第二十二話 闘いの後
『……さて、突如辞任を発表した蘭渓徹防衛大臣について、日本全国だけでなく、海外からも驚きの声が上がっています。ウノ米大統領は、《非常に驚いている。日米の安全保障について今後も話し合っていくつもりだったのだが……》とコメントを発表しています。ここで、国会前の鈴木記者とつながっています―――』
「ったく、どこの局も蘭渓のことばっかりやっている」
本間の病院の待合室のテレビを見ながら、小山がつまらないといった感じで愚痴をこぼす。「せっかく楽しみにしていたアニメも、緊急特番でお流れだし」
「そりゃあ、前触れもなく辞めたんだもの。世間の恰好の話題のネタになるさ」
良彦が反応をする。鳥山もそれに続く。
「一大臣の辞任で各局が緊急特番を組むくらいなんだから、蘭渓の影響力って絶大だったんだな……。もし、その人気が後押しとなって、総理大臣になっていたりしたら……」
シンとなる室内。考えただけで悪寒が走る想像だ。
「そう考えると、倒して正解、なのかな?」
国有林での最終決戦の次の日、蘭渓は辞任を表明した。理由はただ「一身上の都合」とだけしか言わなかったので、マスコミによる報道合戦は過熱の一方だった。
「あ、美菜子だ」
チャンネルをザッピングしていた小山が声を上げる。「えっ?どれ?」
見てみると、どうやらゲストで呼ばれたらしく、『十代代表』と書かれたパネルの前に座っている。
『美菜子ちゃんは、学校で蘭渓大臣の噂とか聞かないの?』
太った司会者が質問をする。
『ううーん。あまり、そういった話は、しない、かな……?』
「美菜子ちゃん、答えづらそうだな」
「そりゃあ、真実を知っているんですもの」京田が答える。「でも偉いわね。ちゃんとこんな番組に出てしゃべるんだから」
「儂じゃったら、無理な芸当だな」
部屋の奥から、興亜が出てくる。「すぐ顔に出てしまう」
「興亜和尚は昔から嘘がヘタクソでしたからね」
続いて、本間が姿を現す。「嘘をつくと耳がすぐ赤くなっちゃう」
「ねぇ、本間さん」
良彦が、ずっと抱いていた疑問を口にする。
「蘭渓が辞めたら、『特殊能力部門』の人たちって、どうなるんですか?」
「―――分からない。ただ、総責任者の蘭渓と千葉守の二人がいなくなったってことは―――」
「……」
******
来客は、それから一週間後に突然訪れた。
良彦たちは、再び本間の病院に集合していた。今回は、美菜子も一緒だ。
「……んでさぁ、こっちもプッツンと来たから、『短気は損気ですよ』って言ったら、もう顔中真っ赤にして怒るのよ。もう、笑いを堪えるのが必死だったぜ」
「小山くんって、面白いのね」
「えっへっへ。美菜子のためなら、僕はピエロにだってなれるのさ」
「ケッ。勝手に言っていろ」
「狛、お前嫉妬しているのか?」
「別に!……そんなんじゃねぇよ……」
ピーン、ポーン!
表のインターホンが鳴る。一瞬ギョッとする一同。
「あら、誰かしら」
チャイムに気づいた本間が奥の部屋から顔をのぞかせ、玄関のほうへ歩いていく。
「興亜和尚はもう寺へ戻ったはずなんだけど……」
何となしに玄関の扉を開く。だが、そこに立っていたのは―――。
「あ、あなたたちは―――」
「お久しぶりです。本間先輩。涼平です」
「涼子です」
いつか良彦たちを襲ってきた、橋本涼平・涼子兄妹だ。
「どうしたの、急に……。とにかく上がって」
「お邪魔します」
二人を待合室に通して座らせる。良彦たちはソファ場所を開け、二人を興味津々といった感じで見つめる。
「それで、いったいどうしたの?」
本間がお茶を出しながら再び尋ねる。「今日は訓練無いの?」
「―――『特殊能力部門』は、昨日をもって廃止となりました……」
「えっ⁉」
薄々予期していた答えとはいえ、良彦たちは心の底から驚いていた。実感が無かったからだろう。
「昨日、松田正輝防衛副大臣がやってきて、そう告げられました。総指揮を取っていた蘭渓大臣と千葉守がいなくなった今、『特殊能力部門』の存続意義はない、と。その瞬間、百人近くいた『自衛官』が一瞬にして無職と化したのです」
「それに対する国からの補償や援助は一切ありませんでした。あったのは、『特殊能力部門』のことを誰にも口外しないように約束する書類に判を押したのみ……。もし口外したら、内乱罪で拘束すると……マイナンバーがあるから、特定するのは簡単だと」
「でも、これからどうしたらいいか分からなくて……。僕らもそうなんですけど、世間で居場所が無かったって人たちが多いんで、本当にどうやって暮らしを立てればいいのか……。それで、本間先輩のことを思い出して、ここに来たんです。先輩、僕たちどうしたらいいんでしょうか⁉本当にツテもコネもなくて……」
「……勝又くんとか他の人たちは、どうしているの?」
「分からないです。みんなバラバラで……。実家を継げる人は、故郷へ帰るとかすると思いますけど……。あと、能力を持っていることを苦にしていない人たちは、普通に『社会復帰』すると思います」
「―――話は大体分かったわ。で、私にどうしてほしいの?就職の斡旋?」
「えぇ、まぁ……」
「でも、あなたたち普通の人間とは違うって思っているんでしょ?だったら、普通の人間が働く職場にいたって苦痛なだけじゃない」
「い、いや、別に……!」
「だって、そういうことでしょ?あなたたちのこれまでの話を聞いていると。普通の人間の職場にいて何が不都合なの?」
「―――やっぱり、後ろ指をさされるのが……。学生の時もそれでいじめられて……」
「それは子供の時の話でしょう?今は力だってセーブ出来るはずなんだし、黙っていれば何の問題もないはずよ」
「いや、だから……その……」
「認められたいんです」
涼子が真っ直ぐな目で本間を見つめる。
「今は、LGBTと言われるマイノリティの人たちが、社会で認められつつある状況です。でも、私たちのような能力を持つ人間は違う」
「どこが違うの?」
「それは!……やっぱり、変な力がある人って、いい気分しないじゃないですか。考えていることや、プライベートを見透かされるんじゃないかって―――。つまり、カミングアウトしたくても出来ない。したところでまた白い目で見られる。平和に暮らすには黙っているしかないけど、でも、心のどこかでは、私たち超能力者のことを認めてほしい―――」
「―――なるほどねぇ」
本間も、涼子に言いたいことが分かったようだ。
「涼子ちゃんの気持ちはすごくわかる。でも、それは本人たちの心の問題だと思うわ」
「心の―――問題―――?」
「二人とも、結局自分に甘えているんじゃない?」
「……!な、何を―――」
「学生の時いじめられたから、後ろ指さされたから。だから僕たち私たち普通の人間とやっていけましぇん。それって、過去を言い訳にして一歩踏み出すって行為を躊躇しているんじゃない?過去は過去、今は今。過去のことをクヨクヨしたってしょうがないでしょう?過ぎ去ったことはやり直しが効かないんだから。でも、過去を後悔しているなら未来へ向けて、今、変わっていかないと。私だって、正直医学部の予備校通っていた時は、お先真っ暗でどうなるか分からなかったし、投げ出したくなる時もあった。医学部に入ったら入ったで、今度は国家試験をパスしなければいけない。何年かかるか分からない、ひょっとしたら一生受からないかもしれない。それでも、私は医者になりたかった。医者になりたって強い気持ちだけで、試験に通ったようなものよ。未来へ向けてひたすらもがき進む。それは、能力を持つ人間でも、普通の人間でも同じことなんじゃない?最初から無理って決めつけないで、まず一歩、進んでごらんよ」
最後は、親が子供を諭すような口調だった。
しばらく静寂が続く。
均衡を破ったのは、涼子のほうだった。
「―――わかりました。私、もう迷いません。これからすぐにハローワークへ行ってきます」
「僕も、決心がつきました。本当に、ありがとうございました」
「分かってくれればいいのよ。落ち着いたら、また連絡ちょうだい」
「はい!必ず!」
二人は立ち上がり、まるで未来へ向かって一歩踏み出すかのように、玄関のほうへ向かった。その後ろ姿からは、確かに迷いが消えていた。




