第四話 謎の鐘の音
お待たせしました。
ーーその音は、まるで導くかのように。
俺達を、その場所に引き寄せた。
ーーsideクイド
塔の中に入ると、そこには長い間使われた形跡のない玄関ホールがあった。そのホールには、二人分の足跡。カイルとヴェンのものだろう。
ホールの上には、これもまた見事な天井画が描かれていた。
その絵は、壁画や扉とは違い、高い塔の上に、青色の大きな鐘と共に、眼下の街を見守る一人の少女が、精巧に描かれていた。
塔の中の探索を開始して、しばらくたった頃。
ヴェンが見付けた、明らかに使用跡の残る食堂と思われる部屋を、三人で調査していた時だった。
ゴーン ゴーン ゴーン
「「 ッ!?」」
「何だっ!?」
唐突に聞こえてきた、腹の底に響く、低い鐘の音。
その音に、ヴェンと共に咄嗟に警戒態勢に入る。
「この音、まさか…」
「…上。」
今の鐘の音は、明らかにこの塔の上から鳴っていた。
それは暗に、この塔の上に俺達以外の人がいる可能性を示していた。
「…あり得ない。」
「ああ。そもそも、この森は唯でさえ『非生存域』だぞ…。こんな所で生きていける訳がない。」
俺達の出した結論は、およそ間違っていないはずだ。
『非生存域』。
その名の通り、人が生き続けることができない(若しくは非常に困難な)地域のことだ。
『非生存域』の多くは、非戦闘員や弱い者達の命を、まるで木の葉のように簡単に散らせることができる程、危険な場所だ。
例外は、俺達のような「探求者」位のものだろう。
だからこそ「探求者」は、危険度すらわからない『未探査地域』の調査を行うことができ、冒険者の花形であり続けることができるのだ。
この場所は、『非生存域』の中でも、危険度の高い「帰らずの森」。その中で生き続けられる程、この森は甘くない。それは、この6日の間に身を以て実感していた。
だからこそ、この塔で人が生きて、それも生活しているかもしれないなどという可能性を、信じることができないでいるのだ。
「カイル、お前はどうーー。」
こういった事態には、思いがけない発見をすることがあるカイルに意見を聞くことが、俺達の中での暗黙の了解だった。
だからこそ、いつものように意見を聞こうと、カイルのいる方へ視線を向けたのだ。
そして。俺達は、本日二度目となる事態に、悪態をつくことになった。
「…あんのバカイル!どこ行きやがった!」
「…チッ。」
ほんのすこし目を離した隙に、またしてもカイルはどこかへ行ってしまったらしい。
視線の先で、開け放たれたままの木の扉が、キィキィと寂しげに鳴っていた。
「…厄日だ。」と呟いたヴェンの声が、やけに耳に残った。
カイルがどこかへ行って、およそ四半刻(三十分)後。
早々にカイルの捜索を諦めた俺達は、食堂(仮)の調査を中断して、塔の上に続く階段を探していた。
「ここも違うか…。」
ギィィ、と軋んだ音を立てる扉を閉めながら、階段がなかなか見付からない事に焦りを抱く。
と。
「おーい!クイド、ヴェンー!」
塔の中に反響しながら届いた声は、カイルの声。
「…カイル。」
「あいつ…。どこに居やがる…。」
カイルの声を聞いた俺達の声は、自然と低くなった。
しかし。
「階段みつけたぞー!上行くやつ!」
続いたその言葉に、息を呑んだ。
「上へ続く階段」。つまり、あの鐘の音の原因がある(いる)場所にたどり着ける可能性が高い。
「…行くか。」
「あぁ、勿論。」
ヴェンと頷き合い、カイルの所に急いだ。
「ここか。」
「おう!」
カイルと合流し、階段を見て呟いた俺に、カイルがどこか誇らしそうに返事をした。
カイルが見付けた階段は、灯りがないせいか薄暗く、人一人通るのがやっとの狭い螺旋階段。勿論、ここも石造りで、どこか冷たい印象を受けた。
「この先に…。」
階段の先について想像を巡らせる俺に、カイルの声が届く。
「クイドー。おいてくぞー。」
只でさえ石造りの、音が反響する狭い階段に、カイルの大きな声が加わると、どうなるか。その答えを身を以て体験した俺は、その声のあまりの大きさに、耳を押さえた。
「、いってぇ…。」
同時に階段の上の方で、ゴンッ、という硬い何かを殴る音がして、その後にカイルの情けない声が続いた。
何があったのか、見なくとも分かる二人のやり取りに、小さく噴き出す。
耳の良いヴェンにとって、あの反響も加わって、大きくなりすぎたカイルの声は、俺以上にキツかったのだろう。
ヴェンに対して抗議するカイルの声を聞きながら苦笑した俺は、二人の後に続いて階段に足をかけた。
「…着いたぞ。」
先頭に立って歩いていたヴェンが、階段を登り切ったことを伝えてきたのは、登り始めてから数分が経過してからだった。
やっとのことで登り切った俺達は、出口となる扉の前にある階段の踊り場で、それぞれに息を吐いた。
俺達にとって、これぐらいの運動は朝飯前だが、暗く狭い、先の見えない階段に、思った以上に精神力を削られたのだ。
何が起こるのかよく分からない状況は、冒険者、特に「探求者」にとってはよくあることで、それほど気にすることではない。
それ以上に、生き物の気配が全く感じられないことと、反響によって何重にも重なり合って、暗い階段の上下から絶え間なく聞こえる俺達の足音は、謎の鐘の音のことも相まって、とてつもなく不気味だったのだ。
故に、それぞれが階段を登り切ったことに安心していた為、「そのこと」に気付くのが遅れた。
「…ん?」
「そのこと」に最初に気付いたのは、ヴェンだった。
「…これは、」
「どうかしたか、ヴェン。」
何かに気付いたヴェンが、出口である扉に近付くのを見て、声をかける。
「…クイド、ここの模様。」
「っ!?これは…。」
ヴェンが示した先、扉の取っ手の部分にあったのは、見覚えのある記章。
そう、確か…。
「これって、この塔の入口の扉にあった模様?」
「…あぁ。」
なかなか思い出せないその記章があった場所は、隣で一緒に見ていたカイルがあっさりと答えた。
カイルの答えに短く返したヴェンは、既にその記章に夢中のようで。つられて好奇心を刺激されたのか、カイルが目を輝かせる。
その光景を見た俺は、本来の目的を忘れているだろう二人に、声をかけた。
「二人共、先に進むぞ。ヴェンも、後にしておけ。」
「はーい。」
「……了解。」
渋々、といった様子で扉から離れたヴェンは、唐突にハッとしてカイルの口を手で押さえた。
「むが!?」
「シッ!…何か居る。」
「「っ!?」」
いきなり口を塞がれたカイルが暴れるが、続いたヴェンの言葉に、俺も揃って固まる。
『非生存域』に生きている生物。それらは、総じて高い戦闘能力を持つ。
その前で、俺達は今、何の注意もせずにいたのだ。下手すれば、気付かない内に襲われていただろう。もしそうなっていたら、今頃は…。
ゾッとする「If」に漸く気付いた俺達の額に、冷や汗が流れる。
『っ、…来るぞ!』
階段の踊り場という、隠れる場所も無ければ逃れれる場所もなく、戦うには不便な場所。かといって下手に動けば、察知されて一網打尽にされる事は目に見えている。
声を出さずに告げられた情報に、俺達は益々警戒を強め、各々の獲物を握りしめた。
そして。
目の前の、木の扉が開いた。
活動報告にてお知らせがあります。
~次回予告~
「あぁ、『お客さん』でしたか。」
「君は、一体…。」