第三話 ~『奇跡』と呼ばれた少女~
お待たせしました!
この回でプロローグは終わりです。
次回からやっと本編に入ります。
では、ごゆっくりお楽しみください。
「おはようございます、クード殿。」
翌日。まだ太陽が昇らない内に訪れた私を、クード殿は苦笑して小屋の中に招いた。
……一体クード殿は何時から起きていたのだろうか。昨日と全く変わった様子のない小屋の中を見て、ふと疑問に思った。
しかし、クード殿の次の言葉にその疑問はかき消えた。
「では、続きを話すとするかね。……悲劇と、奇跡の話を。」
「楽しみにしていてくれたセルディオ殿のためにも、のぅ。」と、幾分かからかいの込められたクード殿の言葉は、その時の私には届かなかった。
~ ~ ~ ~ ~
帝国に対抗すると決めたアッシュロアの人々は、戦いながらも考えた。「この戦いを終わらせるには、どうすれば良い?」と。
その時は戦争が始まったばかりで、まだどちらの国にも余裕があった。
そして、周辺諸国の大方の予想を裏切って、戦局はアッシュロアの有利に進んでいた。
~ ~ ~ ~ ~
「……あれ?弱小国が、帝国相手に、有利に、ですか?」
信じられない、という気持ちが声にも出ていたのか、クード殿は苦笑した。
「そうじゃよ。」
苦笑したまま頷くクード殿に、私は何処か呆然としながら質問を続けた。
「アッシュロアに、何か強力な武器でもあったのですか?」
「否。そもそもアッシュロアにある武器は狩りの道具が精々じゃった。」
「では、何故…。」
答えの出ないその謎に、頭を抱えた。
そもそも、アッシュロアと帝国では、数の差が有りすぎる。数の利がある帝国に、アッシュロアが優位に立てるとは思えない。数の利というのは、今なお通用する、戦いにおける重要な要素なのだ。
「ほっほっほ。セルディオ殿、こう考えてみなされ。」
「……?」
クード殿の突然の言葉に、首をかしげた。
「簡単じゃよ。アッシュロアに有って、帝国に無いもの。それが有ったからこそ、アッシュロアは帝国と対等以上に渡り合うことができたのじゃ。」
「アッシュロアに有って、帝国に無いもの……?」
簡単じゃろう?そう言って笑うクード殿は、それ以上は何も言う気はないようで。簡単なようでいてわからないその謎に、ついに白旗をあげた。
「……わかりません、クード殿。」
「そうかね。では、答えじゃ。……『地の利』じゃよ。」
「『地の利』……。」
その予想もしなかった答えに、言葉が出なかった。
「地の利、ですか…。確かに時守の森は、アッシュロアの人々にとっては庭のようなものでしょうけど…。」
まさかと思う反面、時守の森のような深い森なら可能だろうと思う自分もいた。
だが。
「それは、とても現実的とは……。」
そう。時守の森が深い森であるのは、アッシュロアの人々にとっても同じ。いくら庭のようだと言っても、限界はある筈なのだ。
「その通りじゃよ。それを可能にしたのは、アッシュロアに時の運があったことと、優秀な人材が多く居たことが大きいじゃろう。」
「しかし…。そんなに上手くいくとは、とても…。」
悲観的な私の言葉に、クード殿は頷く。
「そうじゃ。セルディオ殿が感じたように、戦争が始まって半年も経たない内に、アッシュロアの地の利は役に立たなくなったのじゃ。」
「っ!それでは、アッシュロアは…!」
その言葉を理解した私は、嫌な予感を追い払うように首を振った。
「ほっほっほ。アッシュロアの人々が、何もせずに半年を過ごすわけが無かろう。」
クード殿の、幾分か含みのある言葉に、眉を寄せた。
「それは、どういう…?」
「ふむ、そうじゃのぅ…。」
~ ~ ~ ~ ~
アッシュロアと帝国との戦いは、半年以上もの時が過ぎても続いた。
戦いが始まってから二月程たったある日。アッシュロアのある一人の青年の小さな呟きが、アッシュロアというひとつの国の運命を決めた。
「時鉱石…。そうだ、帝国が時鉱石を使えないようにすれば…!」
アッシュロアの人々は、帝国が時鉱石と森を狙っていることを知っていた。そして、それと同時に、アッシュロアという小さな国が帝国に敵わないことも。
いつかはアッシュロアは帝国に敗れて、時鉱石と森は帝国の手に渡ってしまう。だからこそ、せめて時鉱石が帝国の手に渡ることの無いように、時鉱石を使えなくしてしまえばいい。そう青年は考えたのだ。
そして、青年はアッシュロアの人々に、自分の考えを話した。青年の話を聞いたアッシュロアの人々はーー
一方、アッシュロアを攻めている帝国。その帝国の人々の間で、密かに流れている噂があった。
「アッシュロアの森に、入ってはいけないよ。なぜなら、一度入ってしまえばアッシュロアに見付かって、帰れなくなってしまうから。」
はじめ、その噂は、小さな子供が危険な戦場となるその森に近付かないようにするための嘘だった。
しかし。帝国の軍人達が度々森に入って行くようになると、帝国の人々の心は不安に包まれるようになった。
森に入った帝国の軍人が、誰一人として戻ってこないのだ。
「ねぇ、まま。ぐんじんさんたち、あっしゅろあのもりにはいっちゃったから、あっしゅろあにみつかって、かえってこれなくなっちゃったんだね。
(ねぇ、ママ。軍人さん達、アッシュロアの森に入っちゃったから、アッシュロアに見付かって、帰ってこれなくなっちゃったんだね。)」
小さな女の子の言ったその言葉に、大人達は愕然とした。
嘘だった筈のそれが、現実となってしまったのだと。
そして、その話が帝国に広まると、何時しかアッシュロアのある森は、『帰らずの森』と呼ばれるようになった。
~ ~ ~ ~ ~
「『帰らずの森』…?まさか…。」
聞き覚えのありすぎるその名は確か、時守の森のかつての名ではなかっただろうか。
「気付いたようじゃのぅ。」
それを裏付けるように、クード殿は静かにしかし悪戯っぽく笑っていた。
「クード殿。肝心のアッシュロアの人々はどうなったのですか?」
「ーー『奇跡』が、始まったのじゃよ。」
「『奇跡』…?」
真剣な表情で静かに語るクード殿。その思いがけない迫力に、息を飲んだ。
「ここから先の物語は、アリアという、一人の少女を中心として語られる、遠い昔の物語じゃ。」
※次回からは大幅に視点が変わります。苦手な方はご注意下さい。
次回からはアリアが出てきます(本当に)。
~次回予告~
「ーーアリア、時間ですよ。」
「了解しました、シスター。」
以上!
蒼咲猫