第十六話 本間倒れる!
「千葉くんがやられたか……」
ポツリと呟く蘭渓。「間抜けが」
机上の名簿ファイルに再び手を伸ばしかける。だが、途中で伸ばすのを止め、ゆっくりと立ち上がり、窓から外を見下ろす。
「……私が、行くか」
低い声で言った蘭渓の顔は、なぜか泣き笑いのような表情だった。
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その日は曇っていて、時折風が強く吹いていた。
良彦は朝から頭痛に悩まされており、頭を抱えながら小山と下校をしていた。
「痛ってー。薬飲んでも治らないってどうなっているんだよ……」
「大丈夫かよ?」
「これで大丈夫だったら苦労しない……」
愚痴りながら家路を急いでいると、突然後ろから、「狛くん、小山くん」と声を掛けられた。ゆっくり振り返ると、スーツを着て髪をポマードでガッチリ固めた男が立っていた。
「会えて嬉しいよ」
「……誰、あんた?」
「そうか。近頃の子供は、国会中継なんか見ないか。でも、君らだったら、僕の顔は一度見たことあるはずだ」
二人は男の顔をジッと見る。確かに見たことがある。しかも、つい最近―――。
「あー!」
良彦が声を上げる。「あ、あ、あ、あんた!蘭渓徹だな!」
「はっはっは。やっと気づいたか!」
間違いない。二人の目の前に立っているのは、蘭渓徹本人だ。
「な、何しに来た⁉」
「何しに来た?君たちを始末しに、だ。恥ずかしながら、私の部下は役立たずなんでね。ゲームで例えるなら、ラスボス登場、といったところかな?」
「で、でも、大臣なら今国会にいるんじゃないのかよ⁉」
小山が真っ当な疑問を投げかける。「何でこんなところに……?」
「ドッペルゲンガーって聞いたことあるかい?この世には、自分に似た人間がもう一人存在すると言われている。もしそのもう一つの自分に会ってしまったなら死んでしまう、なんていうのは迷信だが、おかしいと思わないか?」
「何が⁉」
「人口七十億と言っても、自分とそっくりの人間が本当に存在するのだろうか。人間は、モンゴロイド・コーカソイド・ネグロイドに分かれているわけだし。だが、こうも考えることはできないだろうか?すなわち、ドッペルゲンガーとは自分のクローンである、と」
「く、クローン?でも、クローンは法律で禁止されているんじゃ……」
「核保有国が地上で堂々と核を作らず地下で細々と作っているように、クローンも陰でこそこそ作っているのさ」
「そ、そうか!俺がこの前新宿で見かけたのは、クローンだったのか」
小山が叫ぶ。「どうりで、似すぎだと思ったぜ」
「最近は少し我儘でね。あまり勝手な行動を取られると、こっちが困るのだが……」
腕時計をちらりと見る蘭渓。「おっと、喋りすぎたようだ。私も時間が限られているからね。では、さっそく死んでもらうことに―――」
「蘭渓!」
本間が二人のもとに駆け寄ってくる。「その子たちに手を触れさせないわ!」
「久しぶりだな、本間隊員。元気でなによりだ」
本間に向かって歩いていく。良彦と小山は、そっと道路の脇に移動する。
「しかし、もったいないな。もし脱退していなかったら、今頃幹部になっていたかもしれないのに……」
「何よ!みんなを騙しているくせに!」
「私はただ、世間からあぶれてしまった人たちの救済をしているだけさ。超能力者は結局普通の人間とは違うんだ。だがね、その中でも、特に強い力を持っている超能力者は勝ち組になれる。もちろん普通の人間よりも、ずっと優位になれる。私みたいにね」
パチンと乾いた音が立つ。本間が蘭渓の頬を平手打ちしたからだ。
「あんた、やっぱり腐っている。結局は、自分さえよければいいって考えじゃない!」
「だからどうした?力のある者が勝つ。当然のことじゃないか」
「この……クソ野郎!」
本間が至近距離でパイロキネシスを発射する。だが、蘭渓はそれよりコンマ早くテレポーテーションで避けてしまう。
「は、早い……」
本間は負けず、再び炎を連続で放射する。だが、蘭渓は表情も変えず、テレポートで全部回避してしまう。あまりの素早さゆえ、本間も苦戦している。
「どうした?」蘭渓が挑発をする。「もう、降参か?」
「ま、まだまだ!」
蘭渓に向かって突進し、再びパイロキネシスを打つ準備をする。
『そろそろ決着をつけるか……』
蘭渓は不敵な笑みを浮かべると、突進してくる本間に向かってゆっくり歩き始めた。
「な、何だ?どういうつもりだ?」
予想外の行動に戸惑う良彦。「自殺する気か?」
本間は蘭渓をとらえると、体に向かって炎を発射する。だが、それも到達する前に、蘭渓はテレポートで姿を消してしまった。
「ど、どこだ?どこに行った⁉」
辺りを見渡す本間。「隠れるなんて卑怯よ!」
しかし、周りは閑散としている。蘭渓の姿も見えない。
「に、逃げたのか……?」
「さ、さぁ……」
だが、次の瞬間。耳をつんざくような悲鳴が轟いた。
二人が驚いて振り向くと、本間が腹を抑えて倒れており、そこから大量の流血が。
「本間さん!」
慌てて本間に駆け寄る。本間は言葉にならない声を上げる。
「失望したよ。本間隊員」
再び、蘭渓の声が後方から聞こえてくる。「こんなにあっさりやられるとは、正直拍子抜けだな」
小山は振り返ると、いきなり蘭渓に向かって殴り掛かる。だが、蘭渓は楽々テレポートしてかわしてしまう。
「てめぇ!避けるな!堂々と戦え!」
「死ぬよ、君」
冷たく言い放つ。「全身の骨が、粉砕骨折するだけでは済まなくなるぞ」
「く、くそぉ……」
小山が壁に怒りのパンチをする。
良彦は再び頭痛が激しくなる。痛さのあまり声を漏らすが、急にすっと引いていく。その代わり奇妙な力が心の底から湧き上がってくるような気分に襲われた。
「ふん。さっさと救急車でも呼ぶんだな。助かるかどうかは、別として」
「待てよ」
突然良彦が呼び止める。「俺が相手だ」
「お、おい!狛、正気か⁉」
「大丈夫だ。小山は、119番を頼む」
良彦は自分でも分からなかったが、なぜかこの時、イケる、という妙な自信が良彦を支配していた。
良彦はゆっくり右手を広げて前に突き出す。すると、肩から指先に向かって何かが突き抜けた―――と思えば、物凄い威力の炎が掌から飛び出した。
これにはさすがの蘭渓も不意を突かれたらしく、テレポートが間に合わずジャケットの裾に引火した。
「何ぃ……」
蘭渓は顔をしかめ、急いでその場から姿を消した。
良彦は自分の掌を見つめる。今のは間違いなくパイロキネシスだった。自分にも使えたのか、でも本間はそんなこと一言も言わなかった。では、一体……。
救急車のサイレンが遠くから鳴って来るのが、ぼんやりと聞こえてきた。




