第九話 二人の刺客
「ライブ?」
『そう!たまたま、藍野美菜子のライブチケットを二枚手に入れたんだ!お前、明日暇だろ?一緒に行こうぜ!』
「でもいいの?鳥山や、京田さんは……?」
『あー、あの二人は塾、塾!同じ予備校に通っているんだ。だから、無理』
「そう……。じゃあ、いくよ。どこで待ち合わせする?」
『六時に渋谷駅のハチ公前ね。遅れんなよ!』
「わかっているって。じゃ、明日六時ね!バイバーイ!」
夕飯後、自室に籠って漫画を読んでいた良彦に、小山から電話があった。お出かけのお誘いだ。
藍野美菜子は、今ティーンの間で人気のアイドルだ。可愛らしいルックスと艶やかな歌声、さらにスタイルも良いという、文句なしの美少女だ。今年の紅白にも初出場するのではないかと噂されている。
正直あまり興味はないが、このところ刺客続きだったので気晴らしになるかと思い、誘いに承知した。
「でも、俺、藍野美菜子の曲知らないんだっけ……」
良彦はそうつぶやくと、おもむろに動画サイトを立ち上げて、藍野美菜子の動画をあさり始めた。
*******
次の日。良彦がハチ公前に行くと、すでに小山は待っていた。頭をポマードでガッチリ固め、サングラスをして、レザージャケットを羽織った姿は、どこから見てもヤーさんそのものだ。
「おせーぞ!」
良彦に気づいた小山が声をかけてくる。
「すまん。支度に手間取って―――。それにしても、凄い恰好だな」
「ん?あぁ、美菜子に合うのに中途半端はカッコ悪いだろ。どうよ?この、俺様の華麗なる姿は。きっと、美菜子もメロメロだぜ」
「は、はぁ―――」
タクシーに乗り込み、会場まで行く。
到着したときには、すでに大勢のファンで現場はごった返していた。
「うっひゃあ、こんなに来ているのか」
「会場がちっちぇーから、これでも少ないほうよ。その気になれば武道館だって満員にできるんだぜ」
「そうなの⁉」
「あぁ。俺が見込んだ女なんだ。絶対成功する」
勝手に見込まれても、美菜子が迷惑なだけだ。
開場時間になり、チケットを見せて席に座る。
「ほらよ」
小山がペンライトを良彦に渡す。
「いいか、まず『ウー ベイベー ベイベー』って曲の時に、ペンライトを赤くして振る。振るときは、右、左、右、右、左、だ。次に、『ヒューマン・ネイチャー』という曲の時は、ペンライトを黄色くして、左、左、右、右、左、の順番で振る。そして、『アー・ベー・セー』っていう曲でペンライトを赤くして、右、右、左、左、左の順番で振るんだ。もう一回行くぞ」
「ちょ、ちょっと待て。そんな一度に覚えられるか!」
「バカっ!一人だけ違う動きしていたら、美菜子に目立つだろうが!」
誰もそんなこと気にしない。
「それにしても―――。今日ビデオ撮りか何か?カメラが以上に多い気が……」
そういって良彦はあたりを見渡す。
「うんにゃ。テレビカメラが入っているんだよ。たしか明日の、『どすこい朝ワイド』にライブの様子が流れるはずだ」
「凄いな。かなり熱上げているな」
「そりゃあもう!美菜子は俺の生き甲斐さぁ!」
と、ここで照明が暗転する。
「お、もうすぐだ。いいな!俺の言ったとおりにペンライトを振るんだぞ」
「わかっているよ!」
*******
「ヴィットーリオ=エマヌエーレ二世は、カヴールを宰相にすえてイタリア統一に乗り出した。でも実は、ヴィットーリオ=エマヌエーレ二世のお父さんである、カルロ=アルベルトがすでにイタリア統一に向けて乗り出していたが失敗しているという事実がある。入試ではこういうところが聞かれたりするので、ちゃんと見ておくように。それでだ―――」
スキンヘッドに背広をカッチリ着ている予備校教師が、テキスト片手に説明をしている。
「んでだ。赤シャツ隊を率いていたガリバルディが、自分が占領した土地を、ヴィットーリオ=エマヌエーレ二世に献上したんだ。これは余談だが、なぜ、赤シャツ隊と呼ばれていたか―――」
ここで、授業終了のチャイムが鳴る。
「あー、ここで時間か。じゃあ、今日はここまで!質問があったらこの後か、講師室まで来てくれ!何度も言うようだが、絶対復習しろよ!世界史は復習と問題演習量で差がつくからな!じゃ、さいなら!」
教師はそれだけ言うと、いそいそと教室を後にした。
「京田」
消しゴムのカスを片付けている京田に、鳥山が話しかける。
「夕飯まだだろ?一緒に食おうぜ」
「いいよ」
教室を後にして、ラウンジに向かう。すでに多くの塾生で騒がしい。
鳥山と京田の通う《セイ・セイ・セイ予備校》は、全国規模に展開する予備校だ。豊富な教師陣と緻密に計算された授業展開、そして、全国の受験生のおよそ半分の人数が受ける『圧倒的矛盾模試』の主催。
鳥山と京田は互いに知り合う前からこの予備校に通っている。
「なぁ、思ったんだけどさ、俺らも超能力で蘭渓たちに対抗した方がいいんじゃないかな?」
おにぎりを頬張りながら、鳥山がつぶやく。
「本間さんが守ってくれるって言ったけど、やっぱり限界があると思うし……」
「でも、私たちに何ができる?狛くんは透視、小山くんは念動力、鳥山くんはテレポーテーションで私は軽度の未来予知。少なくとも、今までの刺客はパイロキネシスを使えるし、サイコキネシスだって、小山くんの力じゃあ適わないわ」
「それは、そうなんだけど……」
「それに、私たちは普通の人になるために、本間先生に治療してもらっているんでしょ」
「それなんだけど、本間さんの治療法―――脳に気を送って能力を鈍らせるってやつ、前々からちょっと疑問に思っていたんだ。本当に、そんな『気』が存在するのかどうか。それで、ちょっと調べてみたんだよ」
「調べてみたって……。そんな簡単にわかるものなの?」
「苦労したけど、実は、埼玉のある寺の住職が、似たような術を使うって口コミが何件もあったんだ。段々寺って名前なんだけど」
「でも、埼玉まで出向くの?」
「そんなに遠くない場所だし、何か収穫があるかもしれない!」
「そう上手くことが運べばいいけど……」
二人が黙り込む。食事も終わり、そろそろ教室に引き上げようとした時だった。館内放送が入ったのだ。
『ピーンポーンパーンポーン。生徒の呼び出しをします。国立文系Aクラスの鳥山正樹、京田麻保の両名は、至急受付まで来てください』
「なんだろう?」
「呼び出しなんて珍しいわね……」
二人は、一階の学生課へ向かう。女の事務員が対応する。
「あなたたちね。えっと、本間って人があなたたちに用があるって」
「えっ?本間先生が?」
驚く二人。本間がわざわざ予備校まで出向くなんてことは今まで無かったからだ。
『どうしたのかしら?』
『まさか、狛たちに何かあったのか?』
「とにかく、応接室に待っていらっしゃるから、早く行きなさい」
せかされるまま、応接室へ向かう。
「わざわざ来るなんて、やっぱり変よ」
「よっぽどの事態らしい」
部屋まで来るとノックせずに入る。
「本間先生!」
窓際に誰かが立っているのを二人は認めた。だが、それはすぐに違和感に変わる。
「あ、あんた、誰だ!」
「本間先生じゃないわね!」
相手はゆっくり振り返る。見覚えのない女だ。
「ここじゃ、狭いわね」
女が胸元で手を組む。気づくと、予備校ではなく裏の土手に出ていた。
「テレポーテーション……。僕のより自然だ──。あんた、刺客か!」
「ふふっ。そうよ。残りの二人は兄が仕留めているはずだわ」
「何ですって⁉」
「二手に分かれて、だと……姑息な!」
女はゆっくり呪文をとなえる。背後の川が次第に唸り始める。
「な、何だ?」
「地震⁉」
次の瞬間、川の水が竜巻状に巻き上がり、二人に向かって突進してきた。
「こ、これも超能力⁉」
「サイコキネシスを応用したもの⁉」
慌ててよけるが、地面にぶつかった衝撃で起こった水しぶきで全身びしょ濡れになってしまう。
「服が濡れれば重くなり動きが鈍くなる。それがこの、サイコキネシスの狙いでもあるのさ!」
「く……。よし、テレポートだ!」
京田の手を取り、精神統一を図る。だが、うまくいかない。水に濡れた衣服が肌にベッタリついて、集中力が切れるのだ。そうしている間にも、川は再び唸りを始める。
「どうやら、ここまでのようね。水圧で死ねばいい!」
「そうはさせないわ!」




