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異世界執事  作者: 伊簑木サイ
第六章 もう一回、転

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藪をつついて蛇を出す

「……まだいたのか、邪魔者どもが」


 八島さんが低く低く呟いた。


「千世様」

「は、はい!」

「追い払って参ってもよろしいでしょうか」


 問いかけられて、恐る恐る顔を上げれば、穏やかに微笑んでいる八島さんが。

 うわ。言ってることと表情が一致していない。そのギャップに、むしろ不穏なものしか感じない。


「えーと」


 私は答えるのをためらって、向こう側へ目をやった。


「小娘! いつまでそれにくっついておる! 危険じゃ、こちらへ参れ!」

「そうだぞ、女! いいから、そいつから離れろ、触るなと命令しろ!」


 わあわあとお客様方が叫んでいる。八島さんに是と答えたら、血を見そうな勢いだ。

 仰ることから推察するに、どう考えても八島さんへの誤解があるようだ。それも、私を食べてしまうんじゃないかという懸念を抱いているらしい。

 お客様と八島さんを交互に眺めて、このままではいけないとの結論に至る。ここは原因たる私が、きちんと取りなさないといけないだろう。


「お客様に上がっていただいたらどうでしょうか、……八島さんが大丈夫と言うなら、ですけど」


 実はあの方たちが大変危険な存在で、八島さんが阻止してくれている、ということもあり得る。そこは不用意なことはできないから、一応確認をしてみる。

 八島さんは私を見つめて、黙って、黙って、黙ったあげく、つっと目線を斜め下にそらして、不承不承の態で言った。


「千世様が、そう望むのであれば」

「はい。じゃあ、お願いします」


 私がそう言った途端、


「小娘、遅い! さっさと招き入れればよいものを!」

「おー。女、邪魔するぜー」


 お客様方が間髪入れず、遠慮会釈もなくどかどかと太鼓橋を渡ってくる。八島さんは眉を顰めてそれを見遣りつつも、私の手を取り、背中をやんわりと押した。


「謁見室にご案内いたします」


 どうやら、お出迎えは断固拒否らしい。

 これ以上、八島さんのご機嫌を損ねるのはよろしくないと判断した私は、反論はやめて、唯々諾々と彼に従った。




 えっけんしつ。聞きなれない音の羅列に、何かと思ったら『謁見室』だった。時代劇で将軍様が、大名たちが平伏するのを見守る、あれだ。だだっ広い、何畳あるんだかわからない畳敷きの部屋の床の間みたいなところに案内されて、さすがに焦る。


「え、私がここに? いえいえ、駄目ですよ、女神様がいらっしゃっているのに。むしろ女神様の席がここじゃないでしょうか」


「いいえ、あれらは、あの柱より向こうで充分です」


 と、ずうっと向こうにある柱を指さす。あんまりにも遠くて、まともに声が届く気がしない。もしかして八島さんは、お小姓が会話を取り継ぐように、自分でやるつもりなんだろうか。……まさかな。


「ここは千世様の席でございます。だいたい下着一つまともに作れないものを、千世様の前に顔を出そうなど、おこがましいというものです」

「下着、ですか?」

「はい。身に着けていらっしゃる下着類は、あれに命じて作らせました」

「えええええーっ!? これですかっ!?」


 思わず叫んで、服の上からブラとショーツの上に手をあてた。


「はい。完璧とは程遠いものではございますが」

「何言ってるんですかっ、肌触りも着け心地も最高ですよ! ブラジャーも、いくら動いても胸はずれ(・・)ないし、パンツだってはいているのを忘れますよ!」


 口に出してから、八島さんの前でブラジャーとかパンツとか言っちゃったーっ、と思ったけれど、恥じらっている場合ではなかった。まさか、女神様が作ってくださっていたなんて!!


「そのようなもの、千世様が身に着けられるのですから当然でございます。だというのに、織り込んだ呪が、曲線部分で歪んでいるのです」

「しゅ?」

「御身を守る呪を掛けてございます」

「あ、バチバチーっとなるのですか?」

「はい。それ以外にも、呪い返し、疫病退散、平穏無事祈願、健康祈願、安産祈願、」

「安産祈願!?」

「はい。子供が欲しいと仰っていましたので」


 私は絶句した。そうだけど、そうだけどね!!

 次々明るみになる衝撃的な事実に眩暈を感じる。

 ……お礼。そうだ、女神様にお礼を言わないと。こちらに来たらすぐに伺ってお礼を申し上げるところだったのに、来ていただいた上に、下座に座らせるとかあり得ない。

 畏れ多さに、漏れ吐いた溜息が震えた。


「あの、それで、あの男の人は、どういった関係の方ですか?」


 八島さんの様子に注意しながら、尋ねてみた。そちらもしっかり聞いておかないと、何があるかわかったものではないと思ったのだ。


「元大執事の一つで、あれから四つの支配地を奪いました」


 ああ、そうだった。そう言っていた。他はどんな話をしていただろうか。……あの人はミカンを誰かに食べさせてくれと言っていた。主はどこにいる、無事なのか、と……。


「八島さんは、あの執事さんのご主人様がどこにいるのか、知っているんですね?」

「はい」


 やっぱり!! シレッと答えたよ!!


「どこにいるんですか?」

「玉手箱に入れてございます」

「玉手箱!?」


 え、だって、あの中にあったのは、


「呪いの人形じゃなかったんですかっ!?」

「呪われていると言えば呪われておりますし、ああしておけば人形も大差ございません。言い得て妙と感心いたしました」


 何言ってるの、この人外はー!!


「それは誘拐って言うんです、拉致監禁です、犯罪ですよ!!」


 八島さんは首を傾げた。わからない、という顔だ。わー! お話にならないー! これはますますもって、私がなんとかしないと!


「わかりました。お客様はお昼寝部屋にご案内しましょう。玉手箱も出して、……ということは、お客様にお出しする茶菓は三人分になりますね。お願いしますね、八島さん」


 私は彼の袖をつかんで、踵を返した。きびきびとお昼寝部屋に向かう。また八島さんに囁かれたり、イケメン具合に見惚れていると、碌なことにならないからだ。

 ……ということで、今、私は八島さんと並んで、女神様とただの主持ちさんと向き合って座っていた。私の前が女神様だ。眩しい。

 そして、茶菓はない。八島さんは、不必要です、とニッコリしたのだった。おもてなしするべきだと言う私と、いらないという八島さんで押し問答になっているところに、案内してもいないのに、うろうろしていたお客様方が廊下から部屋を覗きこんで、ああ、いたいた、茶菓? いらんいらん、と入ってきたのだ。そして、とりあえずそれだけは先に出しておいた座布団に、勝手に座ってしまったのだった。


 ……もしかして、此岸の常識を持ち込もうとしている私の方が、ここでは非常識なのかもしれない。不安になりながらも、神社仏閣に祈願して成就した暁にはお礼参りが必須なんだから、『何かしていただいたらお礼』は、さすがに間違ってないだろうと憶測する。姿勢をきちんと正して、まずは頭を下げた。


「女神様に下着を作っていただいたとうかがいました。大変に素晴らしいものをありがとうございます」

「うむ。よいよい。着け心地はどうじゃ」

「とても良いです。着けているのを忘れるほどです。肌触りも良くて」

「うむ。そうであろう。あれは、我が布を織るところからやっているからの」

「え!? 女神様が織られたんですか!?」

「そうじゃ」


 ニンマリと女神様がドヤ顔される。眩しくてよく見えないが、たぶん。そんな雰囲気がした。


「そうでしたか。手ずからの良い品を、真にありがとうございます。大事に使わせていただきます」


 もう一回深々と頭を下げた。


「うむ。そうせよ。……ところで、そこな箱は何じゃ?」


 座卓の八島さんの前に置かれた玉手箱に、興味深げな視線を送る。


「はあ。その、」


 私は、ただの主持ちさんを、チラリと見た。一目目にしたその時から玉手箱を睨みつけていて、席についてからは微動だにしていない。

 対する八島さんも女神様そっちのけで、ただの主持ちさんに視線を固定している。

 二人の間には、ゴゴゴゴゴゴと渦巻く何かが発生していた。


「うん。まあ、問うまでもないか。そこにこれの主が入っているのであろう?」

「……はい」


 ぎこちなく頷く。その顎が下がりきる前に、ただの主持ちさんが動いた。がばあっと玉手箱に襲いかかろうとしたのまでは見えたが、ぶわっと風がわきおこって、思わず目をつぶる。

 風がおさまって目をあけると、八島さんが腕を伸ばし、ただの主持ちさんの顔をわしづかみにしていた。

 ミシミシミチミチ、不吉で異様な音がしている。よく見れば、ほとんど指先が皮膚の中に食い込んでいて、音はそこからしているようだった。

 なのに、ただの主持ちさんは、いつのまにか八島さんが私がいる方とは反対側の手に持った玉手箱へと手を伸ばし、掴み取ろうとしている。


「こちらへ参れ」


 白いものがヒラリと目の端を掠めたと思ったら、腕を引っ張られて、床の間に移動していた。女神様がまとっていた白い領巾(ひれ)が、床の間と部屋の境界線上に、ふよふよと浮かんでいる。


「小娘の身は我が守ろう。思う存分、やるがいい!!」

「え、何を、」


 問いかけは、形になる前に騒音によって打ち消された。

 ゴッ、バギ、ミシミシミシ、バギャ、バゴォォォンッ!!!

 目の前で、八島さんがただの主持ちさんの頭を座卓に打ちつけたのだ。大した勢いには見えなかったのに、座卓が割れて、畳にめりこむ。それでも勢いは止まらず、床板まで打ち抜いて、畳ごと崩れ落ちた。

 男の腰から下だけが穴の縁に斜めに引っ掛かり、そこから先は見えない。八島さんは穴に向かって足を踏み出し、優雅にその背の上に降り立った。


「八島さん!!」

「はい。千世様。少々お待ちいただけますか? すぐに始末をつけますので」


 返事はしてくれるが、まなざしは足下に注がれ、無表情のままだ。


「こっ、殺しちゃうつもりですか!?」

「殺す?」


 八島さんは、そこでやっと私を見てくれた。目が合って微笑んでくれる。いつもどおりの笑顔だ。ホッとする。

 でも。


「殺しはしません。壊すのです」


 いやいやいやいや、優しげな笑顔で、何言ってるの!! ちょっと待って、ちょっと待ってよ、八島さーーーんっっ!!


「だめですよーーーっ!!」


 私は叫んで、八島さんへと駆けだした。

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