第六話 告白 Part1
「も、申し訳ありません!あの、本間智恵子の力は想像を絶します。とても、太刀打ちできる相手ではありません」
アロハ男が土下座して謝罪する。
「お前ならやってくれると思ったのに、いったい今まで何の訓練をしてきたのだ?大臣も何とか言ってやってくださいよ!」
「まぁまぁ、しょうがない。本間隊員の乱入は、いわばアクシデントみたいなものさ」
大臣と呼ばれた男が、もう一人の男をなだめる。
「しかし、大臣―――」
「彼には、また訓練で精進してもらって、実戦に備えてほしい。十一月には、再び南スーダンに向かわなくてはならない。そうなると、S/Aランクの人間だけでは人数が足りない。Bランクの優秀な隊員にも派遣を要請しなければならないだろう。とりあえず、今日のことは忘れなさい」
「はい……失礼します」
涙目で部屋を後にする男。
「あの様子じゃ、相当こたえたみたいですよ」
「この程度のことで心が折れてもらっては困る。それより―――」
ファイルを取り出し、ページをめくる。
「大臣。この女はどうでしょうか。Bランクの隊員の中では、優秀な方です」
「成績も、なかなかのものだな。彼女は何が得意だ?」
「テレポーテーションと念力が得意です」
「ほう。よし、今度は彼女で行こう。すぐにコンタクトを取ってくれ」
*******
次の日。四人は学校帰りに本間の病院に寄った。
「待っていたわ。さ、座って」
本間が四人に座るよう勧める。
「さて。何から話そうか―――。とりあえず、昨日とこの前の刺客について話そうかしら」
そう前置きして話しを始めた。
「あの二人は、おそらく自衛隊の人間ね」
「じ、自衛隊?」
「何で?どうして?どうして自衛隊がおれらを狙ってくるんだよ!」
全員、理解が追いつかない。
「そっか。まずそこから話す必要があるか。正直、あまり話したくないんだけど、この際しょうがないわね。実は、自衛隊には外部には知られていない秘密部隊の存在があるの」
「ひ、秘密部隊?!」
「そう。あの二人はおそらく、その秘密部隊に所属している人間だと思うわ」
「で、その秘密部隊って、いったい―――」
「自衛隊『特殊能力部門』。超能力を使うことができる人間によって構成された組織──」
「『特殊能力部門』……。確かに初耳だ―――」
「でも、超能力を使える人間って、そんなにいるものなの?」
京田が疑問を口にする。
「当然の疑問だわ。実は、これも知られていないことなんだけど、人間はみんな何かしら超能力を持って産まれてくるの」
「えっ⁉」
四人の驚き様と言ったらなかった。「能力を持って産まれてくる⁉」
「そう。でも、大半の人間は、一歳にならないうちに能力を忘れてしまう。赤ん坊には、能力を使うほどの賢さはないしね。だけど、極一部の人間は、能力が消えることなく成長して、ある時突然超能力に目覚める。その数、日本の人口のおよそ1パーセント―――」
「百万人か―――。確かに、決して少ない数じゃないな―――」
鳥山がつぶやく。
「『特殊能力部門』は、戦地に派遣される普通の自衛隊員の安全を確保するために、最前線に送られる部隊なの。念動力、パイロキネシス、テレパシー、未来予知、テレポーテーション、透視、サイコメトリー、念写―――。ありとあらゆる能力を総動員させて、普通の自衛隊員のフォローをするとともに、現地の戦況を好転させることが任務なのよ」
「それって……かなり過酷な任務じゃないですか……?」
「そうね。戦場の最前線に送られるんですもの。命の保証は普通の隊員と比べると遥かに落ちるわね」
「じゃ、じゃあ、あの時ニュースでやっていた南スーダンのやつも―――」
「おそらく」
一同、絶句する。
「で、でも、どうして本間先生がそのことを知ってい―――」
良彦は尋ねようとして口をつぐんだ。「ひょ、ひょっとして……」
「そう。私もかつて、『特殊能力部門』に所属する自衛官だったの」
どう反応していいか分からなかった。けど、心のどこかでその答えを予期していたような気もした。
「昨日の男が言っていた、Bランクっていうのは、いわゆる階級みたいなもの。成績・能力が優れている順に、Sランク、Aランク、Bランク、Cランクと振り分けられているの。そして、私はそこでSランクに所属していた。つまり、一番上」
「普段は、訓練とか具体的にどんなことをするんですか?特にSランクとかって……」
「普通の自衛官がする訓練の他に、能力を使った訓練を地下施設でするの。この地下施設も公にはされていないのね。なんせ、秘密組織だから」
「訓練って、具体的にはどんなことを──?」
「地雷の位置を透視で把握したり、無線の代わりにテレパシーで連絡を取り合ったり、敵の武器のありかをサイコメトリーで読み取って探し出したり―――。ただ、これはまだやさしい方よ。精神的にも肉体的にもきつい訓練が日常茶飯事だから」
「そ、そんなことされて、『特殊能力部門』の人たちは黙っているんですか!理不尽と思わないんですか?」
「これが不思議なことに、誰もおかしいと思わなかったのね。かく言う私も。後になってどうしてだろうと考えてみたら実に単純なことで、みんな孤独だったから、あそこに身を寄せるしかなかったの」
「孤独―――?」
「私もそうだったの。他の人と違うという理由で、いつも一人だったわ。私の場合、両親が幼い時に離婚したから母は日中家にいることはなかった。だから、どんどん孤独になっていって、気づいたら立派な不良少女になっていたわ。薬物に手を出さなかったのが、唯一の救いかもね」
「へぇ……」
今の本間からは想像がつかない。
「十八歳になったばかりある日、家に一本の電話が掛かってきたの」
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『もしもしぃ?』
『あの、本間智恵子さんはご在宅でしょうか?』
『んあ?智恵子はあたしだけど?』
『あ、そうでしたか。私、自衛隊広報の富岡と申します』
『はぁ?自衛隊がなんであたしに用があんのよ』
『その前にまずお聞きしたいことがありまして。失礼ですが、あなたは超能力をお使いになれるそうで』
『……あんた、誰から吹き込まれた?ヤスか?ケンか?』
『それについてはお答えできません。ですが、一度じっくりお話がしたいので、明日、何か予定とかありますでしょうか?』
『ざけんじゃねえぞ!何であたしがてめぇなんかと……』
『これは内密にお願いしたいのですが、実は、自衛隊はあなたのような人材を必要としておりまして』
『―――どういうこったよ、そりゃあ……』
『詳しいことは、明日。午後三時に渋谷駅ハチ公近くの喫茶店に来てください。必ず、お待ちしております』
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「電話はそれで切れたわ……」
「それで、行ったんですか?」
「当時は高校にもロクに通ってないプーだったから。どのみち暇だったし、話を聞く位だったらいいかなーと思って、そんなに考えもせずに行ったわ」
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『本間智恵子さんですね。お待ちしておりました。昨日お電話した富岡です』
『ケッ。くだらねぇ話だったらてめぇの肋骨へし折るぞ!』
『おやおや、それは手厳しい。しかし、これでも私は自衛官ですからね。簡単に負けるわけにはいきませんよ。まぁ、そんなことは置いといて、どうぞ、座ってください』
『チェッ。ゴチャゴチャ言いやがって。──で、あたしに話って何さ?』
『あの、お飲み物は―――』
『いらねぇよ。さっさと話せコルァ!』
『だいぶ気性が荒い性格で──。えー、では。話を始めるとしましょうか。その前に、昨日の質問に答えていませんでしたね。あなたの使える超能力について―――』
『どうでもいいだろ!そんなこと』
『重要なことなのです。お願いします』
『……ものを持ち上げたり、手から火を出したり、テレパシー?したり、未来を予言したり、瞬間移動したり……。挙げたらキリがねぇよ!』
『なるほど。一通りの能力は使えるということですか。確かにこれは大物だな……』
『何をブツブツ呟いているんだ?あ?』
『いや、失礼いたしました。単刀直入に申します。我々自衛隊は、あなたを、《特殊能力部門》にスカウトします!』
『《特殊能力部門》?なんだ、そりゃ』
『公にされていない部隊ですから。その名もずばり、あなたのような超能力を使うことの出来る人間を集めて結成された部隊です』
『あ、あたし以外にも超能力を使う人間がいるのか?』
『えぇ、意外と知られていませんけど、超能力を使える人間は日本に百万人はいると言われています』
『そ、そんなに?』
『だから、君は一人じゃないのですよ』
『一人、じゃない……』
『《特殊能力部門》には、君の仲間がたくさんいます。自衛隊も、君のような原石を求めています』
『求めている―――?』
『そう。もちろん、来る、来ないはあなたの意思だし、こちらがとやかく言うことではない。だけど、自衛隊は給料が出るので、生活には困らないと思いますよ』
『え、金が貰えんの⁉』
『はい。とりあえず、よく考えて決心が固まったら、この名刺の裏に書かれている番号に電話をしてほしい。繰り返すようだけど、自衛隊は君のような人材を求めています。ま、とにかく、ゆっくり考えて。じゃ、私はこれで―――』
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「仲間がいる、自衛隊が私を求めてくれる、というより金が貰えるっていうことが大きかったかな。次の日に電話をして、《特殊能力部門》に入隊したの」
「結構、あっさりですね」
「バカだったからね。考える脳が無かったのよ」
「それで、入った後、どうなったんですか?」
「能力試験と学問試験の二つを受けて、最初Bランクに振り分けられたわ。初めのころはすごく訓練がかったるかったし、教官にも反抗ばかりしていた。けど、自分と同じ仲間がいてくれるという安心感が、私の性格を次第に丸くしていって、一年半後にはSランクに昇格していた」
「一年半⁉結構、早くないですか⁉」
「教官も仲間も驚いていたわ。普通だったら、二年でワンランク昇格できるかどうからしいから。でも、そこからがまた大変だった。Sランクってことは、確実に戦場の最前線に送られるから」
「えっ?──てことは、先生、戦場に行ったんですか⁉」
「アフガニスタンに三ヶ月」
一同、息をのむ。本間はゆっくり微笑んで、緊張をほぐそうとする。
「私が行ったときは運悪く政治情勢が悪化していた頃だったから、国内からも、そもそも自衛隊派遣自体無茶なのではないかという、慎重な意見や反対意見も多かったわ。結局行ったんだけども。『特殊能力部門』は、アフガニスタンでも特に治安が悪い地域に送られた。そこは、いつ反政府勢力と政府軍が衝突するか分からない、まさに一触即発の状態が続いていた。この時、私の先輩でお姉ちゃんのように慕っている人がいて、その人も一緒だったの」
「へぇー、そうなんですか」
「木野さんって言ってね。入隊したての時、誰もが私を腫れ物に触る感じで接していたのに木野さんだけは他の人と同じように接してくれた。後に知ったんだけど、木野さんも私に負けないくらいの不良だったらしいの。だから、自分と重ね合わせていたのかもしれないわね」
「それで、木野さんは、今も『特殊能力部門』にいるのですか?」




