16.銀杏のように
スマホを取り戻した隆平からLINEが来た。
焼き芋が美味しいので、隆平が来れなかったことへの苛立ちみたいなのがどこかへ行ってしまった。チカについても、いろいろ言ってやろうと思ってたけど、どうでもよくなってしまった。
太陽の下で汗かくと、些細なことは、本当のどうでもよくなるんだなと実感する。
黄金色に輝くめちゃくちゃ美味しそうな焼き芋の断面画像を送ってやった。
帰る時間に合わせて駅で待ってるという悔しそうな返信が来た。
「高梨さん、いかがでしたか?」
足立君が焼き芋を頬張るわたしに寄ってきた。
「楽しかったです。焼き芋も美味しいし」
「それは良かったです。お友達は?」
「あ、私も楽しかったです」
チカはアイドルの神対応みたいな笑顔で答えた。
なぜか足立君は、一瞬硬直して、どんどん顔が赤くなっていった。
遠くで常連のシニア女子の皆さんが足立君を呼ぶ声がした。
「あ、僕行きます。あ、じゃ、集合時間まで楽しんでください」
しどろもどろで走って行く足立君との距離が開くまで、わたしとチカは黙っていた。
シニア女子に囲まれているのを確認して、わたしは口を開いた。
「今の反応」
「やだ、惚れられちゃった?」
「はっきり言うね」
「好みの子に出会ってしまった瞬間の気持ち、なんとなく分かる」
「そうなんだ」
二人で声を上げて笑った。
「隆平もくだらない心配してたってことか、俺を使いに出すほどじゃない」
「いやいや、チカちゃん来たから分かったんでしょ」
「藍子より魅力的ってことかしら?」
「ちょっとショック」
いや、かなりショック。足立君がってことじゃなくて、女装男に負ける自分の女子的魅力のなさを痛感させられて。
「あんまり美人過ぎると、鉄のバリア感じるから最初から諦めちゃうんだよ。こういう話しかけやすいそこそこ美人に笑いかけられたら、自分のこと好きなんじゃ? って勘違いして意識してしまう」
わたしが美人過ぎて、チカがそこそこ美人ってのは、お互い盛ってるけど、そのフォローはちょっと嬉しかった。
「まあね。人の好みはいろいろあるからねー。足立君、イケメンなんだけど、筋肉バカぽいというか、ちょっと残念なんだよね」
「へえ。そういう評価なんだ。イケメンも大変だね」
「うん。で、どうする? 男ってバラす?」
「ほっておいていいでしょ」
「多分、配達のたび聞かれるよ。お友達は?って」
「じゃあ、彼氏いるから、いや結婚してて子供いるって言っておいて」
「女にしておくのね。結婚か」
あれ? そう言えば、チカも妻子持ちじゃなかったけ。
「結婚といえば、奥さんと子供いるんだよね?」
「え? なんで知ってるの?」
「ああ、あの保育園に通ってる人の知り合いが知り合いで」
「へえ」
「子供何歳?」
親バカ画像でも見せてもらえると思って、ノリノリで聞いたのに、チカはどんどん表情を失っていった。
予想外の反応にちょっと焦った。聞いちゃいけない話だったのか。
やっぱり、運動会にも行ったし、勝手に調査してるみたいで、わたしのこと怪しんでるのかな。
「それ、嘘」
「嘘?」
「保育園ではそういうことにしてあるんだ。園長に気に入られて娘の婿にとか言われたことがあって、いやあ、あそこの娘、ううう。ごめんなさい、って感じでね。実は若くに結婚して子供もいるってことになってて回避した」
「なにそれ」
「既婚者にしとくと先生との変なウワサも立たないし。子供って、同じ年頃の独身先生同士を勝手にくっつけたがるじゃん」
「あるね」
「俺、結婚とか考えてないからさ」
チカはまた遠い目をした。急に男になる。園長の娘が美人でも変わらない。他に理由があるんだと言ってるように見えた。
「あ、もしかして、やっぱり、自分の性別が曖昧な感じがあるとか? そういうのあるとか?」
「え、ああ。それとは違うかな」
チカはカツラの髪の毛をいじった。その仕草は女だ。
「俺がこういう格好してるのは、罰みたいなもんかな」
「罰?」
「昔、服装とか化粧に時間や金を莫大に費やす女の気持ちが分からなくてさ」
「わかる男はいるのか?」
「分かってあげなきゃいけないと思う」
「意外といい奴だね」
「キレイな人が何もしてないって、もとものと基準値が違う話で、全く何もしてないでキレイを維持できるわけないんだよ」
「そうだよ」
「それを理解しないで、彼女をすごく傷つけた。自分を着飾ることばっかりに興味がいく女が許せなかった。俺のためにキレイにしているっていうのが、都合のいい言い訳で、自分の欲を満たしてるのに、あなたのためみたいに言う母親みたいにムカついたんだ」
「なんか、変なトラウマとつながちゃった」
「俺の問題なのに、彼女を傷つけて、離れていちゃた」
「それで女装?」
「女の気持ちを知ろうと思ってね」
「なんかよく分かんないけど、思ったより深いね」
「隆平にも諭して、理解してもらってる」
「そうか」
隆平の発言に思い当たる節がいろいろあるなと思った。有機野菜に目覚めてキレイになると言い出したわたしが男の目を気にしてるとか。
隆平はきっとチカの言葉のまま素直に受け止めちゃってる部分があるかもしれない。ちょっとズレてるかもしれないけど、それでダメダメなわたしも受け入れてくれてるならありがたい。
わたしが着飾る女じゃないから、隆平も女装しようとは思わないのなか。
最低限のことしかしないわたしを全肯定でほめまくってくれるから、本当にありがたい。
チカのおかげなのかもしれない。
そんなチカに一瞬でも嫉妬した自分が滑稽に思えてきた。
「本当にいい奴だね」
「やだ、惚れちゃった?」
「それはない」
帰り道、サツマイモをたくさん入れた袋を提げて、また1時間歩いた。
すごく疲れたけど、いろいろとスッキリして清々しい。
参加者は同じ方向から来た人が結構多かったようで、帰りはみな途中まで同じ電車だった。保育園に寄っていくというチカは、わたしが降りる駅のひとつ手前の駅で降りた。
駅で隆平が待っていた。
「いっぱい掘れたよ」
サツマイモ芋が詰まった袋を差しだした。
「すげえ。帰って食べよ」
隆平はそのまま芋の袋を持って歩き出した。
「わたしはもうお腹いっぱい」
「俺だけ食べる。あ、でも、うまく焼けないか」
「トースターでも結構美味しく焼けるって。洗ってただ焼くだけ。30分くらいかかるけど」
「それくらいなら、自分でやりますよ。あ、じゃあ、俺からもお土産」
隆平はカバンからビニール袋を取り出した。白くて大きいそろばんの珠みたいな形したものがいっぱい入っていた。
「ぎんなん?」
「うん。警察署の近くの公園で、子供達がバザーみたいなのやってた。園内で拾ったみたいだよ」
「へえ。これ封筒に入れて、レンジでチンすると簡単に食べられるんだよね」
「うん。でも普通の封筒は危ないから止めた方がいい。引火して燃える可能性がある」
「そうなの」
「レンジの説明書きにも、入れちゃ行けない物に封筒って入ってるぐらいだから」
「じゃあ面倒くさいじゃん」
「クッキングシートっていうの? オーブンとかに対応してる紙を折って袋状にすればいい」
「なるほど」
さすがホームセンター勤務。
家事とかできないけど、そういう知識はあるんだよね。
「ぎんなんが採れるってことは、あの辺の公園のイチョウは雌の木なんだ」
「ああ。公園の近くは結構臭かったかも」
「街路樹の方は雄の木だよね」
「うん。イチョウの木って雄と雌が何キロ離れてても受粉できるんだって。姿が見えなくても結ばれる」
隆平はそっと手を繋いできた。
手を繋いで歩くなんて、何ヶ月ぶりだろうか。
「へえ、そうなんだ」
一瞬、それは顔も知らない人でもOK。相手は誰でもいいってことだよな。と思ったけど、
そこは言わないでおいた。
繋いだ手のぬくもりが、この数日間の二人をイチョウの木に重ねているような気がしたから。
ぎんなんをクッキングシートで作った封筒に入れた。
電子レンジで1分ぐらい加熱すると、パンパンと爆発音がした。
中から黄緑色の実が出てきた。あの臭い匂いからは想像できない可愛いさ。
ぎんなんって茶碗蒸しに入っている出来損ないの栗みたいなのしか食べたことがなかった。
こんなに宝石みたいでキレイなんだ。
口に入れるとグミみたいな弾力があって、豆と栗の間みたいな食感だ。
「美味しい」
「よかった」
隆平は嬉しそうに笑った。
穏やかな時間が流れる。
「足立君、配達の人と何かあるか心配した?」
「うん。ちょっとだけ」
「足立君はチカが、お好みみたいだから」
「あいつからも聞いたけど、それ面白すぎ」
「チカって面白い人だね」
「うん。大学時代のバイト先の友達なんだ」
「そうなんだ」
あれ? 二年前にスマホ拾ったのがきっかけって言ってなかったけ。
ん? でも待てよ。わたしが最初にチカを目撃したのは、付き合う前だ。スマホにわたしの画像が撮られているはずない。あれ?
「あいつも、いろいろあってさ」
「そうみたいだね。女装の理由は意外と深いなと思った。まあ、似合ってるからデキることだとは思うけど」
「藍子に話したんだ。あいつ」
「うん。罰。傷つけた女子の気持ち知るためだって言ってた」
「罰か」
「懺悔のようで前向きだね。学習しようとしてる」
「そうか。俺には、失恋の痛手を癒やすための逃避行動に見えるけど」
「逃避行動?」
「自分から逃げて違う自分になったら、辛い過去から解放されてやり直せる気がするんじゃないかな。変身願望みたいなの誰でもあるけど、女の人の方がいろいろ変身しやすい」
「まあ、髪型とか化粧でいろいろできるからね」
「失恋して女の子が髪切るみたいな変化が欲しいんだよ。坊主にしてもしょうがないから」
「え? 今時、失恋で切るとか恥ずかしいことしないよ」
「そうなの?」
「自分の好きなタイミングで髪変えます。男関係ない。それに、自分から逃げてるわけじゃ」
チン!
またくだらない言い合いをしそうになったとき、オーブントースターが鳴った。
「焼けた~」
隆平はトースターに助けられたかのように、嬉しそうに芋の所へ行った。
現実盛ってる女子たちは、常に変身願望を満たすためにジェニックなものを集めて発信してるんだ。
普段のわたしと違う、一段上のわたし。
そんなの嘘だと言われてもいいの。
本当の自分にはない物をもった自分が、画面の中にはいる。
嘘だけど本当の現実を作るために生きていく。
その過程は自分を喜ばせる。
それでいいの。
逃げてない。




