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異世界執事  作者: 伊簑木サイ
第六章 もう一回、転

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負け犬の遠吠え

「我は『     』。これは『     』だ」


 輝くような美貌の人が、高らかに名乗った。男の人を踏んだまま。おそらく、神語で。

 日の恵みの女神、と聞こえた。そして間違いでなければ、畏れ多いことに、小学生の時に神社にかかっている額縁を間違ってテンテルと読んだ神様の名の響きも。

 うわあ!? いきなり高天原の最高神様(さいこうしんさま)がやってきた!?


 ……それと、『ただの(あるじ)持ち』さん、も。

 妙な名前の男の人は、相変わらず踏みつけられて突っ伏している。けれど、オレンジ色の実をつかんだ手は、力を失わずに突きだされていた。なんとなく、この人はこの程度ではくたばらないんだろうな、という気がした。人型だけれど、たぶん彼岸の生き物だ。心配する必要はなさそうだった。


 それよりも!

 さすが女神様はお美しかった!! 輝くような、というか、輝いている! 眩しい。眩しすぎる。よく見ようとしても直視できない。なのに、とんでもなく美しいというのはわかるのだ。いつだったか八島さんが言っていた、これが目が眩むほどの美しさか、と納得した。

 複雑に結い上げられた黒髪が艶々と光を放ち、白いゆったりとした衣を纏った姿から妖艶さと清楚さが滲み出て、キラキラと周囲に舞い散っている。


「うわあ……」


 きれいだなあ。

 壮絶な美しさに吞まれて、無意識にぽかーっと口を開け、ぽやーっと見惚れてしまった。

 その美女様が、小首を傾げられた。


「我は名乗ったが?」

「あ、はい! 高遠千世と申します! 初めまして! 三か月前からこちらでお世話になっております! よろしくお願いいたします!」


 私はあわてて向き直ってご挨拶をし、べこーっと頭だけ下げた。いや、ちゃんと腰を折ろうとしたんだけど、八島さんに後ろから抱きかかえられているせいでうまくいかなかったのだ。

 彼の腕を引き剥がそうと試みるも、全然歯が立たない。ぺしぺしと小さく叩いてみても、ゆるむ気配はなかった。


「八島さん、お客様の前ですよ!」


 小声でたしなめる。


「招いておりません」

「招いてなくても、ご用があるから訪ねていらっしゃったのでしょう?」

「聞いてやる必要はありません。千世様のお心をわざわざ煩わされることはないのです」


 何を言ってるんだと振り返れば、八島さんはこれ以上ないほどに真顔だった。


「そういう問題じゃないですよ! ご近所づきあいは大切です! それに、あの女神様、ここで一番偉いお方ですよね!?」

「いいえ。千世様が最上位でございます」


 !?

 とんでも発言に言葉を失った。そりゃあ、八島さんはこの神域の支配者で、神様たちより偉くて、私はその八島さんの主、という三段論法的には確かにそうかもしれないけれど!

 でも、見るからに迫力が違うじゃん! 女神様、自前でキラキラな効果線ふりまいてるよ! いくらなんでも、あんな超美女女神と比べられたくないよ! それに、彼岸の生物を軽々と踏みつけているし!


「あ」


 私は男の人のことを思い出して、そちらに視線を戻した。果物を握った手はこちらに突きだされたままで、よくよく見れば、ミカンのように見える。


「あの人、誰かにあのミカンを食べさせてくれって、頼んでいましたよ」


 指さして八島さんに訴えてみた。言っておくが、人を指さしたんじゃない。ミカンをさしたのだ。


「お耳汚しでございましたね。今すぐ排除してまいりますので」

「いえいえいえいえ、そうじゃなくてですね!」


 私は八島さんを行かせまいと、自分の胴にまわっている彼の腕を、両手でつかんで抱えこんだ。


「頼みごとがあっていらしたんなら、お話を聞くだけでもっ。女神様もお付き添いでいらっしゃってるようですし」


 そこに、女神様が口を挿んできた。


「我は自分の意思で来た。これは入口で出会っただけだ。我とは関係ない」

「よく言う。呪を破る手間を省くために、それが為すことを黙って見ておったモノが」


 八島さんが間髪入れず、冷たい声で非難した。……ええと、それは、どういう意味でしょうか?


「高遠千世とやら」


 話についていこうと一所懸命考えこんでいたら、急に女神様に高飛車に呼ばれて、ぱちくりと目を瞬いた。


「黙れ。気安くこのお方の名を呼ぶことは許さぬ」


 女神様への応え方が今一つわからなくて(時代劇みたいに、ははーっとひれ伏さなきゃいけないのかなとか)、もたもたと返事できずにいるうちに、殺気すら含まれた声が背後から響いて、うなじと背中がひやりとした。

 わあああ、八島さんが怒ってる、怒ってるよ!

 私は彼の腕をつかむ手に力を込めた。あんな強そうな女神様と喧嘩なんて、絶対ダメだ。私は場を取り持つために、わざと明るく返事をした。


「はい、なんでしょうか、女神様!」

「早う、招かんか」


 うわあ……。

 私は笑顔のまま固まった。どう考えたって、こんな高飛車横柄な女王様気質の女神様とじゃ、楽しくお話できそうにない。なにより、八島さんが黙っていないだろう。お茶をはさんで、一触即発、喧嘩上等、阿鼻叫喚(私が)な未来予想図が頭の中を流れていった。

 どうしようかなあ、と八島さんへと振り向く。


「躾がゆきとどいておらず、申し訳ございません。お許しくだされば、今すぐつまみだしてまいりますが」


 八島さんは申し訳なさそうに言いながら、するりと右腕を私の手の下から抜いて、上から重ね合わせてきた。指の間に指が入りこんできて、握りこまれる。この手が彼を引き留めているのだ、と示すように。

 ……それで気付いた。私、お客様の前で、後ろから抱き込まれる腕を離すまいと、自分から抱きついている!!

 ひーっ、と恥ずかしさに顔が燃え上がった。八島さんと目を合わせていられなくて、ましてや女神様と顔を合わせるなんてこともできず、ぎぎぎ、と首を軋ませてうつむく。

 それでも、腕は離せないのだった。だって、この手を離したら、女神様をつまみだしに行っちゃうんだよね!? なにこの門前の虎後門の狼な状況。どうして誰も彼も穏便に事をすませられないのかなあ!?

 パギ、ギリ、ギギギ。

 妙な物音がして、つられて顔を上げると、金髪の男の人が頭をあげて、ぎりぎりと睨みつけていた。男の人は、バギン、ともう一つ歯ぎしりをこぼし、かっと口を開け、吠えたてた。


「くっそっ!! 見せつけやがって!! 『       』!! 我が主は無事なんだろうなあ!?」


 あれ、と思う。

 この人、八島さんと同じ種族なのかな、とか、主が傍にいないんだな、とか、その行方を八島さんがどうやら知ってるらしいぞ、とか。

 彼が主を探して必死なのはよくわかった。けれど、申し訳ないことに、それよりなにより気になったのは、


「『十三の神域(シマ)を支配する大執事』?」


 男の人が口にした響きを、確かめるように呟く。やっぱり、十三、と言っている。おかしい。八島さんが支配しているのは、八つのシマのはずだ。それで神語に不慣れだった私には、八島、と名乗ったように聞こえたんだもの。


「人違いですよ、八島さんは八つのシマの支配者です」


 そう告げたら、男の人の顔が般若のごとく歪んで、黒ずんだ。


「間違いなものか! そいつは主を得て、俺から四つ、他から一つを奪い、十三のシマの支配者となったのだからな!!」

「え?」


 私は驚いて、思わず八島さんを振り仰いだ。

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