第三話 森の中の塔で
お待たせしました。
いつもありがとうございます。
ーその、出逢いは。
きっと、偶然のようで、必然だったのだ。
ーーsideアリア
ギィィィーー
「ん?」
どこか遠慮がちに、玄関の大扉が開けられる音がした。その音は、石造りの塔によく響いた。
古びた扉は軋んだ音を立てて、お客さんが来たことを私に知らせる。
「……。ぇ、お客さん?」
久し振り、どころではなく初めての客に、私は慌てた。
「よりによって、シスターが居ない日に来るなんて…。」
その運の悪さに、はぁ、と溜め息をついた私は、首をかしげた。
「何か、忘れている気がするんだけど、なぁ…。」
何だったっけ。そう続く筈だった言葉は、しかし。私のあげた、小さな悲鳴にも似たに叫びによって、言葉になることはなかった。
「~~っ!あぁっ!もう、何で忘れてたの!」
その時既に、私の頭の中からは、「お客さん」が来たことは消えていた。
代わりに浮かんで来たのは、そうーー
「忘れる、なんて。そんなの、できるはずないのに……。」
苦笑いをひとつこぼして、私は気持ちを切り換える。
「さて、行きますか。」
そして。目の前にある、塔の上へと続く、暗い階段を踏みしめた。
ーーsideクイド
随分と昔に造られたのだろう、石造りの塔。その塔の周りには草が伸び放題で、半ば森に埋もれかけているように見えた。
その中で、「それ」は、まるで森に守られるかのように静かに、けれども確かに存在していた。
「これ、は…。」
幾らかの戸惑いと、感嘆を含んだ俺の声が、静かなその場所に響いた。
「……凄い、な。」
そして、思わず声が出たのだろうヴェンの言葉に、同意した。
目線の先には、壁一面に描かれた壁画。
長い時を経て、古びてもなお、圧倒的な存在感を放つ絵。それは、遥か昔に描かれたとは思えないほどに、見事なものだった。
なんとも言い難い、その絵の迫力に呑まれていた俺達は。普段なら気付けたであろう、小さな違和感に気付くことができなかった。
「これは、確かイシュクア時代の…」「あぁ、こうやって観れば良いのか…」「ふむ、ここは歴史か……?いや、これは…」
壁画を熱心に見始めたヴェンは、「探求者」でありながら、「解析者」でもある、珍しい冒険者だ。
そんなヴェンには、ある癖がある。良い研究材料があると、普段の無口な様子が一変して、口数が多くなり、時間を忘れて研究に没頭するようになるのだ。
そうなると、もう俺では止められない。ヴェンの気がすむか、カイルが何かしでかさない限り・・・。
そう、考えて。
「って、おいおいおい、嘘だろ!?おいヴェン、戻ってこい!カイルがいねぇ!」
「…チッ。どこいった。」
やけに静かな周りに違和感を持ってから、気付くのは早かった。しかしそれに気付くには、あまりにも遅かった。
ーーカイルがいない。
それは、俺達にとっては何よりも避けたくて、それ以上に避けなければならないことだった。
だからこそ、研究材料に夢中になっていた筈のヴェンが、研究材料から離れるのだ。…若干、いや、かなり不機嫌ではあるのだが。
俺達が何故、カイルを一人にしないように細心の注意を払って来ていたのか。
それは、主にカイルの性格のせいだと言ってもいい。
カイルは、放っておくとかなりの確率で、いつの間にか厄介事を背負ってくるのだ。それもその大抵が、限りなく大きな厄介事だ。
…カイルに巻き込まれた俺達が、幾度となく死にかけるほどに。
最悪ではないが、それに限りなく近い現状に、頭を抱えた時だった。
「おーい、クイド、ヴェン!」
「…カイル。」
聞こえた声は、間違いなくカイルのもので。嬉々とした調子のその声に、俺達は遅かったのかと項垂れた。
「二人とも、こっちに来いよ!すっげーもの見つけたんだぜ!」
「「…………はぁ。」」
そんな、俺達の苦労など、知らないとでも言いそうなほどに明るい声。嬉しそうなカイルとは正反対の、疲れた溜め息が俺達の口から漏れた。
それでも、カイルの言った通りに動いてしまうのは。俺達が少なからず、カイルに振り回されることを悪くないと、そう思ってしまったからなのだろう。
「で。何を見つけた、カイル。」
俺の問いに、壁画から少し歩いた先にいたカイルは俺達の先を歩きながら、嬉々として語り出す。
「でかくて古い、きれいな模様の彫ってある、すっげー木の扉!」
「……。はぁ?」
カイルの言った言葉の意味が解らず、疑問の声をあげた俺に、カイルは歩きながら、前方を指差した。
「見た方が速いって!ほら!」
やたらとテンションの高いカイルに引っ張られるようにして歩いた先に、その扉があった。
「………。確かに、「すっげー木の扉」だ、な…。」
「………。この扉の彫刻もイシュクア時代の…。やはりここは…」
カイルが指差した先。そこには、縦が3メートル、横が合わせて5メートル程の、木の扉があった。
その扉には、精巧な模様が全体に彫られていて、何かの記章が取っ手の位置に描かれていた。
今は所々剥げてしまって見えないが、それでも少なくとも、十数種類の色が使われているのがわかった。
壁画に続き、あまりの衝撃に言葉の出ない俺に、カイルはキラキラとした目をむけた。
「なぁ、クイド。開けていい?」
何を、なんて、分かりきっていて。だからこそ、諦めの溜め息をひとつ吐いて、ヴェンの名を呼んだ。
「ヴェン。」
付き合いの長いヴェンは、俺の言いたいことを正確に理解し、大扉を静かに開けた。
ギィィィーー
「……。異常なし。」
軋んだ音を立てて開いた扉の音が、石で造られた内部に響いて、反響して聞こえた。
ヴェンは直ぐには中に入らず、その場所で警戒していたが、暫くしても何の変化もなかったため、一言呟いてから警戒を解いた。
「ふぅ…。」
「クイド!」
緊張を解いて溜め息を吐く俺を、速く内部を見たいカイルが、急かすように呼んだ。
「…クイド。」
珍しく、カイルと一緒になって俺を急かすヴェンは、この塔のことを良い研究材料だと決めたのか、いつもより若干興奮気味に俺を急かしていた。
「ヴェン、お前もか…。」
その事に何故か疲れが増した気がして、溜め息を吐く。
「ふぅ…判った。何か見付けたら、大声で知らせろ。無いとは思うが、もし何も無ければ、一刻(二時間)後にここに集合だ。」
「おう!」
「…了解。」
言うが速いか、塔の中に飛び込んで行ったカイル。その後に続いてヴェンも塔の中に入って行った。
「……。行動速いな、彼奴等」
呆れたような笑みが浮かぶと同時に、俺もこの塔に間違いなく興奮を感じているのだと言うように、好奇心が疼いた。
ーー出逢いまで、後僅か。
遅れて、更に前回の次回予告の場面まで進んでいないという……。
なんとお詫びすれば良いのか……。
~次回予告~
ゴーン ゴーン ゴーン
「っ!」
「この音は…」
「ヴェーン、クイドー!階段見つけたぞー!」
「……。部屋に戻ろう。」
以上!
蒼咲猫