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異世界執事  作者: 伊簑木サイ
第五章 まだまだ転

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好い仲の小いさかい

 すうっと意識がのぼって、ぱちりと目が覚める。目の前には見慣れた畳。ごろりと仰向けになれば、みごとな欄間(らんま)と床の間のお昼寝部屋の様子が目に入った。


「すっきりしたー」


 私は寝ていられなくて、すぐに起きあがった。

 体の下にしていた長座布団をテーブルの傍に戻し、蕎麦殻(そばがら)枕と畳んだタオルケットを、さっさと押入れへしまった。でないと、また八島さんの手をわずらわせしまうからね!

 今日は八島さんが来る前にやりきったぞ、と、にんまりとして庭に目をやれば、いつも昼寝から目覚める時間より、だいぶ遅かったらしい。かなり日が傾いていた。

 そういえばピクニックに行ったんだっけ、なんて思い出して、その後のもろもろのことも走馬灯のように頭の中をめぐる。気付けば、


「あ、カイちゃん」


 と呟いていた。

 八島さんは躾けただけと言っていたけど、痛そうに鳴いていた。

 なのに私ったら、急に八島さんに抱っこされたのにびっくりして、カイの様子を確かめもしないで、すっかり意識から追いやってしまったのだ。

 今、どうしているだろう。もしかして、まだお庭で痛がっているんだろうか。それとも小屋に戻っているのかな。

 ……おやつのジャーキーを多めに持っていけば、少しはご機嫌をとれるだろうか、などと考える。我ながら考えが卑しいと思うけれど、放置して昼寝してしまったやましさに、良心が疼いてしかたない。

 ところが、ここでいつもなら、よし、夕飯前にカイちゃんと遊んでこよー、なんて後先考えず庭に出るのに、今日はなんだか、その一歩が踏み出せなかった。

 ……だって、またカイが人型になったりしたらどうしよう。それで、ぎゅーしてーっ、などと抱きつかれたら、悲鳴をあげて逃げ惑う自信がある。


「千世様、お目覚めですね。お飲み物はいかがですか」


 ぐずぐずしていたら、廊下から八島さんがお盆を持って現れ、麦茶をすすめられた。寝起きで喉の渇いていた私は、お礼を言って、ゴクゴクといただいた。そして、グラスをお盆の上に戻すときに、恐る恐るお願いしてみた。


「あの、お忙しいところ申し訳ないんですけど、カイちゃんの様子を見たいので、一緒に来ていただけませんか?」

「はい。喜んでお供いたします」


 八島さんは、爽やかににっこりとしてくれた。




 カイは、小屋の中にいた。奥の方に寝そべり、顔も壁側を向けている。


「カイちゃーん、おやつ持ってきたよー」


 カイは動かなかった。

 お、怒っているのかな。寝ているんだったらいいけど、具合悪いんだったらどうしよう。


「カイちゃーん」


 やっぱり動かない。私は心配になって、後ろについていてくれる八島さんに振り返った。


「カイちゃんが、動かないんですけど」

「動いておりますよ」

「え?」

「尻尾が動いております」


 もう一度うす暗い小屋の中に目をこらせば、……あ、本当だ! ふぁさ、ふぁさ、と気だるげに床を掃くふさふさの尻尾が。

 尻尾を振るのは、たいてい嬉しい時だから、き、嫌われては、いないのかな。

 私は戸惑って、また八島さんへと振り向いた。


「拗ねているだけでございます」

「そうなんでしょうか」


 体が痛くて動かせないから、なんてことはないよね?

 でも、それをやった当の本人の八島さんには言えず、口ごもる。

 八島さんが歩みよってきて、私の隣に立った。そして、入口の横木に下から手を当てると、ひょいと十センチほど持ち上げた。

 小屋の大きさ、キャンプ場のコテージくらいあるんですけど! それも、人が住んでもさしつかえないような、ログハウス風の頑丈な造りなのに! 力持ちだ力持ちだとは思っていたけれど、八島さんは驚きの怪力だった。

 それでどうするのかと思ったら、次の瞬間には、無造作に手を離した。どん、と地響きをたてて小屋が落ちる。

 びびびびっくりした。地面が揺れたよ!


「ご覧ください、問題なく動いております」


 カイが、のそお、と身をもたげた。そりゃあ、もたげるよね。驚くよね。前脚を立てて、こちらに流し目をくれる。お、目があった、と思ったら、ぷーい、と反対側を向いた。

 あ、拗ねてる。

 カイは(まが)(かた)なく拗ねていた。


「カイちゃーん、ジャーキー持ってきたよー」


 ご機嫌を取るべく、手に持ったジャーキーを振り回してみる。匂いが届かないかなーと思って。

 ふぁさ、ふぁさ、と揺れていた尻尾の動きが、心なしか早くなる。


「カイちゃーん、カイちゃーん」


 ふぁささささささ……。激しく床を掃いているけれど、こちらを向こうとはしない。

 中に入っていって、あげればいいのかな。でも、ちょっと怖い。

 思わず再三、八島さんを見遣った。

 八島さんはにこりとすると、カイの餌皿を私にさしだした。

 え? それ持ってきてたの? さすが八島さん、用意がいい。……なんか、手品のように何もない空間から引っ張り出したように見えたけど、気のせいだよね?


「こちらへどうぞ」


 うながされるままに、ジャーキーをのせた。

 八島さんがかがみ、床に餌皿を置いた。そして、手首のスナップをきかせて、しゅぱーっと床の上を滑らせる。お皿は中身をこぼすことなく滑っていき、カイの立てた前脚の真ん前で止まった。

 おおお、凄いよ、八島さん! 本当になんでもできるなあ。


「千世様が下賜されたものだ。ありがたく食うがいい」


 かし? 菓子? んんん? ジャーキーだよね?

 八島さんの言葉に引っ掛かって首を傾げていたら、さあ、参りましょう、と小屋との間を遮るように腕を伸ばされ、肩をそっと押された。


「成長するものには反抗期があるといいます。成長の一段階だそうで、放っておくにかぎるそうでございます」


 反抗期? ああ~、たしかにカイちゃんの人型の姿は、反抗期真っ盛りのお年頃のものだった。そうか。これから難しいお年頃なんだ、カイちゃんは。


「そうなんですか。人狼にも反抗期があるんですね。わかりました。これからお母さんとして、ドーンと構えようと思います」


 うん、と大きく頷く。飼い主は飼い犬(飼い狼)にとって親にも等しいんだもんね。親がおろおろしてちゃダメだよね。おおらかに見守ってあげないと!

 私は無意識に、自分の親がどうだったかを思い出そうとした。

 確か、お父さんはあんまり家にいなかった。お仕事が忙しかったのだ。必然的に、私たち兄弟がきゃんきゃん吠えつくのはお母さんだったわけだけど、お母さんはいつでも、あら、まあ、そうなの、の三言で、気のない返事をするばかりだった気がする。というか、今でもそうだ。物に動じるということがない人なのだ。

 しかしだからといって、怒ってないわけではなかったらしい。時々、翌日のお弁当に、ご飯がふやけきったカレーライスが入っていたり、餃子が敷き詰められたりしていたのだ。

 お昼休みに蓋を開けたら、そんなお弁当だった時の驚愕は、今も忘れられない。

 それで、さらにうっかりお母さんに怒りをぶつけたお兄ちゃんは、一週間、全面に詰められた真っ白いご飯に、ハート形にされた梅干しと、海苔で「母の愛」と書かれたお弁当を持たされていた。

 飯テロならぬ、飯質である。兄弟で、お母さん酷いと、何度陰で悪口を言いあったことか。

 思い出せば思い出すほど、はたしてあれは、反抗期の子を持つ親の手本になるのだろうかと、疑問が浮かびあがってくる。

 今日何度目か、助けを求めて八島さんを見上げると、八島さんは微笑んで、大丈夫でございますよ、と応えてくれた。


「私もおりますから」

「はい! じゃあ、八島さんは、お父さんってことでお願いします!」


 超スーパー一流執事の八島さんが手伝ってくれるなら、何の心配もないよね!

 私はすっかり大船に乗った気分で、背中を押されるままお屋敷に戻った。




 カイちゃんは、夜に餌を持っていった時も、まだ拗ねているみたいだった。でも、こっちを横目でうかがっていたから、さっきよりはましだなあと、微笑ましい気持ちで、いつもどおり、「おやすみ、カイちゃん、また明日ね」と声をかけた。

 そして、翌朝。のそのそとやってきたカイは、おとなしく座って、じっとりと私を見あげた。

 いつもなら、おはよー、おはよー、舐めていい? ねえ、舐めたいなあ、舐めさせて! とばかりにうろうろびよんびよんして顔を舐めようとするのだけど、あ、もちろん、顔は舐めさせないよ、何か病気がうつるといけないし、八島さんに叱られるし。その代わり、べろんべろん指の間まで手を舐められるのが日課だ……った。

 うう。過去形です。昨日までです。今日は、じいいいいいいいいっと見ているだけです。尻尾がゆっくりながら振られているのが、ちょっと救いと言えば救いです。


「お、おはよ?」


 なんとなく疑問形で挨拶してしまった。機嫌悪い? って、おうかがいたてるように。どーんとかまえるって、難しい。

 だって、嫌われたくないよ……。

 どうしていいのかわからず、じいっと見つめ合う。

 今日もカイは精悍だ。格好いい。つやつやの灰色の毛に、真っ黒い瞳。ワンポイントの赤い首輪もすごく似合っている。昨日も、その三つで、もしかしてこの不審人物はカイちゃんなのかもしれない、と思ったのだ。

 と思い出したら、ぽわーんとイケメン少年の面影と、狼の顔が重なった。ついでに、腰から下の見てはいけなかったものも思い出してしまう。


「わわわわ、違う、違う、違う!」


 うわー、と目をつぶって、ぶんぶんと頭を横に振った。

 忘れろ、私、全力で忘れろー! 覚えるのも難しいけれど、忘れるのも案外難しい。だったら、記憶の上塗りで、モザイクはどうだ。

 モザイクー、モザイクー、と頑張って、脳裏でモザイクを掛ける。

 だいたいなんとかなった気がしたところで目を開け、カイちゃんを見てみた。

 ……カイちゃんに、しらーっとした目で見られていた。

 ぎゃーっ。気まずい。気まずいよーっ。

 とても、乾坤圏(けんこんけん)でフライングキャッチしようとか言える雰囲気ではなかった。阿吽の呼吸で、とってこーいとかできる気がしない。


「お、お散歩、行こうか?」


 一緒に歩くくらいなら、なんとか。

 そろりと踏み出してみれば、カイも腰をあげて、同じ方へ鼻先を向けてくれる。

 よ、よし。お散歩。とにかく、お散歩だ。

 私たちはぎくしゃくと、広大なお庭をめぐるお散歩コースに出発した。

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