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その夜は自分自身を確かめる時間になった。自分の家であろう場所で鏡を見たり、自分の肌に触ったりして確かめた。普段は自分の状態を自分自身で確かめる事はない。状態維持ができるぐらいの状況判断だけすれば良かったからだ。だがこれは、技術者の言葉よりも自分の手で確かめる方が良かった。腕の感触も、顔の感触もいつもと同じだ。人工的に作られた柔らかい皮膚の下は、冷たい機械だ。ヴァージルは自分の体を隅々まで確認し、自分がロボットである事を再確認した。

 そうしている間に、一日が終わろうとしていた。ロボットが夢を見るならば、次に目を覚ました時は何もかも元通りになっているはずだ。誰かが、プログラムを変えたのかもしれない。



 雨の音で目を覚ます。窓を開けて手を伸ばして雨粒を受け止めてみた。冷たくて、肌の上を滑り落ちる感触が伝わってきた。いつもの自分なら、嫌いな雨を忌々しく思っている。けれど今は、昨日と同じ雨に対して何も思わなかった。機械の体に雨粒が触れると些細な故障を引き起こす時があるから嫌いだったが、今は好きでも嫌いでもない。

 時計が刻む日にちを見てみると、七月二五日と表示されていた。

 時間はいつも通り進んでいるのに、ヴァージルが存在すべき世界の時間ではない。

 ロボットのいない世界は、自分の存在価値が必要のない世界でもある。ヴァージルはロボットのままだった。テリーを含める仲間たちは人間なのに、自分だけが機械人形である事に孤独のようなものを感じる。必要のない、感情のはずだったものが少しずつ押し寄せてくる。

 ヴァージルは仕事場に向かった。

 やはり、みんな人間だった。仕事で失敗し、雑談を交わし、楽しそうに作業をする彼らの姿は不気味とすら感じたが、懐かしくも感じた。

 休憩時間に入ると、テリーが真っ先に話しかけてきた。


「ヴァージル、まだ自分は機械だと思ってるの?」


 此処にいるテリーは、自分の知っているテリーとほとんど同じだった。ただ、人間なだけだった。

 ヴァージルは頷いた。

 テリーは彼の体を触ったりして確かめたりした。けれど、首を傾げて「別に普通だよ」と言った。ほとんど人間をモデルに作られているせいもあるのか、それともテリーが本当に自分に触れて人間と同じ感触なんだと言っているのかわからなかった。自分の中では機械仕掛けの心臓がキリキリと音を鳴らしているのに、テリーにはそれが聞こえないのだ。関節も骨も作り物だと理解しているのに、テリーには人間の感触しかしないという。


「ねぇ、ヴァージル。自分が思っているだけで、本当は人間じゃないの?」


「そんなはずはありません」


「どうして?だって、あるじゃん。自分はこういう人間だと信じていたけれど、本当はそうじゃなかったとかさ」


 ヴァージルは首を横に振る。

 だって、人間は自分が作られていく光景を知らないでしょう?

 人格というプログラムが起動されて初めて外の世界を見た時、まだ体は半分ぐらいしか完成されていなかったのを覚えている。胸から下が存在しておらず、製作者である博士に色々な事を教えてもらいながら、自分の体が組み立てられていくのを眺めていた。

 人間の子供は、母親の腹に宿っているときの記憶はほとんどない。ごくまれにその記憶を覚えて産まれてくるらしいが、自分の体が作られていく光景を目にする事はない。血が流れ、たくさんの大人と声に囲まれて産まれてくる人間の子供とは違い、ロボットは永遠と流れてくるコードや話し声を聞き取り、無機質な室内で黙々と組み立てられていく。血も流れなければ、喜びの声もない。ただ、未来の為の産物として生まれるだけだった。

 何故・・・機械人形として黙々と生きていた自分がここにいるのか、一番の謎となっていた。


 食事というものは、ロボットにとってほとんど無意味な行動だった。エネルギーを補給するためにロボットは必要最低限の行動しかしない。テリーがよく食べているサンドイッチだって、見た目でそう呼ばれているだけで実際は味もほとんどない栄養剤のようなものだった。人間によく似て造られたせいか、それともロボットに対する憐れみに似たものなのか、栄養補給や休息などのプログラムも体に刻み込まれている。無意味だと思いながらも、ほとんど習慣として存在している。

 本棚の片隅の空いたスペースを見てみると、使った覚えのある灰皿と煙草の箱があった。最後にロボットが存在している世界にいた時に使ったはずなのに、灰皿は使った形跡もなく、箱も開けられていなかった。不気味さを覚えつつも、煙草を手に取る。

 よく考えれば、ロボットなのに煙草を吸うというのも変な話かもしれない。けれど、ヴァージルは起動した日から煙草を吸う習慣を持っていた。嫌な事があると気分を紛らわせる為に吸う行動をするロボットはほとんどいない。設計者がそう仕組んだのか、それとも故障か・・・考える事はしなかった。この時点で、ヴァージルは普通のロボットとは何処か違う「何か」を持ち合わせている事に気づく。

 まるで、人間みたいじゃないか。

 私はヴァージル・ギブソンであり、VH003578である。高性能ロボットであり、機械人形だ。誰かに似せて造られ、ただ働くだけの機械。それなのに、何故こんな分析不可能な世界に放り出され、考えるようになった?

 誰かが脳内プログラムにウィルスでも侵入させたのか。それとも、バグが起こっているだけなのか。

 答える者はいない。雨の音が激しくなり、ヴァージルは再びあの痛みと重さを感じ始めた。


「身体のシステムに異常はない・・・何も感じられない・・・この痛みと重さは、ただの故障ではないのなら・・・」


 ヴァージルは口から思っている事を呟きながら辺りを見回した。何の変哲もない自分の部屋が、いつもより暗く感じる。ヴァージルは生まれて初めて怖さを感じた。

 此処にはいたくない。そう思っていつものトレンチコートとハットで身を隠し、外に出た。この二つは自分を設計したギブソン博士に与えられたものだった。遠出をする時は身に着けろと、命令されていた。



 特に行く場所もなく、仕事場付近の街を適当に歩いていた。いつもの自分なら、街にある店には必要最低限にしか寄らず、興味もなかった。だが今は、ロボットの存在しない騒がしく忙しなく見える世界に、妙に立ち止まってしまう。

 人間の世界は音に溢れている。聴覚センサーが拾う音が多すぎて処理するのが大変なぐらいだ。他愛のない会話、必死に商品を売ろうと声を張り上げる商人、家族であろう集団の会話・・・

 ヴァージルはこれらの人間を守る為に造られたロボットだ。世界はロボットと共に生きる世界だった。急速に技術を発展させ、貧困に苦しむ世界が少なってきたが、同時に戦争やテロが多くなっていった。だからこそ、高性能ロボットであるヴァージル達が生まれた。人類を守る希望として造られたロボットだ。会話能力や学習能力だけでなく、戦闘能力や感知能力にも優れている。ロボットがいるからこそ、人類は安心して自分達の時間を過ごす事ができるのだと誰かが言っていた。

 この世界はロボットがいない。自分以外のすべてが生命を持つ生き物だ。ロボットがおらずとも、自分の時間を過ごしている世界だ。もちろん、貧困もあるのは歩いている中で知った。それなのに、悲鳴が聞こえない。銃声も何も聞こえない。

 この世界は、平和なのか?

 ヴァージルは静かな公園で足を止めた。

 考える能力がないわけではない。学習能力が備わっているからこそ、今の状況を理解しようと考える事はできる。けれど、この世界は彼の「存在理由」として一番大きなものが必要とされていないという分析結果が導かれていた。

 守るものがなければ、ロボットは必要とされない。

 この判断が下されれば処分という言葉に結びつく。考えたくもないが、必要とされないロボットは処分されるのが当たり前だ。それを簡単に受け止める事ができる同じロボットは、これまで多くは見て来ていない。高性能だからこそ、処分されるという恐ろしい現実に少しでも絶望を感じるのだ。

 ヴァージルは吐き気に似た悪寒を感じ、口元を手で押さえた。体のパーツがぽろぽろと崩れていくようだ。気持ちが悪い。

 ヴァージルは家に戻り、倒れるようにベッドに横になった。

 眠りに落ちる前に、ヴァージルは(存在しないが)胸の中で呟いた。


「(ギブソン博士なら、こんな時なんと仰るだろうか・・・)」 

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