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ある日、大きな変化が起きた。
それはこちらの世界に来てから十五日過ぎた頃だった。
ヴァージルはその日、何度も足を運んでいたカフェのソファ席に座っていた。古くて人気のない場所にあるが、懐かしさの感じるアンティーク調の室内にクラシック音楽が流れている静かで落ち着く場所だった。ヴァージルは違う世界とわかっていながらも、ほとんど同じ構造として存在しているこの店で時間を潰していた。
雨と灰色のコンクリートでできた建物を眺めながら、ヴァージルは煙草を吸おうと思っていた。
この世界と自分がいた世界の違いをもう一つ見つけた。雨だ。この世界は雨ばかり降っている。ヴァージルがいた世界で、雨は時々しか降らない。
「あの・・・」
箱から煙草を取り出そうとした所で、若い声が隣から聞こえた。
顔を上げると、顔に包帯を巻いた若い少年が立っていた。茶色のロングコートに黒いハットを被っている。包帯の隙間から見える瞳は幼さが見えた。
彼を知っている。一瞬でプログラムがその人物を判断した。
「ケリー・ピアーズ?」
ヴァージルが声をかけると、少年は嬉しそうな顔をした。
「そうだよ。ケリーだよ。その煙草、ブラックデビルでしょう?」
ヴァージルが人差し指と親指で挟んでいる黒い煙草を指差す。甘い香りで気づく人も多いだろう。
「まぁ、そうです。わかる人にはわかるでしょう」
ヴァージルはケリーに見えるように煙草の箱を動かした。バニラの香りがする変わった煙草だ。
「これを吸っている人は少ないからね。僕、君だってすぐわかるもの。ロボットなのにさ」
「・・・君は」
「僕は、知ってるよ。ヴァージル」
ケリーは包帯の隙間からにこりと笑みを浮かべた。
「君は、ロボットのヴァージルなんでしょ?」
素直に「はい」と答えたい衝動を、ヴァージルは抑え込んだ。何故、この少年は知っているのかが不信さえ感じるぐらいに大きな疑問だったからだ。もしかしたら、彼は同じロボットなのでは?と思うぐらいだった。
「どうして、そう思うんですか?」
ヴァージルは冷静に尋ねた。
「どうしてって・・・なんとなく。でも当ってるでしょ?」
ヴァージルは正直呆れて、ケリーを見た。
「勘だけで、私がロボットであると確信するんですか?」
「意外と当たるんだよ、僕の勘。それに、この世界でずっと無表情なのはロボットぐらいだよ」
確かに、そうかもしれない。
ケリーはヴァージルの正面にある席に座り、好奇心旺盛な目で話し始めた。
「実は、ヴァージルの他にもロボットがいるんだ。一緒に会いに行かない?」
「私の他にも?」
「うん。この世界はロボットが存在しないんだ。しないって訳じゃないけど・・・君のような独立して動いているロボットはいない。だから、どっかの世界から迷いこんできたロボットはちょっと目立つ。無表情で、動きも人間性がなくて、物事に関する反応が薄い。そういうのは大体ロボットで、周りの人間はみんな怪しがる。でもロボットという認識の感覚が違うから、無視してるだけなのさ」
彼はいつものように話した。
「なんていうんだろう・・・君にとっては予測不可能な現象ってのはわかる。怪奇現象ってやつだ」
「私は、元の世界に帰れるのですか?」
ケリーは困惑したような顔をした。
「わからない。今はデータ不足でみんなわからないって言うんだ。でも、僕は戻れるって信じてるよ。それに、どうしてロボットがロボットのいない世界に迷い込んできたんだろうって考えると、なんだか面白い事を知る事ができそうじゃない?」
「どうして?」
「ロボットがいる世界は、安全で平和ってイメージしかないんだけど自然があまりないイメージだ・・・こっちの世界はまだ機械とか人工物が少なくて、自然も残っている。この世界を知らないロボットにとって、自然を見た時どうなるんだろうって僕なりの好奇心があるんだ。それに、どうしてほとんど一緒の世界に君達ロボットだけが来てしまったのか不思議でならないから、それを一緒に解明したいんだ」
「ずいぶん・・・貴方はロボットの味方なんですね」
「そりゃあそうだよ。僕、ずっと憧れてたんだ。人を守るロボットってヒーローみたいでカッコいいじゃん!」
ケリー・ピアーズは少年のような笑顔を浮かべた。