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 玩具工場の廃墟は秘密の場所であり、仲間と会える場所となった。そこに行けば、必ず仲間に会える。仕事を終えてこの場所に来る内に、ロボット達の設計者とこの世界で普段何をしているのか把握できた。

 ロボット達はヴァージルがいた世界でそれぞれ目的があって人類を守る為の作業を黙々と行っていた。戦闘性ロボットのジャックはあるテロ組織を捕まえる為の戦闘に加わっていたり、クラークは主人であり設計者である人間の護衛をしていた。医療性ロボットのアリスは患者の面倒を見ている最中にこちらに来たそうだ。

 ほとんど素性を知らない者は、ランドルだけだった。ランドルは穴の開いた棚の後ろに隠れ、出てこようともしなければ、最低限の事しかケリーに話す事がない。わかっている事は、ヴァージルと同じ高性能ロボットである事、故障している事、強い警戒心を持っている事だった。人の為に造られたロボットが、人を寄せ付けない程に警戒しているロボットなんて存在する事が信じられなかった。


 ヴァージルはケリーに頼まれ、一緒にランドルとコミュニケーションを取る事ができないか色々な方法で試してみる事にした。最初はケリーを通して挨拶をしたり、自分の話をしたりした。ケリーがいない時は、棚から少し離れた場所から様子を見たりした。

 ランドルは自分から話す事は一切なかったが、ケリーに話しかけられると必要最低限の返事をしたり、棚に空いた穴からこちらを覗いたりはしていた。ヴァージルが視線を逸らすと、逆に視線を感じたりする。いちよう、ランドルはヴァージルを気にしているらしい。同じロボットとしての反応なのか、それとも好奇心からなのか。ほんの少しずつ、ランドルはヴァージルに対して反応を示していた。



 そんなある日、コリィというロボットの姿を見なくなった。コリィはいわば家庭に関する行動に特化されたロボットで、設計者の家で家事をしている途中でこちらの世界に来た。見た目は三十代くらいの男性で、音声機能がやや故障していて機械的に聞こえた。初めて会ったとき、彼は工場内の掃除をしていた。

 コリィは帰るべき設計者の家に行ってみたが、自分を知らないとでも言うように追い出されたという。コリィを知っている者はケリーぐらいだった。彼は家庭の手助けをする為に造られたロボットなのに、存在しているはずなのに手助けができない。動くことが制限されたロボットは、孤独にそこに立っているしかなかった。ケリーは何時間もコリィを探したが、工場にも街にもいなかった。

 メンタル介護性ロボットのマイクがほそりと呟いた。


「もしかして・・・ヨトゥンに消されたってやつ?」


「ま、まだわからないよ。人助けをする為にどっかにいるかもしれない」


 ケリーはそう言うが、その顔は不安に満ちていた。

 しかし、二、三日経ってもコリィが現れる事はなかった。

 クラークは落ち着いた、けれど少し複雑な言葉を口にした。


「元の世界に帰された、という可能性は否定できなくもないです」


 ヴァージル達がロボットのいない世界にいるのは、ヨトゥンと呼ばれる謎の生命体によって連れてこられた。なのに、再びその生命体は自分達を狙っている。誰がいつその手にかかるかわからない。ロボット達ですら、その存在を感じた時には既に遅く、先に何があるかわからないものに呑みこまれるだけだ。

 ヴァージルは、元の世界の事を考え、自分の設計者であるギブソン博士を思い出した。

 体が弱くなっても、ロボットの研究の手を止めない博士の事だ。今も何かしているのだろう。では、こちらの世界のギブソン博士は何をしているのだろう?体調を崩していないだろうか。何をしているのだろう。お手伝いしなければ。自分が此処にいるのならば、あちらの世界で誰が博士を支えるんだろう。

 では、こちらの世界のギブソン博士は何をしているのだろう。そもそも、彼はこの世界に存在しているのだろうか?



 コリィとたまに話をしていた医療性ロボットのアリスは、表情も態度も変える事なく工場にいた。

 ヴァージルはアリスにヨトゥンについてどう思うのか聞いてみた。彼女がヨトゥンに遭遇し、こちらの世界に来たのか話してくれた。

 入院患者の世話を終え、メンテナンスの為に廊下を歩いていた時だった。強い生命体反応を感じて彼女は立ち止まった。室内に白い霧のようなものが充満しているのに気づいた時、火事かと思ったという。彼女は患者のもとに走ろうとした瞬間、霧の向こうから空気の歪みを見て、気づいた時には世界が変わっていたという。

 アリスはこう言った。


「あれは、私達と同じロボットだと思う」


「でも、異次元を彷徨うロボットなんて・・・」


 アリスは無機質な白い金属で出来た顔をこちらに向けた。


「ありえないって思うわ。でも、私達は実際、それを見ている」


 ヴァージルはもう一つ聞いてみた。


「ありえない存在に出会って、怖くないか?」


「予測不可能過ぎて、自分の回路が壊れているのかと思ったわ。怖いって事なのかしら。よく、わからないわ」



 やがて、こちらの世界で秋から冬へと変わろうとしていた。長い期間を過ごしてしまった。



 次に消えたのは、クラークだった。



 クラークが消えた後、ヴァージルはヨトゥンの姿を見る事になる。



 夕方、工場から帰宅して家に戻ってきた時だった。ソファに腰かけ、煙草を吸った。ギブソン博士がこちらの世界にいないか調べたりしたが、反応はなかったと知った後でもあった。

 最初は雑誌や新聞などで情報を取り込んでいたが、次第に無意味だと悟ってやめた。

 命令してくれる相手が誰もおらず、ただ自分の吐き出した煙草の煙を眺めていた。遠くの方で、サイレンの音が聞こえる。自宅の周りには何もない。雑草が風に揺れて音を立てているのが微かに聞こえる。世の中は音で溢れている。その音の波を掻き分けて、一つの声に集中するのはロボットならば可能だ。あらためて無数の音に耳を傾けてみると、煩い。何十年の時が流れても、無音の場所など存在しないのだろう。

 ヴァージルは煙草を灰皿に置き、立ち上がった。まだ、確かめていないものがあった。ギブソン博士がこの世界にいるかどうか確かめるには、この家からそう遠くない場所に彼の家がある。今までどうして行かなかったのか、命令がなかったのか、それとも、彼の存在に気付けなかったせいか。



 真夜中の街は比較的に静かだ。店も開いておらず、人もおらず、販売機の明かりも消えている。遠慮がちな小雨が降っているぐらいだ。外灯が照らす道を、煙草を吸いながら歩く。

 内臓されている感覚センサーが、キリリと音を立てた。

 振り返ると、工場の廃墟がある方角の暗闇から白い霧が流れてきた。同時に、重くなり痛みだす体。

 ヴァージルは体を引きずるようにして狭い路地に入った。

 ヨトゥンと呼ばれた謎の存在の生命反応は大きかった。それは複数の生き物が集まったような、けれど生命反応の表示は一体となっている。

 霧はすぐに視界を塞ぐと、微かに聞こえていた音さえも聞こえなくなるぐらいの静寂が漂った。

 ヴァージルは路地の先から感じる生命体反応の情報を予測しようとした。

 こちらの世界に連れてこられたロボット達を消し、ほとんどがこのヨトゥンが原因だと推測していた。そのヨトゥンとは何者なのか。センサーが捉えた反応には、大量の金属反応と電気、それから見たこともない不思議な物質な数種類・・・

 ふと、ギブソン博士が言っていた「幽霊」という単語を思い出した。いるはずなのにいない。見えるのに触れられない。ありえない存在の一つ。けれどギブソン博士は、幽霊というものは信じていた。死んだ家族も、幽霊となってどこかにいると何度か話していた。そんなものはないと回路が理解していても、否定はしなかった。死があるのならば、幽霊もまた存在しているのだと。


 しかし、ヨトゥンは幽霊ではない。生命体の反応があるならば、生きているはずだ。光学迷彩機能か何かで姿を見えなくしているはずだ。

 路地からそっと顔を出すと、霧が立ち込めている暗闇の一部、その空気の歪みが見えた。そして、赤い六つの目のような小さな光。

 その目はヴァージルを見た。まともにその生命体を目の前にした時、ヴァージルは機械仕掛けの心臓が痛むのを感じた。さらに体が重くなり、膝をついた。

 ヨトゥンは次元を超えた存在だった。異次元を移動し、人を攫い、そして消す。被害に合ったロボット達は獲物であり、ヨトゥンは狩りをする者だ。弱肉強食のような関係だったのかもしれない。

 ヨトゥンの赤い目が、近づいてきた。逃げられないと思った。

 赤い六つの目がヴァージルを数秒見つめると、ふっと息のようなものを感じた。そして、風が吹くように通り過ぎていった。

 ヴァージルはバチバチと脳内で言っている回路を軽く外側から叩き、無理やり起き上がった。霧が風と共に消え、音が聞こえ始めた。

 まるで、嵐が過ぎ去ったように。 

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