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 あれは、夏が始まった頃の話だ。



 びしゃびしゃと地面や草木が雨江濡れていく。その音で、ヴァージル・ギブソンは目を覚ました。

 最悪な朝だ。雨の日は決まって体中が痛い。

 既にズキズキと痛む体に苛立ちながら起き上がる。

 嗚呼、今日も生きている。

 ヴァージルは自分のまだ動いている心臓から感じる小さな動きに舌打ちした。



 玄関を出れば少し激しい雨が空から降り注いでいる。黒い傘をさして歩けば、靴が濡れていく。

 午前中は仕事をした後、友人のテリーと一緒に昼食を取る。

 テリーはサンドイッチを食べながら、休日に家族で海に行った事を話してくれた。深い青色の海に触れる事ができなかったテリーの悔しそうな顔に、苦笑するしかなかった。



 午後四時には自宅に戻る。資料室から借りてきた本を読んで、ニュースを見る。いつも通りのはずだった。だが、その日は何故か体が重かった。

 健康状態には常に気を遣っているはずなのに、体に何かが乗っかっているように重い。これは、何かの病気の兆候か?

 ずっしりと体が重く、続くように頭も痛くなってきた。頭に電流を流されたようにビリビリとした痛みがゆっくり襲いかかってきた。自分しかいない部屋に、静けさが漂っているいつもの空間が、いつもより暗く感じた。

 ヴァージルは本棚の片隅に空いたスペースから煙草の箱と灰皿を取り、テーブルに置いた。滅多に吸うものではない。自分のようなものの事を考えたら、大抵の人は驚く。人前ではほとんど吸わないからってのが言い訳だ。

 一本目を吸いながら、ソファからベッドに移動し、ベッドの端に座る。体が重くて痛くて何もする気になれない。煙草のおかげが、いくらか軽くなった気もするがそれでも横になろうと思った。

 煙草を吸い終えると服を脱ぎ、眠りに落ちた。



 翌日、朝からまた雨が降っていた。仕事場に行くと、妙な違和感を覚えた。仕事場にいる見慣れた同僚たちに違和感を感じた。いつもならテキパキと作業をしている者が、時折失敗しているのを見かけた。いつもなら失敗せず、黙々と作業を行っている。失敗しても、すぐに適切な判断をして作業を再開させる。それが、遅かった。失敗すると大げさに驚き、慌て、謝罪を繰り返す姿が見られた。その姿を見た他の者達も、手を止めかけていた。

 だが、違和感を覚えつつ自分も作業をし続けた。きっと、あの痛みのせいで幻覚でも見ているのかもしれない。


 昼食時間、テリーが海に入った話をした。彼が海に入ったという言葉を聞いて、ヴァージルは顔を上げて声をかけた。


「そんな、君は海に入れないはずだ」


 テリーの声はいつも通りなのに、絶対に海に入れないはずなのに、いつも通りに話しているのが思わずぞっとした。

 テリーは怪訝そうな顔をした。


「え?なんで?」


「だって君は・・・体が弱いじゃないか」


「え?確かに僕は弱いかもしれないけど、海水浴ぐらいはできるよ」


「そんなはずはない。だって君の体では泳ぐ事はできないはずだ」


「なにを言っているんだい?僕ちゃんと泳げるよ」


 不満げな顔をしたテリーを見て、ヴァージルは気づいた。健康そうな肌の色を見るからして、常人そのものだった。

 そして、心の底から湧きあがってきた得体の知れない「恐怖」が襲いかかってきた。考えてみれば、この違和感は気のせいでも幻覚でもない。

 ヴァージルは自分の手を見て、それからテリーの顔を見た。


「君は・・・『ロボット』ではないのか?」




 ヴァージルの言葉に、テリーは呆然としていた。そして、笑った。


「ははっ、なにそれ。君、俺の事ロボットだって?」


 ヴァージルの困惑気な顔に、笑っていたテリーも笑みを止めた。彼が冗談をあまり言わないのを知っている。そんな所は、いつものテリーだ。

 

「・・・じゃあ、君はロボットって事なの?どうして?」


「私達はユーシリティ会社の高性能ロボットだ。私はVH003578のヴァージル。そうプログラムされている。それ以外はわからない。君はTR001657のテリー。私と君は同じタイプなんだ」


 自分の持っている情報を簡単に口にした。そもそもこの言葉は、自分が自分として行動する事を許された日に脳内プログラムされていた情報だ。人間が自分の情報を覚えるのはある程度の年齢に達さないといけない。ロボットは最初から自分の情報を理解している。わからないのは、自分の存在価値ぐらいだ。

 ロボットではなく、自分達を作った人間になっていたテリーを含める世界に、ヴァージルはほとんど何も情報を得られないまま放り出されたようだった。ロボットが幻覚を見ているのだとしたら、故障という名前の病気だ。メンテナンスをしてもらわなければいけない。けれど、今の彼の思考回路はすぐにその考えに辿り着けなかった。

 テリーは苦笑気味に笑い、そして手を伸ばしてヴァージルの肩を軽く叩いた。


「俺から見たら、いつもの君だよ。鏡を見てごらんよ」


 ヴァージルは小さく頷くしかなかった。

 そのあと、二人はしばらく話をして別れた。 

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