第二話 秘密
次の日曜日。近所の広場に良彦の姿はあった。
「さぁ、種も仕掛けもないモノホンの透視能力だよぉー。ヘイ!そこの彼女、試しに頭の中で何か言葉を思い浮かべてみな──分かった!今思い浮かべたのは『早くラザニア食べたいなー』だろう!」
「すごい!当たってる!どうして?!」
「これが俺の実力よ!」
得意げな顔をする良彦。だが、全員が納得しているわけじゃない。
「超能力なんかあるはずがない!インチキだろう!」
一人のサラリーマンがケチをつけ始めた。良彦はうんざりした顔で男を見る。
「じゃあ、おっさんの頭の中を透視してやるよ。伊橋豊さん」
「ど、どうして私の名前を……」
「言っただろう。透視できるって。比田建設勤務で奥さんと息子二人の四人暮らし。住所は江戸川区──」
「わ、分かった!分かったから、もういい!」
こんな感じで、集まった人々の考えていることやカバン、ポケットの中身を次々と当てていく。そのたびに、観客から拍手が起こり、おひねりが宙を飛ぶ。
「はいはい、どーも。どーも」
人々が広場から立ち去った後、良彦は一人ブランコに座り、儲けを勘定していた。
『こんな良い小遣い稼ぎができるなら、いい能力を開花させたな』
「果たして、そうかしら」
後ろから突然声がした。驚いて視線を移すと白衣姿に眼鏡をかけた女性が立っていた。
「透視なんて厄介な能力。さっさと捨てたほうが身のためよ」
「あ、あんた……」
心の中で思ったことを見透かした―――。
「あんたも透視能力があるのか?」
「まぁ、そういうことになるわね。でも私は透視の他に、テレポーテーション・予知・サイコキネシス・パイロキネシス……。めぼしい超能力はすべて操ることができるわ」
「な、何者なんですか。あんた」
「紹介が遅れたわね」
手を一振りして名刺を取り出す。渡された名刺には、『超能力専門医師 本間智恵子』と印字してあった。
「超能力専門……?」
「あなたみたいな超能力が使える人に対して治療をするの。一般的な生活を支障なく送ることができるよう、その人の持っている超能力を限界にまで弱めるのよ」
「そ、そんなことしなくていいです。こんなすごい能力をみすみす棒に振りたくないです」
「超能力なんて持っていても邪魔になるだけよ。名刺の裏に書いてある住所に来てくれれば適切な処置をするから」
「よ、余計なお世話です」
「じゃあ聞くけど」
そう言うと本間は、ポケットの中から立方体型の箱を取り出す。
「この箱の中に何が入っているか、透視してみれば?」
「なんだ、こんなもん」
全神経を集中させて箱を見つめる。が、まったくイメージが湧いてこない。
『どうなってんだ』
「焦っているみたいね」
「うるさい!」
再び透視を試みるが、依然として中身の様子がわからない。
「な、なぜなんだ……」
「中に入っているのはサイコロ一個よ。ただ、この箱の内側に呪文を施してあるから、あなたにはどうあがいても中を透視することは不可能なの」
「そ、そんなの、卑怯じゃないか!」
「この呪文はすごく軽めで、私ぐらいの力があったら簡単に破ることができる。でもあなたにはそこまでの力はない。言い換えれば、そこまでの力はない分、今治療すれば以前と同じ生活を送ることができるということ……」
「お、大きなお世話です。失礼します」
急ぎ足で広場を後にして家に帰る。
『ったく、何なんだ。あのオバさん』
『失礼ね。私まだ二十九よ』
『……っ!あ、頭の中に……』
『テレパシーよ。これで遠く離れた人とも会話できるの』
『とにかく、俺はこの能力を捨てるつもりはありません。もう、いいでしょう!』
『──まぁいいわ』
案外すぐにひっこんだため、少々肩透かしを食らう。
家に戻り、自室にこもる。
「とりあえず、いくら儲かったか勘定しよう」
一円・十円・百円・五百円玉に仕分けする。
「そんなに儲かってねえなあ。もっと頻度増やすか。小遣い稼ぎになるかと思ったけど、意外と厳しいな」
部屋を出て、和室に向かう。
『今月ピンチだから少しは足しになるかと思ったけど、うーん、母さんどこかにヘソクリとか隠してないかな』
神経を集中させて、部屋の中を見渡す。
『どっかに……ないか……』
そうすると、箪笥の引き出しのそこに封筒らしきものを透視で認めることができた。
『ラッキー!母さんのヘソクリかもしれん!』
引き出しを開けて中身をひっくり返して封筒を手にする。
「重さからすると、札かな?」
意気揚々と中に入っているブツを手にとる。だが、封筒の中に入っていたのは、一枚の便箋だった。
「誰のだろう―――」
何となしに読んでみる。だが、読み進めるにつれて良彦の顔つきが変わっていく。
「な、なんだよ。これ―――」
便箋を握りしめ、両親のいる居間に向かう。父のひろしは酒を片手にテレビを見ており、母は本を読んでいた。
「母さん!」
「あら、良彦。どうしたの、そんな血相を変えて」
「この―――手紙―――」
握りしめた手紙を突き出す。とたん、顔色を変える二人。
「お、おい良彦。その手紙……」
「父さんは黙っていて!母さん、どういうことだよ!この手紙に書いてあること!俺が……俺が母さんの子供じゃないって……」
「良彦、それは……」
「なんだってそんなこと隠していたんだよ!なんで今の今まで言わなかったんだよ!」
「良彦……」
「もう、知らねぇや!こんな家!」
勢いよくドアを開けて外へ飛び出す。後ろで呼び止める声がしたが、良彦は振り返らなかった。ただ、前だけを見て走っていた。
気が付いたら、夕方の広場いた。
涙がとめどなく溢れてくる。
「ちくしょう……」
自然と手を強く握り、爪が皮膚に食い込む。
「超能力は、一見すると便利に見えるかもしれない。けど、そのことで知らなくていいことを知ってしまう危険性もあるのよ」
いつからいたのか、電柱の陰から本間が姿を現す。
「超能力は、使い方次第では他人に幸せをもたらす。けど、そのいい加減に力を使うと、使う本人に不幸をもたらすの」
「……何が、言いたい」
「透視能力をどうしようとあなたの勝手。でも、これ以上傷つきたくないのなら、渡した名刺の裏に書いてある私の病院に来なさい。そうすれば、百パーセントとは言えないけど、最善をつくすことはできる」
「……」
「ま、あなたの決めることだから、これ以上強くは言わないわ。今以上に傷つく覚悟があるなら、今のままでもいいと思うけど?」
「……っ!」
何も言い返すことができず、かといって泊めてくれる友人もおらず、良彦は結局トボトボ自宅に帰るしかなかった。
恐る恐る顔を出すと、リビングはひっそりと静まり返っていた。時計を見ると、すでに日付を超えていた。
と、ここで、机の上にさっきの便箋とは違う手紙がおいてあるのを、良彦は認めた。開封して読んでみる。母の直筆だ。
『良彦へ。口では上手く言えないと思ったから、手紙で伝えることにしました。
驚かせてごめんなさい。十代という多感な時期に、こういう話はしないほうがいいだろうとお父さんと相談して、良彦が成人するまで黙っていることにしたのです。結果としてそれが裏目に出てしまったけど。
これから、あなたの本当のお母さまのことについて、私が知る範囲のことを正直に書きます。
あなたの本当のお母さま―――ひとみさんと言うんだけど、実はあなたを産んで三ヶ月経ったときに、交通事故に遭って亡くなったそうです。私も、詳しい話は聞いていないのだけど、当時今よりも仕事が忙しかったお父さんは、悲しむ暇もなくその後一年間、故郷のおばあちゃんの力も借りてあなたを男手一つで育てたそうです。そして、私と出会い、再婚をしたということです。
これが、私が知っていることの全てです。
黙っていて本当にごめんなさい。もし、許してくれるなら、これからも私のことを『お母さん』と呼んでくれませんか?』
手紙はここで終わっていた。涙だろうか、便箋の最後の部分が少しゴワゴワしている。
良彦は読みおわると、便箋を四つ折りに畳んだ。自分は何をカッカしていたのだろう。生みの親は違えども、十数年も母は自分を育ててくれたのだ。生みの親より育ての親、だ。
めいっぱい伸びをして、風呂に入る準備を始めた。




