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異世界執事  作者: 伊簑木サイ
第四章 またまた転

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17/50

犬は人に付き、猫は家に付く

 ゆらりん。

 自分の頭が舟を漕いだ感覚に、はっとして目を開け、あ、開け、……開かない、眠いよう……。くーっとあらがいようのない眠りに引き込まれていく。

 同時に、ゆらーん、とさっきより体が大きく傾いで、それにまた意識が引き戻された。眠いのに、眠れない、起きなきゃとも思うけど、眠っていたい。もどかしさとわずらわしさに、目をつぶったまま、眉間のあたりに、ちょっとだけ力が入った。

 そうしてバランスゲームみたいに体を揺らしていたら、優しく肩と頭に手が触れてきて、ふわりと横に押された。八島さんだ。私は眉間の力を抜いて、安心して体をゆだねて、横たわった。

 優しい手が離れていき、今度は足元から温かいものが掛けられる。

 ぬくい。安楽だ。なんて気持ちいいんだろう。……ああ、幸せ。

 私は居眠りから、本格的な昼寝に突入していった。




 目覚めて、ぼやんと視界に入ってくるものを見る。すべてが横になっている、……じゃなくて、私が横になっている。

 ……やってしまった。

 私は居間のソファの上で起き上がった。ローテーブルの上には料理本が置いてあり、それがさらにヤッテシマッタ感を助長する。

 どうして料理の本って、あんなに眠いんだろう。五ページも読むと頭の中がぼーっとしてきて、気付けば毎回このていたらく。……料理を極める道は、果てしなく遠い。


「千世様、お飲み物はいかがですか?」


 襖を開けて入ってきた八島さんが、ハーブティーの入ったカップを差し出してきた。

 爽やかないい香りがただよう。しかも手に取ってみれば、すぐに飲めるように、しっかりとぬるくしてある。起きぬけの喉の渇きに、私はありがたくごくごくと飲んだ。それは、悲しいほどに、おいしかった。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」


 お礼を言ってカップを返すと、八島さんは少し表情をくもらせた。


「いかがなさいましたか? ご気分がすぐれないご様子ですが」

「いいえ、元気ですよ! これ以上ないくらい、健康だと思います」


 なにしろ、三食昼寝におやつ付きで、夜だって八時間は寝ているし、毎日快便(これ大事!)、お肌だって、つやっつやのぷりっぷりだ。むしろ太ってそうだけど、八島さんお手製のおいしくてヘルシーなお食事に抜かりはないようで、ぶよっとした余分なお肉も増えてない。

 素敵に有閑マダム的な日々なのだ。これで文句をつけたら、罰があたる。


「お散歩でもいかがでございますか?」


 私は横に首を振った。だって外に出ると、必ず八島さんも付き合ってくれるんだもの。こんな広いお屋敷を管理しなければいけなくて忙しいだろうに、これ以上手を煩わすのは申し訳ない。お手伝いを申し出てみたんだけど、千世様になさっていただくわけにはまいりません、と固辞されちゃったし。


「もう少し、この本を読んでいます」

「そうでございますか。では、もうしばらく下がっております。御用がおありでしたら、遠慮なくお呼びください」


 そう言って部屋を出ていく途中で、八島さんが一瞬、庭の方に顔を向けた。すぐに何事もなく行こうとしていたけれど、私は気になって声をかけた。


「お庭に何かあるんですか?」

「……実は、お散歩の供にと犬の一種を持ってまいったのですが、少々鳴いているようで」

「犬? 犬がいるんですか!?」

「はい。まだ生まれたばかりのものが」

「見たいです! その子犬、飼っていいんですよね?」

「はい。千世様のお気に召せば」

「嬉しいです! 名前は? もう決まっているんですか?」

「いいえ。名づけてやってくださいませ。それで服従いたしますので」

「私が? はい、頑張って考えます! その子は男の子ですか? 女の子ですか?」

「男です」

「男の子ですか」


 私はソファから立ち上がって、八島さんのところへ行くと、お盆を取り上げて、ローテーブルの上へ持っていって置いた。それから、彼のところへ戻り、肘をつかんで縁側へと向かう。庭に面したそこは、いつでも開けっ放しだ。それで虫が入ってこないんだから不思議だけど、きっと八島さんが何かしてくれているのだろうなと思う。


「こっちですよね。どこですか?」


 縁側の下にあるお散歩用の靴に足を入れた。八島さんも隣で履き、先に庭に下り立つ。手を差し伸べられ、私はそれにつかまって、靴置きの四角い大きな石の上から下りた。

 八島さんに手を引かれ、玄関口の方へ行く。すると、きゃん、きゃん、と甲高い犬の鳴き声がしてきた。私は足を速めた。その鳴き声がいかにも不安そうで、ほうっておけなかったのだ。

 ドウダンツツジのこんもりとした繁みの向こうに、脇のカエデの木に繋がれて、灰色の丸っこい子犬がうろうろしていた。


「かわいい!」


 私は近づいてしゃがみこんだ。子犬は人懐こく、千切れそうにふさふさの尻尾を振って寄ってきて、ふんふんと私の手の匂いを嗅いだ。ちょいちょいと指を動かすと、指先をぺろりと舐める。驚かさないように、喉の下をくすぐってから、そおっと前足の下に手を入れ、ゆっくりと持ち上げた。子犬は、力を抜いて、ぶらんとぶらさがった。お腹の毛は白い。つぶらなまなざしで、私をじっと見ている。

 私は、ぽっと頭に浮かんできたものを、隣にしゃがんだ八島さんへと向いて伝えた。


「カイちゃんはどうでしょうか。灰色の灰で、カイです」

「よろしいかと思います」


 八島さんが同意してくれたのに心強く思い、子犬に向き直る。目を覗き込んで、ゆっくりと教える。


「あなたは、カイ。カイちゃんですからね。私は千世。こっちのお兄さんは、八島さんです」


 そう言って子犬を八島さんの方へと向けた。


「八島さんの言うことは、ちゃんと聞くんですよ。優しい人だけど、だからって我儘言い過ぎちゃだめですからね。そのかわり、私が遊んであげますから」

 自分の前に持ってきて、また視線を合わせる。


「ようこそ、カイちゃん。これからよろしくね」

「千世様、こちらの首輪を」


 八島さんが赤い首輪を差し出してきた。私がカイを下ろしてそれを受け取ると、首につないでいるロープの結び目をほどいてくれた。なんだかぷるぷるしているカイの頭を撫ぜてから、首輪を取り付けてあげる。くすんだ灰色の毛に、鮮やかな赤はよく似合っていた。

 八島さんも手を伸ばしてきて、カイの頭を片手で鷲掴んで……、包み込んで言った。


「千世様がお前の飼い主だ。よく従い、必ずお守りするように。決して傷つけてはならないぞ」


 カイの尻尾は完全にうなだれ、半ば足の間に入っている。大きな男の人が、ちょっと怖いようだ。

 八島さんはカイから手を離すと、立ってカエデからロープをはずし、それを私に渡しながら言った。


「とりあえず、今日のところは前庭で遊ぶとよいでしょう。こちらのボールもどうぞ」


 上着の内ポケットから取り出し、白い小さなゴムボールも渡してくれる。


「私はこれの寝床を用意してまいります」

「はい、お願いします! ……カイちゃん、行くよ!」


 呼ぶと、カイは私の足元で、踊るように体を揺らした。

 うわー、かわいい! 短い手足が動くさまも、丸っこい体も、ふわふわ柔らかい毛も、真っ黒いつぶらな瞳も、みんなみんなかわいい!

 抱っこしてぎゅっとして頬ずりしたいけど、思う存分やったら、飼い犬にも飼い猫にも警戒されて、いつまでたっても逃げ回られた経験があるから、しない。我慢だ。

 触りたくって、わきわきする指をぎゅっと握りこんだら、カイがちょっとびくっとしておよび腰になった。いけない、勘付かれたら、逃げられる。

 なんでもなーい、なんでもないですからねー。


「カイちゃん、遊びますよー、こっちですよー」


 私は努めて明るい声を出して、広い庭へとカイを誘った。

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