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異世界執事  作者: 伊簑木サイ
第三章 転

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画竜点睛

「ちょ、ちょっと、すみません、手を離していただけますか」


 ようやくそれだけの言葉を吐きだした。大きな手に大事そうに手を握られていると、たぶんそう遠くない未来に心臓が過労死する。あるいは血が勢いよく流れすぎてどこかの血管が切れる。

 八島さんは名残惜しそうに手を離してくれたけれど、跪いて見上げるまなざしは変わらなくて。

 なんで今日はこんなに色っぽいのかなあっ。少し上目遣いなせい? ああ、もう、目の毒、目の毒ー!!


「あ、あ、あの、ですね、八島さんの席は、あそこにしましょう」


 私は斜め横にある一人掛けのソファを勢いよく示した。


「私の席でございますか?」


 八島さんは首をめぐらせてソファを確認して不思議そうに言った。やった! 視線がそれた!


「はい! 八島さんのお座布団と同じです。それとも他の席の方がいいですか?」


 アパートでは、座って寛ごうとしない八島さんのために、彼専用の座布団を買ってきて向かいに置いた。これは八島さんのために買ってきたものだから、使ってくれると嬉しいと言ってみたのだ。私は絶対に座らないし、他の誰が来ても座らせないから、これは八島さんが使わないとダメなんですからね、と。


 実家でも、ダイニングテーブルの席は決まっていて他の人のところには座らなかったし、リビングにも定位置があった。当然座布団もマイ座布団で、お客様が来るときには別の座布団を出してきた。私の中では一緒に暮らすってことは、家の中に居ても居なくても居るべき場所があるってことだったんだなあって、他の人と暮らしはじめて気付いた。


 座布団のことを持ち出すと、八島さんは、ありがとうございます、と目元をゆるませた。


「承知いたしました。あちらを使わせていただきます」


 ……で、また視線が戻ってくる。

 う? さっきより目の毒成分が増してる気がするけど、気のせいだろうか。私は動転気味に椅子を勧めた。


「えええええとですねえ、まずは座っていただいて」

「お話はお傍でうかがいます」


 間髪入れず、にっこりと返ってくる。


「じゃ、じゃあ、お屋敷の中を案内してください!」

「かしこまりました」


 よし! いいこと思いついたな自分! と思っていたのに、色良いお返事とともに、上を向けた掌がさし出された。……これは、ここへ手を載せろということだろうか。

 何往復か掌と八島さんの顔を見比べていたら、ご案内いたします、と、にこやかに催促される。

 ……また手を繋ぐんですか? どうしてもですか?

 結局、大きな手でしっかりと包み持たれて、その手に引かれて、私は立ち上がった。




 隣の部屋はがらんとした和室だった。でも寂しい感じはしない。むしろ、シンプルなだけに物の良さが際立つというのか。床の間に掛かった子猫が毬で遊ぶ掛け軸は、素人目に見ても、はっとする愛らしさと美しさだった。控え目に生けられた花とあいまって、和風なのに明らかに若い女性のための部屋なのだとわかる。

 欄間も飾り柱も季節の花々を描いた襖絵も素敵だ。畳が青く匂って、懐かしさを感じさせる。私は床の間の前に行って、しげしげと飾られているものを見た。


「可愛いですね」


 子猫が生きているようだ。


「触ったら、ふわふわの毛が堪能できそうです」

「触ってみられますか?」


 八島さんは私の手を離し、床の間に登って、掛け軸をはずしてきた。畳の上に広げて置く。そうして猫に手を伸ばすと、絵の中に手を入れて(・・・・・・・・・)猫をつかみだした(・・・・・・・・)。 

 子猫が、にゃあんと鳴く。

 私は声も出せないまま、目をぱちぱちしながら、猫を受け取った。膝の上にのせて耳と耳の間をカシカシとかいてやると、猫が目をつぶって、ぐるぐると喉を鳴らす。


「この作者は夭逝した名もない画家なのですが、天賦の才がございまして、描いたものの存在を写し取ることができたのでございます」

「……そうなんですか」

「幽霊絵などはよく売れて、羽振りもよかったそうでございます」

「幽霊絵って、おどろおどろしいのもありますけど、儚げな足のない美人が柳の下に立っていたりするのもありますよね?」

「はい。その美人画幽霊の方で、知る者ぞ知る有名な作者だったようでございます。本物の存在を絵の中に閉じ込めてしまえましたので」

「え?」

「ある豪商などは、金に物を言わせて、自分になびこうとしない執心した女性を描かせて、秘蔵したそうでございます」

「え? その女性はどうなっちゃったんですか?」

「その猫と同じです。その時のそのままに絵の中で生きています」

「ええ? げ、現実の女の人は?」

「存在が抜き取られますから、生きた屍ですね。千世様の時代のように医療が発達しておりませんでしたので、すぐに衰弱死しました」

「そ、そんな、だって、絵の中で生き続けるって、そんなの」


 私だったら我慢できない。いつ描かれたのかわからないけれど、江戸時代からだって二百年はたっている。そんなに長い間こんなところに閉じ込められてたら、頭がおかしくなる。


「千世様はお優しい」


 八島さんはこわばった私の頬を、いたわるように、そっと撫でた。


「ご心配ございません。その時のそのままに時を止めておりますから、これらには、過去も未来もないのでございます。ただその時の存在があるだけ。一瞬が永遠となっているだけです」


 いつのまにか手を止めてしまっていた私から猫を取り上げ、八島さんは絵の中に戻した。それからくるくると巻いてしまうと、床の間の横の押入れに行って、そこを開けてその中に置いた。


「では、こちらにしておきましょう」


 彼は別の二本を持ち出し、そのうちの一本を広げた。飛沫が美しい、流れ落ちる滝の絵だった。


「こちらは、このようにも使えます」


 縁側へと出て、掛け軸を庭へと向け、中に手をつっこみ、滝を引っ張り出す(・・・・・・・・)

 とたんに、掛け軸から、凄まじい水の奔流が庭へと迸った。轟々と水音をとどろかせるそれを唖然と見ていると、彼は端からするすると巻き取って、水を封じた。


「危ないものを近づけさせはいたしませんが、もしもの場合はこのようにお使いください。こちらは雷となっておりますので、より効果は絶大です」

「あ、あ、そっちはやってみなくていいです!」


 みなくてもわかる。目の前数メートルに雷が落ちたら怖いもの!


「何の絵かは軸の側面に書いておきましたので、こちらでご確認ください」


 八島さんは黒い軸の丸い面に、金の文字で、雷、滝、と書いてあるのを見せてくれた。


「わ、わかり、ました」


 ごくりと唾を飲み込んで頷くと、八島さんはその二本を持って行って、並べて飾った。床の間が荒々しく迫力満点となる。花器の位置を隅に移し、ちょいちょいと生けたものも挿し変える。それから押入れから刀置きと長いものを持ってきて、中央に飾った。


「こちらは、布都御魂(ふつのみたま)と申しまして、災難除けの剣です。抜くだけで荒ぶるものを退けてくれますから、……いっそ抜いておきましょうか」

「いえ、いえ、いえ、いえ、どうぞそのままで!」

「そうでございますか? 必要な時は、どうぞ抜いてお使いくださいませ」

「はい、はい、わかりました!」

「それと」

「はい!」


 まだ何かあるのだろうか。身構えて八島さんに返事をしたら、彼は押入れの反対側を開いて、そこから枕とタオルケットを出してきた。


「こちらにお昼寝セットをしまっておきましたので、どうぞお使いください」

「は、はい」


 私は気の抜けた返事をして、無意識にぴしりと伸ばしていた背筋から、ふにゃりと力が抜けた。

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