第二話 ~物語の始まり~
「……つまり、『時守の森』の真実を知りたい、と。そうかのぅ、セルディオ殿。」
「えぇ、そうです。」
話し始めてから、どれ程の時間がたったのか。お茶は既に飲み干してしまった。
太陽は、真上近くに昇っていた。
「そう、じゃのぅ…。」
目を伏せて、大きく溜め息をついたクード殿が、やがておもむろに口を開くのを、息を詰めて見つめた。
~ ~ ~ ~ ~
ーー昔むかしの物語。
この物語の始まりは、今識る者はほとんどいない、遥か昔に存在していた国。
その名も「アッシュロア」という、小さな小さな国であった。
そのアッシュロアという国は、四方を広大な森に囲まれた国だった。
上からみると、広大な森の中に、一辺が10キロメートルより少ないくらいのぽっかりと空いたスペースがあり、そこがアッシュロアという国の、国土の全てだった。
四方を囲む森は豊かで、その恩恵によってアッシュロアは栄えていた。
深く、広大な森により、他国との交流はとても少なかった。そのため、アッシュロアは、交流の少なさと周囲を囲む森の深さから「陸の孤島」又は「幻の国」と称されていた。
交流が少ないが故に周囲の国々との争いもなく、平和を保ち続けるアッシュロアを、人々は誇りに思っていた。
しかし。その平和は、唐突に終わりを告げた。
なぜなら、アッシュロアの隣国のとある帝国が突然、アッシュロアに対し宣戦布告をしてきたからだった。
その帝国の狙いは、アッシュロアの豊かな自然がもたらす貴重な動植物と、アッシュロアの特産である「時鉱石」にあった。
「時鉱石」とは、アッシュロアでのみ獲ることのできる特殊な鉱石の名だった。加工が非常に難しく、まともに加工しようとするなら、アッシュロアに頼るしか方法はなかった。
しかし、時鉱石はその反面、美しい蒼色をしていて、加工の仕方によっては紺色や群青色にもなるという、珍しい一面を持っていた。
~ ~ ~ ~ ~
「アッシュロアと、時鉱石ですか?」
聞いたことのないそれらの言葉が、時守の森にどう関わりがあるのかが理解できずに、クード殿に聞き返す。
「そうじゃよ。聞いたことはないかね。」
しかし、クード殿は答えを返すことはなく。結局、時守の森との関係はわからなかった。
「いえ、今までで一度も。……それで、その帝国とやらの狙いは分かりましたが、時鉱石にそんな価値があるのですか?」
私は、時鉱石にはそれほど価値がないように感じた。
何故かというと、加工が難しい鉱物、その価値として特筆することは、色ぐらいとしか思えないのだ。
「ふむ。…確かに、時鉱石にはそれほど価値はなかった。」
あっさりと肯定したクード殿の言葉に、脱力感が襲った。
「で、では何故。」
時鉱石に価値がないのなら、どうして帝国はアッシュロアを狙ったのか。益々訳が分からなくなった展開に頭を抱える私に、クード殿の愉しげな声が聞こえた。
「ほっほっほ。セルディオ殿、確かに時鉱石自体にはそれほど価値がなかったのじゃが、時鉱石を加工した物には価値があったのじゃ。」
「時鉱石を加工した物に…?」
クード殿の言う意味が分からず、首をかしげた。
「そうじゃのぅ。続きを聞けば分かるじゃろうて。」
その声には、とても老人とは思えないほど悪戯っぽい響きがあった。
「はぁ。」
溜め息を吐く私とは対照的に、クード殿は愉しげだった。
「何処まで話したか……あぁ、彼処までじゃったか。」
~ ~ ~ ~ ~
帝国に突然宣戦布告されたアッシュロアの人々は驚いた。ほとんど関わりのなかった森の向こうの帝国が、アッシュロアのような小さな国を攻めて、何の得があるのかと。
アッシュロアの人々は帝国の狙いを考え、そして思いつきました。
帝国が狙うのは、森と、時鉱石なのだと。
~ ~ ~ ~ ~
「まぁ、自然な成り行きですよね。」
話を聞く限り、アッシュロアにある魅力的な要素はそれぐらいだろう。
「そうじゃな。そして、アッシュロアの人々がそのことに気付いた時ーー」
~ ~ ~ ~ ~
帝国の狙いが、森と時鉱石にあると気付いたアッシュロアの人々は、帝国に抵抗することを決めた。
~ ~ ~ ~ ~
「抵抗、ですか?」
「……『戦争』、じゃよ。」
静かに告げるクード殿のその声に、私は思わず息を呑んだ。
「戦争…。」
アッシュロアと帝国には、恐らく絶望的な力の差があった筈だ。それなのに、アッシュロアの人々は抵抗しようと決めたのか…。
その覚悟は一体、どれ程のものだったのか。それを自分なりに想像して、思わず体が震えた。
想像ですら背筋が凍るような覚悟を、実際にしたというアッシュロアの人々の精神力の強さに、尊敬の思いを抱いた。
そして、アッシュロアの人々が何故そこまでして森と時鉱石を守ろうとするのか、知りたくなった。
時守の森の真実を知りたかっただけの筈が、いつの間にかそれだけではなくなっていたことに気付いた。
そして私は、思っていた以上にクード殿の話にのめり込んでいたことを、この時初めて知ったのだ。
しかし、時間は残酷だった。
「ふむ。続きは明日じゃ。」
「えっ。」
…窓の外は、暗闇に包まれていた。
ありがとうございました。
次回には「アリア」が登場する……予定、です…。