博士と博士の博君。
ここはどこかの二丁目にある公園の中。
「はっはっは! 今から貴様に私の崇高な科学力の粋を集めたこれで世界征服ができそうなヤツを見せてやろう!」
「何言ってんだコイツ」
滑り台の上に乗ってよく分からない事を叫んでいるのはサングラスを掛けた黒い髪をオールバックにして黒衣を着た男。見た目はすごい組織のボスみたいなのに言っている事が本当によく分からない可哀想な人である。
「で、お前って何が言いたかったの?」
「どうした! 私自身の威光に怖気づいたか!」
「いや落ち着けって。分かったから、訳も無く変身ポーズみたいな動きを連続してするな恐いから。それやっても何も出てこないから。地面が裂けてロボットとか出てこないから」
黒衣を来たサングラスの男の一連の動きは博士が言った通りだ。無駄にキレのある動きで動いていた。無論何も起こらない。しかもいい年した大人が滑り台の上でそんな事をやっているので、博士は一緒くたにされて通報される前に逃げたい気持ちで一杯だった。
だが、そうはいかない。何故か、何か大きな力が外部から働いているからだ。
「ふ……そのような態度を取っていられるのも今の内だ! ふんッ!」
「いや何も出てこないのかよ。何がしたいんだよ一体。もうみんな飽きて来てるぞ……って何だよ。何だよそのノリ悪いなみたいな顔は! サングラスしてるから表情分かりにくいんだよ! 取れよ! サングラス取れよ!」
「まったくお前と言う奴はいつもそうだ。昔からそうだったよ。十年前のあの日だってお前は私がお小遣いをはたいて買った漫画を横取りしていつ返してもらえるのかと問えば当分借りると言われ……」
「俺今三十二歳だから十年前って二十二歳じゃねえか! しかもお前の事知らねえよ! それでいてその昔話今までの一連の会話に全く関係してねえよ! てかお前何歳だよ!」
「三十二歳だ」
「同い年かよっ!」
いつになくテンションの高い博士は叫び過ぎて息が切れていた。手で黒衣の男を制し一旦水道で水を飲む。
と、今度こそ腹の底に響く音と共に何かが地を揺らし始めた。これには博士も驚きで思わず身構えてしまう。揺れは大きくなり、黒衣の男の不敵な笑みが不安を加速させた。
暫くしておさまった。
「酷い揺れだったな……震度三くらいか」
「地震かよ!」
そろそろ面倒臭くなってきた博士は石を投げた。当たった。サングラスが割れた。
「が……ハッ――!? き、さま……一体何をした!」
「石を……石を投げたんだよぉぉぉ!」
そろそろ博士もおかしくなってきた。しかし今この場にツッコミ役の中田くんはいないので止める者はいない。
「ふ、ふはは、ふははははは! この私を本気にさせるとはつくづく面白い男よ……いいだろう。私の本当の力を貴様に見せてやろうではないか!」
「ああ来いよ! 見せてみろよ! なんでも受け止めてやんよおおやってやんよ!」
目が血走るいい年したおっさん二人が公園で騒ぎ合っていた。
「私のターン! はぁ!」
手裏剣が飛んだ! しかし博士はそれを身軽なステップでひょひょいと避けると尻ポケットに準備していた手のひら大の石を投げつけた! 当たった。サングラスがもっと割れた。
「ぐはっ!」
急に安い反応になった黒衣の男。そんな細かい事にはおかまいなしに博士は石を投げ続けた。
「いい加減にしろ貴様! そんな事をして恥ずかしいと思わないのか!」
「ぜんっぜん思わない! むしろ誇らしいと思う!」
「ならいい!」
いいのかよ、と言う空気の中二人の戦いは続いた……
そして二時間後。
「博士ー、博士ー」
幼女の中田くんが博士の名前を呼んでいた。博士を探しているのである。と言うのも、珍しく博士と一緒に買い物に行ったのだが途中で博士が「この世はパンツなんだぁ!」と叫びながらどこかへと走り去ってしまったのだ。その叫びについても色々と問いただしたいのだが中々どうして見つからない。
「アホですねぇあの博士はやっぱり。どうしてこういつもいつもパンツが好きになる発作を起こすんでしょうか」
いつもの事なのかよ、と言う空気の中幼女の中田くんは足を進める。
と、どこからともなく妙な叫び声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。間違いない、博士。と、もう一人聞き覚えのない声が。間違いない。また何かややこしい事をやらかしているに違いない。
「面倒臭いから放っておきましょうか……いや、一応様子見を」
声のする方に向かって走り出し、辿り着いたのはどこかの二丁目にあるとある公園。明らかにここから変な声が聞こえてくるし明らかに博士と思しき白衣を着た人物が世界のどこを探しても存在しなさそうな格闘技の宇宙のどこを探しても見つからないであろう流派の構えのような何かで硬直していた。よく分からないが実際よく分からない。しかも変な体勢のまま博士は何かを叫んでいるのだ。耳で聞いて言語化したくないような事を叫んでいるのだ。もう帰りたくなってきたが我慢してもう少し奥を見る。すると黒衣を来たサングラスオールバックの男がこれまた銀河のどこを探しても見つからないであろう宗教の座禅を滑り台の上でやっていた。もはやこれを座禅と表していいのか中田くんにはとうてい分かり得るものではなかったが、何故か座禅のように見えてしまったのだから仕方がない。よく分からないが実際よく分からない。しかもその変な体制のまま活字にしたくないような言葉を叫んでいるのだ。死にたくなってきた。
「なんだこれ……」
百人が見たら百人がそう今の中田くんと同じ反応をするであろうこの空間。
一体どうしたらいいのだろうか。今の中田くんにはとうてい思いつかない。とは言えこのままにしておけばいつしか通報されるだろう。と言うか何故今まで通報されなかったのか。
「あのー、博士ー」
「な、中田くん! 来てくれたのか! 助けてくれ!」
変な大勢のままものすごく嬉しそうな笑顔の博士がそう言った。
「なんですか博士。その格好止めてください気持ちが悪いです」
「それは無理なんだが聞いてくれよ中田くん。中田くんって幼女じゃんか、つまり可愛いじゃんか。それ即ち世界の真理だと思うんだが中田くん自身どう思うか意見を拝聴したい」
「普通に気持ち悪いんですけど博士はどこのゴミ処理場に叩き付ければいんでしょうかね放射性廃棄物処理場に行きますか?」
ここで発覚したのは博士が実はロリコンだったと言う事だ。これには中田くんも驚き、いやまあ明らかに幼女の中田くんを助手としている時点で色々と危ないのだが、それはともかくとして一体博士はどうしてしまったのだろう。まあ今までも十二分におかしかったから今更な感じは中田くん自身していた。しかしこの状況はあまりにも常軌を逸し過ぎてはいないだろうか?
「博士、無視して質問しますけどあの黒衣の人は誰ですか? 博士のロリコン仲間ですか?」
「私は博と言う名前だ! 三丁目に住んでいる博士だ!」
黒衣の男は博士が答えるより先に滑り台の上でそう叫んだ。どうやらこの近くにも博士と同じような博士がいたらしい。しかも三丁目の方の博士の名前が博とは、ややこしいったらありゃしない。
「まあ、何があったのかは分かりませんけど、さっさと話しつけて帰りま――
「そうだ、中田くんは天使なんだ! 見ろこのぷにぷにした中田くんの肢体を! まるでコットン百パーセントの海に身を沈めそして生クリームを頬張っているような感覚だ……!」
「ちょ、博士! こいつ正気じゃねぇ! 離してください! 下ろしてください! 通報しますよ!」
目が血走り何かが迸る博士に体を持ち上げられる中田くん。パンツが見えてい
ますよ。
「中田くん! 俺と結婚してくれ! そして俺と子どもをつくro――
ガシャン、と。冷たい空間に淋しげな鉄の音が響き渡った。
鉄格子。
博士は今となってはもう博士では無い。彼は捕まったのだ。色々な罪で。あえて言うとするならば中田くんを襲おうとした際に中田くんに空中で投げ飛ばされたあとすぐさま通報されそのまま色々あって有罪になり、今に至る。三丁目の博士の博は博士を置いて逃げたらしい。
もう、今となってはどうでもいい事だが。
床が冷たい。とてもそう感じる。考えれば考えるほどに床の冷たさは顕著になっていった。その冷たさを感じる度に、中田くんと過ごしたあの温かい日々が頭の中に甦り、自然と目頭が熱く、熱くなる。涙をこらえていると、制服を着た男が一人やってきて、「面会だ」と短く告げて博士をどこかの部屋に連れて行く。
何も言わずに博士は歩く。考えてしまえばまた泣き出しそうになってしまう。だから何も考えずにただ歩く。
だが、面会に来ているのが誰なのかを考える度に、また涙が溢れて来てしまうのだ。だってそうだろう。博士の面会に来る人間なんて一人しかいないじゃないか。
扉が開いた。
「中田、くん。中田くん! 俺は、君に謝っても謝っても許されようのない罪を――
「博士。収拾がつかなくなったので爆発しますね」
「え」
ここはどこかの星のどこかの国のどこかの県にあるどこかの市のどこかの町のどこかの二丁目。そこにあるのは一つの研究所、ではなく拘置所。
今日もどこかで博士と助手の中田くんは爆発しているのだろう。
もしかしたら次は、あなたの街かもしれない……
「本当に意味分かりませんね」
「みなまで言うな」
多分続くんだよ☆