第二十一話 決着
決闘当日。
綺麗な満月が辺りを照らして、街灯の代わりとなる。夜は肌寒く、良彦は思わずくしゃみをした。指定された国有林はひっそりしており、管理人の姿すらない。おそらく、蘭渓が裏から手を回したのだろう。集まった良彦たちは、林の奥深くまで足を進めた。
どんどん林道を進むと、木が生えていない場所に出た。国有林に指定される前は一般人の持ち物だったそうなので、このような場所が生じるのだろう。
そして、おそらくここが対決場所だ。
本間と興亜が、五人の前に出て守りを固める。いつ、どこから現れるのか、わからないからだ。
その状態で三十分。カサッカサッと地面に落ちている葉っぱを踏む音が、前方方向から聞こえてきた。いつも通りのスーツに身を固めた、蘭渓だ。
「みなさん、お揃いで」
蘭渓が口火を切る。「一人ぐらい逃げ出すかと思ったが……」
そう言いながらグッと目に力を入れる。
『考えが読み取れない……。本間隊員め、全員に術をかけたな……。ま、時間が立てば術も少しは弱まるだろうし、その隙を狙うか―――』
「蘭渓」
蘭渓は本間の呼びかけでハッと我に返る。「何だ?」
「どうして、この子たちを狙うの?この子たちには、何の罪はないはずよ」
「おぉ、そうか……。そのことについてきちんと説明しなければな……」
そう言うと、一呼吸おいて語り始めた。
「ご存じのとおり、私は国の一つや二つ潰せるほどの力を持っている。ブラジルの件にしたって、日本の裏側が海だったから良いものの、もし国があったならその国は間違いなく復興不可能なくらいまでダメージを負っていたはずだ。そうなると、一つの欲が心の奥底から浮かんでくる。幼稚っぽく言うなら、世界征服だ。ヒトラーもナポレオン=ボナパルトも成しえなかったこの大それたことも、世界一の超能力を持ったこの私なら可能なのだ。日本なんてチンケな国の防衛大臣ではなく、新世界の神にもなれる!先のブラジル大津波は、言うなればその序章に過ぎない。だが―――」
ここでいったん言葉を切る。
「だが、その私の前に障害が立ちはだかった。それが、君たちなのさ。君たちは、私にとって脅威以外の何物でもないのだ。特に……狛良彦、お前だ。お前が、私は怖いのだ」
「お、俺?どうして⁉」
「お前に関する資料を読んだ時から確信していたよ。お前は、かつて安倍氏と並んで素晴らしい陰陽師であった、賀茂一族の生まれ変わりなのだからな!」
「え、えぇーっ⁉そんな……まさかぁ!」
「本当だ。お前の苗字をローマ字に変換して入れ替えてみろ」
「えっ?えーっと……」
狛 → KOMA → KAMO → 賀茂
「そ、そんな馬鹿な……」
「真実というのはそういうものさ。賀茂氏は予知能力によって、遠い未来の文字の記し方にも長けていたという言い伝えもあるからな……。だが、お前だけでも十分怖いが、小山優人・藍野美菜子・京田麻保・鳥山正樹、そして、本間隊員と興亜。お前らが全員集まることが、私にとって最大の恐怖なのだよ」
「ど、どういうこったよ……」
一同困惑の表情を浮かべる。その様子を見て蘭渓は一つの考えを浮かべる。
『ひょっとすると、本間隊員も興亜も、あの事には気が付いていないのか。ならば好都合だ。奴らが勘づく前に片をつけなければ……』
そう素早く判断し、右手の掌を広げて突き出す。「お喋りはここまでだ!日が明けないうちに、勝負をつける!」
いうが早いが、炎を七人めがけて発射する。だが本間も負けてはいない。すぐに応戦し、両者は拮抗する。
『あれだけの怪我を負ったというのにこの回復力……!あなどれん……』
蘭渓は左手にも力をこめ、炎を発射させる。だが、今度は興亜がこれに対抗する。
『二対一か。この状況を切り抜けるには……』
突然、炎の放出を止める蘭渓。本間と興亜の炎がそのまま襲い掛かるが、直前でテレポートしてかわした。
『では、こちらのターンといくか』
蘭渓は神経を集中させる。途端、地鳴りが起こりだし、木々が七人めがけて次々と倒れてくる。だがこれは、小山のサイコキネシスで弾き返した。
「小山、ナイス!」
「へへっ。伊達に力は持ってねーぜ!」
蘭渓は次に、地面の土を宙に巻き上げて七人めがけて飛ばす。これは、鳥山が全員を反対側にテレポートさせて難を逃れる。
「鳥山、ナイス!」
「たまには、いいところを見せないとね」
「ぐぬぬ……」
歯ぎしりを立てる。「猪口才な……」
「パイロキネシス!」
一瞬の隙をついて、本間が攻撃を仕掛ける。だがこれは難なくかわす。
『どうやら、少々貴様らを見くびっていたようだな……』
滴り落ちる汗を手の甲で拭う。『どうしたら、ケリをつけられるか……』
だが、焦りとは裏腹に膠着状態が続く。
『うーむ。こうなったら、あれを使用するか……』
考えがまとまると、蘭渓は両手に力をこめる。そして、「覇ぁ!」と叫ぶと地面に思い切り手を突く。次の瞬間、先ほどとは比にならないくらいの地響きがした―――と思えば、土の塊が地中から突き飛んできて全員のみぞおちにクリーンヒットした。七人は、そのまま宙へ弾き飛ばされ、四方八方に散らばった。
「こ、これは……。逆流波!こんな技も会得していたのか……」
興亜が血を吐きながら立ち上がる。「恐ろしい奴だ」
ほかの六人はまだ立ち上がらない。余程ダメージが大きかったのだろう。
『先にダウンした六人を始末したいが、興亜が相手ではなぁ……』
蘭渓は、興亜に向かって炎を飛ばす。だが、懐から取り出したお札で軽々避けられる。
『ならば……もう一度逆流波を……』
だが、次の瞬間。蘭渓の目の前に突然炎が飛んでくる。間一髪でこれを避ける。視線を走らせると、良彦が立ち上がっていた。
「おのれ……舐めた真似を……」
だが、蘭渓は少し余裕を見せた。今は不意打ちだったが、威力の面では本間や興亜より劣っている。十分、かわすことはできる。
「よろしい。そんなチンケな炎で私を倒せるなら、喜んで相手しよう」
「へっ。そんな減らず口を叩けるのも今のうちだぜ」
右手を突き出す良彦。と、同時に炎が発射される。
『避けられる!』
蘭渓は胴体を右にずらし、良彦の放った炎をかわす態勢に入る。
「ふん。所詮その程度……」
だが次の瞬間、蘭渓は驚くべき光景を目にする。
良彦の放った炎が二手に分かれた―――と思ったら、別れた先からどんどん火の玉となって襲ってきたのだ。これにはさすがの蘭渓も面食らう。
「うわっ。くっ……」
慌てて火を消しに入る。だが、一部は消えずにそのままスーツに引火する。
『勢いでは劣るから、このような小細工を……くそっ』
すぐにスーツを脱ぎ捨てる。だが、ここで本間の「みんな、円になって!」という声を、蘭渓は聞き逃さなかった。
「本間先生、円になるって……?」
「いいから!今からいう順番になって手をつないで!」
「わ、わかった!」
本間に言われた順番の通り円になって手をつないでゆく。
本間智恵子→狛良彦→興亜→藍野美菜子→小山優人→鳥山正樹→京田麻保
「なるほど。そういうことか……」
興亜も合点したという風に何度も首を動かす。
「え、ど、どういうことですか?」
京田が質問をする。
「これは、円陣獄竜丸と呼ばれる技の一種じゃ。互いに円になって手を取り、自分の持っている力を思い切り放出する。そして、放出された力は、最も能力のある人間に集まっていき、その人間が攻撃をする、というものじゃ。しかし、この技を使うにはある条件がある。それは、円になった際、使う人間の名前がしりとりのようになってないといけないのだ」
「しりとり……あっ!」
ほんまちえこ→こまよしひこ→こうあ→あいのみなこ→こやまゆうと→とりやままさき→きょうだまほ→ほんまちえこ→……。
「そして、全員が超能力を持っている人間でなければならない。儂らは、これらの条件に全部符合する。蘭渓はそれを恐れていたんだ」
「でも、この技の攻撃って、そんなに凄いのですか?」
「ふふふ。それはお楽しみだ。さぁ、力を込めるんじゃ!」
『しまった!やつらに気づかれたか!』
蘭渓は慌てて炎を発射する。だが、七人全員の放出する力によって自然と出来たバリアが蘭渓の攻撃を阻止する。
七人の力が徐々に一人の人物に集中してくる。その人物とは……。
「お、おれ?」
良彦だ。「ど、どうして……」
「いいから!そのまま精神を集中させて!今だ、と思ったときに攻撃を!」
「わ、わかりました……」
静かに瞼を閉じる。だんだん自分の攻撃力が増していく気分になる。
しばらく、その状態が続く。だが、感覚的に、「今だ」と思うや否や、手が勝手に動いていた。
「ウラァー!」
良彦の放ったのは、パイロキネシスとは比べ物にならないほどのパワーを持つ『力の玉』だ。
「くそっ!」
蘭渓も負けじと、ありったけの力を振り絞って炎を発射する。だが、良彦の撃った『力の玉』の威力に炎が敵うわけなく、玉は蘭渓に正面衝突した。
「ぐ、ぐぁぁあああ!」
断末魔の叫びをあげ、その場に倒れる。
「勝負あったか⁉」
七人は蘭渓の元に駆け寄る。蘭渓は身動き一つ取らない。
「し、死んだの……?」
「それはない。が、こいつはかなりの重傷だな……すぐに救急車を……」
すると突然、蘭渓の体が光りだし、体内から大量の『気』が放出し始めた。『気』は、そのまま蘭渓の全身を包み込む。
「こ、これは……。やつは、自分の持っている力で、自分の傷を治そうとしているのだ」
「自分の持っている力で⁈」
「超能力では治せないはずじゃあ……。でも、蘭渓ならできるということか……」
「あぁ……。本当に恐ろしい奴じゃ。これほどの傷を完全に治すために、己の持っている超能力をすべて使おうとしている」
「えぇっ⁉」
『そうだ』
蘭渓の声が全員の脳内に響き渡る。テレパシーを使っているのだろう。
『私の傷が完治した時には、私は一人の市井の人間に過ぎなくなる。お前たちの勝ちだ。やはり早々に始末しておくべきだったな……。自分の力を過信していたのが敗因だ。本間隊員よ、これからもその超能力を磨いてゆくがいい。──さぁ、そうと分かったら、早くここを立ち去れ!こんな無様な姿を長時間見られるのは、私のプライドが許さない……。さぁ、早く!』
良彦たちは、言われるがまま、その場を後にする。
遠くのほうで、一番鶏が鳴いているような気がした。




