第一話 超能力者になっちった
その日は、朝から雨だった。
狛良彦は、教室の中で悪友たちと一緒に野球の真似事をしていた。ボールはピンポン玉、バットは黒板消しだ。普段は外に出てサッカーをしているのだが、雨の日は決まって教室内で暴れまわっていた。
事件は、ピンポン野球にも飽きて残りの休み時間を持て余している時に起こった。
「うぉい、このクラスに狛良彦はいるか?」
野太く、ドスの聞いた声。この学校の生徒なら一度は耳にしたことあり、学校で五本指に入るほど恐れられている番長、三年B組の草鍋剛だ。
「草鍋パイセンじゃないですか。どうしたんすか?」
「おう、狛。おめぇ、俺の噂言いふらしているそうじゃねぇか」
「噂って、小五の妹さんにメロメロっていうやつですか?」
「違う」
「じゃあ、毎週日曜日にアキバのメイドカフェに通い詰めているってやつですか?」
「違う」
「うーん。じゃあ、中学の文化祭で子分たちとセーラームーンのコスプレをしてムーンライト伝説を踊ったってやつですか」
「そうだ。―――って、前の二つもお前が言いふらしたのか!」
「あちゃ、ばれちゃった」
「貴様ぁ~、許さん!」
いきなり草鍋の強烈なストレートが顔面を直撃する。良彦はそのまま後方に吹っ飛んで、バッタリと倒れこんでしまった。
良彦が目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
「痛っ……」
起き上がろうとすると顔面に痛みが走る。顔のど真ん中に大きな包帯が巻いてある。
「良彦!」
知らせを聞いて母親の益美が血相を変えて病室に入ってきた。
「中途半端に突っ張っているから、こんなことになるのよ」
「いいんだよ。ケガは男の勲章だ。おぉ痛っ……」
医者の話では、鼻の骨が折れただけで脳に異常はないという。そのまま病院を後にする。雨はすでに上がって、晴れ間が見えていた。
「もう、無茶しちゃダメよ」
益美はあまり良彦のことを叱らない。ガミガミ言われるよりはマシだが、良彦自身、いつも何か物足りない気持ちになった。
何となく益美の持っているバッグに目をやる。
「ジャガイモ……ニンジン……牛肉……晩御飯は肉じゃがか?」
「そうよ。でもよく分かったわね。このラインナップなら普通カレーて答えるでしょうに」
自分でもなぜなのか分からない。バッグには柄が施されているし、蓋も締まっているので中身の様子は見ることができない。
なのに、まるで立体映像のように中身の様子が浮かんできたのだ。
『ま、気のせいだろう』
食事のあと、テレビをつけてチャンネルを合わせる。インテリばかりが出ているクイズ番組だ。益美も横に座って一緒に見始める。
《では問題です。日本で初めてアナコンダを丸呑みした人は誰でしょう。答えをお書きください》
「こんなの分かるわけないじゃん。ほら、あのおバカタレントもマヌケな答え書いてるぞ。『ヤマトタケル』だってさ」
「おバカタレントって……?」
「ほら、あのユキナっていう俺と同い年の女の子。俺でもヤマトタケルが誰かってわかるのに」
「あの、良彦……。まだ誰も答えを見せてないわよ……」
「えっ?」
良彦は慌ててテレビ画面に目をやる。画面の中の回答者は、まだ誰も自分の答えを出していない。
──どうなってんだ、いったい──
《それじゃあ、ユキナちゃん。答えをどうぞ!》
《はーい。答えは、ヤマトタケルでーす!》
──ちゃんと当たっている──
「テレビばかり見ていないでね」
益美は興味を無くしたらしく、立ち上がってキッチンへ向かう。
──た、たまたまだろう。気にすることは、ない──
だが、その後も同じようなことが相次いだ。他人の打っているメールの内容や、友人が考えているピンクな妄想。中身を見てなくてもイメージが脳内に浮かび上がるのだ。
「どうなっているんだ?」
ある日、ネットでこのような症例の病気があるのかどうか調べてみることにした。が、めぼしい病名は判明しない。
「くそっ。俺は原因不明の難病にかかっちまったのか⁈」
頭を抱え、そのまま何となしに検索結果をザッピングしていく。と、ここで良彦は気になるページを見つけた。
【超能力の世界】
「超能力?」
そのままページを見てみる。だが、ここで良彦は気になる文言を見つけた。
【透視―――見えないはずのものを透かして見ること】
──見えないはずのものが透けて見える。これだ。まさにこれが、俺の症状だ!──
そのままページをじっくり見る。そして、確信する。
自分は、あの時のパンチのせいで透視能力を開花したのだ。
「こいつは良い!いろいろと使えるぞ!」
良彦は意気揚々と自分の部屋を後にした。