

 チカの目つきが分かった。

 菜奈は相手にしてもらえないと思っていたのだろうか。

「うん。離婚したて。しかも、境遇似てるかも。傷つけ合う前に離れたから、相手のこと嫌いになって別れたわけじゃない。本当は復縁したかったけど、相手が必要なのは自分じゃなかったって分かって身を引いた感じ」

「はあ、わかるわかる。そうなんだ。あああ」

 チカは気持ち悪いくらい共感し、菜奈に萌えているように見えた。

 この二人、なんとなく似てると思う。結構鋭いこと言うし。

 そういえば、チカのこと調査してくれたの菜奈だ。

 菜奈にはチカの過去詳しく話してない。菜奈の方こそ、チカが妻子持ちだと思って圏外にしているかも。それを知ったら興味示すかな。

 こちらも新しいカップル成立か?

「いいじゃないですか、頑張ってください。お互い協力しましょう。わたし、坂井さんとは入れ替わりで話したことないから、いろいろ聞いてきちゃおうかな」

 麻衣子は嬉しそうに言い、奥さんと話している菜奈の方へ行った。

 チカは穏やかに笑った。

「藍子さんの周りの人は、みんないい人だね」

「まあね」

「中でも一番いい奴は隆平。あいつは、ずっと変わらないでいてくれる。俺がどんな状況になっても、ずっと」

「うん。わたしも思う」

「絶対、裏切らない」

「うん」

「でも、一つだけ、これは譲れないって言われたことがある」

「何?」

「俺、昔、隆平に藍って呼ばれてたんだ」

「へえ、そうなんだ」

「藍子さんが登場してからチカに変わった。藍色の藍は藍子の字なんだって」

「あら。あとから来たのにゴメン」

「同じ位置にはいないから、同じ字はダメだって。よく分からないけど、藍子が一番だから、細かいけど紛らわしい呼び名はやめたいって言われた」

「そうなんだ」

 なんだか、よく分からないところに拘る隆平らしい。

「まあ、もともと藍って名前嫌だったからいいんだけどね。女だと思われて期待されてがっかりとかよくあるし。まあ、女ぽいって意味ではチカも紛らわしいけどな」

「そうだね。藍って名前の由来は?」

「青は藍より出て藍より青し。親より立派な人になれっていう願いだって」

「そう聞くと男っぽいね」

「まあね。藍子さんは?」

「音でアイがいいけどラブの愛とかは違うとか、藍色が好きだからとかそんなようなこと言ってた。親の趣味? あ、でも小さい頃聞いた時は、キャベツから生まれたからって言う時もあった」

「キャベツ? あれか、子供が赤ちゃんはどこから来るの? でキャベツ畑っていうやつ。それが由来?」

「かな。でも藍と関係ないじゃんね」

「キャベツって漢字で甘い藍って書くからじゃないか」

 トイレから帰ってきた隆平が会話に入ってきた。

「え?!」

 二人で反応してしまった。

「甘い、藍。カンランっていう中国読みらしいけど、キャベツと藍の字は全く無関係じゃないんじゃないかなって」

「へえ」

 時々出てくる、園芸コーナーの雑学。

 まさか、キャベツの漢字とは。

 遠い記憶で聞かされたことを思い出す。

 大人になってあの話は生命の誕生を子供に聞かせるための絵本みたいな比喩だと思ったけど、母の気持ちとしてはそのものだったのかもしれない。

 子供がなかなかデキなくて、諦めかけていた頃にわたしが生まれた。

 本当に授かり物だって実感したんだって母親が言ってたこと。

 自分から生まれたというより、天から授かった。

 ものすごく尊い存在で、天使が作ってるキャベツ畑にいた。って。

 関係あるか分からないけど、キャベツとつながってると思うと、温かい気持ちになる。

 わたしの誕生を奇跡みたいに喜んでくれた両親の姿が見える気がした。

 甘い藍の子。藍子。トマトのアイコみたいな形した藍子。

 わたしはオクラみたいな隆平を見て嬉しくなってしまった。

 いつか、わたしもキャベツ畑で出会えるかな。

「キャベツの話してたら、また、ゆず味噌キャベツ食べたくなった!」


 全然フォトジェニックじゃない日常。

 今日も野菜を食べよう。



おわり


ありがとうございました。


出てきた野菜は実際料理して全部食べました。

(ぎんなんの調理方法、一部書き直しました)


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