第十一話 それぞれの事情
「うぽ……」
ボロボロになって倒れる小山。いくらサイコキネシスが使えると言っても、やはり差がありすぎる。
「そろそろ、ケリをつけてやるか」
「小山!」
いてもたってもいられず、思わず駆け寄る良彦と美菜子。
「バカ!隠れてろっつったろ!」
「そんなにケガしているのに、黙って見てられるかよぅ」
キッと男を睨みつける。
『あいつの弱点―――。何かないだろうか』
目に力を入れて、ジッと全身を見つめる。すると、男の左足の膝がぼんやりと白く浮かび始めた。まさか―――。
「小山、立てるか?あいつの左足の膝を狙うんだ!」
「お、オウ!」
小山は満身創痍ながらも立ち上がり、滑り台の下に置いてあるコンクリートを手に取る。そして、そのまま男めがけて走る。
「ウラァァアアアア!」
男は動じず、再び人差し指を突き出す。
「イッケェェェエエエ!」
男が炎を発射させたのと、小山がコンクリートを投げたのはほぼ同時だった。力を与えられたコンクリートは、そのまま飛んでいき、男の膝にクリーンヒットした。当たったコンクリートは砕けて、辺りに散らばる。
「っつ……」
苦悶の表情を浮かべ、膝を庇う姿勢で倒れる男。炎は小山の直前で消えてなくなった。
「―――勝った……?」
呆然とする三人。だが、それもつかの間。
「や、やった……やったぁ!」
一気に喜びを爆発させる。
「すっげえよ、狛!よくあいつの急所を見破ったな!」
「いやぁ、ダメ元で透視してみたら、あいつの膝小僧が浮かんでよ」
「でも、あの人の膝に的確にあてたあなたもすごいわ!」
「え、えっへへ……」
照れまくる小山。
「狛~、鳥山~!」
と、ここで、本間・鳥山・京田・そして、捕らえられた女が合流した。
「遅かったじゃないか。もう、敵倒しちゃったよ」
「えっ、マジで⁉」
「本当⁉」
「あぁ、俺と狛の協力プレイさぁ!」
「一時はどうなるかと思ったけどよ……」
と、ここで本間が美菜子の存在に気づく。
「あら、あなた……。どこかで見たことあるわね。たしか、タレントさん?」
「初めまして。藍野美菜子と言います」
「あなたも……超能力が使えるわね」
「はい」
「で、でも、本間さん!」
小山が止めに入る。
「美菜子は仕事が忙しいし、今後もこんなことに巻き込まれたりしたら……」
「たしかに。それにあなたの力は日常生活に支障をきたすほどではないから、そのままでも大丈夫だと思うけど。どうしても気になるなら、私の知り合いに同じ治療をする人が、埼玉に住んでいるから、その人を訪ねるといいわ」
『埼玉⁉やっぱり……』
俊敏に反応する鳥山と京田。
「えっ?本間さん以外にも超能力専門医師がいるの?」
驚く狛と小山。
「う、ん……。まぁ、医者というべきか、何というか……。そんなことより、この二人に話を聞かないと……」
そういって、グッタリしている男と女に、本間は視線を落とした。
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その後、美菜子は家に帰ることにしたが、夜道に女一人は危ないということで、京田が付いていくことにした。最初は小山が名乗りを上げたが、「恋人と勘違いされてパパラッチされたらどうする⁉」という鳥山の意見で、あえなく却下となった。
そして刺客である男女は本間の病院で話を聞くことになった。ケガもしているので手当も兼ねてだ。
「本間さんって、普通の治療もできるんだ」
「ちゃんと医師免許を持っているのよ!それぐらい当たり前でしょ!」
ベッドに寝かせ、傷口を消毒する。染みるのか、「うぅ……」と声を上げる。
「それこそ、超能力とかで治せないんですか?」
「そうそう。ヒーリングとか言うじゃん」
「ヒーリングなんてのは創作、そんなものは現実には存在しないの!」
包帯を巻き終わり、二人の顔に両手を置く。
「催眠術がまだ効いているからね。これで、リフレッシュしないと」
目をつぶり、口の中で呪文を唱える。二人の顔色に赤みが増していく。生気をとりもどしているのだ。
手をどかし、五分ほど待ってみる。先に目を開いたのは、男のほうだ。
「ん。ここは……」
「私の病院よ」
ゆっくり体を起こす。が、隣に横たわっている妹を見つけ、「リョウコぉ!」と抱きかかえる。
「リョウコ、リョウコ!」
「うん……」
耳元で叫ばれたからなのか、ゆっくり目を開ける。
「お、にい、ちゃん……」
「あぁ―――。良かった……」
ハラハラと涙を流す。ついさっきまで「死ねぇ!」と言っていたのと同一人物とは思えない。やはり、催眠術によるのが大きいか。
「どうも、ご迷惑をおかけしまして……」
しおらしく謝る。
「僕は、橋本涼平と言います。妹は涼子。二人とも、自衛隊『特殊能力部門』Bランクに所属していまして、今度Aランクに昇格します」
「どーりで、今までの刺客と比べてやることが派手なはずね」
「すいません……」
「で、蘭渓に何てそそのかされたの?」
「話を持ってきたのは千葉さんです。応接室に呼び出されて、最初に―――そう、最初にお茶を勧められて飲んだんです。そうしたら、脳がポーッとしてきて、なんだか操り人形みたいな気分になって。それで、千葉さんから写真を四枚見せられて、『このガキ共を始末してほしい。名前は写真の裏に書いてある。こいつらは極左勢力の筆頭で、近々テロを起こす危険性がある。超能力を使って構わないから、日本の平和のために一つ頼む。うまい事行ったら私が大臣に掛け合って、君たちをもっと上のランクにしてあげてもいいぞ』と言われて……。判断力が鈍っていた私たちは、成功したらもっと上―――Sランクになれるかもしれないということで、引き受けました。本間先輩のことは特に言われませんでしたが、噂は聞いたことがありましたんで―――」
「あの、本間先生の噂ってどんなのですか?」
良彦がしゃしゃり出る。
「そりゃあやっぱり、入隊一年半でSランクに上り詰めた、そのスピードですよ。未だにこの記録を破った隊員はいません。もはや、伝説になっていますね」
「あまり嬉しくないことね」
憮然とした表情を見せ、腕組をする。涼平が慌てて取り繕う。
「でも、その話を千葉さんや、蘭渓大臣の前でするとすごく嫌がられるので、暗黙の了解みたいになっていますね」
「とにかく。話は分かったわ。あなたたち、今回こんなことをされても、まだ『特殊能力部門』に残るつもり?蘭渓は善人の面を被った悪魔なのよ」
「でも……。もう、居場所は無いし……。入隊七年目でようやく掴んだAランクを棒に振りたくはない―――」
涼子が擦れそうな声でつぶやく。「人と違うということで、幼い時から差別されてきた私たちにとって、唯一の居場所なんです。『特殊能力部門』は私たちの最後の砦なんです!」
「先輩には、『特殊能力部門』はブラックだったかもしれない。でも、そこにしがみつくしか手がない人間も多くいるんです!」
「わ、私が言っているのはブラックとか、そういうのじゃなくて……!」
「もう、いいです!」
荷物をまとめ始める二人。「とにかく、ご迷惑をおかけしました。これで、失礼します」
「すいませんでした!」
「あ、涼平さん!涼子さん!」
本間の制止もむなしく、二人はさっさと病院を後にしてしまった。それとほぼ入れ違いで京田が帰ってきた。
「京田さん、み、み、美菜子は?」
小山が心配そうに尋ねる。
「大丈夫よ。無事、送り届けたわ」
「良かった―――」
「それより、あの二人はどうなったんですか―――?」
「自分たちの非は認めたけど、『特殊能力部門』を辞めるとは言わなかったわ……」
そう呟いて親指の爪を噛む。「そこにしがみつくしか手がない人間も、多い、か……」
「本間先生……?」
「私もそうだったからね。私は今、何だかんだ医者として毎日を過ごしている。でも、全員がそう上手く行くとは限らない。橋本さんたちの言っていた、そこにしがみつくしか手がない人間も多い、というのはある意味的を射た発言だと思うの。蘭渓の化けの皮を剥がせば、彼をどん底に突き落とすことが出来る。でも、それによって居場所を失う人が多数出てくる。その人たちのために、私は何をしてあげられるだろうか……」