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異世界執事  作者: 伊簑木サイ
第二章 承

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飛んで火に入る夏の虫

 なんと自動ドアとは。中に入れば、広いたたきと、これまた十畳ほどありそうなホールがあって、黒の漆塗りの壁の前に、巨大な生け花が設えてあった。

 青磁色をした花瓶だけでも高さ一メートルはありそうだ。そこに主枝も副枝も私の手首の太さくらいあるものを使い、赤を基調にして、オレンジ、黄、紫など、暖色の花がふんだんに生けられている。華やかで力強く、大胆で豪奢、でも繊細で美しい。


「綺麗ですねぇ」


 感嘆の溜息とともに伝える。


「お気に召しましたか?」

「はい」

「よろしゅうございました」


 ふと、よく似ているなと思った、八島さんと。


「八島さんが生けたんですか?」

「はい。お恥ずかしながら」

「そんなことないです。こんな綺麗で素敵なお花、見たことありません。本当ですよ」

「お褒めにあずかり光栄です」


 八島さんが(かまち)をあがった。私も靴を脱がなきゃと思って、今頃自分が靴を履いていないことに気付いた。ああっ、だから八島さん、抱えてきてくれたんだ。ストッキングで玉砂利の道を歩いたら、きっと痛かったもんね。


「ありがとうございました。もう大丈夫です。歩きます」


 建物内に入ったのなら、自分で歩いても足の裏を傷めることはない。ところが、いつになく八島さんは強引だった。


「すぐそこでございますから。このまま参らせていただきます」


 まなざしで一つ微笑みかけてきただけで、あとは前を向いて取り合おうとしてくれない。心なしか急いでいる気もする。いつもなら私を最優先にしてくれる八島さんだ。何か理由があるのだろうと、私は黙っておとなしくなりゆきを見守ることにした。


 つきあたりの壁だと思っていた部分が真ん中から割れ、外側へと開いていく。そこには四方どころか天地も真っ黒に塗られた、総漆塗りの小部屋があった。まるで闇を塗り込めたよう。美しいけれど、美しすぎて不気味ささえ覚える。顔が映りそうにつるつるな床の上を、八島さんは躊躇せず踏んで奥へ進んだ。黒光りする引き戸が開け放たれ、今度は畳の部屋が現れる。

 左右は襖も障子も取り払われており、同じような部屋があるのがわかる。その向こうには縁側があって、外には広大な庭園が見えた。


 八島さんは中央の畳の部屋を、まっすぐに歩いていった。彼の進みに合わせて、なぜか進行方向にだけ残された襖が次々と開いては、通り過ぎると閉まっていく。

 自動ドアというより、魔法みたいだった。あるいは、何かの儀式。何度も開くことによって、内へ内へと招き入れ、何重にも封をしていくかのような……。


 数えきれないほどの部屋を通り過ぎ、とうとう部屋が途切れて、渡り廊下みたいなところを渡った。そこにも違う棟があって、ひときわ立派な(こしら)えの、炎のように鮮やかな朱塗りの扉が開くと、中はさっきあったのとよく似た漆塗りの部屋だった。ただし、色は黒ではなく朱。まるで血の中だ。けれど、今度は不気味だとは思わなかった。荘厳ささえ感じる。それは、この色からは生と命を連想するからかもしれなかった。


 その部屋を抜けた八島さんは、次の畳の部屋で私を降ろした。渡り廊下の向こうの建物と違って、こっちは小ぢんまりしているようだ。左側には庭園があるけど、右側は閉められていて見えない。ここも八畳程度の広さしかない。壮大な邸宅って感じがなくなって、私はほっとした。

 生まれた時から筋金入りのいわゆる中流家庭で育ったから、あんまり広々していると身の置き所がないんだよね。レストランのテラス席なんかもってのほか。できたらいつでもすみっこがいい。真ん中に座ってみたいのは映画館かコンサート会場ぐらいだ。


 八島さんは私の右手を捧げ持つように取ると、正面の襖の前まで導いてきて一度膝をついて、どうぞこちらへ、と言って手で開けた。

 初めて家具の置いてある部屋が現れる。

 大きな円形の絨毯が敷いてあり、その上に大小のソファが並んでいた。壁際には大型テレビもあって、テレビ台の中には各種オーディオ機器もそろっているみたいだ。横には立派な棚がそびえていて、私の愛読書(おもにマンガ)と好きなDVDが並んでいる。脇の方にはパソコンの置かれたワゴン状のデスクもあった。あれを引いてくれば、ソファに座ったまま優雅にネット閲覧ができそうだ。

 ちょっと部屋は大きいし、置いてあるものも高級そうだけれど、私の部屋と雰囲気が似ている気がした。居心地がよさそう。私は一目で気に入った。


 再び立ち上がった八島さんに手を引かれて、恐る恐る踏み入る。足裏が絨毯にふんわりと包み込まれつつも分厚いそれに押し返されて驚いた。味わったことのない素晴らしい弾力。高級だ。絶対これ高級絨毯だ。踏んじゃっていいのだろうかと思いながらも、その魅力にあらがえずに楽しみつつ、そっと歩いた。

 テレビの真ん前にあたる長椅子まで連れてこられて、こっちもこっちで超高級そうな革張りの座面に恐れをなす。傷をつけたり汚しちゃったらどうしよう。それを考えるだけで手に汗握っちゃうんだけど、こんな手で触っても大丈夫なんだろうか。だというのに、八島さんは『どうぞお休みください』と、さも当然そうに私を座らせた。


 そうして、目前で、おもむろに膝をついた。汗っぽくなってしまって、早く離してもらいたいなと思っていた手が、逆になぜか彼の両手で包み込まれて。

 その大きさに、どきりとする。あれ、男の人の手だ、と思う。形がよくて綺麗だけど、どこか武骨な感じがあって、明らかに女の人の手と違う。私は戸惑ってとっさに手を引き抜こうとした。

 だけど。あ、あれ、おかしい、動かない。強くつかまれているわけでもないのに、しっかりと彼の手の中で固定されていて、離してもらえない。


 わずかに低い位置にいる八島さんが見上げてきて、私は気まずく彼の視線を受け止めた。いや、手を握られているのが嫌なわけじゃないんだよ。ちょっとびっくりしただけって言うか、急に照れくさくなっちゃったというか。そんな言い訳を説明しようとして、でも気恥ずかしさにどうしても声が出てこなかった。


 八島さんはそんな私の様子に優しく笑った。みんな見抜かれちゃっている感じ。

 それから、私の手を持ち上げつつ、少し屈んだ。どうしたのかなと見下ろしている自分の指先に、八島さんの唇がどんどん近づいてきて、ちゅっとくっつくのが見える。そのまま何度か唇で食まれて。

 ん? と内心首をかしげる。今、何をされてる? と。同時に、当然ながら、柔らかい生々しい感覚が指から体にはしり抜けていき。

 うひーっ!?


「な、な、な、なに、」


 なにしてんですか、と言いたいのに、言葉にならない。

 そんな私に、八島さんは、触れるか触れないかの微妙なとこまで唇を離して言った。


「ようやく千世様を我が支配地へお迎えできたこと、たいへん嬉しく思っております。……千世様。我が(あるじ)よ。命のかぎり、幾久しくお仕えすることを誓います」


 一言ごとに唇がこすれ、一息ごとに吐息がかかる。気のせいか声音さえ熱を秘めているように聞こえて。最後に上目遣いに見上げてきたまなざしが、な、なんか、み、淫ら? で。そうした全部に心臓を直撃されて、心筋が疾駆し、みるみる体が熱くなっていく。

 わかってる、わかってるよ、真面目でプロな八島さんが、ご主人様に敬愛の念を念入りに示しただけだってのは!! 指先にちゅうは二度目だしね!

 でもね、でも、……うわぁん、なんでこの人、いちいちすべてがナチュラルに罪作りなのかなぁーっ?!?!?

 私はどきどきのあまり呼吸困難を起こして、真っ赤になって硬直した。

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