しめじちゃん生える
いつからこんな生活になっちゃんたんだろう。思い返してみても、何だか惨めになってくるだけ。それを考えて振り返った過去から、今の状態への解決策を探すなんてインテリジェントな機能は、あたしの脳には備わっていないのよ、お生憎様。
惨めな気持ちにはなるけど、それはセンチメントではなく。
悲しくも何ともない、つまり無感動無関心、そこにあるのは虚無虚脱、幾重にも幾層にも塗り固められた、黄金色の、すまん、どどめ色の、あたし。
何に染まった、何に。
何に染まってこうなったのかな。
考えることは無駄じゃない。そうして、あたしの脳には備わってない機能を新たに開発しようとする自我って奴が、どうやらあたしにはちゃんとあるらしい。コギトエルゴスム。
あたしが今どうしてこんな状態なのか、考えたっていいじゃない。そうだね、ひきこもりって言うのかな。まあ、自室に籠って、生産的活動を何もしていない点では、ニートって言った方がいいのかもしれない。
――Not in Employment,Education or Training――
一つ言い訳があるとすれば、全く褒められた事ではないという前提はあるけれど、自慢するような事でもないけれど、生産的行動が何一つないという訳ではなかったりする。
うんこ製造機。わかってる、そんな事は解ってる。誰もそんな事を誇らしげに言う事なんか無いと思うけど、それは一つの側面で有って、今のあたしにそれを適用してほしくない。否定はしないというか、できないけど。
どう言ったらいいのか、ただ直球で伝わればいいんだけど、あたしの体には「しめじ」が生えている。これが、とてもかわいい。
さて、突然何を言い出しやがるんだこの女とか、まあ、いや、うんこ製造機でも一向にかまいやしないけど、とにかくあたしの体には今、一般的にしめじと呼ばれている種類のきのこが生えている。
こうして引きこもってジメジメとした部屋で、ある種にとって絶妙の温室状態を作り出してしまった場合には、奇跡的と言う事でもないが結果として突然、得体の知れないきのこが、気付くと部屋に生えていた、なんて話をよく聞くけれど。
あたしの場合はこれ、良く見知ったきのこだったので、その点では恐怖することもなく、安心して冷静に向き合う事が出来た。
部屋からではなく、あたしの身体から、あたし自身からきのこが生えている。女として、何か大事なものを失ったような気がしないでもないが、すでに何も持ち合わせていないようなものなので、その点でもあたしは冷静だった。
でも、きのこっていうのは、いわゆる菌らしい。
以前何かで読んだような気がする。でも、菌がすべて悪い訳じゃないって事だよね、それって。そう、イースト菌だの、諸々の食品には菌が作用して生まれるものだってある。
だから、うんこ製造機だってそれなりの。ううん、いいや、きのこが菌だって言う話ね。そういう知識は、確かにあたしの中にあるけれど、だって、そんな事は知らなくてもいい知識なんじゃないだろうかって、あたしは思うんだ。
もしかしなくとも毒キノコと言う存在も、食べたらおいしいって言うキノコの存在も、そしてマツタケのような高級食材がそこから傑出してくることになるような、もろもろの都合は全部人間が作り出した論理で合って、きのこには、関係ないって思うの。
ただ、こうして、今あたしの体に生えてきたしめじは、間違いなくしめじであるという不確かな根拠も何もない、あたしの脳が導き出したきのこの名称に従うならば、こいつは味噌汁の具にでもしてやろうかと思ってしまいたくなる。でも、そういった気は起きない。
なぜなら、あたしの体に生えてきたものだったら、それはきっとあたしなのだ。
もちろんそれも、あたし個人の勝手な都合によるものだけれど。
でも、きのこが菌なのだとしたら、あたしの体は、しめじという種類のきのこにとって、心地よい媒体であると言う事ではないのか。
あたしは世の中に必要とされていない――そういう自意識が、まあ、人間の世に限った話でないとしたなら、少なくともあたしは、今、このしめじが生きていくために必要とされているわけで、そうだね、だから、あたしは前もって言ったんじゃないの。
――誇るような事でもないし、自慢になるような事でもない、わかっちゃいるけど、でも。きのこに必要とされているという事は、自然界に置いての私は不必要な存在ではないという事ではないだろうか。
そして、生産的活動。実際活動はしていないが、生産だけは行えている。
プライベートブランド、とか最近よく聞くじゃない、まさに「あたしブランドきのこ・しめじちゃん」っていうわけよ。冗談にしては笑える、これは最高だわ。
とにかく、しめじはあたしの右腕に生えている。この位置、二の腕のあたり。腕を前に突き出すと、しめじちゃんは立派におっきしている。うん、そう言う気分にもなっちゃうかもね、なんか、身体からキノコが生えてる、って言うと、そう言う感じになるよね。
ああ、よく見える所に生えてくれて、よかったと言うか、じゃあなぜ、今まで気付かなかったのかという話だが、でもご多分に漏れず気付いてたら生えていたんだから、仕方ない。
ひきこもっている以上、あたしはずっと、たまのトイレやシャワーを浴びる以外に部屋から出ていないし、カーテンも閉め切ったまま、そこに窓があったかどうかすら、あたしの記憶の中では定かではい。どうかしている。
もしかしたら、このカーテンにもしめじちゃん、その他のキノコブラザーズが生えているのかもしれない。キノコを食べて大きくなる、そんな兄弟が活躍するゲームは、今は机の中にしまってある。ちょっと、久しぶりにやってみようかな、と思ったけど、机まで行くのが面倒臭い。あたしは、ただ、なにもせず、ずっとベッドに寝そべっている。パソコンやディスプレイは、年中出しっぱなしの炬燵の上にあるので、いつから使わなくなったか知れない勉強机はもっと遠くなのだ。
部屋には一応、空気清浄器なんて大層なものを起動してはいるが、つけっぱなしになっている。確か、あれってフィルターを掃除したり、交換とかをしなきゃならないタイプのだったんじゃないか。それを思い返すと、最後にクリーニングしたのは、いや、そもそもそんな事は一度もしていないから、あれはもはや空気清浄機などではなく、淀み濁ったこの部屋の空気を循環させる事のみに従事する、哀れな粗大ごみである。
空気清浄機の風によって、カーテンはかすかにゆらゆら揺れている。
やっぱり、このカーテンにも、菌が繁殖してきのこちゃんが生えていたら面白いのにな。
そして、大量に増殖したきのこちゃんの自重によって、カーテンはカーテンレールから落下し、この淀み濁った暗黒空間に、実に数年ぶりに太陽の光が差し込むのだ。それならば、きのこが勇者ということだろうか。きのこがひかりのたまをもってやってくる。でもきのこに玉一つじゃ具合が悪い。
とにかく、きのこでもなんでもいい、できれば、そうなってほしい。白馬の王子様じゃないけれど、そんなものを夢見る頃が過ぎ去ってしまっても、思い返せばすぐそこに。
そうだ、カーテンにきのこが、しめじちゃんが生えたら、いつか窓が拝めるかもしれないのだ。
そうなったら、外に出てみよう。
あたしの腕のしめじちゃんは、それがいいよ、そうしなよ、とあたしに語りかけているように見えた。ああ、お前はあたしなんだった、そう思い込んでるだけかもしれないけど、あたしの心の声に、静かにうなずいてくれるしめじは、たしかにあたし自身、分身みたいなものなのだと、そう思ったら、目の前が不意に霞んできた。
――涙。触れずとも解る。
目尻から滴ったその雫は、頬を伝い流れる一雫は、間違いなく涙だった。とっくにそんなもの、枯れちゃったと思ってた。
無感動、無関心、虚無虚脱の惰性、自堕落な暗澹。おかしいな、あたしってば、なに感傷に浸ってるんだろう。
あたしの右腕には、しめじが生えている。泣き顔を見られるのは恥ずかしいな、と思い、あたしは部屋を出て洗面所に向かった。
今が何時かよく解らなかったけど、洗面所は風呂場からの光が差し込んでいて、これは朝の風景なんだと、あたしに気付かせる。そうか、朝の昼間の洗面所にも、ここのところずっと、来た事が無かった。洗面所の前に立って、自分の顔を見る。
おいおい、なんて顔してるんだよ、あんたは。女の子だろう。顔を洗おうと思って、蛇口をひねろうとしたけど、そんなものはなくて、ボタンを押せば流れ始める小洒落た洗面台になっているのを忘れていた。そして、温水にシャワーノズル、便利になったものだね。たまに、夜中に風呂場でシャワーを浴びるだけだったけど、洗面台でもシャワーが出来る。朝シャンってやつか。
あたしの中に段々と、込み上げてくるもの。朝日と言うのが、こんなにも照っている。そうして、あたしの涸れ尽きたと思われた涙を、再び溢れさせる。
今度ばかりは、どうしようもなかった。
ちゃんと声を出したことも、声の出し方だって、忘れてるんじゃないかというような、このあたしが、声をあげて、泣いてしまった。顔を洗おうとしたのに、なんてこったい。
洗面台からは、水が滔々と流れ続けている。いけない、水道代とか、気にした方が良いんじゃないか、シャワーだって適当に流すだけだったじゃないか、あたし。こんなに水を流してちゃ、怒られるぞ。
あたしの泣き声に驚いて、お父さんとお母さんがリビングから駆けつけてきたけど、いわゆる今な状況ほど人は冷静になれるものかしら、と思うほど無駄のない動作で、あたしは二人の足音が洗面所に近づくその数瞬に、あたしの分身を根元から引き抜いて洗濯機の後ろへ放り投げた。
――数週間、経った。
とぼとぼと、あたしは家路についていた。ぎこちない足取り、そうだ、本当に家から一歩も出ていない生活を続けていたのが、自分でも信じられないのだが、何でそんな根性が自分にはあったんだろうという、何とも言えない自己嫌悪に苛まれ、それでもなんとか持ち直して、足取りは重いまま自宅の戸を開ける。
あー、なんともはや。
息が詰まる思いだ。話かけられると、あたしは本当に呼吸が止まってるんじゃないかと思うほどだ。久しぶりに外に出てみているけど、景色が変わったとか、そんな事で感動するような性分でもない、無感動無関心、虚無虚脱の精神はあたしの根っこに染み付いて離れない。
それでも、良く解らないテンションであたしは数段飛ばしのステップを踏んで突っ走った。いや、もう突き抜けてきたとでも言えばいいのかもしれない。
とまれ、こうして家路をとぼとぼ来る最中に考えていたのは、風景の事なんぞではなく、人との会話の仕方がわからないという、実に難題を抱えている事についてだった。
ううん、どうしよう。「あたしブランドきのこ・しめじちゃん」は、酷い話、相変わらず私の右腕から生えてくる。
なぜかここからしか生えてこない。あたしが洗面台で泣き崩れた朝、引っこ抜いて投げ捨てた次の朝も、こないだ、机の角にぶつけてへし折れてしまった次の朝も、しめじちゃんは、すぐまた生えていた。というか、一日寝たら、元通りの所に復活していた。
復活と言うのが、まさにピタリと当てはまる。なんだか、気味が悪いような気もしなくはないが、あたしが部屋を出るきっかけとなったのはこのしめじちゃんであるし、とりあえず朝引っこ抜いておけば問題はないだけのモノなので、特に誰にも相談していない。でも、このまま、しめじが生える女のままで実家で暮らしていたら、両親に見つかってしまう時が来るのは確実である。
どういう訳だか、そう言う訳だ。
しめじちゃんがばれるのはマズイ、ならば、一人立ちするしかない。
あたしを取り巻く環境が、しめじちゃんのために大きく変わっていく。いや、まっとうな人間にしてもらっている、と言うのが妥当なんだろうけど、果たして体からしめじが生えてくる人間は、まともな人間なんだろうか。考えても虚しくなるだけなので、もうよしておく。
なあ、しめじちゃんよ、お前はどうして右腕からしか生えてこない。
あたしは、今はもうちゃんとシャワー浴びてるし、お風呂にだってゆっくり浸かるようになったから、体全体が汚いとか、そう言う事は恐らくないのだけれど、腕の次に脚とかからも生えてきそうな勢いである。最近なんだかどんどん、自分がしめじだらけになっている様を夢に見たりする。
しかし、脚から生えてくる、か。それはちょっと、勘弁してもらいたいな。あたしの今の自慢と言えば、すらっとした脚ぐらいのものだから、そこからしめじちゃんが生えてきたら、もうあたしの自慢は、しめじちゃんが生えてくる事くらいになってしまうではないか。
そんなしめじちゃんではあるが、やっぱり、何度へし折っても、次の日には復活しているのだった。
なんだかなあ。
とりあえず、外に出る日は朝のうちに、このしめじちゃんをへしおっておけば、日中に生えてくることは今のところ全くないみたいだから、心配がないという訳ではないけど、さしあたっては問題はない。外に出ても特にする事があるわけではない。悲しいか、悲しいかもな。
長く伸びきった髪を切ってしまえばいいんじゃないかと思ったが、何と言うか、この腰まで伸びた長い髪、流石に鬱陶しくもあるようで、それでも、痛んでいると言う事もないから、逆に考えればこの黒く長い髪もあたしの長所として捉える事が出来るのではないだろうか。なんてね。
イメチェンというわけじゃあないけれど、こうして長い自慢の髪を、思いきってバッサリと切ってしまったところから、新たなステップと言う具合になったり、そんな事を考えてみても、やっぱり、長い髪ってすっごいセックスアピールポイントだと思う。
でも、しめじが生えるってのをどう説明すればいいんだろう。いや、誰にと言う訳でもないし、そんな事話せる相手なんていないのだけれど。
もしかしたら、私に好い人ができて、その人と好い関係になれたとしたら、しめじちゃんは役目を終えて、私は元の一人になるのかもしれない。このしめじちゃんは、やっぱり私の心のクピドなのかもしれない。いぇいいぇいうぉーうぉ。
そうして、新しい朝。
相変わらず、右腕にしめじちゃんが鎮座ましましている。
それを左手で引っこ抜く。べりっといういやな音を立てて、しめじちゃんは引っこ抜ける。それをティッシュにくるんでごみ箱へ投げ捨てて、私は最近着るようになった、かわいらしい女物のパジャマから、普通の格好になる。普通の格好と言うと、どんな格好か解らないけど、日中外に出るのに恥ずかしくない格好って所か。よく言う女子力とかいうやつは、高くない格好かもしれない。
落ち着いたワインレッドのリブタイツにスカート、控えめフリフリシャツのうえからカーディガンを羽織って、長い髪をポニーテールにして、靴はスニーカーなんだけれど、そんな恰好で私は家を出た。
ちょっと前までは考えられなかったような、あたしにしてみれば信じられないような毎日。
このところは、近所のコンビニでバイトを始めたのである。なにもする事がない、つまり暇と言うのは、まともな生活サイクルになってくると、実に面白みのないものになる。自室から出るようになったことで、リビングでテレビなんか見たりもするようになったけれど、テレビってこんなにつまらなかったっけ、とか、そんな感じである。そうして、あんまり、人との会話の仕方がわからなくても、店員さんは別に積極的に会話をする必要はないので、あたしは覚えたことを喋っているだけの、マニュアル店員さんになるのである。
制服に着替える時に、何気なく右腕を見てみると、やっぱりそこに、しめじちゃんが生える気配はない。しかし、朝になるとここからしめじちゃんは生えている。
そうして、バイトにも慣れた頃。
――ああ、もう、どこへ行ったんだろう。本当に腹が立つ。あいつは腹が立つ。
バイトに慣れたあたしは、予てから構想していた一人立ち、というか、しめじちゃんを隠し通すためには実家を離れるしかないという苦肉の策で、最近一人暮らしを始めるようになった。
だけれど、やっぱり出るものは出るんだなあと。家財道具を自室から、いくつかアパートへそのまま持って来ただけの、即興一人住まい。部屋は断然綺麗だけど、環境はあの時の自室と代り映えしない。空気清浄機はフィルターの交換を済ませ、正常に正常活動している。しかしいくら、空気がきれいだろうと、出るものは出る。
そんな、あたしの右腕には、相変わらず一晩でしめじが生えるが、考えてみたらしめじが体に生えるような女の部屋に、アレが出ないはずはない。
むしろ、今まで出てなかったのが不自然ではないかと思えるほどに、あたしの部屋は散らかっている。引きこもっていた頃だって、ゴミをまとめておくくらいの事はやっていた。最低限。
今は違う、アパートの一階。何か知らないけど、ここは、向かいのアパートのごみ捨てスペースはとても大きいんだけど、うちのアパートのごみ捨てスペース、これがまた厄介な事に、不自然なくらいに狭い。
六、八世帯はあるはずのアパートのゴミ捨て場が、矮小なので、あたしは以前にも増してゴミを部屋に溜めるようになってしまった。やれやれと言ったところか、たった、数秒で行けるはずのゴミ捨て場に、ゴミを捨てられない。あたしの一人暮らしは、今、ちょっとぴんちなのだ。
そんな事を考えつつ、何となく炬燵の上の鏡を確認してみる。
よくもまあぬけぬけとそんな事を思うようになったと自分でも感心するが、あたしは、おそらく美少女なのである。きっと。少なくとも、しめじちゃんを見つけたあの日の朝、洗面台で見た時の顔とは、だいぶ違っている印象はある。
だって、何も考えずに化粧などして無くても、誰かに似ているとは、具体的には言えないけど、きっとヒラヒラを着て踊れば、あたしにだってファンが付くレベルだ。多分ね。
人前であまり喋る事も出来ず、会話も苦手だけど、最近、声が可愛いねってバイト先の先輩に褒められた。
そう、あの時まで声の出し方すら忘れていたようなあたしの声は、何か知らないがかわいいのだそうだ、そうして、耳触りでは決してない、心くすぐる癒し系ボイス。これは、あたしが言っているわけじゃない。こんな事をあたしに聞かせたのは先輩、こいつは女性である。引きこもる以前経験したような、苦い思い出からすると、女が女を褒める時って、どこか悪意があると思ってる。打算があると思ってる。純真なんて、そこにはないと思ってる。偏見、しかしその偏った見方が生まれるに至ったのは、事実あたしの周りの女がそんな連中ばっかりだったからである。テレビのワイドショーでも、性格の悪い女だとか、そんな話題で女同士で貶し合ってる番組が、人気だったりする。みんな自虐が好きなのか、それでかわいいと思っているのか。めでたい事だ。
そんでもって、この先輩の場合は、どうやらあたしに対して、下心があったらしい。
あたしが先輩と一緒に飲みに行った時、はっと朝起きるとあたしは先輩の自宅のベッドで、裸で寝ていた。
でも、こんな時だってあたしは、いつだって、無感動無関心、虚無虚脱の精神を拭い去る事が出来ずにいる。だからって、どうって事もない。別にそれくらいはどうだっていい、このくらい、女同士で酔っ払って、吸った揉んだがあったところで、体が疵付くわけでもなし、減るものもないのである。
そんな事より、こういう変な状況でも冷静に考えることができるのがやっぱり人間と言うものなのか、朝起きて裸で寝かされているあたしの腕には、やっぱりしめじが生えているのである。
こんなものを先輩に見られでもしたら、バイト先でピンチになるのは必定である、あたしは雑作もなくこれを引っこ抜いて、何食わぬ顔して再び眠った。
また、とぼとぼと自分の部屋に帰ってみて、さっき引っこ抜いたしめじをあたしは何処へやったか、全く覚えが無い事に気付いたけれど、先輩は自分の部屋に何故かしめじが転がっているのを見て、何か思うんだろうか、なんか落ちてるんだけど、なんだろう、これ、きのこ。
でも腕から生えておっきしてる所を見るとしめじちゃんは、意外と手頃なサイズだから、案外使えるかもしれない、先輩みたいな人にはちょうど良さそうだ。
こうして、状況が変わったあたしの部屋でも、先輩に抱かれたとかよく覚えていない夜の話なんかよりも重要なこと、今、ここにアイツがいるという事が問題である。
寝ている間に、あたしの身体を奴がはいずりにじり回していたかと思うと、しめじが腕に生える事よりぞっとする。いや、しめじが生える事にもぞっとすべきなのだが、慣れって言うのは怖いもので、冷蔵庫にはしめじのストックが十数本いつもある。
あたしの身体から生えたものは、あたしなのだ、そんな事を考えていたって、結果的に食べられるきのこをごみ箱に捨てるなんて無駄な事をするのはやっぱりいただけない。あたしの身体から生えたものだからこそ、あたしはそれを食べる義務があるんじゃないだろうか。実際ソテーにして食うと、ちょうどいいからだ。
そうだ、あたしの身体から生えてるからって、それを食ったらいかんわけでもないから、どうしようと自由なのだ。毎日引っこ抜くようになって、それをごみ箱に捨ててた時が、どうかしてたのである。バター焼きとか、しめじのお吸い物とか、ちょっと奮発してシチューなんか作った時に、しめじちゃんを入れたりするのである。あたしは意外と自炊をする。コンビニ飯ばっかり食べて、ゴミが増えたりするタイプではない。しかしそれなのに、いつの間にかあたしの部屋はゴミが溜まっている。切ない。
ペットボトルは、山になっているし、発泡酒の缶も炬燵の上にも下にも散らかっている。たまに起きて、これを素足で踏んずけて潰したりすると、痛かったりして、そのままベッド下にも転がっている。
――はあ、出るわけだよな、クソ虫。そうして、寝る前には無事発見し叩き潰す事が出来たので、安心して眠る事が出来た。
朝起きて、しめじをへし折り、カーテンを開ける。
それなりに、日差しは入ってくる。アパートの一階だからね。
でも、これ窓を破られたらあたしに逃げ場なんて無いんだなあとか、ふと思ったりする。何言ったらいいのか、まあ、あたしを襲うような輩がいるとは思えないけど。自分の事を可愛いとか言っておいて、それでもなんだか、自信があるのとは別問題である。鏡に映ってる自分は、何となく可愛い気がすると言うだけなのだ。
でも、どうだろう、コンビニで働いてるわけだし、もしかしてあたしが気付かない間に、常連のお客さんが、あたしのこと覚えてたりなんかして、あたしがいる時間帯を見計らって店に来るようになってたりとかしたら。
バイトが終わった後にあたしの後をつけて来て、住所を特定なんてされちゃったりするんじゃないかな、そういうのってなんて言うんだっけ、えっと、す、ストリーキング、じゃなくて、ストーキングする奴の事だから、そうだ。
ストーカーだ、ストーカー。
はは、今どき流行らないわ、んなもん。
でも、最近はもう、GPSをつければストーキングも楽々って感じなんだろうな、ハイテクってこわいわー。なんつって、あたしがいくら美少女(笑)だからって、特に、襲われるようなものは持ってないよな。
いつも思うけど、自慢できると言っておきながら実際は長い髪って、鬱陶しいだけだもんな、ぶっちゃけ。
あたしは、男に言い寄られる予定はないが、言い寄られても困るので、男受けしない格好を好んでしている。というと、勘違いしてんなよクソ女とか、ひがみですかそれ、ぷぷ、みたいな感じであれば、立派な女子として世に立ち生きていけるんだろうけど、そういうんでもない。普段のあたしのかっこは男受けはしないだろうな、絶対。パンツ一丁とか普通だし、胸なんて無いようなもんだから、普段もほとんどノーブラだったりする。男受けしない格好を好んでしているというのは、ただ楽な格好が好きだって言うのを、ごまかして言っただけだ。夏は、流石に気をつけようと思うが、まだ春から外に出るようになって一人暮らしを初めたばっかりだし、夏のことなんて考えても、仕方無い。
こないだ、コンビニの制服に着替える時に、あたしがブラジャーをしていない事を、先輩にとやかく言われたが、わざわざ覆うようなもんでもないし、云々、――と答えたら、そんなことないよ、あなたのおっぱいかわいいよ、擦れちゃったらかわいそうだよ、ちゃんとブラジャーしてあげて、とか何か、すごい必死に説得されたが、どうでもよかったので九割ほど聞いてなかった。別に先輩が嫌いなわけではないけど、あんまり深入りされても困る。
とまれ、今日はバイトは休みだけど、いつもどおり朝早く起きて、換気のために窓を開けてみたりなんかして、そのまま部屋でくつろぐことにした。しめじちゃんはへし折って冷蔵庫、そういうサイクルだ。
つっても、ゴミだらけの部屋で換気もへったくれもないようなもんだわね。相も変わらず空気清浄機は元気にしている。久しぶりに付けてみたテレビでは、芥川賞をとった作家が、楽しそうにグラビアアイドルの尻を追いかけていた。あんまりかわいくもない女だが、ああ、こんな事してお金もらえるんだな、たのしそうだなあ。
結局ずっとテレビを眺めていた。こういうのも悪くない。暇を楽しむ。昼下がり、なんとなく、自分の身体を眺めてみる。とすると、あたしは少しぎょっとした。太ももに、何やら虫さされのようなものが出来ていた。
何だよ、これ。
まさか、ここから新たなしめじちゃんが生えてくるんじゃあないだろうな。
ゴキブリとはまた違う、変な虫でも入ったんだとしたら、何となく気分的な問題であたしは、窓を閉めようと、立ち上がったのだが、窓の外に人影がいる。やばい。さっさと窓を閉めて、カーテンも閉めた。昼間に。そんな馬鹿な話があってたまるもんですか。ストーカーが真昼間っから覗きに来るなんて、奇妙な話だ。あたしにも逃げ場がないが、ストーカーだって逃げ場はないという事だ。ああ、閉め切った昼間の部屋。昔を思い出す。つっても、ほんの少し前の話だけど。
陰気くさいのはやめようと思い、窓を開けてみて、思い出した事がある。そう言えば、昨日の夜、パンツ洗って窓の外に干しといたんだけど、無くなってんじゃねえか。おいおい、死ねばいいのに。