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異世界執事  作者: 伊簑木サイ
第七章 結

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44/50

割れものと小娘

 朝食は、八島さんを意識しすぎて、さんざんだった。

 ちょっと傍に寄られただけでバクバクしちゃって、フォークを刺そうとしたウィンナーはふっとばすわ、サラダはまき散らしちゃうわ、熱い紅茶を吹き冷まさず飲みこんで火傷しちゃうわ。

 なんか目が合うと、ついぱっとそらしちゃうし、触れられて、ガタガタ椅子蹴倒して逃げちゃうし。もちろん会話になるわけがなく。

 ……私ったら感じ悪すぎでしょおおおおおっ、ごめんなさいいいい、八島さんっ。彼がどんな顔しているのかさえ、見られなかったあああああっ。 

 私は、はあああ、と深いため息を吐いた。


「千世、どした?」


 横に並んで一緒に散歩をしているカイに聞かれる。


「うん。たいしたことじゃないの。それよりカイちゃん、話すのずいぶんじょうずになったねえ」


 いつのまにやら、狼のままの姿でも、ちゃんと聞き取れる発音ができるようになっている。それに最近、またひとまわり大きくなった。カイの頭の位置は、私の肩のあたりだ。もう私を乗せて走れるんじゃないかと思うくらいだ。

 態度も、なんとなくだけど、反抗期からカッコつけ期に移行している気がする。中学生的威嚇ツンから、高校生的クールツンというのかな。同じツンでも許容量が広くなった感じ。こんな同級生いたなあって、カイちゃん見てると微笑ましくも、気恥ずかしくなってくる。青春って青い春って書くんだよね、あの頃は青かったなあ……。


「おれ、いっぱい練習した。千世起きるの、待ってた」

「そうかー。昨日はごめんね、遊んであげられなくて」

「いい。昨日と、昨日の昨日と、昨日の昨日の昨日と、昨日の昨日の昨日の昨日だけだた」


 んん? と私は首を傾げた。


「昨日の昨日の昨日の昨日って、寝て起きて寝て起きて寝て起きて寝て起きたってことだよ?」


 指を一日ごとに折りながら、カイに示してみせる。


「そ。いいち、にいい、さああん、しー、千世、寝てた」


 どことなく得意げに数まで数えてみせてくれる。が、私はそこじゃないところにびっくりして聞き返した。


「私、四日も寝てたの?」

「寝てた」

「お客様が来た日の夜からずっと?」

「そ」


 ええ? どういうことだろう。しかも、カイの口振りが、珍しくもないことを話しているような。


「ねえ、カイちゃん。私、もしかして、何日も寝てることがあるの?」

「いつも」

「いつも!?」


 てことは、もしかして、日にちが飛ぶように過ぎていくなと感じていたのは、私がぼんやりしてたからじゃなくて、物理的に本当に意識が飛んでいたってこと!?


「どうして……」


 思わず呟く。カイに聞いたつもりじゃなかったけれど、思いがけず答えが返ってきた。


「シマの支配者いない、千世、寝てる安全。他のモノ来る、千世、寝てる安全」


 寝てる安全って、……そういえば、寝室は星の加護が施されているって聞いた気がする。部屋が攻撃を受ければ、恒星級の反撃がされるとかなんとか。いついかなる場合も、安心してお休みいただけますって言われた覚えが……。


「八島さんが出掛けてお屋敷にいない時に、私は寝ているのね?」

「そ」

「それと、他のものって? 何が来てると、私は寝ているの?」

「屋敷の外にいるやつら。おっきいのや小っちゃいのや、強いのや弱いの」

「それが来て、何をしてるの?」

「屋敷の中、おれ知らない。強いのは穴ふさいだ、見た」


 穴と聞いて思い浮かぶのは、お昼寝部屋の床だ。さっきちょうど、修理が終わりました、いつでもお使いいただけますって、見せてもらったばかりだ。

 考え込んでいたら、カイに鼻で脇腹をつつかれた。


「千世、おれも屋敷入ってい? おれ千世起こす! シマの支配者いない、おれ守

る、千世安全! おれと遊ぶ、話す、大丈夫!」


 私は嬉しくなって、クスクス笑った。わっしわっしと両手で頭から首を思いきり掻いてあげる。

 そんなに私と遊びたいのか~!! 飼い主冥利につきるわ~。ふふふ。かわいいかわいい。


「ありがとう、カイちゃん」


 そこまで言った時だった。唐突に、両手首を後ろから伸びてきた手にとられた。

 あれ、八島さんの手だ。そう思ったとたん、ぐいっと後ろに引っ張られる。


「わあっ!?」


 たたらを踏んでみたけれど、足がついていかない。もつれて倒れ、けっこうな勢いで背中から彼にぶつかった。


「もー!! なんですか、八島さん!?」


 文句を言いつつ振り返ろうとした体を、きゅううと抱きすくめられ、途中の横向き状態で、彼の体に押しつけられた。

 それでも八島さんの動きは止まらなかった。片手でカイちゃんの鼻面を、上顎下顎合わせてつかんだ。と思ったら、何の動作の前触れもなく、ぶんっと腕を振り上げる。ぽーんとカイの体が宙に舞い上がった。

 あっけにとられて、飛んでいくカイを見送った。きれいな放物線を描き、庭木にぶつかっては枝をバキバキとへし折り、じょじょに地面へと落下していく。

 わああ、落ちる! というところでカイが体勢を立て直し、奇跡的に四つ足で降り立った。けれど勢いが止まらず、ザザザザザと地を抉りながら、後ろ向きで五メートルほど滑っていった。


「カイちゃん! カイちゃん、大丈夫!? 八島さん、カイちゃんに、なんてことするんですか!!」

「分限をわきまえない痴れものが、間違いを犯す前に止めたまでです」


 非難してみたけど、八島さんはどこ吹く風だ。

 ようやく止まったカイは、グウウウウウと呻り声をあげた。怒りが空気の色を変えて、背から、ゆらりと立ち上ったように見える。怪我をした様子はない。少なくとも、立ってられないほど痛い所はないようだ。……よかったぁ。


「カイ」


 八島さんが、名を呼んだ。……いつもと違う響きで。神語だ。カイが何かに頭から押さえられたかのように、肩ごと身を低くし、耐えるみたいに足を突っ張った。


「おまえに、番犬以上の役目は与えていない。その程度の力で思い上がるな。我が呼び声にさえ(ひし)ぐモノが」

「カイちゃんが何をしたって言うんですか! ただ私とお散歩していただけですよ!?」

「千世様から、ご寝所に入る許可を取り付けようとしました。この屋敷に施した呪は、どれも千世様のご意思を凌ぐものではありません。どのような輩であろうと、千世様が許すと仰れば、呪は解け、侵入を許すことになるのです。先日、日の神と領地(シマ)無きモノを招き入れられたように」


 う、と私は口を噤んだ。あれでまた、よくわかっていもしないのに不用意なことをして、八島さんを面倒事に巻きこんだのだ。神様に建てていただいた大切なお屋敷にも、傷をつけてしまった。なにより、彼は先日って言ったけど、どうやら寝ていたらしい私にとっては昨夜のことで、まだ反省も生々しい。

 そう。反省してます。此岸の常識は、彼岸では通用しないどころか、危ないことになりかねないって。


「千世様が、一度よしと仰れば、言霊は掛けられた対象に働き続けます。一度きりではないのです」


 ……そうですね。ちょっとのつもりが、いつも一度も二度も三度もそれ以降も同じになっちゃってますよね。

 少々揶揄する気持ちで、八島さんを胡乱な目になって見てしまったが、それで察してくれるなら、八島さんではないのだろう。

 むしろ、無意識に不満げに口をとがらせていたらしく、目元をゆるめて、先っちょに触れられた。言霊の原理なんだか、どこかの迷惑な神様のアドバイスどおりなんだか、唇で。

 避ける間もなかった。あんまり自然で。しかも、気持ちよかった。ちょっとの触れ合いなのに。うっかり、物足りないなんて思うほどには。

 八島さんが華やかで色っぽい笑みを浮かべる。どき、とし……たところで、グルルルルルワアッというカイの吠え声に我に返った。いけないいけない、また有耶無耶の腰砕けにされるところだった。

 私の気が散ったのを見て取り、彼もちらりとカイに目をやった。


「あれだけではありません。私以外の何モノにも、ご寝所の扉を開く許可を与えてはなりません。私が起こしに参るまでは、どうか眠りの中に」


 今度は手を取られ、指先にちゅっとされた。目を合わせたまま。

 ぐらり、と心臓が煮え立つような感覚に、くらくらする。何でこんな時まで、次から次へと、女殺しな手練手管を、さらりと繰り出してくるのかなあ!? いや、それがいつもどおりの八島さんなんだけど! 人が真剣になればなるほど、それに反応したように触れてくる。

 ……あ。そうなのかな。怒れば怒るほど可愛らしいと言うのも。泣くほどに舐めたがるのも。気持ちが昂ると、八島さんに何かが伝わっているのかもしれない。生気を通して。

 私はこれまでのことを思い出そうと、物思いに沈みかけた。


「千世、ダメ! そいつ滅ぶ、千世起こすモノいない、出られない!」


 私は、耳に飛び込んできたカイの言い分に、眉を顰めた。物思いから引き戻されたからじゃない。八島さんは永遠を約束してくれている。だから、彼が滅ぶなんてありえないのに。それに綻びを生じさせるかもしれない不吉なことなど、この世界で口にするものではないと思ったのだ。


「愚かモノが」


 八島さんは、冷たい瞳でカイを見据えて言った。


「我が滅べば、破綻した契約は、返しとなって千世様を襲う。それは一度きりではない。千世様が生きておられるかぎり続くのだ。返しは、千世様の生気そのものなのだから。おまえに、それから千世様を守れはしない。あの寝所は、外からの攻撃をすべてはね返すよう呪を施してある。中で眠っておられる間は、何モノも千世様を脅かすことはできない。永遠に。世界が滅んだとしても、だ」


 ざっと血の気が引いた。抱きしめられて、不意打ちでキスされて、甘く熱く外も内も体を満たしていたはずの熱が、一瞬で冷める。


「な、にを、言ってるの、八島さん、は」


 永遠にお仕えしますって言ったのに。どうして自分が滅んだ後の話をしているの。


「永遠? 世界が滅んでも?」


 その後が続けられなかった。唇が震えて、ぐーっと胸がしめつけられていて、何か言おうとすると、涙がこみあげてくる。

 一人で寝てろって言うの? ……八島さんがいないのに。世界がなくなってしまった後も? なあんにもない世界で?


「そんな永遠、いらない」


 涙声で絞りだすように言った言葉と一緒に、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。

 八島さんを押しのける。


「千世様」

「いや!!」


 抱き寄せようとする腕を振り払った。後退る。彼の手が、中途半端な位置で止まっている。……命令が効力を発揮したのだろう。どうしてもどうしてもどうしても、今はその腕の中にいるのが耐え難かった。


「千世、様」


 呼びにくそうに私の名を口にする。わずかに歪められた表情に、胸が引き絞られる。

 だけど。……だから。


「八島さんなんか、きらい!」


 彼の顔から表情が抜け落ちた。私を食い入るように見つめる瞳を見ていられなくて視線をそらし、もっと酷い言葉を叫んでぶつける。


「きらい! きらい! そんなことを言う八島さんなんか、だいっきらいです!!」


 それから、彼に背を向けて駆けだした。……お(うた)さんを呼びながら。


「お詩さん、お詩さん、今すぐ来てー!!」


 どうすればいいのかわからなかった。私のため、私のためって、わけのわかんないことばっかりして、とんちんかんなことばかり言う執事について、相談したかった。

 どうしたら、あんな馬鹿なことをやめさせられるのかって。

 八島さんに捕まって、まるめこまれるわけにはいかなかった。なのに、日ごろの運動不足がたたって、たいして走ってもいないのに、すぐに疲れてきてしまう。鼻が詰まって、しゃくりあげる息が苦しい。走っているのか、歩いているのかわからない、のろのろ具合にしか進めなくなってしまった。


「千世、乗る」


 並走、いや、並歩していたカイに言われ、躊躇った末に、背中にしがみついた。カイとこんなふうに逃げ出す私を、八島さんはどう思うだろうと思うと、顔を上げられなかった。もふもふした毛に顔をうずめる。ぐん、と駆けるスピードが上がった。

 どこをどう走ったのかわからない。気付けばカイは止まり、いつかピクニックに来た草原の端にいた。


「千世さん! どうした!?」


 萌黄さんに抱えられたお詩さんが、ちょうど示し合わせたように、空から降りてきた。地に足が着くと同時に、こちらに走ってくる。その姿を見て、止まりかけていた涙が、まただばーっと出てきた。

 けれど、お詩さんは私に辿り着く前に、突き飛ばして置いてきたはずの萌黄さんに追いつかれて捕まり、ひょいっと抱え上げられてしまった。


「なにするんじゃあ、萌黄、下ろせえっ!」

「あぶないぞ、詩。その勢いでぶつかったら痛いぞ」

「ぶつかるかあっ! ちゃんと止まるわ!」

「そうか? ここに壁があるの、見えてないだろ」


 と、彼は、伸ばした手で、ぺたりと何かを触った。


「え? なんだあ?」


 お詩さんも両手を出して、ぺたぺたと見えない何かの上を這わせる。私も歩み寄って、触ってみた。本当だ。何かある。


「屋敷の結界だろ。こりゃあ、すぐにはこじ開けられないぞ。だいたい、破ったらまずいことになる。あいつが念入りに張って、他の何にも見つからないようにしてんだから。詩だって、女に呼ばれてなきゃ、この向こうに女がいるなんてわからなかったはずだ。少なくとも、俺にはわからない。いるのか?」

「いる。見えてる」


 萌黄さんが嫌そうに舌打ちした。


「俺だけの詩だったのに! ……けどなあ! 俺だって、詩の気配を感じ取って、ちゃんと探し当てたぞ! 一瞬だったけどな! 苦労したんだからな! あいつに見つからないように探って、」

「そんなの今はどうでもいい。千世さんが泣いとるんじゃ。これ、どうにかならないのか」

「だから、まずいって言ってるだろ。怒り狂うぞ」


 それを聞いて、私は涙をぬぐって、両手を見えない壁に打ちつけた。バン、と音がし、掌が痛くなる。気持ちを集中して、念じる。


「開け! 出たいの!」


 その瞬間、キィィィィィ……と高い音が響き、ふっと掌の下の感覚がなくなった。


「あーあ……、知らねーぞ……」


 さっきよりもっと嫌そうな顔をして、私を見ながら(・・・・・・)、萌黄さんがぼやいた。


「女神様のところに連れてってください。お願いします」


 私は鼻をすすって、彼らに頭を下げた。

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