第三話 出会い
日曜日。良彦は、本間が経営する病院に行った。名刺に書かれたとおりに進むと、とあるマンションの一室にたどり着いた。表札にはただ、『本間』と印字されてあるだけだ。
──本当に、医者なのかよ。あの人。モグリじゃないよな──
インターホンを押してみる。中から、「はい」と返事がした。
「良彦です」
『待っていたわ。鍵は開いているから入ってちょうだい』
いわれた通り、ドアを開けて中に入る。思っていた以上に雑貨品が多く、足の踏み場は一見無いように思われるほどだ。
廊下を通り抜けて診察室の中に入ると、本間が座って待っていた。
「よく来てくれたわね」
「まぁな。で?治療って、どうするんだよ」
「とりあえず座って」
ベッドの上に座る良彦。
「あなたの脳に、直接封印の『気』を送り込むの」
「気?」
「そう。気を送ることで、あなたの透視能力を鈍らせるの。それを続けることで、能力を殺していくのよ。じゃ、さっそく始めるわ」
本間は引き出しから『封印』と印字されたお札を取り出し、良彦の額に張り付ける。そして、呪文を唱えだした。
「鵜宇右卯迂得兎芋菟雨烏羽有胡―――喝っ!」
とたん、良彦は脳が霧のようなものに包まれた感覚を覚える。が、その感覚も数秒後にはなくなっていた。
「うまくいったみたいね。試しに、この箱の中を透視してみて」
本間が差し出した箱をじっと見る。―――だが、ぼんやりと影が映るだけで、透視することができなかった。
「成功ね。言っておくけど、いくら封印しているとはいえ、何度も透視しようと力をこめると封印の力も弱ってしまうからね。じゃあ、一週間後にまた来てね」
「あ、あの、患者って俺だけですか?」
「いや。あなたと同世代の子があと三人ほどいるわ。もう、そろそろ来るんじゃない?」
そう言うなり、診察室の扉が勢いよく開いた。
「おーっす、本間センセ!」
「ちゃんと来ましたよ」
「たまたま駅前で会ったので、一緒に来ちゃいました」
入ってきたのは、チャラ男とマジメ男と美少女だ。
「あれっ?誰?」
チャラ男が良彦のほうに顔を向ける。
「新しい患者さんよ。狛良彦くん。透視能力があるの」
「へぇーっ、透視かぁー。あっ、俺、小山優人。サイコキネシスが使えるのね」
「僕の名前は、鳥山正樹。テレポーテーションが使えます」
「私は、京田麻保。未来予知能力があるわ。といっても、軽度だけどね」
「ど、どうも」
反射的に頭を下げる。
「さ、あなたたちも治療を始めるわよ」
三人もベッドに横になる。本間はそれぞれに手をかざし、呪文を唱える。五分もしないうちに、三人の治療も終わった。
「あー、すっきりした。力を使わないようにするって、気ぃ遣うのよ」
「小山くんも、最初の時と比べたら力は弱くなっているわ」
「あぁ。自分でもそう感じるよ」
と、ここで小山が良彦に話しかける。
「なぁ、狛ってどんな症状なわけ?ここにきているってことは」
「と、透視能力……」
「透視?!なら、頭の中がよめるわけ?」
「そ、そう……」
「うっらやましいなぁ。透視能力あったら、全部馬券につぎこんで大儲けしてやるのに」
「小山くん!超能力を自分の私利私欲のために使うんじゃありません!」
本間が顔を赤くして怒る。本気で怒っているらしい。
「じょ、ジョーダンだよ、ジョーダン。ところで、狛って学校どこ?」
「お、桶浜高校」
「へぇー、狛って桶浜高校なの?なかなか良いとこ通っているな」
「じゃあ、僕らと近所なんですね!」
今まで黙って聞いていた鳥山が口を開く。
「僕は、城成国際高校に通っています。京田さんは、聖エカチェリーナ女子高校」
「そして俺は、桶浜工業高校!」
「へぇ……」
驚いた。本当にそれぞれ近所の学校に通っている。こんな近くに自分と同じ仲間がいたことに、良彦はうれしくなった。そこから、四人が親密になるにはそう時間はかからなかった。
「みんなは何が原因で、超能力に目覚めたの?」
「俺は病気で。治った後には、サイコキネシスが使えるようになっていた。引っ越しとかのバイトするときは便利だったけど、ばれてしまってね。白い目で見られた挙句、クビさ。本間先生のことを人づてに聞いて、通いだしたのさ」
「僕は、幼少の時に交通事故に巻き込まれましてね。一人で乗っていたバスが崖から転落したんですが、気が付いたら知らない浜辺に寝そべっていた。以来、たまに意識が遠のいたと思えば三キロほど離れた場所にいるってことが何回かありましてね―――。ちょっと気を抜いたらさっきと違う場所にいるんですから、気が狂いそうになりますよ」
「私は、気が付いたら予知能力を持っていたって感じ。予知といっても、五分程度先のことが見えるだけ、しかもかなり精神を集中させないと使えないから、実はほぼこの能力は使ったことないの。でも、将来どうなるかわからないから本間先生のもとへ通いだしたのよ。狛くんは?」
「俺は、ケンカして殴られて頭打っただけだからなぁ──」
頭をかきながら良彦は、みんな様々な背景をを抱えていたんだなとしみじみ思った。自分と同じ悩みで同世代の人間ほど、心強いものはない。
「うっし!こうして狛に出会えたのも何かの縁だ!祝いに、ギロッポンかザギンあたり繰り出すか」
「近いんだから渋谷でいいじゃない」
「バイトで金が入ったんだ。たまの贅沢ぐらい気持ちイイもんはないぜ。狛はどうするよ」
「ぼ、僕は、かまわないけど」
「よし、決まり!本間先生、今日はありゃした」
「はいはい。また一週間後にいらっしゃい。気を付けてね」
四人を見送った後、本間はこめかみに指をあて、しばし意識を集中させる。
病院を後にした四人は、一緒に駅の方へ向かう。
「どっかで飯にしようや」
「僕は大衆食堂で結構です」
「みみっちいこと言うなよ。狛はどこがいい?今日はお前が主役だからよぉ」
「じゃ、じゃあ、ステーキがいいかな」
「ステーキ?まぁ、いいか」
「僕もステーキなら大好物です」
「あたしも賛成!」
「よーし!ステーキ店へ、レッツゴー!」
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電話が掛かってきたとき、その男は自分の部屋で仕事をしていた。
「もしもし」
『私です。本間隊員に動きがありました』
「何?」
ネクタイを緩める手を止める。
『どうやら、本間隊員のもとに新たな患者ができたようです。男で、高校生と思われます』
「―――わかった。引き続き監視を頼む」
男は電話を切ると、急いで別の番号に電話をかけ始める。
『はい、もしもし』
「私だ。本間隊員に新たな患者が現れたそうだ。大至急そいつの情報を集めてくれ。男性で高校生ぐらいだそうだ」
男はそれだけ言うと、ケータイを切った。




